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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Answer

 キャンバスに垂らした絵の具のように色彩の光が虚無の暗闇を塗りつぶしていく。境目(さかいめ)町の結月大社(ゆづきおおやしろ)に集まった執玄(しゅうげん)たちは1人の少女が起こした名も無い奇跡を見届けていた。


 星神(ほしがみ)─────天之御中主命あめのみなかぬしみことがこの地上に現れた際、代理の人格を務めていた(たちばな) 若葉(わかば)の中で目を覚ました長門(ながと) 結月(ゆづき)は役目を果たした守護者たちに主として労いの言葉を掛けていた。


「契約は果たされました。社を離れて世界を巡り、自由に生命を謳歌してください。そして・・・人間の良き友となってくれれば嬉しいです」 


 それから各地の社に供えられていた御神体である剣、勾玉、鏡を受け取った彼女が幾重ものフレームリングを回転させながら光り輝く天球儀に手を触れ、盟友たちに優しく微笑みかけながらあらためて感謝の言葉を告げるとこの場を去っていった。


『"ありがとう"か・・・』


 空へと飛翔する流れ星を見上げ、執玄は主が残した言葉を噛み締める。彼女とはもう会うことはないであろうと執玄たちはどこか寂しさを感じると同時にこの現世で生きていればいずれ輪廻の果てで再び会えるだろうかと希望を抱き、その時は"友"として並び立つことを願った。気まぐれで生み出された生命、現世に思うことなどないはずだったが次に会う時はお互い人間になっているかも・・・などと冗談を言い合いながら再会を約束した翠章(すいしょう)白兵(はくひょう)陵朱(りょうしゅ)、そして執玄は各々の道を歩み始めた。


─────

───


 時は遡って"天"の間の門前にて戦いを繰り広げる長門(ながと) 弌月(いつき)有間(ありま) 壱陽(いちよ)は機械の傀儡を相手に圧倒していたが階段に腰掛けている少年、(さかき)と呼ばれていたそれらの主は特に驚くような様子もなく彼らに差し向けた2体の神像と鎧武者の残骸を一瞥する。


『なるほど、さすがと言うべきだろうが・・・こいつらはどうする?』


 次に榊は8体もの巨大な蛇の絡繰を呼び寄せ、双璧の2人は阿吽の呼吸で巨人の姿となった帝釈天(インドラ)に龍脈の鎧を纏わせる。そして凡人であらば立ち竦むであろう神話のような状況に1人の少女が足を踏み入れ、悠々と通り過ぎようとしたところに大蛇どもがいっせいに侵入者へ襲いかかる。


 しかし彼女は怯えた様子もなく腰に差した刀を抜き、白緑色の影を纏うと瞬く間に大蛇たちをすべて斬り伏せた。神話をもとに再現した傀儡をいともたやすく、それもたった1人の少女に倒されてしまったことに状況を俯瞰していた榊もさすがに動揺を見せ、一方でその並外れた剣術とどこか見覚えのある佇まいに少女の名を呼んだ弌月は振り返った彼女の両眼に宿る魔眼を見て一瞬、修羅のような闘気が綻んだ。


「あぁ・・・(とと)様でしたか。()()()()()ですね」


「ああ、変わらず息災のようだな。結月─────」


 人間として死に別れたのは数百年前、互いに思い残すこともなかったため親子の再会だというのにその挨拶は無感動なものであった。感慨に浸る様子もなく別れそうな雰囲気に壱陽は呆れながら結月を呼び止め、自分たち星霊(せいれい)をこの聖域に召喚したのはお前なのかと訊ねると彼女は"そうですよ"と認め"こういう時のための魔法だ"とも続けた。


 遥か昔、まだ名も無い土地に邪龍(じゃりゅう)を封じた際に結月はふと思った。"またこの子みたいなのが出てきたら凡人たち勝てなくない?"と─────


 故郷の酒蔵(さかぐら)を襲った厄災、邪龍こそは自然の神秘の象徴たる龍たちの長。生まれながらに魔性や神秘に耐性があり対抗する力も持っている自分たちはともかく、凡人たちはこの苦難を乗り越えられないだろうと考えた彼女は気まぐれで魔法を作ることにした。それが後世にまで語り継がれる召喚大魔法─────"星霊降臨(せいれいこうりん)"である。


