Shade
輪廻現しの眼が齎した権能、"修羅道・非天権化"によって弌月の周囲には武装した4本の腕が彼を守護するかのように漂い、対峙している千歳と千尋はその異様な光景に神々しさすら感じた。
ふと1本の腕が消えたかと思えば目の前に現れて薙ぎ払われた刀を千歳は秋水で受け止め、千尋が雷鳴と共に駆け出す。非天権化の腕による槍の一突きも躱しながら距離を詰め、左手の手刀を構えたところで千尋が咄嗟に後方へ飛び退くとそこへ弾丸のような弓矢が飛来し地面に突き刺さった。そして千歳と剣戟を繰り広げていた腕も弌月のもとへと戻り、4本の腕は臨戦態勢にて彼の周囲を漂う。
「やっかいだな、もしかしてあの"腕"も阿修羅なのか?」
「・・・いや、阿修羅があぁなるだなんて聞いたこともない」
戸惑いを隠せない2人に弌月は『ふっ』と鼻を鳴らしながら刀を構えて駆けだし、彼に追従していた刀と槍を持った2本の腕が千尋へ戦闘を仕掛ける。そして真っ向から千歳に斬りかかるが防がれ、弌月が楽しげに表情を歪めた。
「さぁ、お前はどんな力を持っているんだ!?見せてみろ、真っ向から受けて立つ!!」
「くっ─────!」
自身の眼と同じ紋様を描く魔眼を見て弌月は千歳がどのような権能を身に宿したのかという期待に胸を焦がし、千歳本人もこの一瞬で"変異した霊写しの眼"だと思っていた左眼にはなにか特異な力が宿っているのだと悟る。思い返してみれば伊邪奈美の両眼にも同じ紋様が浮かんでおり、とてもこの世のものとは思えない禍々しい力を使っていた。しかし理解したとてその力をどのようにして発現すればいいのかわからず、もう1本の刀を錬成した弌月の一振を躱すため後方へ飛び退くが千歳の速度にも難なく追いついた弌月は二刀流による斬撃を浴びせる。
目まぐるしく迫る刃を捌き、躱し、時折傷を負いながらも千歳が攻撃の隙を見つけ、背後に回り込んで秋水を振り下ろすが弌月は後ろ手に2本の刀を交差させ防ぐ。防戦一方であった千歳も仕返しとばかりに縦横無尽に駆け巡りながら斬撃を繰り出し、断風を使わずとも弌月に傷を負わせるほどに攻め込んでいた。その中で千歳は刀を鞘に納めてから渾身の抜刀術で刀を1本折り、感嘆の声を洩らした弌月は折れた刀を投げ捨てる。
そして互いに間合いをとって仕切り直しとするかのように刀を鞘に納め、呼吸を整えつつ身を屈めるとほぼ同時に駆け出して刀を抜く。抜刀時の勢いをそのまま乗せて放たれた斬撃は鋭い鋼の音を響かせ、戦いの愉悦に浸りきっている弌月が鍔迫り合いのなか『いいぞ』と満面の笑みを向け、千歳もつられるようにニッと微笑んだ。
そこへ突如1本の矢が飛来し、千歳の脇腹を貫通した。苦痛に表情を歪めながら鮮血を吐き散らし、矢の速度から生じる衝撃から千歳の体は後方へと吹き飛んで瓦礫に叩きつけられた。激痛に身体を動かすこともできず口からは苦悶の呻きと共に赤い鮮血が漏れ出る。千歳の名を叫び、駆けつけようとする千尋の行く手を2本の武装した腕が阻み、弓矢を構える2本の腕が千歳にトドメを刺すために再び矢を放つ。
しかし2発目の矢を弌月が刀で斬り裂くと『無粋な真似を』と弓と矢を持つ2本の腕を睨み、自身が命じない限りは矢を構えることすらも許さぬと一喝した。そして先程まで自身と戦っていた若者の前に立ち、久しく待ち望んでいた強敵に哀しげな眼差しを向ける。せめてこれ以上苦しむことのないように介錯をしようと刀をかざし、『さらば』と呟きながら振り下ろすが千歳の身体から溢れ出した黒い龍脈によって形成された黒い腕に刀身を掴まれる。
「なっ─────!」
そして千歳はゆらっと立ち上がり、脇腹の傷も龍脈によって治癒していた。辺りの気温は急激に低下し、白い息を吐きながらあくびと伸びをすると気だるそうな眼差しで周囲を見渡すが本人の意識は無く現在その命を繋いでいるのは千歳が幼少のころ伊邪奈美によって掛けられた呪いであった。
伊邪奈美の手によって殺される以外の状況で千歳が死の危機に瀕したとき体内に宿る伊邪奈美の力が発現し、敵を排除しようとするのだ。まるで意思があるかのように千歳を守護する呪いの力はかつて鬼恐山にて千尋と戦った際にはじめて現れ、親友である彼にも容赦なく牙を剥いたがそのあいだ千歳の意識は"白い部屋"にいたため現実世界においての記憶がない。
「アレは・・・!」
凍てつくほどの冷気と見覚えのあるその姿に千尋が声をあげ、それまで攻撃を仕掛けてきていた2本の腕が弌月のもとへと戻っていく。先程までとはまったく異質な雰囲気を纏う千歳に弌月は後方へ飛び退き、全身に黒い龍脈を纏った黒い人影の左眼には円環の紋様が禍々しい眼光を宿す。
─────"修羅道・非天権現"
千歳の纏う龍脈は6本の腕を持つ巨大な神仏の像を形成し、阿修羅とは違ったどこか神々しさすら感じるその光景に弌月は息を呑んだ。そして千歳を覆う神仏の像が弓矢を構え、弌月は戦闘態勢に入るが放たれた矢の標的は自身の後方に漂う弓と矢を持った腕であり射抜かれた2本の腕は魔力の粒子となって霧散していく。
この一瞬のできごとと千歳の変貌に戸惑いを覚え、弌月が『お前は誰だ?』と問い掛ける。悠然と腕を組む黒い人影は不敵に微笑み、その問いに答えた。
『私は千歳だよ─────』