Festival Ⅰ
夏休みが終わり、千歳たちの通う酒蔵高校にはあっという間に文化祭のシーズンがやって来た。千歳たちのクラスは喫茶店、といってもメニューはハニートーストのみでコーヒーか紅茶を一緒に出すというものである。
そして文化祭当日、千歳と紗奈は午前中の班になり、午後の班となった千悟は恋人である澪と文化祭を回っている。澪と付き合ったことで千悟は制服をちゃんと着るようになったようだ。
生徒会副会長である千尋は生徒会長である美琴と共に校内を見回っているためクラスの出し物には参加していない。クラスを手伝えず申し訳なく思いながら、美琴と回る高校最後の文化祭を楽しんでいた。
そして文化祭には校外の人々も訪れており、その中には───
「よっ、千歳」
関西の高校に通う千晶も酒蔵高校の文化祭に訪れており、メイドの桐江と共に千歳のクラスに顔を出した。
「あの制服って帝刻大附属・・・?」
「関西の名門校じゃん、なんでこんな田舎の高校の文化祭に・・・?」
二人は学生なので制服を着て入場しているのだが周りの生徒たちは騒然としている。そんなことはお構い無しに千晶と桐江は千歳に案内され、テーブルに座った。
「いらっしゃい。よく来てくれたな千晶、と───」
「久しぶりやね。邪魔するで、長門くん」
桐江はにこやかに微笑み、普段見ることはないその表情に千歳は戸惑う。
「・・・いつもと雰囲気が違いますね」
「今日はオフやさかいね、千晶の友達として一緒に来てるんやで」
『なるほど』と納得しながら千歳が千晶と桐江にメニューを渡し、二人はハニートーストと紅茶をひとつずつ注文した。そして桐江は喫茶店として飾り付けられた教室を見渡すと千歳に尋ねる。
「美琴と有間くんはどこにおるん?」
「二人は生徒会の役員なんで、校内を見回ってますよ」
千歳が答えると桐江は残念そうに頬を膨らませた。そこへお盆を持った紗奈がやって来て千晶と桐江の前にハニートーストと紅茶を置く。
「いらっしゃい、開賀くんと・・・桐江さん?」
「あら、椎名ちゃん。おひさ〜」
紗奈の姿を見た途端に桐江の表情が変わり、満面の笑みを浮かべながら紗奈に手を振っている。紗奈も笑顔で桐江に手を振り返した。
ハニートーストを食べ終え、紅茶を啜っている千晶と桐江のもとへ千歳が歩み寄る。
「千晶、そろそろ俺たち午後の班と交代なんだ。一緒に回らないか?」
「あぁ、行くか」
千晶が紅茶を飲み干し、立ち上がると千悟と澪が交代のために教室へ帰ってきた。千晶は千悟と挨拶を交わすと千歳や紗奈、桐江と共に教室を出る。
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教室を出た千歳たちは屋上へとやってきており、紗奈と桐江はベンチに座って楽しげに談笑している。少し離れた場所で千歳と千晶はフェンス越しに町の風景を眺めていた。
「親父がさ、帰ってきたんだ」
沈黙の中、ふと千晶がそう言うと千歳は『そうか』と複雑な表情で返す。
「にしても、お前の祖父さんがよく許してくれたな。開賀の御隠居って怒るとめっちゃ怖いんじゃ・・・」
「まぁそりゃ、穏やかではなかったさ」
千歳は開賀の御隠居に会ったことはないが過去に千晶から聞いた話や万歳の友人であるということからおおよその人柄は察していた。千晶は苦笑いを浮かべながら関西に帰ってから家であったことを語り出す。
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関西に帰った翌日、千晶は父と共に開賀の御隠居こと、開賀 鍾理と対面していた。
「千晶、よう帰ってきたなぁ。あっちはどやった?」
「親友たちとも再会できましたし、有間の御隠居からも『次の会合には是非とも参加してもらいたい』と伝言を預かっています。おかげで楽しい夏休みを過ごすことができました、本当にありがとうございます。」
千晶がそう言って頭を下げると鍾理はニカッと満足気な笑みを浮かべる。
