Devil's Core
魔性の存在を政府が公表した事により相次ぐようになった異形などの目撃情報への対応や各地方の支部長たちとの会議、NEROが発足してからというものの多忙な日々を送る玄信はこの日、英世から見せたいものがあるとの連絡を受けて狭間医院を訪れていた。
案内された院長室では英世がなにやら真剣な表情でパソコンのモニターと睨み合いをしており、来訪に気付いた彼は玄信を部屋の中央にあるソファーに座らせて紅茶でいいかと返事を聞く間もなく貰い物のいかにも高級そうな茶葉で淹れた琥珀色の紅茶をポットからティーカップに注ぎ、忙しいなか呼び出した事を詫びながら千歳の退院後の様子を訊ねた。
「元気さ、一昨日から椎名の奥方のところに行ってて昨日は公由の爺様と朝から山に入ったらしい。たしか今日も一緒に川へ釣りに行くとか聞いたな」
「マジか、あの爺さん相変わらず元気だな。まぁ結局、人間は自然の中にいるのが一番ってことだな」
「そうかもな、で・・・いったいどうしたんだ?なんか見せたいものがあるとか言ってたが・・・」
今日呼ばれた理由を訊ねると前のテーブルに置かれたノートパソコンの画面に映っている1枚のレントゲン写真を見せられ、『ここなんだが』と英世が指さした心臓にある異変の正体を長年魔性とかかわってきた玄信は見抜く。
「魔核か・・・?」
「ご名答、あの龍災のあと紫ヶ丘から搬送されてきた患者なんだが容態が回復したかと思えば心臓が変異してたんだ。しかも1人や2人なんてもんじゃない、ほぼほぼ全員だよ・・・」
"魔核"とは邪龍の体内にもあった主に心臓としての役割を担うと同時にまさに魔力を生み出すための器官、これがなければいくら神秘の生命体の長といえど活動することはできずその巨大さと龍脈の量から邪龍の体内には魔核が複数胎動していた。
この患者のレントゲン写真を見ても心臓がそのまま魔核になったという印象を受け、おそらく邪龍の瘴気によって倒れた人々が医師たちの処置と治療の甲斐あって回復、克服した瘴気を身体が取り込んでしまった結果このような異変が起きたのだと考える。
ついこの間まで魔性とは無縁だったはずの自分の身体が魔力を帯び始め、不気味に思う者がほとんどだったが心臓の機能自体になんら問題はないため"命に別状はない"と英世は患者たちに説明した。しかし凡人たちの心配を煽るかのように魔核は患者たちの身体に更なる影響を及ぼす。それは眼や髪、肌の色といった外見の変化、黒い眼は赤く、黒髪が金髪に、あくまで一例ではあるがまるで自分が別人になったかのような感覚に囚われてしまう者も少なくない。
海外の文献を見ても体内から魔性物質を完璧に取り除く方法などは見つかっておらず、こういった心臓が魔核に変異してしまった人々の事を"D-Man"と呼ぶんだとか。現在そういった風潮はなくなってきたが発生直後はその不気味さから差別的な扱いを受けていた者がほとんどのようでおそらくこの日本でも同様の事態が起こるだろう。もはや町医者にどうこうできるものではなく、こうしてNEROの本部長である玄信に話したのだと言う。
「まさかそんな事が起きてるとは・・・教えてくれて助かったよ、さっそく支部長たちと話し合ってみる」
「ああ、ところで・・・うちの息子の千悟がNEROに興味あるみたいなんだけど入れたりするか?」
「・・・えっ?」
たしかに本部でも早急に新人候補をスカウトしなければと考えていた矢先、願ったり叶ったりの優良な人材を推薦してもらえるとは思いもよらず間の抜けた声が洩れてしまう。
「そりゃあ、千悟くんの実力は知ってるし本人の希望とあらばすぐにでも手続きはするが危険な仕事だぞ?俺はてっきりこの病院を継ぐものだとばかり・・・」
「医者になれるほど成績がいいわけでもなし、事務員がいいとこだろうがそんなんで満足するわけねぇ。それに、アイツからそういう進路の話をしてきたのは初めてだからよ、息子が"コレだ!"と進む道を決めたら親にできんのはせいぜい帰り道で待っててやることぐらいさ」
