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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
144/155

White room

 ─────夢を見ていた。


 何もなく、誰もいないただ真っ白な部屋。そこに立っていた俺は夢の中でもはっきりと感じる意識を不思議に思うことなくあの黒い人影を探すため、壁と床の境界線すらわからない部屋を歩きはじめた。


 いつもならあるはずのアプローチもなくしばらくして背後から感じた気配に振り向いた先に立っていたのは、()()()ではなく紗奈ちゃんだった。この白い部屋の住人である黒い人影の正体とここを去っていった経緯を語る、その儚げな表情に彼女も在るべき場所へ帰るのだろうと心のどこかで悟った俺は込み上げてくる寂しさをこらえながら右手を差し伸べる。


 "この握手を別れの挨拶にしよう"。その思いを汲んでくれた紗奈ちゃんが俺の手を両手でそっと握り、心と記憶はいつでも一緒だよと、"さようなら"を言うこともなく優しい微笑みと共に雪のように煌びやかな龍脈の粒となって消え去っていった。


 別れの余韻に浸る中ふと右手に添えられていた2輪の花を見詰め、どことなく湧き上がる衝動のままに白と黒の花弁を噛みちぎって呑み込んだ。すると目の前に扉が現れて俺は幼い頃からの慣れ親しんだ風景に別れを告げながらその扉を開き、慣れない哀愁を振り切ってこの白い部屋の外に足を踏み入れる。


 もう一緒に戦う事はないだろう、これからは俺が俺自身の力と意思で戦う。だけど貴女たちの存在(こと)は絶対に忘れない─────"ありがとう"。


─────

───


 深い微睡みから目を覚ますと滲んだ視界には見覚えのある白い天井が映り、なにかと白い部屋に縁があるなと千歳は手の甲で涙を拭いてベッドから起き上がろうとするが全身に走る激しい痛みに思わず悲鳴をあげた。


「お、起きたか、千歳─────」


 すると淡いピンク色のカーテンの向こうから名前を呼ばれ、千歳もその聞き慣れた声の主の名を呼ぶ。


千悟(ちさと)か・・・ここって・・・」


「ああ、うちの病院だよ。天之(あめの)─────長ぇな。天翁(てんおう)との戦いから帰ってきたと思ったら気失ったお前と一緒に()()()俺も昨日から入院してんの」


 この病室に自分がいる経緯を聞かされた千歳はどこかケガしたのかと心配そうに訊ねるが、親友の杞憂を払拭するかのように千悟が気楽な口調でただの検査入院のようなものだと返事をした。


「そうか・・・千尋(ちひろ)千晶(ちあき)は・・・?」


「アイツらは自宅療養、まぁなにせ有間(ありま)開賀(ひらが)、東と西を代表する名家みたいなもんだからそれこそ名医でも付けてもらえるんじゃねえか?」


 そう言いながらRAIL(レール)で連絡を取り合っている千悟が2人も身体になんら異常はなく、しばらく安静にしていれば大丈夫だということを続けて伝えた。"よかった"とため息混じりに呟いて安堵した千歳と千悟のいる病室に白衣を纏った男が入ってきて2人に凛々しい表情を見せる。


「名医・・・神の手(ゴットハンド)って聞こえたんだがよ、呼んだか?」


「「・・・」」


 この男こそ千悟の父親にして狭間医院(はざまいいん)の院長を務める狭間(はざま) 英世(ひでよ)。過去に千歳が異形に襲われて入院した際にも担当しており、"医者"という硬派なイメージからかけ離れた彼のユーモア溢れる人柄はスタッフと患者問わず人気を集めている。


「っと、冗談はさておき、起きたんならまず心音を聴くぞ」


 そう言ってパジャマのボタンを開いて露わになった千歳の胸部に首から提げた聴診器を当て、しばらく心臓が奏でる鼓動を聴いていた英世が"OK!"と笑顔でなにも異常がないことを告げるとこの後に看護師が部屋を訪れて車椅子で院内を移動しながら色々と検査をするという今日の流れを説明した。


