Treatment
あれから帰宅した千歳は案の定というべきか母から厳しい説教を受け、1階のリビングの隣にある応接間で安静にするよう言いつけられた。そして翌朝、リビングに入ると父の玄信がおり、挨拶を交わして水をコップに注ぎながら今日も紫ヶ丘に行くのかと訊ねるがこれから都内で仕事の会議があるとのこと。
この日は月曜日で本来ならば登校日なのだが邪龍の齎した災害により閉鎖された紫ヶ丘から近い酒蔵高校は現在、生徒や教員たちの安全を考慮しての休校状態となっていた。
「じゃあ父さん行ってくるけど、せっかくの休校なんだしちゃんと安静にするんだぞ?じゃないとまた母さんに怒られるからな」
「・・・わかってるって、行ってらっしゃい」
気まずい表情で水を飲み終えた息子に見送られた玄信は車を走らせて神酒円町から自身が局長を務める特殊部隊、超常自然現象及災害対策室の本部基地がある都内へと向かった。
あの日、天翁との戦いから千歳が帰還したことに安堵しながらも紫ヶ丘の惨状と一般人に及んだ被害を憂い、玄信は管轄の組織に魔性と神秘の存在を公表するように進言するがこれまで政府があらゆる手段を行使してまで隠蔽してきた事実を国民たちに知らせることについて否定的であった。
しかし此度の騒動はとても隠蔽しきれないと判断したのか、各支部の長を招集しての緊急会議が執り行われる事となった。基地に到着した玄信は内部にある広大な会議室に入り、その中心に設置された巨大な円卓の座席に座ると周囲に7つの巨大なモニターが浮かび上がる。それらには各支部の支部長の顔が映し出され、古くからこの国を影から支えてきた実力者ばかりの彼らはどこか互いを牽制し合っていた。
『おっと皆さん、本部長殿のお出ましですわ。そろそろ始めまひょか』
玄信の参加に気付いてモニター越しに喋ったのは関西支部長の真田という男、この特殊部隊に配属された当初から魔性どもを討伐してきた豪傑で支部長に就いた現在でも必要とあらば自身も現場に繰り出すまさしく現場主義の武闘派、その荒々しいイメージとは裏腹に義理人情に厚く同時に狡猾な一面も持つ。彼の一言でこの会議の参加者の視線はひとつのモニターに集中し、そこに映っている玄信は張り詰めたような緊張感の中で口を開いた。
「本日は急な招集に応じて頂き、ありがとうございます。これより緊急の支部長会議の開催を宣言させていただきます!」
こうして日本各地の支部長たちによる緊急会議が開催され、その議題とは現代においてまさしく絵空事のように思われていた妖怪などの類が今もなお存在するという事実を世間に公表すべきか否かというもの。北海道、東北、中部、関西、四国・中国地方、九州、沖縄、意外にも支部長全員が"賛成"の方向で決着し、そこからどのようにして国民たちの不安を払拭するかに論点が変わると真田が画面越しに手を挙げて案を提示する。
『わしらでさえこれまで"星神"っちゅうもんの存在を信じられんでおった。それが急に田舎町に姿を現しおって、あの映像を見た時はさすがのわしも震えましたわ。そこで事態を終息させた立役者として長門 千歳を英雄に仕立てあげれば群衆たちの不安も一発で解消する思いましてん。まぁアメリカで言うところのキャプテン・ドラゴン?みたいなもんですわ、本部長殿もすでに息子さんを組織にスカウトされてらっしゃいますやろ?』
遥か古来より超常の存在が認知されているアメリカにおいてキャプテン・ドラゴンをはじめとしたヒーローたちの存在は大きく、彼らのおかげで国民は恐怖に呑まれることもなく日々を過ごせている。真田は人々の心を支える柱として英雄という立場に千歳を置こうと考えていた。
「─────いえ、それはまだ・・・」
『なに悠長に構えてますのや、すでにお上も公表に向けて動いてるんでっせ?』
