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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
133/155

Heart beat

『千歳、私からもお前に託したい』


 そう言って伊邪那岐(イザナギ)が天力で1本の剣を錬成し、千歳(ちとせ)にそっと差し出す。剣の名は"天之尾羽張(あめのおはばり)"、かつて伊邪奈美(イザナミ)が最後に産み落とした1柱の神を斬り殺したという"神殺し"の逸話を持つこの剣を手に取るのは彼にとっても永く久しいことであった。


 愛刀である秋水(しゅうすい)を鞘に納め、千歳は天之尾羽張を両手で受け取るとじっと眺めた。イザナギから授かった天力によって覚醒した右眼の星映(ほしうつ)しの眼には円環が煌めき、輪廻現(りんねうつ)しの眼と同じく神の権能を発現していた。


 天道・現人神(あらひとがみ)─────神が人に宿るのではなく人を神と同格にするこの能力は本来ならば人間の手では触れることすらできぬ神器の武装を可能にした。


「やろう、千尋(ちひろ)!」


「ふっ─────ああ!」


 呼び掛けに頷いた千尋は帝釈天(インドラ)を操って両手の武器を構え、咆哮を上げながら冥力を高密度に圧縮している星神(ほしがみ)に狙いを定めた。そして─────


断風(たちかぜ)ッ!」


雷霆(ヴァジュラ)ッ!」


 薙ぎ払った右手の剣からは白銀色の斬撃が飛翔し、左手で投擲された紫電の雷槍は斬撃を纏いながら星神の撃ち出した冥力の玉と衝突する。凄まじい轟音と衝撃を辺りに響かせ、瓦礫さえも宙に浮くまさに天変地異のような光景が広がっていた。


 2人の連携攻撃を以てして威力は互角、しかし天之尾羽張から放たれた斬撃が紫ヶ丘(むらさきがおか)に漂う龍脈を巻き込みながら膨れ上がっていき、やがて龍の姿を(かたち)どると冥力の玉を文字通り呑み込んで相殺した。行く手を阻むものがなくなった瞬間、紫電の閃光が一直線に星神を直撃し胸部の傷跡を中心に邪龍の身体に亀裂が走る。


 そこへ帝釈天から飛び出した千歳が天之尾羽張に龍脈を纏わせ、再び渾身の断風(たちかぜ)を放つと斬撃がこじ開けた胸部の傷から覗く伊邪奈美(イザナミ)の魔力の核を見つけ、発現した阿修羅(アシュラ)の腕が心臓のごとく脈動する魔力の核を邪龍の身体から引き離す。


 体内で蠢く阿修羅の腕に断末魔を上げていた星神もまるでスイッチが切れたようにその生命活動を停止、主をなくした亡者や餓鬼は存在を維持できずに泥となって消え、黄泉醜女(よもつしこめ)たちまでもが悲鳴をあげてもがきながら泥の底へ沈んでいく。彼女たち4人を相手にしていたダンテと千悟(ちさと)は安堵のあまりその場に座り込み、黄泉津大神(よもつおおかみ)の能力によって湧き出ていた泥が残らず浄化されたことで千晶(ちあき)金城統地(きんじょうとうち)を解除した。


 結界の外の泥はただの黒い無害な泥溜りと化しており、空に開いた大穴も徐々に閉じつつある。街を見下ろしていた帝釈天が光と共に消え、倒れ伏す邪龍の亡骸の前で阿修羅が持つイザナミの魔力核をじっと見詰めている千歳のもとへイザナギが歩み寄った。


『終わったな、お前たち人間はよくやってくれた─────』


「いや、まだだよ」


 阿修羅の掌の上から響く生命の律動になにか言葉では言い表せないような感情が芽生え、そっと魔力核に手を添えた千歳の身体に黒い影が蔦のように絡まっていく。この突然の行動にイザナギも『なにを!?』と驚きの声を上げた。


『千歳、やめろ!そんな事をすればお前がイザナミの憎悪に呑まれてしまうぞ!?』


 すると千尋も同じように掌を向け、淀みを浄化するための天力を注ぎはじめる。感情に去来する血が沸くような怒りや憎しみに表情を歪める千歳の手を紗奈がギュッと握りしめ、ダンテと千晶もその背中を支えている。イザナミの憎悪は魔力核の周囲にいる者たちに伝播し、狂気に気圧されそうな千尋を励ますように千悟が背後から肩にポンと掌を乗せた。


