Graduation
あれから夏は過ぎて秋も経て冬に、世間は混沌を抱えたまま年明けを迎えた。正月のお参りも友達と行くようになった双子姉妹とは別々になり、ついに訪れた"兄離れ"に家の前で千歳はほんのちょっぴり寂しそうにため息をついていたが待ち合わせに現れた紗奈の顔を見てそんな哀愁も吹っ飛んだ。
新年の挨拶を交わした2人が向かうのは境目町、地味に長い距離を歩くので去年に続いて着物ではなく私服での参拝となる。しかしその道程を苦に感じることもなく、他愛のない平和な世間話をしながら結月大社へ到着した。
来訪に気付いて歩み寄る古茶村長にも新年の挨拶を述べ、なにやら上機嫌な様子の理由を訊ねると上京していた孫が村の醸造所を継ぐため帰ってきたのだと言う。孫に会えただけではなく年寄りばかりで将来継ぐ者がいないと憂いていた醸造所の跡継ぎ問題も解決したので村長だけではなく村人みんなが安堵したんだとか。
そして千歳の隣にいる少女の顔を見た瞬間、咲耶の孫娘だとすぐにわかったが村を離れていく親友を止めることのできなかった古茶がそれについて言及することはなく、ただその幸せそうな笑顔になにか許してもらえたような気がして彼女をここまで連れてきてくれた千歳にお礼の言葉を述べた。
「さて、婆やは色々と挨拶に行かなきゃならなくてね、相変わらず小さいとこだが楽しんどってくれな」
そう言って千歳と紗奈を本殿へ見送った古茶はその後ろ姿に若かりし頃の親友、咲耶と公由の面影を重ね、歳をとって涙脆くなった事をぼやきながらその場を去っていった。
お参りの後に訪れた先々の屋台で千歳は去年と同じように歓迎を受け、隣にいる紗奈の名前を聞いた村人の多くはなにやら気まずそうな様子を見せていたがその中にはかつてこの村に住んでいた頃の咲耶と顔見知りで孫娘が元気に育っている事を喜び涙ぐむ者もいた。境内を一周した後ベンチに座ろうとする2人の背後から人影が忍び寄り、それは千歳の眼を両手で覆って声を掛ける。
「だ〜れや♪」
「・・・日輪さんでしょ」
「なーんや、正解─────」
残念そうに手を離す日輪のいる背後を振り向くがすでにその人影はなく、目の前のベンチに座って甘酒を啜っていた。千歳の背後に隠れて警戒心を露わにする紗奈に愛らしさを覚えながら『大丈夫やで〜♪』と優しく声を掛け、こんな田舎の神社じゃなくて近くの"西"に行けば彼女の着物姿を見れたんじゃないかと千歳をからかう。
「ここなら日輪さんに会えると思いまして」
「あら嬉しいわぁ、そやけどうちは卒業してからでもええって言うたのに、もう千歳はんの気持ちは変わらへんてことかいな?」
その言葉に頷いた千歳は先日、父と親友たちにも話してもう後ろめたい事もないと、あらためて日輪に自分の決意を伝える。
「俺、評議会に入ります」
「・・・そう、歓迎するで千歳はん。おかげさんで計画にいち早く取り掛かれそうや、ありがとな♪」
「計画?なんですかそれ」
日輪は悪戯っぽい笑みを浮かべて『秘密♪』と言いながら少なくとも悪いようにはしないと約束してその場から忽然と姿を消したかと思えば背後に現れて2人を驚かせる。
「その神出鬼没さはいったい・・・」
「千歳はんも修行が足らんなぁ、このくらいの動き眼で捉えられへんと評議会じゃやってけへんで?─────っと冗談は置いといて、若葉にも新年の挨拶したってな。きっと喜ぶと思うわ、ほな今度こそさいなら〜」
と、まるで神隠しのように去っていった。それからベンチで休んだあと戻ってきた境内で石碑に掌を合わせる千歳を見て先ほど巫女服姿の女性が言っていた"若葉"という人物がもうこの世にいないのだと察した紗奈も一緒に掌を合わせる。心の中で新年の挨拶を述べても若葉、結月から返事の言葉が返ってくる事はない、なので千歳は一方的に自分の思いを伝えると共にどうかその行く末を見守って欲しいと願った。
