After School Ⅱ
千歳の中学時代の後輩である若葉も一緒に行くことになり、一同が校門を出ようとしていると3年生の証である赤いネクタイを締めた女子生徒が千尋に声を掛ける。
「有間、これから昼か?」
「あ、美琴さん。そうなんです、これから友人と昼に───」
「有間、学校では苗字で呼ぶように」
千尋の言葉を遮り、厳しく注意をする女子。彼女はこの高校の今年度の生徒会長になるであろう生徒であり、千尋の許嫁である榊 美琴。
「そうでした、放課後なので気が抜けてしまっていました。すみません。」
「気持ちはわかるが、帰宅して制服を脱ぐまでが学業だ。気をつけなさい」
「すみませんでした、もし榊先輩も昼まだでしたら一緒にどうですか?」
厳しい言い方ではあるものの、千尋はそれに言い返すこともせず素直に聞き入れた。そしてカバンを持っており、これから帰る様子の美琴を見た千尋は彼女も昼食に誘おうとする。
「私は帰宅してから昼食を済ませ、書類を作成しなければならないんだ。私に気を遣わず友人たちと行ってきなさい」
家に帰ってもまだ生徒会の仕事をしようとする美琴の言葉に千尋はすぐに反論する。
「榊先輩は少し働きすぎです、俺も手伝いますよ」
「私はお前と違い平凡な人間だ、そういう人間は少しでも長く物事に時間をかけなければならないんだよ。」
「俺の生徒会での目標は榊先輩です、昼を一緒に済ませて一緒に作業すれば早く済みますし俺も学べることがあるんです」
千尋にそう言われ、美琴は腕を組んで少し考えていると澪が美琴の前に歩み寄る。
「榊会長、私もご一緒させてもらっているので。是非ご一緒に」
澪は前年度の時に会計を務めており美琴や千尋にも真面目な仕事振りで信頼されていた。
「櫛田、君までいたのか。───わかった、生徒会の後輩にこうまで言われたら無下に断れないな。是非ご一緒させてくれ」
微笑みを浮かべながら美琴が誘いを承諾し、千尋は安堵の表情を浮かべながら澪にお礼を言った。そして千歳たちも美琴の参加を歓迎し、千悟は咄嗟にその場から少し離れて着崩していた制服を整えた。
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千歳たちがファミレスに着くと案内されたテーブル席に座っていたが、千歳の隣には紗奈、前には紅葉というのが定番となっている。なぜかといえば・・・
「お兄ちゃん、サラダも頼むんだよ?」
「わかってるよ・・・」
「ちぃちゃん、前に来た時もコレ頼んでたよね?」
「いや美味しんだよコレ・・・」
千歳が濃い味のものばかりを頼んだりサラダを頼まなかったりと、とにかく食事のバランスが悪いためである。昔から母親が注意している様子を見て紅葉もそれに倣い食事の際には千歳に注意をしている。そして紗奈もいつの間にか食事の際には千歳の食事のバランスを気にするようになっていた。
「ふっ、こうして見ると千歳先輩が子供で紅葉さんと椎名先輩が母親みたいですね」
「あ、ていうか、若葉ちゃん同い年なんだから『さん』付けやめてよ」
青葉が若葉の言葉遣いに違和感を感じたのかそう言うと『んー』と声をあげて少し考え、若葉は『うん』と頷いた。
「では私もお二人のことは『ちゃん』付けで呼びますね、千歳先輩もそう呼ばれてますし・・・あっ!」
ふと、なにかを思い出したかのような声をあげて若葉が千歳の方を向く。
「千歳先輩、まだ私名前で呼ばれてません!約束したじゃないですか、あの時、校舎裏で」
「覚えてたのか・・・」
そのあとは部活での千歳の様子などの話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎた。昼食を終えて店を出たあと千尋と美琴は書類の作成のために帰宅し、千悟は櫛田さんを喫茶店に誘い、意気投合した双子姉妹と若葉は1回帰宅して着替えた後三人で街へ遊びに行った。そして紗奈は千歳を自宅へ招き、部屋でキャプテン・ドラゴンの劇場版のDVDを観ていた。
夕方になりDVDを観終わって静かになった部屋に、紗奈がカフェオレの入ったカップを2つ持って戻ってくると1つを千歳に渡す。一口飲むとちょうど良い甘さに思わず息をひとつ吐く。紗奈も少し口に入れ、コクンと飲み込むと横に座っている千歳の方をチラッと見ながら。
「橘さんとは、どういう関係なの?」
「え、どういうって・・・可愛い後輩だよ」
「好きなの?」
紗奈のド直球な問いかけに千歳は思わず『ん!?』と声をあげて慌てる。
「いやいや!好きとは違うよ!なんていうか・・・もう1人の妹?みたいな感じ」
「そう・・・なんだ、そっか」
『よかった』と声には出せず唇だけ動かし、紗奈は笑顔でカフェオレをまたひと口飲む。千歳が窓を見るともう日が落ち始めていた、双子姉妹と若葉は今頃帰路に着いている頃だろうかと思っていると千歳の携帯が突然鳴り出す。画面を見ると青葉の名前が表示されており、千歳が電話に出るとすぐスピーカーモードに切り替わって青葉が小声で話しはじめる。
「おにぃ・・・?」
「あーうん、どうしたの?そんな小声で」
なにかあったのだろうか青葉の呼吸は乱れ、声も震えているようだ。
「おにぃ・・・あのね、助けに来て。お願い・・・」
「青葉ちゃん、今どこにいるの?」
「今、ショッピングモールの横の工事現場の所に隠れてるけど・・・さっきから誰かに追いかけられてて」
千歳がどんなやつに追いかけられてるか聞いても青葉は姿が見えないと答えた。誰もいないはずの背後から足音がしたり、木の枝が折れて落ちたりして不気味で逃げ惑っていたのだという。紅葉や若葉も一緒に逃げていて無事ではあるようだ。
「わかった、すぐに行くから。なんとか隠れてるんだよ、いいね?」
「うん・・・!おにぃ、電話切らないでいてくれる?」
千歳が『いいよ』と答えると電話の向こうで青葉が安堵のため息をつく、だが隣で紅葉が恐怖のあまり今にも泣きだしそうだという。傍で会話を聞いていた紗奈も心配そうな表情をするが、千歳は『大丈夫』と言って迎えに行ってくると紗奈の家を出て自宅の部屋に戻る。そして部屋のクローゼットにしまってある護身用の木刀を布に包み、部屋の窓から屋根の上に飛び移り影が視える左眼を開く。
(ショッピングモールの横の工事現場・・・)
昨日紗奈と一緒に映画を観にいったショッピングモールの横にある建設中の大型建造物、その工事現場に意識を集中させると黒いモヤのような影が工事途中の建物を包んでおり、その中に赤い影と青い影、そして黄緑色の影が見える。
あそこか・・・!
と少し視点をずらすと、その3人の影に近づくどす黒い影も視認する。どうやらあれが青葉達を追いかけている者のようだ。千歳はすぐに両足に自分の影が纏ったことを視認すると、工事現場の影を一点に見つめながら屋根を蹴る。
するとそこから千歳の姿が消え、突風とそれが奏でる風切り音だけが残った。