 やがて淀んでいた魔力核は曇りのない水晶玉のように輝き、光が人の姿となって大地に降り立つとイザナギは言葉を詰まらせながら()()の名を呼んだ。


『お前は・・・イザナミなのか・・・?』


『はい、お久しゅうございます。イザナギ、やっとお会いできました・・・』


 今まで千歳たちに見せていた圧倒的な邪悪さを帯びた笑みから一変、春の陽射しのような穏和な微笑みで()()()()は呼び掛けに応える。それから紗奈のことをじっと見詰め、自身の転生者として彼女には生まれながらに過酷な運命を背負わせてしまったことに後ろめたさを感じていた。


 "生命"に対して抱いていた憎悪など祓われ、しかして邪念に駆られていた時のこともイザナミはすべて理解している。"悪い夢を見ていた"ことになどできるわけもなく、その変貌ぶりに唖然とする者たちをよそに深々とお辞儀をして紗奈に謝意を示した。


『紗奈、どう申し開きをすればよいのかはわからぬが・・・お前を闇の中で孤独にしてしまったのは妾だ。どのような恨み言も聞き入れよう、すまなかった─────』


 そう言って跪こうとするイザナミに紗奈がガバッと抱きついた。


『なっ─────!?』


「私、言ったでしょ?アナタがいてくれたから独りじゃなかったって、それにアナタのおかげで私も千歳くんに巡り会えたの。だから・・・私もイザナミのことをちっとも恨みなんてしませんよ!」


 ギュッと抱きしめてくる紗奈の温もりにイザナミはなにも言わず涙を流しながら抱擁を返す。2人の様子を眺めているイザナギを千歳が肘でちょいちょいと小突き、互いに笑みを浮かべながらハイタッチのかわりに拳をガシッと合わせた。


 星神が打倒され、守護神たちが張った結界もその役目を終えた。魔性や神秘が再び世界の影に戻ろうとする最中、イザナギは自分たちの姿を具現化できている間にイザナミと共に黄泉の国へ帰還しようとしていた。


『千歳、世話になったな。なんと礼を言えばいいか・・・』


「別に、俺も紗奈ちゃんと同じ気持ちだよ。まぁその、なんて言えばいいかわからないけど・・・気をつけてな」


 神を見送るに相応しい言葉など知らないなりに考えた結果、シンプルな言葉を告げた千歳は手を差し伸べ、イザナギはどこか感慨深げに『ああ!』と頷いて固い握手を交わす。目の前にいる少年はもはや"転生者"などではなく、自身にとって初めての人間の"友"だった。この神と人間の不可思議な友情に2人は照れくさそうに口角を上げながらふっと笑い、互いに結んだ手を離し別れの挨拶を述べる。


『では、またいずれ逢おう・・・』


「・・・うん!またいつか!」


 いつになることやら想像もつかぬ再会の約束に迷いなく頷いた千歳に満足気なイザナギはイザナミと手を繋ぎ、『さらばだ!』と言葉を残して光と共にこの世界から去っていった。2人がいた場所に漂う光の残滓は風に吹かれて空へと舞い上がり、千歳たちは空を見上げて2人の兄妹を見送った。


─────

───


〖イザナミ、あの時は・・・その、本当にすまなかった〗


【そんな遥か昔のこと、()()の妾は気にしていませんよ。それよりも・・・】


〖"それよりも"?〗


【あなたを追いかけてる妾、恐くありませんでした?】


〖・・・ふっ〗


【笑い事ではありませんよ?あの時のことがきっかけであなたが妾に恐怖心を抱きにでもなられたら・・・!】


〖大丈夫、どんなに恐ろしくても私はもうお前から逃げはしないさ。やっと・・・巡り会えたのだから〗


【・・・はぁ、ならいいですけど。黄泉に還ったらどうなることやら、またしばらく現世に戻れなさそうですね】


〖その時は私が閻魔を説き伏せてみせよう。愛する者のためなら闇の中、その先の奈落にでも─────ってやつさ〗

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