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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Fireworks Ⅱ

 紫ヶ丘(むらさきがおか)にそびえ立つホテル、その一室では千晶(ちあき)が広縁に座りながら夕日が沈み、暗くなっていく空を窓から眺めている。今朝、関西の開賀(ひらが)家にいる母親から『お父さんが帰ってきた』と報せがあった。


 しかし10年間も音沙汰なく姿を消していたことに対するお咎めが無いはずはなく、父の処遇は開賀家の現当主である千晶が関西に帰ってきてから決めることになったと伝えられた。何はともあれ、父は千晶と交わした『評議会を抜けて家に帰る』という約束を守ったのである。


 そこへメイドの桐江(きりえ)が客室内に入り、『失礼します』とひとつお辞儀をした。


「坊ちゃん、夕食の手配をいたしました。」


「あぁ、ありがとう。桐江」


 千晶は礼を言うと再び空へ視線を戻し、桐江が千晶のもとへと歩み寄る。


「坊ちゃん、よかったのですか?本日は花火大会なのでは・・・」


「俺が人混み苦手なの、知ってるだろ?」


 千晶の言葉とあっけらかんとした態度に桐江は『ふー』とひとつため息をついた。


「私が申し上げているのは、ご友人たちと一緒に行かれないのですか?ということです」


「今夜は千歳(ちとせ)たちにとって特別な日だ。俺はここから花火を眺めるとするよ」


 こうは言っているが、この夏は千晶にとっても特別な季節のはずだ。しかし千晶は自分よりも親友たちのことを思い、1人この部屋で空を眺めている。


「では、今夜はここで一緒にディナーをいただきましょうか。花火でも見ながら」


「お、それいいね」


 桐江の提案に千晶は嬉しそうな表情で頷き、『では』と言ってお辞儀をすると桐江が再び部屋から出ていった。静かになった部屋で1人、千晶は再び空を眺めている。


─────

───


 祭囃子が鳴り渡る結月大社(ゆづきおおやしろ)ではまだ花火が打ち上がっていないにもかかわらず大勢の人で賑わう。千歳(ちとせ)紗奈(さな)人気(ひとけ)のない境内の隅に座り、買った食べ物や飲み物を並べていた。


 千歳は屋台を回っている中でどうにも気になった焼きおにぎりを3つと焼き鳥とラムネ、傍らには抹茶のシロップに練乳のかき氷が。紗奈も千歳と同じく焼きおにぎりと焼き鳥、かき氷は苺のシロップに練乳である。二人とも焼きおにぎりを頬張ると『美味しい』と言い合いながら火照った口の中をラムネで冷まし、空を見上げながら花火が打ち上がる瞬間を待っていた。


若葉(わかば)ちゃん、楽しそうだったね」


「・・・うん、本当によかったよ」


 紗奈の言葉に千歳が頷く。焼きおにぎりの屋台の前で2人は浴衣姿の双子姉妹、そして若葉と遭遇していたのだ。あの出来事を若葉が理解しているのかはわからない、しかし妹たちと共に満面の笑顔でその場を去っていく様子を見た千歳は安堵していた。


(あんなこと、覚えていなくてもいい。ただ、怖い夢を見ていたんだと、そう思っていてくれれば───)


 そんな事を思っていると、会場に花火大会の開始を告げるアナウンスが響く。打ち上げまでのカウントダウンが始まり、その場にいる誰もが夜空を見上げた。そしてカウントが0になると一滴の光が彗星のように尾を引きながら夜空に飛翔していく。


 光は空中で姿を消すと次の瞬間には満開の花弁で真っ暗な夜空を彩った。それが始まりの合図かのように会場には曲がかかり、花火が次々と打ち上げられていく。この会場にいる誰もが夜空を見上げ、煌びやかな花火に歓喜の声をあげる。


「綺麗ですね、美琴さん」


「うん・・・」


 千尋(ちひろ)が隣の美琴(みこと)を見ると彼女は花火が咲き乱れる夜空をじっと見詰めていた。千尋はそっと美琴の手をギュッと握り、視線を夜空へと戻す。美琴も千尋の手を握り返し、『ふふ』と柔らかな微笑みを浮かべた。


 別の場所では千悟(ちさと)(みお)が夜空を見上げていた。


「綺麗・・・」


 夜空を彩る花火をじっと眺めながら澪がポツリと呟いた。千悟はそっと澪の手を握りしめ、彼女にこう言った。


「花火もだけどさ、キミも綺麗だよ・・・澪」


 名前を呼ばれ、澪が千悟に振り向くと彼は照れた様子で夜空を見上げていた。花火と祭りの灯りに照らされ、頬を赤らめているのがわかる。澪は夜空へと視線を戻しながら千悟の手を優しく握り返した。


