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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Monologue Ⅱ

 大地の穢れが浄化されたとしてもなお酒蔵(さかぐら)に蔓延する瘴気の根源を祓うべく1本の刀を手に立ち向かった少女は名を長門(ながと) 結月(ゆづき)といい、その人間の領域を遥かに超越した剣術や魔術、そして戦いの中で会得した龍脈を以て見事、かの厄災"邪龍(じゃりゅう)"を撃ち破った。あとは故郷を滅亡の危機と恐怖に陥れたこの怪物の息の根を止めるのみと刀を構えた彼女を傍で見守りながら白龍(はくりゅう)は自身がこの世から消え去るであろう覚悟を決める。


 そもそも龍とは、"自然"という概念を基に龍脈から創造された神秘の生命体。その長たる邪龍こそは人間が自然への敬意と畏怖を忘れぬよう脅威を(もたら)す抑止力としての役目を与えられた一種の()()()のような存在なのだ。そして邪龍の死が()()()()()()()()に繋がってしまうなど人間たちには知る由もないだろう。


 しかし今、邪龍の前に立っているのは凡人ではなく、"双璧"の称号を賜ったナガトの娘にして父と同じく魔性や神秘を見抜く眼を持つ超常の者。龍脈が覚醒した影響もあってか()()の命の流れを悟り、周囲の者が厄災そのものだと言う邪龍の本質に気付いた結月は故郷を救ってくれた恩人が消えていくのを見るのは忍びないと降ろした刀を鞘に納めてこう呟いた。


「さて、この子をどこに()()しましょうか・・・」


 けっきょく彼女は邪龍を殺すことなく名も無い地に封印し、村の者たちには討伐の後もまだ深い怨念が残る亡骸を大地に封印したと報せた。そして封印を守るための社を東西南北に建てさせ、地底から瘴気を含んだ異臭を放つドス黒い泥がとめどなく湧いた際には巫女による祈祷と村で造った御神酒を供物として捧げることでこれを鎮めた。


 後に"龍災(りゅうさい)"と呼ばれ後世にまで語り継がれるこの事変は終息を迎えたが聡い者は邪龍の死が及ぼす影響に気付き、その真意さえも理解するだろう。そこで結月は龍たちに人々の目に映らぬよう俗世とのかかわりを断つという提案を持ち掛け、受け入れた白龍は人間たちとの別れを惜しみながら同胞たちと共に故郷へと帰還していった。


 それからしばらくして人々の災害に見舞われた恐怖と大切な人を亡くした哀しみが徐々に癒えはじめた頃、村の外から流れ着いた青年が自分は白龍であると結月にのみ明かした。あの別れの後、瘴気に穢された大地を浄化するため膨大な龍脈を消耗し、もはや龍としての存在を維持できなくなっていた白龍は同胞たちから分け与えられた龍脈と自身の最後の力を使って人間に姿を変えたのだ。


 強ければ生き、弱ければ死ぬ。自然においては唯一にして絶対な法則も生命の存在があってこそ成立する。それを守り、救ってくれた長門への恩義に報いようと龍たちは"我ら、長門が在る限り厄災(わざわい)から人間を守護する"という誓いを立て、人間となった白龍を代理人として彼女にこの()()を伝えるため酒蔵にやって来たのだ。自然の権化にして超常の力を持つ龍の庇護を受けられるという誓約を結月はなにやら窮屈そうな表情を見せながら拒むと人間はそれほど脆弱ではないと言い放ち、尚も聞き入れようとしない白龍に庇護ではなく共存ならばという提案を持ち掛け、彼が()()応じたことにより人間と龍の()()がここに締結された。


 かくして結月から(おぼろ)という名を授かった白龍は盟約のことを報せようと山の中に入ったがその時にはすでに同胞の姿が目に映らなくなっていた。始めて感じる哀愁に涙を流しながら別れを告げ、朧は人間として酒蔵の集落に住み着くこととなる。当初は山で修行を積んだ修験者だと言う余所者を警戒していた村の人々もその不思議な力にどこか懐かしいような感覚を覚え、かつて酒蔵を救ってくれた恩人と似た雰囲気が漂う彼を村の一員として迎え入れるのにそれほど時間は掛からなかった。


 やがて天寿を全うした後、暗闇を彷徨う魂魄が龍脈を媒介にして再び俗世に受肉を果たすと召喚主である天翁(てんおう)の掲げる思想に感銘を受けた朧は同志となる。だが永い時の中で摩耗が齎した影響は精神だけではなく計画にまで及びはじめ、正体のわからぬ違和感に戸惑いながらも理想の実現に向けて奔走していた。


