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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Choice Ⅱ

 翌朝、目を覚ました私は身支度を整えると天翁から頂戴した瓶を丁重に箱に入れると鞄の中に入れ、妻が入院している病院へと向かった。


 病室に入ると妻は本を読んでおり私に気づくと本を閉じてにこやかに微笑む、私はベッドの横にある椅子に座り彼女と向き合った。


「私がいない間、家は大丈夫?」


「・・・大丈夫さ、君は治療に専念しててくれ。」


 千晶と顔を合わせることが減ったことは言い出せなかった、その後はしばらく他愛のない会話が続き、病室の入り口から私を呼ぶ声が聞こえたので振り向くと、妻の主治医である狭間(はざま)医師が立っており私は病室を出た。


 しばらくして病室へと戻った私の様子を妻は心配そうに見ていた、私は笑顔を作り彼女の寝るベッドの横の椅子に座った。


 診察室で私は妻の手術が決まったこと、そして治療もこの病院で出来るということを告げられた。


 難しい手術には相応の体力を必要とする、成功率よりもむしろ彼女の体力がもつのかを私は心配した。


 医師によるとそれらの説明を聞いた上で妻は手術に同意したのだと言う、 私は他に方法は無いのかと尋ねたが医師から返ってきた言葉はひとつだけだった。




『選択肢は無い。』




 その時は何も言い返せなかったが私は鞄の中にある箱を取り出し、箱の中の"万能薬"の入った瓶を手に取って心の中でつぶやいた。




─── 選択肢はある、今の私になら。




 そして万能薬を注射器の中に吸い取ると私は『栄養剤だ』と言って妻に腕を出すように頼んだ、すると彼女はなにも言わずにパジャマの袖を捲ると腕を私の前に出した。


 私は注射器の中の万能薬に気泡が無いことを入念に確認する、そして私は妻の痩せ細った腕に注射器の針を刺し万能薬を彼女の身体に注入した。


 針を抜き止血をしようとすると妻の身体が大きく痙攣し呼吸も荒くなり身体中の血管が浮き出ていた、私は慌ててナースコールのボタンを押し妻に必死に声をかけた。


 看護婦が慌てて駆けつけてくれた時には妻は先程までの事が嘘のようにスヤスヤと眠っていた、私が青ざめた表情で看護婦に間違って押してしまったと謝ると、看護婦は『お気になさらず』と笑顔で去っていった。


 看護婦の足音が聞こえなくなると私は妻の身体を見渡す。


 安らかに寝息をたて、山脈のように浮き立った血管も治まっている、私は恐ろしくなり逃げるように病室を去り家に帰った。


 家のリビングにあるソファーに寝転がり現実逃避するために眠ろうとすると、突如家の電話の着信音が静かなリビングに鳴り響いた。


 私はおそるおそる受話器を手に取り耳に当てると慌てた様子の狭間医師の声が聞こえてきた。


「開賀さん、いま御自宅ですか!?すぐ病院にいらしてください、奇跡が・・・奇跡が起きたんです!」


 私は『まさか!』と思い彼の言葉に返事することもなく電話を切り慌てて病院へ向かった。


 病院で私は妻の患っていた難病が『元から無かった』と言えるレベルにまで完治していることを告げられた。


 手術の必要もなくなり翌朝には妻は退院した、そして病院の外では千晶が待っており妻の姿を見た途端に涙を流し泣き喚きながら喜んでいた、こうして私たち家族は揃って我が家へ戻ることが出来た。


 驚くことに幼い頃から妻を悩ませていた虚弱体質も治り、家族で外出する機会も増えていった。


 夢見ていた幸せの中、私は妻を救ってくれた万能薬をあろうことか『世に広めよう』などと思い立ってしまった。


 私は研究のためにと妻から血液を採取しあの万能薬を服用する前とした後の数値の違いから成分を割り出し、実験を繰り返しながらついにサンプルの製造に成功した。


 私はコレを『人類が永らく求めていた万能薬』というタイトルで学会で発表した、自信に満ち溢れながらの発表に対し学会の反応はとても冷ややかだった。


 その理由は資料の文章にある『魔力的成分』というものだった、私の血筋である"開賀(ひらが)"家や有間(ありま)長門(ながと)、そして狭間は古来より異形や神秘などに通じており、"魔力"という概念がまるで空気のように自然としてあるのだ。