─────

───


 千晶と桐江の部屋のテーブルには豪華なディナーが並べられており、外でも花火大会が始まっていた。しかし肝心の桐江がおらず、千晶は彼女を待ちながら花火を眺めている。


 部屋の扉が開き、桐江が入ってくると『ただいま〜』と千晶に声をかけた。


「遅かったな桐江、花火大会もう始まってる・・・ぞ」


 千晶が振り向くとそこには浴衣に身を包んだ桐江が立っていた。先程までのメイド服から突然装いが変わり、千晶は思わず唖然とする。


「・・・なんか感想はあらへんの?」


「え!?あ、あぁ・・・綺麗だよ、桐江」


 慌てながら千晶が素直に褒めると桐江は満足気な様子でテーブルに座り、肘をついて向かいの千晶に悪戯っぽい笑みを向ける。


「どや、これでもう心残りはないやろ?」


「あぁ、桐江の浴衣姿が見たかった───とか思っていたところだ。やっぱり、桐江が一緒にいてくれてよかった」


 そう言って千晶は桐江の心遣いに感謝しながら自分と彼女のグラスにジュースを注ぎ、乾杯するとあっという間に飲み干した。そして顔を見合わせると微笑み合い、共に花火が咲き誇る夜空へと視線を向けた。


─────

───


 夜空の闇を花火が色鮮やかに彩っている。その光景に紗奈の瞳からは涙が流れだし、隣に座る千歳はギョッとした。


「紗奈ちゃん、どうしたの!?」


「え・・・?なんだろう、花火が綺麗で感動しちゃったのかな・・・」


 心配そうな千歳の声に紗奈は自分でも驚きながら涙を浴衣の袖で拭う。そしてラムネをひとくち飲むと『大丈夫』と言って微笑み、再び花火が彩る夜空を見詰めた。


「また、来年も見に来たいね」


 紗奈がポツリと呟くと千歳が彼女の肩をそっと抱き寄せる。


「来年も、再来年も、何十年、何百年後だって見に来よう・・・一緒に」


「・・・うん」


 千歳の言葉に紗奈は頷き、身体を密着させると安堵の表情を浮かべた。


 この夜、千歳と親友たちはすれ違うことも無く、違う場所から花火を───同じ夜空を見詰めていた。大切な人と一緒にお互いの事を思いながら、愛情を深めていく。この平和がいつまでも続くようにと、流れ星ではなく花火に祈りながら。


─────

───


 後日、夏休みも残すところあと僅かとなり千歳(ちとせ)たちは関西に帰る千晶(ちあき)桐江(きりえ)を見送りに紫ヶ丘(むらさきがおか)の駅へやって来ていた。


「両親によろしく頼むよ、桐江」


「はいはい。ウチがおらんからいうて、寂しゅうて泣くんやないで?みこちゃん」


 桐江の冗談に美琴が『泣くものか!』と強がってはいたものの目には涙が浮かんでおり、桐江は美琴の涙に濡れた顔を隠すように抱き締める。そして別れを惜しみながら、再び会い二人で遊びに行く約束をした。





「元気でな、千晶」


「こっちへ遊びに来る時は連絡をくれ。盛大にもてなすよ、千歳」


 千歳と千晶は笑みを浮かべながら楽しげに会話をしているが、2人の間には寂しげな雰囲気が漂う。


「会合にも顔出せよ?また勝負しよう、千晶」


「じゃあな、また遊びに行こうぜ」


「あぁ、『お土産ありがとうございます』と御隠居によろしくな、千尋。千悟も元気でな」


 千晶は千尋と千悟の二人と握手を交わし、熱い気持ちが胸に込み上げてくる。また必ず会える、わかってはいるものの親友たちとの別れに千晶の視界が潤んだ。


「坊ちゃん、そろそろ・・・」


「おぉ、もうそんな時間か」


 桐江が声をかけると千晶は涙を隠すように振り返った。そして千歳の名前を呼び、『なんだ?』と返す千歳に千晶は少し考えると───


「ごめん、なに言おうとしたか忘れたわ」


「なんだそりゃ・・・」


 千晶は笑いながら『じゃあな』と声をかけ、桐江と共に新幹線へ乗り込むと座席へ座った。しばらくすると新幹線は走り出し、千晶は頬杖をついて窓から自分たちを見送る千歳たちを眺めていた。


(千歳、地元(こっち)に来て最初に会ったのがお前でよかった───)


 こうして、長門(ながと) 千歳(ちとせ)の高校2年生の夏が終わった。

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