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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Future

 卒業式から早一ヶ月、この日は日輪(ひのわ)を筆頭としたいわゆる"新議長派"の評議会メンバーとの初顔合わせのため千歳(ちとせ)は着慣れた酒蔵(さかぐら)高校の制服ではなく黒ずくめのスーツに身を包んでいた。


 見送ってくれた家族に『いってきます』と玄関を出て隣の椎名(しいな)家のインターホンを押し、同じくスーツ姿の紗奈(さな)と一緒に道を歩く。


 それから近くのバス停の前で立ち止まると都内にある専門学校の入学式へ向かう紗奈が一歩を踏み出して振り返った。


「じゃあ私、紫ヶ丘(むらさきがおか)だから・・・」


「─────そっか」


 日輪から指定された場所は境目(さかいめ)町の結月大社(ゆづきおおやしろ)、これまでずっと一緒でそれが当たり前だった、そんな日常との分岐点に立たされどこか寂しさを覚える千歳の手を彼女はギュッと握りしめた。


「週末は休みだから、また2人で遊びに行こうよ。家で美味しいコーヒー淹れて千歳くんが来てくれるの、私待ってるから・・・」


「・・・うん、絶対に会いに行くよ」


 そう約束しながら手を握り返した千歳が紗奈と見詰め合い、やって来たバスに乗り込んだ彼女を見送った。離れていてもまた必ず会える、その事実が2人の心に未来への希望という情熱を灯す。


 紗奈にとって千歳は暗闇の世界から救ってくれた光、千歳にとって紗奈は色彩豊かな眩い世界で心を安らげることのできる影。伊邪那岐(イザナギ)伊邪奈美(イザナミ)、神の因縁を共に乗り越えた2人の絆は距離などでは到底引き離せるものではないとあらためて確信した千歳が哀愁を振り切るかのように踵を返して空を仰ぐ。天気はあいにくの曇り空、しかし陽の光に照らされて銀色に輝く雲にまんざらでもないような笑みを浮かべて一歩を踏み出した。託された"答え"を見つけるための、ながいながい旅路への一歩を。


 それからおよそ15年後─────


 第二次龍災(だいにじりゅうさい)を経て普及した魔性の概念が科学との合流も果たしたこの国は異形などの怪異が頻繁に現れるようになった等、危険はあれどかつて以上の発展を遂げ、それに伴ってNERO(ネーロ)の出動回数も増えて彼らの活躍は"グリーンバッジ"という通り名と一緒に世界中へ知れ渡っていた。


 しかし体内に魔核(まかく)が生成されてしまった人々、"DーMan(ディーマン)"は"魔人(まじん)"と呼ばれその不気味さから差別とも言える扱いを受けるようになり、これはNERO本部長である長門(ながと) 玄信(はるのぶ)や友人の狭間(はざま) 英世(ひでよ)が危惧していたとおりで魔人や魔力の才能がある子供たちが通える学校を都内に創設しようという動きを有間(ありま)家の当主が見せている。


 相も変わらず混沌とする中、神酒円(みきまる)町にある狭間医院では昨夜、産声と共にひとつの生命が誕生していた。母親の名前は長門 紗奈、調理師専門学校を卒業した彼女は喫茶店の調理スタッフとして就職。数年経った頃には千歳と結婚して椎名から長門に姓を変え、修行を経て夢であった個人経営の店、『木陰(こかげ)』を開業したがスタッフがまだ彼女1人しかおらず此度の懐妊と同時にしばらく休業していた。


 そんな出産を終えたばかりの紗奈のいる病室に幼い男の子を連れた女性が入り、ベッドの横にある椅子に座った彼女は紗奈の体調を気に掛ける。


義姉(ねえ)さん、産後の体調はどう?」


「うん、大丈夫。ごめんね紅葉(もみじ)ちゃん、お仕事と家事忙しいのに子供の面倒まで見てもらっちゃって・・・」


「ああ全然気にしないで、いま手をつけてる案件の〆切(しめきり)まだ先だから。それに悠月(ゆづき)くん、うちの子と遊んでくれるしむしろ助かってるよ」


 美術大学に入学した紅葉は卒業後、大手の広告制作会社に就職すると学生時代に培った技術や知識、天才的なセンスを活かして賞も受賞した。今や会社の代表的なデザイナーと謳われるまで成長した彼女も同期の男性と入籍、出産してからは育児をしながら在宅ワークで案件をこなす日々を送っている。


「ママー、だいじょおぶ?」


 と、心配そうな表情で紗奈に声を掛けた少年の名前は長門 悠月、5年前にこの狭間医院で産まれた千歳と紗奈の長男である悠月は母親譲りの黒髪を撫でられて嬉しそうに目を細めた。


