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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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 飛び交う人影、絶えず響く冷たい鋼の音、初代長門(ながと)───弌月(いつき)と斬り合いを結ぶ千歳(ちとせ)の眼に映る彼はまるで子供のように純粋で楽しそうな笑みを浮かべていた。


(こっちは命懸けだってのになに楽しそうにしてんだか・・・!)


 呆れたように心の中でぼやくが弌月から見た千歳の表情も同じく愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。一刻も早く紗奈(さな)伊邪奈美(イザナミ)から救わなければないこの状況で不本意ながらも千歳は弌月という強敵との戦いを心の奥底───つまり"本能"では楽しんでいたのである。


 そして一旦2人は距離をとって呼吸を整えつつ互いの動作に目を見張る。以前とは違い、自身と互角に斬り結んでいる千歳の上達に弌月は喜びを感じずにはいられず身体が武者震いをした。


 道場での稽古とはまた違う、動作の"起こり"を見逃せば瞬く間に刃が自身の身体を斬り裂くであろうという極限の緊張感のなか千歳は無意識に微笑みを浮かべた。暫くの沈黙の後2人は再び刃を交えて剣戟の音を響かせ、千歳が刃に漆黒の龍脈を纏わせて振り抜く。


断風(たちかぜ)ッ!」


 迫る黒い斬撃を前に弌月が刀に龍脈を纏わせて振り抜くと刃から白銀の斬撃が飛翔し、ぶつかり合った2つの斬撃は突風と共に霧散した。すかさず千歳が鞘に納めた刀を構え、脱力状態から身体をゆらっと前傾させて『ふっ』と息を吐き出しながら大地を蹴り、瞬く間に弌月との距離を詰めた。そして刀の柄をとっ掴んで引き抜き、龍脈を纏わせた刃で居合切りを繰り出すが弌月の反応速度は凄まじく刀で防御されてしまう。


「いい踏み込みだ、よき師のもとで修行を積んだようだな」


「そりゃどうも・・・」


 渾身の一撃を防がれたうえで称賛の言葉を贈られ素直に喜べはしなかったが落胆することはなく千歳は鍔迫り合いのまま刀に龍脈を纏わせ、ゼロ距離で断ち風を放つと漆黒の斬撃が渦巻いて2人を覆った。そして千歳が渦の中から飛び出し、龍脈の鎧───龍装(りゅうそう)を身にまとっていたがゆえに巻き込まれておらず、弌月も咄嗟に阿修羅(アシュラ)を発現しており無傷であった。


「阿修羅か───」


 千歳は納刀して両手の掌を合わせ、龍脈を練り上げて龍の姿を(かたちど)り更に龍装を纏わせる。その光景に『ほぉ』と感嘆の声を洩らしながら弌月も自身の阿修羅に龍装を錬成し、2人の阿修羅は人々を恐怖に陥れていた邪龍と並ぶまでに巨大化した。意志を宿した龍脈が咆哮をあげ、中心部に立つ千歳と弌月は互いに睨み合う。


「以前とはまるで別人だな、坊主(ボン)───いや、もはや坊主とは呼ぶまい」


 弌月が自身に脅威をもたらす者として千歳を認め、張り詰めた緊張感が漂う。黒と白、2色の対峙する阿修羅が剣を構えた。そして───


「「いざッ!!」」


 2人の掛け声と共に剣を薙ぎ払い、剣戟は周囲に鋼の音と突風を撒き散らしてその衝撃は大気を揺るがした。新たな怪物の出現に辺りが騒然とするなか弌月は悠然と腕を組み、千歳が完全体の阿修羅を維持するため掌を合わせたまま集中して龍脈を練り上げているのが見え、『ふっ』と微笑んだ。そして一気に勝負を着けるため千歳は阿修羅の持つ剣に龍脈を纏わせて断風を放つかのように振り下ろすが受け止められ、刃の龍脈は弌月の龍脈によって相殺された。


