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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Hope

 紫ヶ丘(むらさきがおか)に展開された強固な結界を解除するため戦地に同志たちを残し、(おぼろ)境目(さかいめ)町へとやって来ていた。千歳(ちとせ)たちが住む神酒円(みきまる)町同様に避難勧告が発令されているはずなのだが人々は普段通りの日常を過ごし、誰ひとりとしてこの地を離れようとしない。


 村人たちからの怪訝な眼差しを受けながら結月(ゆづき)大社へと足を踏み入れた朧はそのまま本殿へと進み、そこで掌を合わせて祈りを捧げている若葉(わかば)と鉢合わせした。互いの存在に気づいた2人の間にはなんとも気まずい沈黙が流れ、先を急ぐ朧は思いを振り切るかのように本殿へと続く階段を昇り御扉(みとびら)に手を掛けたところで背後から『あの!』と自身を呼ぶ彼女の声が境内に響いた。


─────

───


 紗奈(さな)と束の間の再会を果たした千歳(ちとせ)であったが彼女の口から告げられたのはあまりにも無慈悲な願い。輪廻現(りんねうつ)しの眼の能力によって再び紗奈の身体を器として伊邪奈美(イザナミ)の意識が覚醒し、呆然と立ち尽くす千歳を目にして嘲笑うかのような高笑いを響かせた。絶望のあまり膝を屈してしまいそうな千歳に青く熱い風が吹きつけ、一歩前に踏み出したダンテが諦めるのか?と声を掛ける。


 無論、諦めるつもりなどないが戦えば龍脈をイザナミに奪われ、彼女の力は増大していく。唯一の武器を使えない千歳はただ悲痛な表情で、どう戦えばいいのかわからないと答えるしかなかった。その眼差しの奥には夜空に浮かぶ星のような闘志の(ともしび)があり、ダンテはニッと笑いながら龍脈の盾であるドラゴン・ラウンズを構えた。


「あの影は私にまかせて、キミは私の後ろに着いてきたまえ」


「え・・・でもダンテ、俺の龍脈は─────」


No problem(問題ない)!龍脈は自然のエネルギーであると共に、"心"のエネルギーでもあるんだ。イザナミではなく()()()()()、キミの思いも届くはずだ!」


 起源が同じである千歳の龍脈とイザナミの影を繋げられれば以前のように紗奈の意識を呼び覚ますことができるかもしれないと、師の言葉に励まされた千歳は両手で頬を叩いて気合いを入れ、行くぞ!という掛け声と共に駆け出すダンテに相槌を打ちながら彼の後を追う。接近する2人にイザナミが手刀を振り払うと断風(たちかぜ)のような黒い斬撃が飛翔し、盾で防御したダンテごと千歳も押し返されてしまう。


「|One more time《もう一度だ》!」


「応ッ!」


 しかし2人は諦めることなく幾度も突撃を繰り返し、もしかすればこの間にイザナミの魔力が切れるかもというほのかな期待もあったがそのような気配はまったくなく、彼女は腕を組みながら向かって来る彼らをなかば呆れ気味に眺めていた。


 イザナミの手によって封印を解かれ、再びこの紫ヶ丘(むらさきがおか)に降り立った邪龍の怨念はかつて人間たちの祈祷と供物によって鎮められていた。しかしそれは()()()()()()()()()であり、大地は瘴気の泥に穢されたままである。そして邪龍とは伊邪奈美命(イザナミノミコト)の憎悪から生み出された神秘の生命体であり、いまこの地を覆い尽くす瘴気こそ彼女の魔力そのもの。つまりイザナミは紫ヶ丘にいる限りは呼吸をするかのように魔力を無尽蔵に取り込み、扱うことができる。その事実を千歳とダンテが知る由もなく、それでも諦めない2人の姿を見た輝龍(きりゅう)がとつぜん咆哮をあげた。


 遥か昔にある国の王によって山から彫り起こされ、邪龍と同じく神秘の生命体として生を受けた輝龍は大地に蠢く龍脈の瘴気にいち早く気づいていた。金剛石の身体から放たれた光は回路のような紋様を描きながら展開し、穢された大地を塗り変えていく。そして瘴気をも浄化するにつれて輝龍の意識は微睡み、瓦礫の原には草が生え、色とりどりの花が咲いた。


