Incident
白い世界で千歳は黒い人影と2人掛けのソファーで横に並び座っていた、人影は何も言わずにただ黙って隣に座っている。だというのに先程から千歳の耳にはなにやら囁き声が聞こえていた。
周りを見渡すが真っ白なこの世界で見えるのは千歳とすぐ隣に座っている黒い人影だけ、この世界に自分たち以外の誰かがいるのかと千歳は霊写しの眼を開き再び周りを見るがなにも視えなかった。
気のせいかと思いソファーにもたれかかると背後から吐息が聞こえる、傍には黒い人影がおり自分が背後に感じている吐息は誰のものなのかと千歳が後ろを振り向こうとすると───
『だーれだ?』
その声が聞こえたと同時に千歳の視界は真っ黒に染まり意識も暗闇の中へと消えていく。
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千歳の意識が目を覚まし起き上がると現実の世界へ戻れたことに安堵のため息をつき、ベッドから起き上がると隣のベッドで眠っている紗奈の顔をそっと覗く。
紗奈の安らかな寝顔が以前よりも愛おしく目に映るようになってしまい思わず紗奈の頭を撫でたくなったが、起こしてしまっては悪いと千歳はつい紗奈の頭に向けて伸ばしかけた右手の手首を左手で掴んで抑えそのまま部屋を出る。
1階に降りると既に起きてリビングで朝食の準備をしているベアトリーチェと朝の挨拶を交わし、洗面所に向かうと冷たい水で顔を洗う。ふと千歳は鏡を見たまま左眼の霊写しの眼を開くとある異変に気づく、霊写しの眼を開いた時の左眼が変化しているのだ。
以前の霊写しの眼は瞳孔を中心として黒輪が回転していたのだが、いま千歳が見ている霊写しの眼には回転する黒輪はなく眼の模様が波紋のような模様に変化している。
そして変化したのは眼の模様だけではなかった。
「おはようチトセ、今日は早起きじゃないか。」
「お、おはよう、ダンテ・・・」
寝起きのダンテが洗面所へやってきて千歳と朝の挨拶を交わすと洗顔フォームを泡立てて顔を洗う、千歳はダンテの姿をジーッと見つめておりその様子が鏡で見えたダンテは泡にまみれた顔で千歳の方を向く。
「チトセ、どうかしたか?」
「い、いや・・・大丈夫、なにもないよ。」
そう言って千歳は洗面所から出ると左眼の霊写しの眼を通常の眼に戻す、そして自身の眼の変化に戸惑っていた。
(やっぱりだ、影が視えなくなってる・・・)
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朝食を食べ終えた千歳は龍脈の修行のためにダンテと共にレリクスバレーへやってきていた。
「さてチトセ。キミは自身の龍脈と向き合い、力を引き出すことができたわけだ。そこで私が龍脈を使った戦い方を・・・」
千歳はあれから何度か霊写しの眼で影を視ようと試みたが、変異した霊写しの眼で影を視ることはなかった。千歳は不安と焦燥感に呆然としており、ダンテはそんな様子の千歳を心配し声をかける。
「チトセ、なにがあった?」
「あ、あぁ、いや大丈夫・・・には見えないよな。」
強がりを言おうとしたが千歳はショックが大きく俯いてしまう、そして千歳は自身の左眼の変化をダンテに話した。
「なるほど、つまりチトセはそのEvil eyeを通して相手の影を視ることで戦えていた・・・と?」
「まぁ、そんな感じかな。」
千歳の話を聞きダンテは腕を組んで『うーん』と声をあげる、そしてすぐに平然とした様子で話し始める。
「No problem.チトセ、キミにはもう龍脈があるじゃないか。」
そう言いながらダンテは近くの白い岩に自身の青い龍脈を注ぎはじめ、プラチナゴーレムを起動すると青い龍脈を今度は身体に纏った。
「チトセ、今からキミに龍脈を習得した者の戦い方を見せてあげよう。」
そう言うとダンテは後ろからプラチナゴーレムが迫っているというのにあろうことか両眼を閉じた。
「ダンテ!?なにをして・・・」
「大丈夫、今プラチナゴーレムは右の拳を私に向けて叩きつけようとしてるのはわかっている。」
ダンテの言った通りプラチナゴーレムはダンテに背後から接近すると右の拳を振り上げそのまま力任せに振り下ろした、ダンテが左に身を躱すとプラチナゴーレムの拳がダンテの体の右側を素通りし地面に叩きつけられた。
「これが"知覚強化"。聴覚や視覚の強化、そして相手の気配や動きと、極めた者は未来をも見通せるという。言ってしまえば"|Sixth sense《第六感》"のようなものだ。」
そう話すダンテに今度はプラチナゴーレムが左の拳を突き出した、ダンテは両眼を閉じたままプラチナゴーレムの方へ振り向く。そして人間の3、4倍はあろう体格のプラチナゴーレムの巨大な拳をダンテは青い龍脈を纏った左手のみで受け止めた。
「これが"身体強化"だ。身体に龍脈を纏い、肉体を強化する。これは君も以前から使っているだろうから、なんとなくわかるだろう。」
そしてダンテは両眼を開き右脚に青い龍脈を集中させて大地を蹴ると青い炎と共にその場から姿を消し、次の瞬間には青い流れ星がプラチナゴーレムに激突していた。
プラチナゴーレムはその一撃で倒れ白い岩となって辺りに散らばる、その光景を茫然と眺めながら千歳は目の前で起きたほんの数秒のできごとに驚きと同時に希望を抱いた。




