Open eyes
雪のように舞う白銀色の粒子は千歳の身体を包み込むと溶けるように体内へと取り込まれていく、心身を蝕んでいたドス黒い感覚は消え失せて千歳は両手をギュッと握りしめた。
「ありがとう。あの娘、部屋の外でずっと待ってたから。」
そこに女の子が歩み寄ると千歳に礼を言った、言葉の意味がわからず千歳は聞き返す。
「部屋の外って・・・?」
「この部屋には鍵がかかっていたの、でもアナタがあの子と向き合ったことで扉が開いた。だから私とさっきの子が入れるようになったのですよ。」
『あの子』とはおそらく黒い人影のことだろう、まさかこの部屋の外で待っている者がいるとは思いもしなかったが。
「ところで、君はいったい何者なんだ?」
あらためて千歳は女の子に尋ねた、この部屋に現れたということはあの黒い人影と同じような存在であることはわかるのだが。そして女の子はどういうわけか頬を膨らませながら答える。
「もう、わからない?紗奈だよ、椎名 紗奈。名前呼んでくれたじゃない。」
「・・・えっ?」
自身を紗奈だと名乗る女の子の言葉に千歳は戸惑った、よく見れば確かに顔つきや声色、そして話し方は自分の知っている紗奈そのものだが髪型や雰囲気などが明らかに異なる。
「ま、といっても私はアナタのいる世界の椎名 紗奈じゃないんだけどね。」
「・・・へぇ?」
彼女の言葉に千歳はさらに混乱し、気の抜けた声を出してしまう。目の前にいる椎名 紗奈がナガトと同じように千歳たちのいる世界とは違う世界の紗奈だとしてなぜこの部屋に現れたのか、千歳には心当たりがまったくなかった。
「アナタが千歳く・・・ナガトとはじめて戦った日に私はこの世界に生まれたの、偶然だけれどアナタに会えたから私は嬉しいのですよ。」
そう言って紗奈は笑みを浮かべながらも心做しか寂しげな表情で千歳をじっと見つめる、そしてなにか吹っ切れた様子で明るい笑顔を見せた。
「お願いがあるの。」
「お願い・・・?」
この世界に生まれたことを偶然だと紗奈は言っていたが彼女には目的があってこの部屋に入ってきた、それは千歳にあるひとつのお願いをすること。その願いとは───
「彼を・・・ナガトを助けてあげてほしい。」
「・・・どういうこと?」
紗奈の口から出た予想外の言葉に千歳はその意図がわからず聞き返す、すると紗奈は儚げな表情を浮かべながら答える。
「ナガトは元いた世界で大切な人を殺してしまった、星と契約して星霊になってもそれをずっと悔やんでる。」
紗奈は両手を胸の前で交差させる、そしてひとつ瞬きをすると真剣な眼差しで千歳を見つめた。
「彼をそんな後悔の呪縛から解き放ってあげてほしい。」
さっきまでなら紗奈の願いに答えを迷っていたかもしれない、しかし今の千歳にそれはない。千歳はすぐに答えを伝えた。
「わかった、任せてくれ。」
千歳の言葉に紗奈の表情はパァッと明るくなり嬉し涙を流す、そして紗奈は千歳に歩み寄るとニコッと満面の笑みを浮かべながら両手で千歳の眼を覆った。
「ちょ、なにを・・・」
「御礼だよ、お願い聞いてくれたから。」
紗奈の手から暖かい感覚が両眼に伝わり、その心地良さと安堵感に思わず千歳の身体がビクッと大きく跳ねた。そして紗奈が手を離すと千歳の視界が戻り、目の前に扉が現れると千歳と紗奈はお互いに顔を見合わせた。
「あとはお願いね、千歳くん。」
「・・・うん。」
その言葉を聞いた千歳はやはり目の前にいる紗奈は自分の知っている紗奈ではないのだと悟りながらも頷き、ドアのノブに手をかけると扉を押し開けてこの白い部屋から出た。
─────
───
─
龍装は解けたというのに千歳の身体を支えている刀は消えていない、まるで戦う意志がまだあることを示しているかのようであった。
(あの黒い龍といい、不気味な龍装だ。だがこれで終わる。俺たちの縁も、この世界も───)
ナガトは千歳にとどめを刺そうと刀の柄に手をかけるが突如、千歳の身体に白銀色の回路のような模様が浮かび上がる。そしてナガトが袈裟斬りにした傷もみるみるうちに塞がっていき、意識が戻った千歳は立ち上がるとナガトの方へ振り返ると両眼を閉じた。
その様子を見たナガトはすぐさま刀を抜き、渾身の龍脈を込めた断風を千歳に向けて放った。迫りくる斬撃に千歳は両眼を開き、刀に龍脈を纏わせて振り払う。するとナガトの断風は音もなく消え去り、千歳は刀を鞘に納めた。そして二人の視線が再び交差し、ナガトは千歳の眼差しの変化に気づく。
千歳の右眼は星映しの眼を開眼し、視えなくなっていた影が再び視界に映るようになっていた。突如として起きた千歳の変化に驚く様子も見せずナガトが口を開く。
「御前も開いたか、その眼を・・・だがそれでどうなる?人間である御前と星霊の俺、実力の差はわかるだろう?」
「わかるさ。影がまた視えるようになった今、御前が俺にとってどれだけ強大な相手かっていうのはな。だけど・・・俺は諦めない!」
言葉を交わした二人は龍脈を纏い、刀を構えると駆け出した。