 しかしそのようなものとは無縁な彼らは違う、"魔力"と言われてもそんなものがこの世にあるわけがないと思っている。


 そんな彼らに科学と魔術が複合した万能薬の説明など通じるはずもない、天翁が『この国の人間には発明することができない』と言ったのはこういう意味だったのだ。


 しかし私は実際にこれのオリジナルの効力を目で見て知っている、私はこの万能薬を服用し妻が救われたことを伝えた。すると次の瞬間、津波のような怒号と避難の声が私に押し寄せてきた。


 配布した資料やペンが私に向けて投げつけられ、その場に立ち尽くす私を見かねた青砥が会場の外へと連れ出すと彼は声を張り上げた。


「お前正気かよ!家族で人体実験したってことか!?」


 しかし彼の言葉に私は耳を傾けることはなく、ただなぜ自分の発明を受け入れてもらえなかったのかを理解できず、私は青砥の制止を聞かずにその場から立ち去った。


 家族に合わせる顔もなく私は自宅の近くの公園のベンチに座り込みボーッと噴水を眺めた、作成した資料がまるでゴミのように投げ捨てられている光景を思い出し私は顔を俯かせた。


 そんな私の前にひとつの人影が現れた、青砥がここまで追いかけてきたのかと顔を上げて正面を見るとそこには天翁が立っていた。


「天翁さん・・・」


「大変なことになっていると、風の噂で聞きまして。」


 そう言って天翁は私に微笑みを向ける、しかし私は彼に謝らなければならない事があった。


「すみません、アナタから頂戴した万能薬、勝手にサンプルを作って学会で私の発明として発表してしまいました。」


 私は天翁に謝罪をしながら深々と頭を下げた、しかし彼は私を罵ることも、怒ることもなく私の肩を手で掴んで顔を上げさせた。


「やはり私の目に狂いはなかった、アレの複製品を作れた人間はアナタがはじめてでしょう。アナタのその科学力と熱意、どうか我々の研究のために使っていただけますか?」


 そう言って天翁は私に手を差し伸べた、私は涙を流しながらその手を取り彼と握手を交わした。


 そして天翁が指をパチンと鳴らすと空間に裂け目が現れ、彼は裂け目に入っていった。私もそれに倣って裂け目に入ろうとしたが一瞬家族のことが頭に浮かび上がり足を止めた。


 しかし私はもうあの研究所には戻れないだろう、"科学者ではない私に価値はない"。そう思った私は迷いを振り切って裂け目に足を踏み入れた、"父親"でいることよりも、"科学者"であることを選んだのだ。



 そして私は、彼らの同志となった。


─────

───


「お母さんの病気は誰がやっつけてくれたの?」


 ある日、千晶が妻にこんな事を尋ねた、それを聞いた妻はチラッと私の顔を見て笑みをうかべた。


「お父さんがやっつけてくれたんだよ。」


妻の答えを聞いた幼い千晶がキラキラとした眼で私を見つめてきたことを今でも覚えている。


「千晶、お母さんの病気を治したのは科学が起こした奇跡なんだ。御前も科学を学べば、大切な人をきっと守れる。」


 などと、あの万能薬をまるで自分の手柄のように言ってしまったことも恥ずかしながらに覚えている、私も父親として息子に見栄を張りたかったのだろう。


 そんな私の言葉に千晶は大きく頷き、『お父さんのような科学者になる』と言ってくれた。私はとても嬉しく、幸せに思っていた。


 思えば、あの頃が一番幸せだったのかもしれない。妻や息子と平和に暮らしていた、あの幸せで満足するべきだったのかもしれない。

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