 そんなある時、長門 千歳(ちとせ)という少年を目にした瞬間、かつて旧友と結んだ盟約を思い出した朧は当初からは考えられないほどに歪んでしまった計画を正すべく勧誘してはみたが(かい)との件で評議会に対して不信感を抱いていた彼にその場では断られてしまう。


 それでも苦難に立ち向かいながら戦いを通じて成長していく姿には心を躍らせ、聖域にまでやって来たと報せを聞いた朧は盟約を果たすべく"龍"の間の封印を解除していた。そんな朧に対して千歳も不思議と絆のような縁を感じるようになり、敵か味方なのかを問うた時に"敵ではない"という彼の言葉を聞いて思わず安堵するほどに根拠のない信頼を置いていた。


 人間に仇なす者たちの排斥、駆逐を掲げていた二代目有間(ありま)に対して二代目長門である結月は不干渉と共存を訴え続け、思想の対立がやがて両家の永きに渡る因縁へと変化していく中、素性を明かすわけにもいかず仲裁することの敵わなかった朧を彼女は決して責めることはなかった。


 むしろ"人間らしくなってきた"と嬉しそうな笑顔を見せ、それが朧の心をどれほど救ったことか、気付きはしないし気にもしていないだろうが・・・


 結局のところ評議会のメンバーとして同志となることは叶わなかったが此度、地球を守護するという意志のもとようやく朧は千歳と共に戦うことができた。崩壊に呑まれた身体が星屑のように蒸発していったとしてもその心に未練などなく、今はただ千歳たちが紡ぐ未来に生を受ける瞬間を待ち望みながら朧の魂魄は(そら)の彼方へと融けていった。


─────

───


 虚無を埋め尽くした色彩が描く穏やかな空模様、そこへインクのように滲んだ闇はひとつの星を落とした。継陽(つぐよ)の空間転移魔法によって無事、地球の上空に帰還した千歳は役目を終えた裂け目が徐々に閉じていく様子を見上げながら哀しみに潤んだ瞳を瞼で覆う。


「・・・疲れたぁ・・・」


 ため息混じりにポツリと呟き、身体を翻して見下ろす夕焼けに照らされた街の景色には美しさと哀愁が漂う。そろそろ紫ヶ丘(むらさきがおか)が見えはじめた頃、地上から青い彗星が飛んでくるとダンテが満身創痍な千歳の肩を支えながら誇らしげに微笑んだ。


「ダンテ・・・」


「|Welcome back《よくぞ帰ってきたな》!チトセ、皆がキミを待っているぞ!」


 そして勢いよく駆け寄ってきた紗奈(さな)が着地した千歳に飛び着き、まるでタックルを受けた時のような衝撃に"ぐわぁ!"という悲鳴をあげながら倒れ込んだ2人の身体をいつの間にか地面に敷かれていた柔らかい土のクッションが受け止める。


「あっ・・・ぶな・・・サンキュー、千晶(ちあき)・・・」


「お易い御用さ、地球を救った英雄をケガさせるわけにはいかないからな」


 慣れない言葉の響きにくすぐったさを感じて思わず笑みが溢れてしまう千歳のもとに千尋(ちひろ)がやって来て2人は互いに掛ける言葉がすぐには思いつかず無言で拳を突き合わせ、そんな孫たちの様子を万尋(まひろ)万歳(ばんさい)は離れて眺めている。


「お前は行かないのか?万歳よ」


「わざわざ儂が賛辞を述べるまでもなかろうよ」


「よく言うわ、こん中で一番アイツを褒めたいくせによ・・・」


 図星を突かれた万歳が"ふん"と逸らした視線の先には戦いによって荒れ果てた街の惨状が映り、これと同じような事はまた起こるであろうと予感を抱きながらその時までに自分ができることはないものかと思考を巡らせる。そこへ孫たちの千歳の名を呼ぶ声が聞こえ、その声色に万歳が慌てて歩み寄ると千歳が疲れきって眠っているだけだった。


 その穏やかな寝息に安堵のため息をついた万歳はすぐ千悟(ちさと)に父親の病院に連れて行くよう言い付けて連絡を受けた英世(ひでよ)がドクターカーで駆けつけて来た際にはよろしく頼むと頭を下げ、その行動に英世もお任せくださいと車内のストレッチャーに千歳を乗せて自身が院長を務める病院へと急行する。道中、付き添いとして同乗した紗奈の両手には千歳の右手が握られており、時折見せる反応に手をそっと優しく撫でながらどうか彼がよい夢を見れますようにと祈った。

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