Road IV
千歳が秋水を構えると、イザナミは『ふむ』となにかを思いついたように声をあげた。そして眼の波紋を描く円環がひとつ光を放ち、イザナミが手を前にかざす。
「撃て───"修羅"」
すると手元に1本の剣が現れ、イザナミはその剣を握る。雲煙のような黒い影を身に纏い、ただならぬ闘気を放っていた。
「妾は"全能なる者"の一柱、ゆえにお前の手遊びに付き合ってやろう」
イザナミはそう言って剣を持っていない方の手でクイッと手招きをして千歳を挑発した。千晶が歩み寄り、剣を構えようとするが千歳がそれを止める。
「千晶、ここは俺ひとりでいかせてくれ。お前の言う通り、俺が止めなきゃならないんだ」
両眼の魔眼を開ける程度には回復したものの、千歳は万全な状態ではなかった。しかしその真剣な眼差しに千晶は反論の言葉を失い、『わかった』とだけ言葉を返すと璧立千刃を発動したまま後ろへ下がった。
千晶の気遣いに感謝しながら千歳は鞘を放り投げ、両手で秋水を握った。そして『行くぞ』と声をあげると大地を蹴り、駆け出す。距離を詰めた千歳はイザナミに向けて刀を振り下ろし、剣筋を見切ったイザナミは剣で刀を受け止めるとある違和感に気づいた。
「長門の童、妾を愚弄する気か?刃ではなく峰で打ち込んでくるとは・・・」
「大切な人の身体に傷をつけるわけにはいかないからな」
千歳は両手で刀を握っているのに対し、イザナミは片手で千歳と互角に押し合っていた。そして千歳は押し弾かれ、開いた身体を狙ってイザナミが剣を振るう。
刃が身体に当たる寸前で黒い龍脈が千歳の身体を守り、切り裂かれることはなかったが千歳の身体は後方へ吹き飛ぶ。イザナミは剣の剣身に影を纏わせると振りかざし、振り下ろすと剣身から黒い斬撃が飛翔した。
受け身をとった千歳はすぐさま身体に龍脈を纏うと龍の姿へと変化させる。
「阿修羅───!」
解号と共に巨大な黒い龍が千歳を覆うように具現化し、イザナミが放った黒い斬撃を弾き飛ばした。それを見たイザナミは『ほう』と楽しげな笑みを浮かべる。
「おもしろい。どちらの修羅が優れているのか、妾とお前とで、お手合わせ願おうか───!」
イザナミの纏う黒影も巨大な龍の姿へと変化し、千歳の阿修羅と睨み合う。そしてイザナミが『やれ』と命令するとイザナミの黒い龍が千歳の阿修羅に向けて拳を突き出した。
阿修羅はそれを掌で受け止め、今度は阿修羅と黒龍による押し合いとなる。阿修羅の具現化のために集中している千歳に対し、イザナミは余裕の笑みを浮かべていた。
「人間の身で修羅を発現したことは褒めてやる。が、しかし練度が足りんな・・・」
黒龍は阿修羅を打倒し、千歳の纏っていた龍脈が解かれてしまう。黒龍は千歳の身体をとっ掴み、そのままギリギリと握り締めると千歳は苦悶の表情を浮かべながら嗚咽の声をあげた。
恍惚とした表情で見ていたイザナミだったが突如として胸の奥から"愉悦"とは程遠い感情が湧き上がる。戸惑ったイザナミは咄嗟に黒龍を解いてしまった。解放された千歳は地面に落下し、イザナミを見ると苦悶の表情を浮かべている。
その隙に千歳はイザナミに駆け寄り、イザナミ───紗奈の身体を力いっぱい抱き締めた。
「貴様・・・なにを・・・」
苦しそうな声でイザナミが問いかけるが千歳は構わずに紗奈の身体を抱き締めたまま、自分の龍脈とイザナミの黒い影を繋ぎ合わせた。すると千歳の意識は暗い闇の中へと堕ちていった。
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───
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意識が目を覚ましても千歳の視界に映るのは真っ暗な闇であった。周りを見渡しても光など一切無く、紗奈を探す手掛かりが無い状況で千歳は困惑する。立ち止まったままでいるわけにもいかず、千歳は紗奈の名前を呼びながら歩きはじめた。
しばらく歩いても目に映る景色に変化が訪れることは無く、紗奈を見つけることもできずにいた。それでも諦めることなく歩いているとどこからか小さく声が聞こえてくる。
千歳は耳を澄まし、声のする方へと慎重に歩を進めていく。すると道が水に浸りはじめ、次第に千歳の身体は水の中へと沈んでいった。水の中でも苦しくなく、呼吸も普通にできる。少しどろっとした水の中を進んでいくと先程まで朧気であった声がはっきりと聞こえるようになり、その声は間違えようもなく紗奈の声であった。
千歳は紗奈の名前を呼びながら水を掻き分けるように進むが声は泡となり響くことはない。次第に紗奈の声が遠くなっていき、千歳は焦燥感に駆られる。
『───声に惑わされるな』
突如として先程までとは違う声がはっきりと聞こえ、千歳は驚いた。
(誰だ・・・!?)
『思い出せ、その左眼の権能が発現した時のことを。あの時のお前は───なにを望んだ?』
その声は名乗ることもせず千歳に問いかけた。千歳は両眼の魔眼で声の方を見ると彼方の方で影が闇の中を揺らめいている。
(あれは・・・紗奈ちゃんの影だ)
千歳は紗奈の影を見据えながら声の言った事を思い出した。
"あの時のお前は───なにを望んだ?"
(俺は・・・紗奈ちゃんの傍で、紗奈ちゃんを守ることを望んだ。そのためなら、俺は───)
千歳は龍脈を纏い、紗奈の影へ向かって強く大地を蹴る。
(闇の中だって、その先の奈落にだって───!)
瞬く間に千歳の身体は水中から抜け出し、目の前には球状の影の塊があった。星映しの眼はその中に紗奈の影を映す。影の塊に触れた千歳の胸にはある感情が波のように押し寄せた。
(これは、"哀しい"・・・というより、"寂しい"。紗奈ちゃんはこの中にいるのか)
千歳は意を決して塊の中に飛び込み、身体が倦怠感や重さを感じるほどのネガティブな感情の渦に呑まれる。すると千歳の黒い龍脈から白銀の龍脈が滲みだし、闇を照らしながら道を指し示した。
纏わりついていた闇も払われ、千歳は白銀の光が示す道を走る。そしてその道の先では紗奈が顔を俯かせて座り込んでいた。




