Melancholy night
空はすっかり日が沈み、暗くなっていた。異形を撃退した千歳はひと気のある場所で待たせていた双子姉妹と若葉の3人と合流し帰路に着く。そして千歳たちが長門家に到着すると両親が帰ってきているようで明かりは点いておりまだ怯えている双子姉妹を両親にまかせ、千歳は若葉を家まで送りに行くと言ってまた自宅を後にした。
「・・・千歳先輩」
「ん?」
道中、顔を俯かせボーッとしており全く喋らなかった若葉が顔を上げて千歳の名前を呼ぶ。おそらく双子姉妹はあの場所であったことや千歳が助けにきたことを両親に話していることだろう、千歳は家に帰ったあとどう両親に話そうか考えているところであった。
「あの、さっきは本当にありがとうございました。千歳先輩が来てくれなかったら、私は・・・」
『死んでいたかもしれない』
若葉はこの言葉をグッと飲み込んだ。先ほどまで自分が死の危機に直面していた事実を受け入れられておらず、正直まだ自分が生きている実感が湧いていない。あのような化け物が目の前に現われてなぜ自分は生きているのか、若葉は自分に問いかけると顔が俯く。
これがなにかの夢だったら?幻覚だったら?目を覚ましたら自分の体があの爪に切り裂かれていたらと考えると胸が苦しくなり、涙が溢れる。
「あ、あれ?ごめんなさい、私・・・千歳先輩にちゃんと、お礼を・・・」
服の袖で涙を拭いながら謝る若葉を、千歳は優しく抱擁する。
「こういう時くらい泣いたっていいんだよ、あんな目に遭ったんだから」
千歳の言葉を聞いた途端、若葉は自分を抱きしめている千歳の胸に涙で濡れた顔を押し付け、声をあげて泣いた。千歳は『よしよし』と若葉の頭を撫でる。
『私が生きているのは、千歳先輩が助けてくれたから。』
若葉は自分が生きている奇跡を実感し、不安と恐怖に苛まれていた心が楽になった。
─────あれから若葉は泣き止むと、いつもの調子に戻っていた。そしてある家の門の前で止まると表札には『橘』と記されており、そこが若葉の自宅のようで彼女がインターホンのボタンを押す。チャイム音の後に女性の声が聞こえ、若葉はその声の主に自分が帰ってきたことを知らせると門の奥の扉から鍵の開く音がする。若葉は『じゃあここで』と軽くお辞儀をすると門を開けて家の扉のノブに手を掛けた。そして─────
「おやすみ、若葉ちゃん」
千歳が背中を向けている若葉の名前を呼ぶと、彼女はバッと振り向き『フフッ』と満足気な笑みを浮かべる。
「後輩の喜ばせ方、わかってきましたね千歳先輩。おやすみなさい!」
手を振りながら若葉は自宅へ帰っていき、千歳もほっとひと安心して家へ帰ろうとした瞬間とつぜん空が光りだした。咄嗟に空を見上げると青白い稲妻がこの近辺に落雷し、轟音が鳴り響くと共に大地が震えたように揺れる。ただの雷ではないと千歳が左眼の霊写しの眼を開くと神々しい雰囲気を纏った巨大な青白い影が一瞬だけ見え、その影はすぐに姿を消してしまった。念のため千歳が雷の落ちた場所を見に行ったが何も無く、ただ辺りには黒い砂が撒き散らされていた。
─────
───
─
家に帰ったあと両親になにがあったのか問い詰められると思いきや、父親がなにかを察しているかのように千歳に怪我をしてないかと問い、千歳は特に大きな怪我はしていないことを伝える。すると父親は微笑みながら『無事ならそれでいい』とそれ以外はなにも言わなかった。そのあとは夕飯と風呂を済ませ部屋のベッドに寝転んで携帯を点けるとメッセージが1件着信していた。千歳がメッセージの主を見ると、紗奈からのもので双子姉妹を家に帰したあと家に来て双子姉妹を慰めてくれていたようだ。
千歳がお礼のメッセージを送ると、すぐに携帯の画面が通話の着信画面に切り替わり着信音が鳴る、千歳が応答ボタンを押すと紗奈の声が携帯から聞こえてくる。
『ちぃちゃん、大丈夫だった?』
「あーうん、大丈夫。妹達も怪我なかったし」
『いやあの、私が心配なのは・・・その、ちぃちゃんの方なんだけど。なんかさっき近くに雷落ちたし・・・』
千歳の頭に疑問符が浮かぶ。
「え、俺は別に大丈夫だよ?」
『そう、なら・・・いいんだけど。』
言葉ではそう言いつつ不安そうな声は変わらない。
「紗奈ちゃん、どうかしたの?」
『ううん、なんでもないの・・・ただ、安心しただけ』
千歳の問いかけに答えると紗奈は『ふー』とひとつため息をつき、いつもの声色で千歳に声をかける。
「おやすみ、ちぃちゃん。お布団ちゃんとして、あったかくして寝るんですよ?」
「ん?うん、おやすみ」
通話が終わり、また部屋が静かになる。紗奈のあのテンションはどうしたものなのか、それと同じように千歳はあの青白い影のことが気になっていた。異形によるものなのか、それとも自分と同じく魔力を持つ者によるものなのか。
少し考えているとまた紗奈からメッセージの着信があり、千歳はそのメッセージを見ると『あぁー・・・』と低い声を上げて気分も重くなってしまった。
『それじゃ、また明日の会合で。おやすみなさい』