─────
───
─
凍てつくような寒い冬を越して季節は巡り桜の花弁が宙を舞う春、酒蔵高校の体育館では卒業式が執り行われていた。在校生代表の生徒が千歳たち卒業生に向けて祝辞を述べ、卒業生代表として千尋は涙を流すこともなく凛とした態度で答辞を読む。
唱歌と校歌の斉唱、そして閉式の言葉を以て卒業式の終了を告げられ、卒業生たちが次々に退場していく。在校生たちの中から涙ぐむ妹たちを見つけた千歳は励ますかのように微笑み、保護者席に座っている両親からの『おめでとう』という声にも笑顔で頷いた。
教室で最後のホームルームを終えたクラスから別れを惜しむ生徒たちの声が聞こえはじめ、千尋との約束のため一回家に帰ろうと教室を抜け出して校庭を歩いていた千歳のもとに中学校の剣道部で後輩だった上泉が名前を呼びながら駆け寄ってきた。
「長門先輩!卒業おめでとうございます!」
「おっ、上泉さん、見送りありがとう。女子剣道部の主将、頑張ってね!」
同じクラスの剣道部の生徒から新しい主将だと聞かされていた千歳の激励に上泉は『はい!』と力強く頷き、夏頃にあるという大会をよかったら見に来てほしいと誘う。後輩からの頼みに快く応じた千歳が連絡先を交換すると固い握手を交わして彼女と別れ、その後ろ姿にもしかすればいたであろうもう1人の面影を並べた。
一緒に帰ろうと校門の前で待ってくれていた紗奈と手を繋ぎ、母校の校舎に別れを告げて千歳は最後の通学路を歩く。楽しい思い出はそのまま心にしまいながらどこからか込み上げてくる寂しさを振り切って─────
道中、アメリカのダンテから電話があり、妻のベアトリーチェと共に祝いの言葉を贈られた。本来ならば卒業式にも駆けつけたかったが主役が変わってしまうと思い、こうして電話を掛けたのだとか。そして険しい道を歩むであろう千歳が希望に満ちた門出の日を迎えられることを師としてではなく、親友として祈らせてほしいとあらためて2人の卒業を祝い『また会おう!』と言い残して電話を切る。エヴァンス夫妻からの祝福を受け、紗奈は涙を流すのではないかというほど感動していた。
もうすぐ始まる新しい生活、といっても評議会でなにをするかは具体的に明言されていないため紗奈が通う専門学校の話を聞くばかりの時間を過ごすうち家の前に着いてしまい、有間の屋敷で今夜行われる卒業祝いの会合でまた会おうと名残惜しげに手を離して帰宅したあと着納めとなった制服から着替え、約束の鬼恐山にて龍脈を練り上げながら静かにその時を待つ千歳のもとへやって来た千尋が式後に同じく生徒会の役員を務めていた同級生や後輩、お世話になった教師に呼び止められていたと遅参を詫びるが特に気にする様子もなく瞑想を終えた。
「気にするなよ、さっそく始めるか?」
「いや、もうすぐ見届け人が来る頃だ。その合図で─────」
そこへバイクに乗った千悟も到着してまだ始まっていないことに感心した彼は以前のように合図を撃ち上げようと、取り出した魔装兵器のリボルバー銃の弾倉に1発の銃弾を装填して『|On your marks《位置について》!』の掛け声と共に銃口を上へ向け、まるで武道の試合をするかのように向かい合った千歳と千尋は黒い影と紫電を身に纏ってファイティングポーズをとる。
「Get set─────Go!」
撃ち出される青い魔力を纏った銃弾が空で火花を散らすと同時に駆け出した2人のいつの間にやら錬成されていた黒刀と雷槍の刃がぶつかり、いつかの決着を付けることを心のどこかで望んでいた彼らは互いに微笑みを浮かべた。
「手加減はいらねぇよな?千歳─────!」
「当たり前だ。俺とお前の仲じゃねぇか、千尋─────!」