「やはりその阿修羅、まだ完全には制御できていないようだな!」


「くっ・・・!」


 不死の身体と無尽蔵の龍脈を持つ星霊(せいれい)の弌月とは異なり、千歳にとってこの完全体の阿修羅を発現するというのは膨大な龍脈と集中力が必要なため実質的な切り札としていた。鍔迫り合いのなか千歳はひとつ深いため息をつくと龍脈を練り上げ、阿修羅が持つ刀の刀身に先程よりも膨大な龍脈を纏わせる。


「むっ・・・!?」


 急激に増大した千歳の龍脈に弌月は戸惑い離れようとしたが時は遅く、漆黒の龍脈が斬撃となって再び2人を阿修羅と共に覆いつくした。人間である千歳が放つ断風とは大きさと威力が段違いであり、まるで竜巻のような暴風が周囲に吹き荒れる。やがて静寂に覆われたその場には地面に片膝をついた千歳と変わらず腕を組んで立っている弌月のみが残り、2人の阿修羅は姿を消していた。


「まさかあのような隠し玉があったとはな・・・」


 生前、初代有間(ありま)の他に自身の阿修羅と渡り合える者などおらず千歳が放った決死の一撃で阿修羅を破られたことに感心を洩らし、そんな弌月に千歳は『ふぅ』と大きく息を吐いて立ち上がり口を開いた。


「本当は・・・伊邪奈美(イザナミ)との戦いまで取っておきたかったんですけどね、でもアナタは出し惜しみをして倒せる相手じゃない」


「大きく出たな、俺を倒すなどと・・・」


 千歳の言葉に弌月は永らく得ることのできなかった感情の昂りを覚え、呼応するかのように魔眼の円環の紋様が光を放つ。すると背後から人影が揺らめいて彼の隣に並び立ち、まるで分身のように弌月の姿を模倣した。突如としてもう1人の自分が現れ、弌月はすぐにそれが自身の魔眼に宿った権能によるものだと理解する。その信じ難い光景に千歳は眉をひそめ、弌月が『いけ』と言葉を掛けると分身は駆け出して千歳に攻撃を仕掛けた。刀を持っておらずとも拳撃や蹴りなどの格闘術は本体となんら遜色はなく、防いだ際に伝播する打撃の重さから実体があるのだと認識させられる。


(これじゃ本当にもう1人の初代長門(ながと)だ、もし2人が同時に阿修羅なんて使ったら─────)


 千歳の思考を見透かしたかのように笑みを浮かべ、2人の弌月が練り上げた龍脈で阿修羅を発現する。マジかよ─────と、千歳は思わず笑いが零れ、この絶望的な状況をどう打開するか思考を巡らせるがまだ完全体の阿修羅で消耗した龍脈が回復しておらず妙案など浮かばない。それでも弌月が発現した2体の阿修羅は剣を振りかざし、千歳へ向けて容赦なく同時に振り下ろす。万事休すかと思われたその時、紫の閃光が過ぎ去っていき千歳の姿も消えていた。


(今の光はもしや・・・)


 標的を見失った2人の弌月がそれぞれ周囲を見渡すと閃光は離れた場所へと着地しており、紫電を纏った千尋(ちひろ)が千歳の肩を抱えるようにして救出していた。完全体の阿修羅同士による戦いを目撃し、危機に駆けつけた千尋は千歳を降ろしながら非現実的な光景に表情を引き攣らせる。


「なにがどうなったらあの初代長門が2人もいるなんて状況になるんだ・・・?」


「千尋か・・・ふぅ、マジで死ぬかと思った」


 そう言ってふらつきながらも『よし!』と声をあげ、大きく息を吐いて気を引き締める千歳の隣に千尋が並び立った。


「相手は2人だ、いくらお前でも1人じゃキツいんじゃないか?」


「─────っ」


 もとは自身と弌月の戦い、手出しは無用と言いたいところではあったがもはや1人では打開策が浮かばないのも事実。千歳は千尋の共闘の申し出を受け入れ、共に2人の弌月が待ち構える戦場へと歩を進める。


「わりぃな・・・」


「いいってことさ、俺とお前の仲だ。切り抜けるぞ・・・俺とお前でな─────!」

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