「しかし二代目、以前、俺が呼ばれた時はとても相応しい状況と呼べるものではなかった・・・おそらくナガトもな。法式に鍵をかけるべきではないのか?」


「その必要ないでしょう。敗北すれば滅ぶだけ、私たちの時代では当たり前のことです─────」


 星の生命を根絶しようとした伊邪奈美命(イザナミノミコト)のような者に再び星霊降臨を利用されることを危惧しての提案に対しても結月は平然と言い放ち、凡人たちを気に掛ける温情とたやすく見切りをつけられる冷徹さを併せ持つ彼女の二面性に壱陽は"左様"と同意して頷いている弌月に近いなにかを感じた。親子なので当然ではあるのだが・・・


「さて・・・」


 と、結月は"天"の門へと向かって歩き始め、階段を上る彼女の前に榊が立ちはだかった。


「榊、そこをどいてもらえますか?」


「長門、貴様を"天"の間にいかせるわけにはいかない。貴様こそが唯一、我らの計画に歪みをもたらす存在なのだから・・・!」


 傀儡をすべて破壊され、もはや己の身ひとつで引き止めようとする榊を両眼の魔眼で睨むとその眼差しに宿る殺気は身体を袈裟斬りに斬り裂かれる幻覚を見せ、ヒュッと息を詰まらせながら膝から崩れ落ちる榊に結月は構うことなく通り過ぎようとする。かつての友に対しても本気の殺意を向けられる娘の冷徹さに弌月も感心と共に畏怖の念を抱いた。


「なぜ・・・なぜ今頃になってここに現れた?あと少しで我らの悲願が成就されるというのに・・・!」


「私はただ、彼との()()を果たしに行くだけです。それに・・・あなたたちが成し遂げようとしていたのはこんなことではなかったはず─────」


 すれ違いざまに掛けられた榊の言葉にも冷然と答え、先を急ぐため"天"の門に手を添えたところで"あっ!"と、結月がなにかを思い出したかのように声を上げて父たちのいる後方へ振り向いた。


「とと様、以前あなたから言われた双璧の務めというものが今になって私にもやっと理解できたような気がします」


「・・・ああ、そのようだな」


 魔眼を眼に宿す者同士の共感(シンパシー)とでもいうのか、彼女がどういった覚悟を以てこの聖域に現れたのかを理解した弌月は一瞬、寂しげに眉をひそめる。そんな父に結月は無邪気な笑みを見せ、"行ってきます"と言葉を掛けた。


 二代目有間家当主、継陽(つぐよ)と並ぶ才覚がありながら思想を持たず、双璧である長門家の当主として人々を襲い来る脅威から守護しなければならないという父の言葉にもどこか億劫な表情を浮かべていた。穏やかで優しく鷹揚(おうよう)な性格の彼女に周囲の誰しもが"長門家の二代目は()の子らしく、争いが嫌いなのだ"という印象を抱く。


 ある時、邪龍(じゃりゅう)が故郷の酒蔵(さかぐら)を襲った際は村の守り神である白龍と共にこれを撃滅、まだ名も無い地に封印して事態を治めた。この偉業に人々は彼女を"双璧"として称えると同時に普段からは想像もできないほどの変わり様になにか底知れない不気味ささえ感じるようになる。


 しかし彼女にとって邪龍でさえも地震や嵐、津波などといったいわゆる天災に過ぎず、では父の言う"脅威"とはなんなのか?魔法や神秘を知り尽くしても、一族に伝わる魔眼を以てしてもその答えを見つけることができなかった。


『俺が"人"の道を外れたその時はどうか止めて欲しい。お前にしか頼めないのだ、長門─────』


 袂を別った親友との絆を繋ぐたったひとつの約束のため、歩んだ旅路の末に彼女はようやく答えに辿り着く。友を"人"の道から引き離し、"未来"を拒絶する根源となった"絶望"こそが打ち倒すべき脅威だったのだ。


 それならば自分が皆を脅かす"絶望"を拒絶しよう。その決意に揺らぎなどなく"天"の門を潜り抜けていった結月が去り際に見せた笑顔に現世で彼女がよき縁に恵まれ、満足のいく答えを見つけられたことに喜びながら双璧の役目を果たそうとする娘の背中を弌月は父として誇らしげに見送った。

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