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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
154/155

Distance

 神酒円(みきまる)町から少し離れた場所に聳え立つ霊峰、鬼恐山(おにおそれざん)の山中にある谷の平野では黒い影が風切り音を、紫電が雷鳴を響かせながら所狭しと駆け巡る。その凄まじい速度に見届け人の千悟(ちさと)魔装兵器(まそうへいき)の双眼鏡を通して眼で追うのがやっとであった。


 雷槍の一突きを刀で受け止め、勢いよく後方へ吹き飛んだ千歳(ちとせ)は体勢を整えながら以前見せられた時は投擲することしかできないと言われていた雷槍が秋水(しゅうすい)との激しい打ち合いを経てなお槍の形状を維持しているという、この短期間で欠点を克服する千尋(ちひろ)の才覚と努力に"さすが"と心の中で呟く。


 一方で自分の動きを捉え、反撃してくる程の視力と反応速度、そして研鑽を積んだであろうことがうかがえる剣術と所作に千尋もあらためて本気を出して戦うべき強敵だと千歳を認めた。


 再び繰り広げられる剣戟の最中、刀の峰で打ったと思っていた千尋の身体が紫電の残滓となって消え、次の瞬間、頬に強烈な衝撃が走った千歳は谷水へと吹き飛び、帝釈天(インドラ)を顕現させた千尋が追撃を仕掛けたと同様に千歳の身体を覆う黒い影が咆哮と共に龍の像を形成して柱のような水飛沫をあげながら阿修羅(アシュラ)が水中から姿を現した。


「「いくぞッッ!!」」


 『ここからが本番だ』と声を張り上げる2人に呼応するかのように阿修羅が刀を、帝釈天は雷槍を振るい、その衝撃と風圧に千悟も場所を変えて戦いを見守る。互角の打ち合いのすえ渾身の雷槍と断風(たちかぜ)を纏った刀身が衝突し、雷鳴と共に周囲には突風によって巻き上げられた水が雨のように吹き荒れた。巨像を解く2人、再び雷槍を構えた千尋に対して千歳の右眼、星映(ほしうつ)しの眼に浮かぶ星の紋様が円環を描く。


 ─────"天道・天叢雲剣(あめのむらくも)"


 その眼光が空で煌めく星を呼び寄せ、龍脈を纏った右手で掴み取った流れ星は1本の刀に姿を変える。鍔や柄もない、剥き出しの(なかご)を握り締めて武骨な刀を構えた千歳が風で木々がざわめく中、『ふっ』と小さく息を吹いて振り下ろすと漆黒の斬撃が目の前を覆い、その光景に圧倒されながら千悟は暗闇の中で煌めく紫色の閃光を見た。


雷霆(ヴァジュラ)─────!」


 次の瞬間、偽りとはいえ太陽の光さえも呑み込んだ闇の(とばり)を切り裂いて紫電の槍が迫り、かろうじて防いだ千歳の刀は星の残滓となって霧散していく。睨み合う千歳と千尋が互いの利き腕に黒い影と紫電を纏わせ、勢いよく駆け出すと力強く地面を蹴って飛び上がった。


「断風─────!」


雷切(らいきり)─────!」


 本来ならばそれぞれ刀や手刀で放つ技、しかし無意識のうち固められた拳がぶつかり合い魔力の奔流が渦となっていく中、拳を交えながら2人の胸中には互いへの思いが交錯していた。


 ─────なんでもできる、すごいやつだなと思った。本人が努力しているのはもちろん知っていたし、そんな千尋に対して小さい頃から憧れのような感情を抱いていた。


 初代長門(ながと)弌月(いつき)との戦いを経たからこそわかる。(かい)の策略で千尋と立ち合った時、アイツと本気で戦えることを俺は心の底では楽しみにしていたのかもしれないし、俺を認めてくれたことがなによりも嬉しかった。


 高校を卒業すれば千尋は有間(ありま)家を継ぐための修行に明け暮れるだろう、今日こそ()()()の決着を付ける時だとそう思っていた─────


 ─────有間家の次期当主として生まれ、人々を守るために『強くあること』を祖父から言いつけられていた。古くから因縁のあった長門家とも和解し、次期当主である千歳とは幼い頃から親友だったが勉強や運動、武道においても秀でていた俺はいつしかアイツさえも庇護の対象として見るようになっていた。


 しかしその一方で魁の策略によって邪の道へ足を踏み入れようとしていた俺を止められるのは千歳だけだろうと根拠の無い確信を抱いてもいた。実際アイツのおかげで俺は皆のもとへ帰れただけでなく、美琴(みこと)さんとのわだかまりも解くことができた。