「そうかそか!そらよかった、儂としても関東への脚を準備した甲斐があるっちゅうもんや。それに引き換え・・・」
鍾理は表情を一変させ、千晶の隣に座る進を険しい顔で睨みつけた。
「このアホがしがらみだらけのシケた顔で帰りよってからに・・・自分のしたこと、わかっとるやろな?」
「・・・はい、大変申し訳なく思っております」
ドスの効いた声で鍾理に問い詰められ、その威圧感に進はただ頭を下げるしかなかった。
「祖父さん、父さんは天翁とかいう連中に唆されてただけなんです」
「天翁か、奴らのことは万歳から聞いたわ。せやいうて当主が10年も家を空ける理由にゃならんやろ。」
人と人との繋がり、"絆"や"義理"と呼ばれるものを鍾理は大切に思っている。だからこそ千晶が千歳たちと再会できたことを喜び、突如として家族の前から姿を消した進に対して鍾理は怒りを感じていた。そんな彼の人柄を息子である進は十分に理解している。
「父さんはその、"勘当"・・・ですか?」
「・・・そういった声もあがるやろな」
千晶の問に一瞬表情を引き攣らせながら鍾理が答えた。すると千晶は『わかりました』と呟く。そして───
「それでしたら俺は、"開賀家当主"という肩書きを父さんに返上します。であれば、『当主を勘当しよう』だなんて言う人はいませんよね?」
「千晶、なんでそこまでコイツを庇うんや?このアホのせいでお前は親友たちと離ればなれになったんやで?」
突然の申し出に千晶の意図がわからず、鍾理は問い掛けた。すると千晶は『ふっ』と微笑む。
「そりゃ、腹は立ってます。でも父さんは俺との約束を守ってこの家に帰ってきてくれました。だから俺はもう一度だけ、父さんを信じてみようと思います」
千晶の表情は至って真剣、何を言っても考えを曲げることはないであろうと悟った鍾理は進を見ると『果報者が』と呆れたようにため息をついた。
「わーった。でもな千晶、お前は当主から降ろさへん。引き続き開賀家の当主を張ってもらうで。ほんで進、お前は明日からしばらく儂の工房手伝えや。お前のねじ曲がった性根、叩き直したるでな。覚悟しときや!」
この時、進が開賀家に帰ってきてからはじめて鍾理が進を名前で呼んだ。そして石工職人である鍾理の手伝いを命じられ、進は『はい!』と声をはりあげて返事をした。
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「や、やっぱおっかないな・・・」
「ハハハ・・・俺からすれば、その場で勘当を言い渡されなかっただけマシさ」
話からその場の状況を想像し、千歳は表情を引き攣らせた。千晶も苦笑いを浮かべたまま千歳の言葉に同意するかのように頷く。
「その次の日から親父は祖父さんの工房で雑用の仕事をしてた。たまに石を打ってたりもしてたかな」
科学者でいるうちには決して味わうことのなかったであろう疲労感に戸惑いながら、鍾理に怒鳴られることもあったが自分を信じてくれた息子のために進は日々の日課をこなしていった。そんなある日、進の努力は鍾理に認められ、年明けまでの間に新たな職場を見つけるか、鍾理の工房を継ぐかの選択を課せられることとなった。
「しかしまぁ、『家督を返上する』だなんてことよく進言できたもんだ」
「俺にとっちゃ、親父はおかんを病気から救ってくれたヒーローだからな。家にいてもらわないと困るんだよ、俺の夢でもあるからな」
千歳が『夢?』と聞くと千晶は照れくさそうにしながら自身の夢を語った。
「俺さ、親父みたいな科学者になりたいんだ。大事な人を守れる───救える。そんな奇跡を起こせるヒーローに、だから大学も理系の学部に進むんだ」
「そっか、お前ならなれるよ。絶対に」
明確な夢があり、そのための努力もしている。夢も目標もまだ無い千歳にとってそんな千晶はとても立派に見え、応援の言葉を掛けた。千晶が『サンキュ』と言いながら拳を突き出すと千歳も『おう』と拳を突き合わせた。