その言葉を聞いて納得した玄信は後日改めて本人と話をしたいという旨を伝えるよう頼んで紅茶を飲み干すと英世に見送られながら院長室と医院を後にした。
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その日の夜、明日には神酒円町へ帰るため部屋で荷物をまとめていたところに着信音が鳴り、父からの電話に応答ボタンを押した千歳が声を掛けると突然の電話を詫びる父にいま話せるか聞かれたので大丈夫だと頷く。
医院で交わした英世との会話から玄信は息子ももう進路の事は決めていて、話す機会をうかがっているのだろうかと気になったのだがどう切り出せばよいものやら悩んだ末、気の利いた言い回しが思いつかず普通に聞くことにした。
『千歳はもう進路の事は決めているのかと気になってな・・・』
暫し流れる沈黙、よく考えたら旅行中の子供にこの話題は野暮だったかも知れない、そう思ったところに千歳が話を切り出した。
「本当なら直接会って話した方がいいかなとか思ったんだけど、この頃父さんNEROで忙しいからちょうどいいか。父さん俺─────評議会に入るよ」
『評議会?天翁がいた組織じゃないか、どうして・・・?』
声からも明らかに父が動揺しているのがわかり、日輪に勧誘された時の自分の反応を思い出す。そして龍災の日、天翁との決戦において"聖域"と呼ばれる場所へ行った先で二代目長門と出会い、託された"星の未来"に対する自分なりの答えを探すためだと明かした。"星神"を倒し、地球を救ったという結果にしか目を向けていなかった玄信は息子の決意と覚悟に『そうか』と静かに呟く。
『わかった、それが千歳なりに考えた結論ならそれを尊重する。だがもし評議会の連中に潰されそうになったらNEROに来い、父さんたちが守ってやる。あそこは人でなしの巣窟だ─────』
壁、あるいは棘、どこか含みのある言い方に評議会とはどういう組織なのかを訊ねる千歳に玄信は"今言った通りのまんまだよ"と答えた。
NEROの前身にあたる|超常自然現象及災害対策室《ちょうじょうしぜんげんしょうおよびさいがいたいさくしつ》、それよりも更に前の祓魔師たちの組織は人々を魔性や神秘から守護することを使命とし、人と魔の共存、均衡を保つことを信条とする評議会とは古くから対立していた。人間のみで構成された祓魔師たちに対して人、魔、神が入り乱れた評議会では互いに理解し合えるはずもなく現代においてもそのわだかまりは解けていない。
『まぁ昔の長門と有間みたいなもんだ、向こうにはそれこそ天翁みたいに何百年も生きてるようなやつばっかで話が通じない。最近また議長が代わったらしいけどお前も用心しろよ?』
「わかった・・・それからありがとう、反対しないでくれて」
『子供が進む道を決めたら親にできることは帰り道で待っててやることくらいだと、狭間のおじさんと話していたんだ。なんにせよ俺と母さんはお前の味方だ、いつでも戻って来い─────』
その言葉だけでどれだけ心強いことか、もう一度お礼を言うと気をつけて帰って来るよう念を押して父が電話を切った。一安心した千歳は縁側に座って夏の星空を眺め、帰ったら親友たちにも話さなければならず特に千尋にはどう話せばよいものやらと思考を巡らせる。
天翁の正体が二代目有間家当主、継陽であったこと、そして龍災や伊邪奈美命の騒動はこの世界に絶望した彼が起こした計画だと伝えていなかった。しかし評議会の話となればその事実は否応なしに知ることとなり、同じ有間である千尋は責任を感じてしまうだろうがそのような事は望んでいない。道は違えども星の未来のために歩む親友とわかりあうには公由の言っていた方法しかないのかもしれないと、千歳は無意識に拳を握りしめた。