 だからこそ、俺を人の道に引き戻してくれた親友が今度は自分から邪の道へ進もうとするのを見過ごすことができなかった。この場所で立ち合ったのは千歳の本心を聞くためというのもあったが、心のどこかで俺は()()()の決着を付けたがっていたのかもしれない─────


─────

───


 目を覚ますと夕暮れの橙色が射し込んでうっすらと紫色の空が視界に映り、全身に走る筋肉痛のような痛みに呻き声を洩らした千歳に隣から『起きたか』と千尋の声が聞こえた。


「千尋・・・」


「前と同じだな」


 その言葉通りに彼も大の字に寝転んで空を見上げており、見届け人の千悟が勝負の結果を2人に告げる。


「じゃあ今回もなんだ、"引き分け"ってことで異論はないか?」


「・・・ああ」


「異論なし」


 ついぞ決着は付かなかったがそれはいずれまた付けようと約束して2人は微笑みを浮かべる。あとはしばらく身体を休め、家に帰って夜の会合に備えるのみとなったがその前に千尋は千歳に訊ねたいことがあった。


「千歳、ひとつだけ教えてくれ。なんで評議会なんだ?椎名(しいな)さんと世界の未来を守るためならNERO(ネーロ)でもいいはずだろ?」


「正直、俺もそれは疑問だった。いったいどういう心境でそうなった?」


「・・・そうだな、お前たちにも話すべきだった。実は─────」


 そう言って千歳は龍災(りゅうさい)の後に出会った日輪(ひのわ)から聞いたある真実を2人に告げた。


「評議会はもともと、二代目長門と有間が当時の仲間と一緒に立ち上げたんだ。だからあの2人が作った組織に入れば、なにか答えを掴めるんじゃないかって思ったのさ、もちろん今まで通り紗奈(さな)ちゃんも世界も守るつもりだ。評議会の仲間やお前たちと一緒にな・・・」


 その言葉から千歳の思いを汲んだ千尋と千悟が間を置いて『そうか』と頷き、以降なにも言うことはなく日が沈み始めた頃には会合で会おうと3人ともそれぞれ帰路に着いた。そして夜には有間の屋敷に集い、久方ぶりの開賀(ひらが)家参加を喜びながら万歳(ばんさい)が酒の注がれた盃を手に口上を述べる。


「本日はお忙しい中、卒業祝いの会合にお越しいただき誠に感謝する。このめでたい日に開賀家の者が参加してくれたのも実に喜ばしく、皆には是非とも楽しんでほしい。では─────乾杯ッ!」


 音頭と共に大人は酒、子供はジュースの注がれたグラスを掲げて会合が始まる。治療用のガーゼが貼られた顔を心配そうに見詰める紗奈に千歳は『大丈夫だ』と言いたげな手振りを見せるが彼女のジトッとした眼差しが変わることはなかった。


 隣で飲んでいた万尋(まひろ)が他の家の者に挨拶回りをしている中で万歳は千悟を呼び付け、祝いの言葉と社会に出る上で生じるであろう責任などについての助言を授ける。そして次に呼ばれた千歳が前で正座するとまず祝いの言葉を贈る。そして─────


「お前の進路は千尋から聞いておる。日陰を歩むことになろうがお前ならば大丈夫であろう、しかしもし1人ではどうにもならん時は有間を頼るがいい。もう昔とは違う、儂らはよき"友"なのじゃからな」


「─────はい、わかりました。ありがとうございます!」


 満足気に頷いた万歳は次に紗奈を呼び、楽な姿勢で座るように声を掛けては同じように祝いの言葉を述べた。まだ彼女が母のお腹の中にいた頃、非情な決断を下してしまったことを詫びようという気持ちが顔を覗かせたが祝いの席でそれは不粋だと胸の内に仕舞い、今はただ幸せな人生を送ってほしいという願いを伝えた。


 千晶(ちあき)と話す頃にはだいぶ酔いが回っており、『また次の会合も参加しろ』と言ってなんとも気持ち良さそうに眠ってしまった。騒いで起こすわけにもいかず、お開きになった会合の後で道雪(どうせつ)が呼んだタクシーに乗り参加者たちは自宅へと帰っていく。


 タクシーから降りた千歳の身体に風が吹き付け、花冷えの涼しさも相まってなんとも心地よい。嬉しさと寂しさの混じった感情、そして楽しかった会合の余韻に浸りながら深い眠りについた。

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