「なんと優しい龍脈だ・・・」


 その景色に見入ってしまったダンテにイザナミの影が襲いかかり、秋水を抜刀しながら千歳が前に出るとそのまま影に向けて薙ぎ払う。咄嗟のことで『あっ』と心の中で声を洩らすが刀を振るう腕は止まらず、切っ先に触れた影はまるで布のように斬り裂かれた。驚愕の表情で秋水を見詰める千歳の眼には刃こぼれひとつなく、影に侵食されてもいない愛刀の刀身が映る。


「どうして─────」


─────

───


 時は遡り、千歳の精神世界を象徴する白い部屋では紗奈と黒い人影が向き合い、なにか会話をしている。正確には黒い人影は言葉を発さず、表情や雰囲気から思考を汲んだ紗奈が言葉を返すという手法でコミュニケーションを成立させていた。


「本当にいいの?」


 その問い掛けに黒い人影が静かに頷く。伊邪那岐(イザナギ)と袂を別ち、黄泉の国の女王となった伊邪奈美(イザナミ)天力(てんりき)はいつしか冥力(めいりょく)へと転じた。黒い人影こそは冥力の化身であり、彼女がこの部屋にいる限り千歳の龍脈はイザナミの冥力からの侵食を受けてしまう。


 そこで彼女は白銀色の龍脈が具像化した姿である紗奈と自身の存在を同一化させることを選択、紗奈が冥力を取り込めば黒い龍脈は純粋な千歳の力となる。しかしそれは同時に黒い人影の存在が消えることを意味しており、悲しげな顔をする紗奈を抱擁した影は実に穏やかな気持ちでその存在を同化させた。共に千歳を見守っていた姉妹とも呼べる彼女の身体を抱きしめていた両腕を見詰めながら、1人になってしまった部屋の中で紗奈が咽び泣く。


 すると今まで姿を現すことのなかったイザナギがはじめて白い部屋に足を踏み入れ、目に映る状況からあの黒い人影がこの精神世界から消えたことを悟った。突然この白い部屋に迷い込んだ彼女は千歳を見守るうち紗奈と同じ愛情を抱くようになり、そして今、主が掛けた(まじない)ではなく自らの意思で愛する彼を救うため希望を託したのだ。


 自身と相反する存在であるはずの彼女が示した意思と行動にイザナギは黙祷を捧げ、ここからなら千歳に助力する事ができると彼の輪廻現(りんねうつ)しの眼の紋様である円環にひとつ光が宿った。すると千歳に自身の天力を授け、右眼の星映(ほしうつ)しの眼の瞳孔を中心に渦巻く龍脈の粒子が円環状の軌跡を描くとやがて輪廻現しの眼を思わせるような紋様へと変化した。


─────

───


 少女からの呼び掛けに背後を振り向いた(おぼろ)は直後、紫ヶ丘にて輝く白い光に『まさか』と声を洩らしながら心を惹かれる。イザナミの憑依によって意識が深淵に呑まれていたさなか若葉(わかば)は彼とその仲間たちが敬愛する千歳と対立関係にあることを夢で見たかのように、朧気ながら記憶していたが田舎町に似つかわしくないスーツ姿で結月(ゆづき)大社の境内に現れたこの男からは敵意や邪悪なものを感じなかった。


「あなたは兄さ・・・千歳先輩の"敵"なんですか?」


 若葉がこのように問い掛けても朧は『私は・・・』と言い淀むだけで自身が千歳にとってどんな存在かは明言せず、やがて紫ヶ丘から見えていた光が消えると寂しげな表情で俯きながら空間の裂け目を開き、『失礼します』と言葉を残してこの場から去っていった。


 一方で瘴気に穢された大地が浄化されたことにより(かい)たちはなにやら焦った様子で空間に裂け目を生成すると足早に去っていき、輝龍の姿が消失した場所に散らばる岩の残骸の中から千晶(ちあき)が一際強い輝きを放つ宝石を拾い上げ、共に戦った相棒を労うかのようにギュッと握り締めた。


 そしてなおも続く戦いのなか千歳の龍脈が突如として黒から白銀色へと変化し、自分を見詰める彼の眼差しにイザナミは顔を顰めながらチッと舌打ちをした。


(なんだ、()()()は・・・?(わたし)は・・・妾はなにを思い出そうとしている・・・?)

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