After School Ⅰ
「ということで早速ですが、まずこのクラスの学級委員を決めたいと思います」
入学式も無事に終わり、千歳たちも教室に戻ると帰りのホームルームが始まっていた。担任の女教師がこの話をすると生徒達がお互いの顔を見合わせたり、教室中を見渡したりしている。やはり皆やりたくないのだろう。
「先生!櫛田さんが前のクラスでもずっと学級委員だったので適任だと思いまーす!」
と、1人の女子生徒が元気に手を挙げながら発言する。やりたくないからとなすりつけるつもりなのだろう。そして今の女子の発言のあと、1人の眼鏡をかけた女子生徒が無言で手を挙げる。担任が呆れながら『櫛田さん』と呼ばれている女子に声をかける。
「櫛田さん、やりたくないなら無理にやらなくてもいいのよ?」
「いえ、やることが変わらなくてやりやすいので学級委員でいいです。」
淡々と答え、櫛田 澪は手を下げる。次は男子の学級委員も決めなければならないのだが、それは1人の男子生徒がすぐに手を挙げて決まってしまった。
手を挙げているのは千悟で、その光景に千歳と千尋が意外そうな顔をする。千悟はクラスのムードメーカーでまとめ役のような存在ではあるが、本人が『柄じゃないから』とずっと学級委員をやらなかったのだ。
ここで千歳は千悟の朝の『帰りのホームルームでわかる』という言葉を思い出す。千悟が想いを寄せている女子はどうやら櫛田さんのようだ。あっという間に学級委員が決まり、ホームルームが終わると千歳の席に千悟がやって来た。
「櫛田さんの事だったんだな、ちょっと意外」
「まぁ、お前が言いたいこともわかるよ。たしかに彼女は大人しくてあんま友達と話してるところなんて見たことねぇし言っちゃえば地味かもな」
千歳も今の千悟の言葉と同じ印象を櫛田さんに持っていた。
「でも中学ん時かな。見ちゃったんだよ偶然、彼女の笑顔を」
千歳は少し驚いた表情をして、担任から受け取った学級日誌に記入している櫛田さんの顔を見る。淡々としていて、眼鏡を通して見る眼差しは冷たささえも感じる。
「ギャップ萌えってやつかな、『うぉ!この子こんな顔で笑うんだ!』て思ってさ。そっから櫛田さんが頭から離れねぇんだ」
「そうか・・・応援するぜ、千悟」
千歳の言葉に千悟は千歳の肩をポンと叩く、おそらく感謝の意を示しているのだろう。
「あ!」
すると千歳はなにかを思い出したかのように声をあげる。その声に驚いたのか、紗奈があわてて千歳の傍にやってきた。
「どうしたのちぃちゃん!そんな声出して」
「今日夜まで両親いないんだった、妹達の昼飯どうしよう」
「それだったらこの後にみんなで昼飯行くんだから一緒に行くか?」
「あーそうだな、そうさせてもらうわ」
千歳はスマホを取り出すと紅葉にメッセージを送り、ふとなにかを思いついたのか千悟に小声で話しかける。
「櫛田さんも誘っちまえよ」
千歳の提案に千悟は少し慄く。
「マジか・・・マジか。いやでも、んーそうだな・・・」
小声でぶつぶつ呟いてる千悟の背中を千歳が軽く叩き、『行ってこい』と押し出した。千悟は澪の机まで来ると、学級日誌を記入している彼女に声をかける。
「あ、あのさ櫛田さん。ちょっといいかな」
「え、狭間くん?どうしました?」
『あー!キョトンとした顔も可愛いなー!』と思いつつ千悟は小さく息を吸い。
「この後さ、友達と昼飯行くんだけど、一緒にどうかな?って」
千悟からの誘いに澪は少し驚いた表情をする。
「え、私が狭間くん達とですか?いいんですか混ざっても」
「あーいいのいいの、それに学級委員とか初めてだから色々教えてほしいなーと・・・」
澪は『あー』と小さく声をあげ、少し考えると微笑みながら千悟の方を向き。
「皆さんが嫌でなければ、是非ご一緒させていただきます。日誌を提出してから行くので少し待っていただけますか?」
「あー大丈夫大丈夫、女子も何人かいるから気軽に来てよ」
千悟はそう言って澪の机から離れ、千歳のところに戻る。千悟の表情から察したのか千歳が片手を挙げると、千悟がその手を叩いてハイタッチをした。
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日誌を提出した櫛田さんも加わり、双子姉妹達が千歳の教室にやってくるのだがどう見ても紅葉と青葉ともう1人女子がいる。そのもう1人の姿を見た瞬間、千歳は『うっ』と声を出し、その女子も千歳の姿を見つけた途端走り寄ってきた。
「千歳先輩、お久しぶりです!」
「お、おぉ・・・久しぶり、マジでこの高校受けたんだ」
「ふふふ、私は部活も真面目、勉強も真面目の文武両道系女子なので。難しくはなかったですね」
戸惑っている千歳にその後輩の女子は胸を張りながら得意気に話す。そして肩を誰かにガシッと掴まれ、千歳はそーっと後ろを振り向いた。
「ちぃちゃん・・・この子、誰?」
そこには紗奈が笑顔で異様な雰囲気を纏いながら立っており、笑顔とは言ったがジトッとした眼差しで見つめてくる彼女に説明しようと千歳はおそるおそる紗奈の名前を呼ぶ。
「え、ええとね。椎名さん」
「椎名さん・・・?」
千歳が紗奈を苗字で呼んだ途端、紗奈のどす黒い雰囲気は増し千歳はあわてて訂正する。
「あ、紗奈ちゃん!違う!この子は中学ん時の部活の後輩!」
そう言われ紗奈はハッとなり、千歳の肩から手を離すといつもの雰囲気に戻った。
「あ、ご紹介が遅れました。私は千歳先輩の中学時代に剣道部でお世話になりました橘 若葉です!よろしくお願いします!」
千歳に対する態度とは変わり、礼儀良く挨拶をする若葉。
千歳は中学時代、剣道部に所属していた。幼い頃から祖父に剣術を教えてもらっていた影響だという。後輩の若葉は入部して道場に入るといつも真剣に木刀で素振りをしていた千歳の姿を見ており、いつしか千歳を先輩として慕うようになっていた。個人戦では全国大会まで勝ち進み、団体戦でも大将を務め県大会決勝までチームを引っ張る実力者であった若葉は千歳の代が引退した後は女子剣道部の主将も務めた。
そんな若葉が個人戦は県大会、団体戦では地区予選で敗退していた千歳によく教えを乞うていた様子は周りから見れば異様な光景であっただろう。その不思議な関係が自然な程に若葉は千歳を慕っており、千歳も若葉のことを可愛がっていたのだ。そして千歳が中学を卒業する日、若葉は千歳を校庭裏に呼び出し同じ高校に進学することを宣言した。
『もし高校でも後輩になったら、名前で呼んでくれますか!?』
『ほんとに後輩になったらね』
その言葉通り千歳の通っている高校を受験、合格した若葉は高校でも千歳の後輩となったのだ。
「お前だったらもっと剣道強い高校行けただろう」
「いやーははは、この学校が剣道強い弱いは正直どうでもいいんですよ。私が強いので」
自信に満ち溢れたその言葉を聞き、千歳は『こいつこいつ』と若葉の頭を撫で回す。しかし紗奈から再びジトッとした眼差しを向けられ、千歳は咄嗟に若葉の頭から手を離した。