「まあ"検査"つっても簡単にパパッと終わるもんだからなにも緊張することはねぇさ。結果はすぐ出るし問題がなけりゃ明日には退院だ」


「先生〜俺なんも問題ないけど今日退院じゃダメですかね、病室は暇で暇で─────」


「お前退院したら絶対安静にしねぇじゃねえか、医者の言うことは聞くもんだぜ!」


 よほど入院生活が退屈なのか千悟は早く退院したくて仕方がないとぼやき、そんな息子の性分を理解していた英世がその希望を却下して安静にするよう強く言い聞かせた。


「ったく、千歳に到っては搬送する時に有間(ありま)の御隠居から『よろしく頼む』なんて頭下げられてんだからよ・・・」


「・・・え、()()有間の御隠居がですか!?」


 自身が気を失っている間にそんな事がと、信じ難い言葉に千歳は思わず声をあげて聞き返してしまう。一家相伝の技術、"魔装兵器(まそうへいき)"の製造法を受け継いだ狭間家の現当主であると共に息子に銃の扱いを教えた師匠のような存在。もはや専門家とも呼べるその知識や技能もさることながら英世の医者としての腕は万歳すら信頼を置くほどで、先ほど彼が冗談混じりに自称した神の手というのはあながち間違いでもないのだ。


「ああ、だから医者としては筋を通さねぇとなんねぇ・・・つうことでよ、頼むからお前ら安静にしててくれな?なにもなきゃ明日には退院できるんだから・・・」


 と、そこへやって来た看護師に英世は後を任せ、全身に走る筋肉と骨の痛みに耐えながら車椅子に乗せられてこの病室を後にした千歳がすべての検査を終えて車椅子を転がして病室へ戻ろうとした際、面会の受付を済ませたばかりの母と妹たちにばったりと出くわす。弱った兄の姿を見るのは随分と久しく心配そうな表情で歩み寄ってきた紅葉(もみじ)青葉(あおば)が車椅子のハンドルを取り合い、母の(かえで)はそんな2人を嗜めながらハンドルを握った。


 道中、心配していたと言う妹たちに千歳は避難勧告が発令された紫ヶ丘(むらさきがおか)から紗奈と一緒に離れていたと話す。そもそも妹たちには魔眼のことも知られておらず、それらは彼女たちを()()()()のいざこざに巻き込まぬようにするためであった。夫から事の顛末を聞かされていた楓はそんな千歳の本心を察して娘たちに事実を告げることもなく"女の子を抱えて走り回ったらそりゃ倒れるわよ"と、1人の女の子を守り抜いた息子の頭を優しく撫でる。病室では千悟のお見舞いに来ていた櫛田(くしだ) (みお)がベッドの傍に座っており、クラスメイトの千歳と目が合った瞬間"あっ"と互いに声をあげて会釈と挨拶を交わした。


 白いベッドの上にたどり着いた千歳は昨日もお見舞いに来ていた母から自身が意識を失ったあと紫ヶ丘から搬送されている間、さらに病院に到着した後も紗奈(さな)がずっと傍に寄り添って自身の手を両手で祈るように握りしめていたのだと聞かされ、夢の中で握手を交わした時に彼女の手からたしかに感じたあの優しい感触の正体を知る。


「・・・ってことは、紗奈ちゃんも入院してるの?」


「婦長さん─────千悟くんのお母さんが言うには今朝方まで()()にいたそうよ。一睡もしてなかったみたいでちょっとでも休んでいくように声を掛けてくれたらしいけど、帰っちゃったみたいね・・・」


 そして父が仕事の都合で見舞いに来られそうもないとも伝えられ、あの荒れ果てた紫ヶ丘の後始末に追われているのだろうと特に気にすることもなく預かってもらっていたスマホを受け取るとRAILで紗奈に検査が終わったことと感謝の気持ちをメッセージに乗せて送信した。


 それから看護師に呼ばれて母と訪れた診察室では英世から検査の結果にはなにも問題がなく、先程言われた通り明日の朝には退院できるだろうと告げられる。しかしまだ骨と筋肉に疲労が残っていると彼から本人と母に自宅では安静にするようあらためて念を押され、病室へ戻った千歳は明日もまた車で迎えに来ると安堵の表情で帰っていく母と妹たちをベッドの上から見送った。


 結局この日は紗奈が見舞いに訪れることはなく就寝前にRAILを見ると明朝には退院できるという結果に安堵する文面と可愛げのあるスタンプが送られてきていた。あの夢を見た後なので寂しくはあったが、また明日には元気な姿で会いに行こうと彼女の笑顔を思い浮かべながら千歳の意識は深い微睡みに沈んでいく。

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