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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
116/155

Phantom

 邪龍(じゃりゅう)千晶(ちあき)千悟(ちさと)に任せ、千尋(ちひろ)が自らの戦う相手である天翁(てんおう)のもとへたどり着くと彼はまるで来るのをわかっていたかのように悠然と待ち構えていた。そして霧の中から老人の姿で現れ、ニコッと親しげな笑みを向ける。幼き頃から祖父の万歳(ばんさい)と共に今の姿の天翁と顔を合わせていた千尋はその度に双璧である有間(ありま)家に生まれた名誉と誇りを彼から()かれており、祖父のような偉大な当主になるように言い聞かされていたのを今でも思い出せる。厳しさと優しさを兼ね備え、その立ち振る舞いに千尋はどこか祖父の面影を重ねていた。


『よう来たな、千尋』


 名前を呼ぶ優しい声色、そして向けられる柔らかな笑みはまさに祖父の親友であった天翁そのものであるがそれだけにこうして自分たちと敵対している現状の彼を不思議に思った。


「アンタは本当にあの"天爺(てんじい)"なんだよな・・・?」


『ほっほ、これは懐かしい。その名を呼ぶ度、万歳がお前を叱っていたな』


 昔を懐かしみながら笑い声をあげてはいるが天翁は(かい)を使用人として有間家に送り込み、有間家の再建と称して家族や千尋の許嫁である美琴(みこと)を危機に陥れた。長門(ながと)家の者たちや千悟の協力もあって騒動は収まったがこの件以降、万歳は黒幕であった天翁と袂を別つこととなる。そして現在、再び敵として自分たちの前に立ちはだかった天翁を前に千尋は紫電を纏った。


「なにを企んでるのかは知らないが、次期有間家当主として俺はアンタらを止める!」


『その意気やよし!かの初代有間を退けしその力、見せてもらおう!』


 天翁が紅蓮の炎を身に纏い、渦巻く炎はその形状(かたち)を変化させていく。その姿はまるで万歳や初代有間───壱陽(いちよ)加具土命(カグツチ)のようであり、千尋は神妙な面持ちで紅焔の神像を睨んだ。長い付き合いであったという万歳でも天翁の正体はわかっておらず、鬼恐山(おにおそれざん)に現れた時の姿は始めて見たのだと言う。『雲を掴む』という言葉のまさしく『雲』、不気味に思う千尋の疑念を見透かしたかのように天翁が次の言葉を掛けた。


『我に"(じつ)"は無く、我が身は"幻影(うたかた)"』


 千尋は告げられた言葉の意味を模索し、あくまで想定ではあるもののひとつの答えを導き出した。それは"正体がわからない"のではなく、そもそも"正体など無い"ということである。


『さて、そろそろ始めるとしようか。有間の末裔よ───!』


 神像が大振りに紅蓮の拳を突き出し、千尋は見切って躱しながら懐へ潜り込んで紫電を纏わせた手刀を一閃した。炎の鎧は切り裂かれ、覆われている本体を攻撃しようとしたが誰もおらず千尋は一旦距離をとる。そして周囲を見渡しても天翁の姿が見えず、警戒する千尋に紅焔の神像が『どこを見ている?』と語り掛けてきた。その声は先程まで話していた天翁のもの、しかし神像の中身は空洞で確かに誰もいなかったはず。一瞬動揺したが同時に千尋は天翁の言った言葉の真意を理解した。


 『"実"が無い』─────つまり天翁には実体そのものが無く、何者にでもなれるということ。いま千尋と対峙している紅焔の神像、天翁の魔力によって顕現したと思っていたそれは彼そのものだったのだ。雷切(らいきり)によって切り裂かれた傷は瞬く間に癒え、表情から千尋が答えに行き着いたことを察した天翁はニヤリと笑みを浮かべる。そして紅蓮の炎は渦を巻き、神像は千尋を遥か見下ろすほどに巨大化した。辺りには魔力の粒子が飛び交い、火花となって散りながら天翁の魔力の一部として神像に取り込まれていく。その光景を見た千尋にひとつの思考が巡り、思わず眉をひそめた。


()()()()───なんてものは望めそうもないな」


『ほっほ、聡明聡明!この世界の大気中に蔓延る魔力の塵でさえも儂の一部、我が魔力量は無限(なり)!』


 高笑いを響かせながら紅焔の神像はなおも魔力を増し、初代長門(ながと)が以前に発現した完全体の阿修羅に迫るほど巨大化した。現実離れした光景に辺りは騒然とし、鬱陶しそうに天翁が人々を見下ろしながら掌を向けると千尋は咄嗟に帝釈天(インドラ)の紫電を身に纏って飛翔した。神像の掌には炎が渦を巻くように集約し、その紅蓮の玉は太陽を彷彿とさせた。そっと手を離し、紅玉はゆっくりとした速度で人々のいる場所へと落ちていく。


 得体の知れぬ物体が迫り、悲鳴をあげて逃げ惑う人々を見て天翁は再び愉快な高笑いを響かせる。そこへ千尋が駆けつけ、吹きつけてくる熱風に耐えながら紅玉を人々のいない上空へ向けて思い切り蹴りあげた。凄まじい速度で上昇した紅玉は音もなく炸裂すると炎と衝撃波を撒き散らしながら空を灼き、瞬く間に煌びやかな粒子となって霧散した。


 まるで花火のように消えていった紅玉を見て千尋は深いため息をつきながら安堵し、どこか残念そうな雰囲気の天翁と再び対峙する。そして今の混乱の中で神像はさらなる変貌を遂げ、その姿はまさしく神そのものと呼べるに値するほどの神々しさと威厳を纏っていたが千尋は気圧(けお)されることなく眼前に佇む神を睨みつける。


(魔力量は無限、あの太陽みたいなのをいくらでも創れるってことだ。なら───!)


 千尋は左手を前にかざし、紫電を1本の槍に変化させてガシッと力強く掴んだ。そしてビュンビュンと回しながら構えると狙いを定め─────


「『雷霆(ヴァジュラ)』─────!」


 勢いよくぶん投げられた雷槍が真っ直ぐ飛翔し、紫電の尾を引きながら瞬く間に天翁の心臓を貫くと雷鳴が鳴り響いた。断末魔の叫びをあげることもなく神像が崩れ落ちていき、緊迫感から解放された千尋が地面に膝をついて息を整えているところへひとつの人影が歩み寄って声を掛ける。


『見事だ、千尋や』


「天翁・・・!?」


 倒したと思っていた天翁が現れ千尋は立ち上がろうとするが、天翁が手で制止し戦う意思がないことを示す。


『言ったであろう?"我に実は無い"と、この世に魔力がある限り儂は不滅なのだ・・・』


 そして不思議そうな表情を浮かべる千尋に自身が生きている理由を説明し、『ゆっくり休むといい』と労いの言葉を掛けると天翁はまた満足気な高笑いを浮かべながら霧と共にこの場から姿を消した。そんな彼にいっそうの不気味な印象を抱きつつも千尋は自身の渾身の一撃を受けた際の天翁の表情を思い出していた。


(雷霆に貫かれたあの時、ヤツは笑っていた。いったい何を企んでいるんだ・・・)

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