関西支部は現在、異形の討伐数が全支部の中で最多でありまさしく対人外戦闘のエキスパートが集まる最強の組織として畏怖されていた。そんな集団を束ねている彼に意見できるのは本部長としての権限を持つ玄信と四国・中国地方支部長の尼子、そしてこの場にはいないもう1人くらいのものである。
『まあまあ真田くん、そげに捲し立てんでもええがね。私も子を持つ親として本部長の気持ちは理解できる。その"千歳"って子は人間に仇なすことは無いんだろう?まだ学生さんのようだし、とりあえず処遇は見送ろうじゃないのさ』
『世話んなっとったわしが言えた義理やないですが若者を甘やかすんはやめてくださいや尼子の姐さん、昔みたいに有望な者をどんどん組織に引き入れとかんといざという時の対応が遅れてしまいますさかい』
由緒ある巫女の家系に生まれた彼女は若い頃より祓魔師としての務めに従事し、その神通力は今もなお衰え知らずで影の世界に入ったばかりの頃の真田を教え導いた。政府が魔性どもの存在を公表した瞬間、人と魔の境界は曖昧になり紫ヶ丘で目にした非日常的なあの光景が当たり前になる。再び"龍災"のような騒動が起こった時、必要になるのは現在よりも多くの影の世界に精通している者だ。しかしこの危険な仕事に息子をかかわらせたくないという親心に思い悩む玄信を見て真田は呆れたようにふんと鼻を鳴らす。
『・・・埒が明かんわ。せやったら本部長、息子さんと一度お話をさせてもらえますやろか?関西までの脚ならこっちで手配しときますきに』
初対面の息子をわざわざ自分の担当地域にまで招待するという待遇、この会議が始まってから霊写しの眼で支部長たちの様子をうかがっていた玄信はその飄々とした態度の裏に潜むドス黒い影を見抜いた。
「真田さん、あなたまさか千歳を利用するつもりじゃ─────」
『"利用"やなんて人聞きの悪い・・・国民はもちろん、海外の者にもナメられんようにそら多少は役に立ってもらうつもりやけどな!』
あくまでも牽制のつもりだったのだがたじろいだり誤魔化すこともなく、他の支部長や千歳の父である玄信の前で堂々と言ってのけた。キャプテン・ドラゴンのような存在を擁する国は多くあり、それらは互いのバランスを保ちながら世界の影で同盟を結んでいた。そこへ新参として加入するとなれば同格の存在が必要不可欠、要するに彼は外交などの政治的な面でも千歳を利用するつもりなのだと確信を得た玄信の心情には静かな怒りが込み上げてくる。
「千歳はまだ高校生の子供なんですよ!?」
『星神を倒せるっちゅう時点で子供とは思えませんわ。今までならそれで引き下がれたかもしれへんけどこれからの時代は子供も大人も関係ない、力を持つ者は戦わなあかん!言うとくがそうさせたのはアンタやで?一般人に魔性どもの存在を公表するっちゅうんはそういうことやねん、それを本部長ともあろうもんが理解せんとどないすんねや!?』
またしても叩きつけられた正論に玄信は言い返す言葉もなく、さすがに言い過ぎと思いながらも尼子や他の支部長たちは擁護のしようがなかった。この沈黙を同意として受け取った真田が自身の柏手を以て議決としようとしたところに本部の会議室が映るモニターからなにやら喧騒が聞こえはじめ、段々と大きくなっていく声に何事かと皆が同じモニターへ視線を向ける中その騒ぎの元は勢いよく扉を押し開けた。
「よぉ、久しぶりだなヒヨっ子ども!」
響き渡る声、ニカッと不敵な笑みを浮かべながら会議室へ入ってきたその人物は長門 万尋、彼の登場に息子の玄信はもちろんのこと他の支部長たちも見てわかるほどに動揺していた。その中でも尼子は重苦しかった場の空気が変わると安堵し、思惑通りに事が進みそうな時に厄介な男が現れたと真田が心の中でぼやく。