「ありがとね悠月、ママちょっと疲れただけだから。だっこしてあげるからおいで、よしよし─────青葉(あおば)ちゃんは大丈夫?もうすぐだよね」


「うん、まあ旦那さんもいるし大丈夫だとは思うけど・・・」


 双子姉妹の妹、青葉(あおば)は高校を卒業後、陸上選手として女子100メートルや200メートル走の競技に出場、オリンピック選手に選ばれるや強豪がひしめく中でみごと銅メダルを獲得。一気に注目を浴びた彼女は解説の席に呼ばれる機会も増え、その明るい人柄と専門用語をあまり用いず初心者にもわかりやすい解説が好評で現役を引退した後は指導者や解説者としても陸上に貢献するのではないかと期待されている。同じ陸上選手の男性と入籍して現在は子を授かり自宅安静中、選手としての活動を休止してはいるがいずれは復帰するつもりと強く表明した。


「ママー、パパはー?」


「パパはお車でブーンしてるからもうすぐ来るよ、そしたら一緒に赤ちゃんに会いにいってきて?悠月の妹だから─────」


「うん、わかった!」


 今より幼い頃に見せられていたアニメなどの影響か、『妹ができる』と言われた日から家族が増えることを悠月は嬉しんでいた。妹に会えるのがよほど待ち遠しいのか、しきりに椅子の上に乗っかっては窓から外を眺めて千歳の乗る車がいつ来るのか確認している。


「あ、来た!」


 輝くような視線の先には車から降りてドアを施錠する父の姿が映り、窓から覗いている自分に気付いた父が笑顔で手を振ったので大きく振り返す。


 受け付けを済ませて紗奈と息子のいる病室へ向かっているところに千悟(ちさと)の母、晶子(あきこ)と出くわした千歳は会釈をして昨夜、助産師として妻の出産を手助けしてくれたことに感謝を述べた。


「母親と子供、両方無事でなによりだよ。早く会いに行ってあげな」


「はい、失礼します」


 もう一度深くお辞儀をしてその場を去り、たどり着いた病室の扉を開けると悠月が勢いよく飛びついてきた。『おっと』と後ずさりながら抱きかかえ、久しぶりに会った息子の頭を愛おしげに撫でる。


「久しぶりだな悠月、寂しくなかったか?」


「おにいちゃんだからだいじょおぶ!」


 紗奈と結婚して悠月が産まれてから日輪の起こした事業に奔走して家族との時間がなかなかとれず、息子に寂しい思いをさせてしまっていることに後ろめたさを感じながら父の玄信も同じ心境だったのだろうかと親心というものを理解する。


 悠月を抱えたまま紗奈の寝ているベッドに歩み寄り、『ただいま』と声を掛ける千歳に紗奈が優しく微笑みかけた。


「おかえりなさい()()()、いつまでこっちにいられるの?」


「それがまた育児休暇もらえてさ、まあ緊急の事態には対応しなきゃならないけど1年はいられそうだよ。紅葉ちゃんもありがとう、()()の入院の手伝いとか息子の面倒も見てもらって・・・」


「気にしないで。それにさっき義姉さんにも言ったけど悠月くん大人しくてしっかりしてるからうちの子の相手してもらっててすごい助かったよ。お父さんに似ていいお兄ちゃんになるよ絶対─────」


 妹の話に感心するも束の間、扉の方をチラチラ見てなにやらそわそわしている悠月に千歳が『どうした?』と訊ねると何かを思い出したかのような声をあげながら紗奈が柏手を叩く。


「ごめんあなた、さっそくで悪いんだけど悠月と新生児室に行ってくれる?まだ赤ちゃんに会えてないの」


「あっ、そういうことか!ごめんな悠月、すぐ会いに行こう─────」


─────

───


 入念な手洗いとアルコール消毒を済ませて新生児室に入った千歳が悠月と一緒に昨夜産まれた女の子のもとへ案内され、起こさないように揃ってそーっと寝顔を覗いた。踏み台に乗って見た産まれたばかりの赤ん坊、その小ささに驚く悠月に『お前も産まれたばかりの時はこんな小さかったんだ』と懐かしげに小声で話し掛ける。


 ふと、赤ん坊が伸びをして両手を上に掲げ、2人はそっとその小さな手を片方ずつ包むように優しく握った。すると目をパチッと開いてニコッと微笑む彼女の愛らしさに思わず涙を流す悠月をギュッと抱き寄せ、赤ん坊の寝ているベッドに付けられたネームプレートが千歳の目に映る。妻に聞いても『来てからのお楽しみ♪』と教えられなかった娘の名前を見た瞬間、胸に暖かい気持ちが込み上げた。


 あれから10年以上の時が経った、それでも"正解"にはたどり着けていない。だけども自分なりの"答え"は言い表せるようにはなった。


 あの2人が自分にそうしてくれたように、自分も未来を生きる者に"託す"のだと。答えが出なくてもいい、その歩んだ道が記憶となり記録となって未来へと繋がる。だからいずれ息子たちにそれを託す時が来るまで、これからも旅路を歩き続けよう。


「悠月、あそこに名前書いてあるから赤ちゃんに声掛けてみな、『お兄ちゃんだよー』って」


「うん、わかった─────」


 頷きながら服の袖で涙を拭った悠月は深呼吸をひとつして優しく微笑み、父の真似をするかのように妹の名前を呼んだ。


()()()ちゃん、おにいちゃんだよー」


 Fin─────

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