Finishing touch
緊急事態を報せるサイレンと人々の悲鳴が紫ヶ丘の街中に響き渡り、その騒ぎの中心では千歳と伊邪奈美が対峙していた。彼女が呼び出した邪龍が千歳を睨んでは唸りをあげ、その大きさゆえか声は地鳴りのように響く。イザナミは周囲を見渡し、人々をさらなる恐怖へ陥れるため権能を行使しようと手をかざして言霊を唱えるがなにも起きず、しかし不思議がる様子もなく"チッ"と舌打ちをしながら手を降ろした。
(やはり天道を開いている間、他の権能は使えぬか・・・)
そこへ突然深い霧が立ち込め、中から天翁が現れる。イザナミと邪龍を前にして跪き彼女へ忠誠の意を示すと紅蓮の炎を身に纏い、加具土命のような神仏へと形状を変化させる。そして嘲笑うかのような失笑を洩らしながら『1人で何ができるものか』と千歳に問い掛け、紅炎の神像が拳を突き出す。千歳が阿修羅で迎え撃とうとした瞬間、紫電の神像が目の前に現れて迫る拳を防いだ。
「大丈夫か?千歳───」
紫電を纏った少年───千尋が問い掛け、千歳は『助かった』と頷く。『ふっ』と笑みを浮かべ、千尋は対峙する神像を見詰めながら既視感に似たような感覚を覚える。
「なんでアンタが加具土命を?」
『帝釈天、使いこなせているようだな。重畳也』
千尋からの問いに答えず、満足気にそう言って天翁は紅蓮の炎を納めた。そしてどこからともなく刃音が鳴り渡り、空間が斬り裂かれると割れ目から鎧を身に纏った男が姿を現す。刀を鞘に納めながら男はどこか気さくな雰囲気で千歳に声を掛ける。
「久しいな、坊主」
「長門 弌月・・・!」
弌月と立ち会った千歳は龍脈で秋水を錬成し、刀の柄に手を添える。そこへエンジン音を轟かせながら1台のバイクが颯爽と到着し、ヘルメットを外した千悟がバイクから降りて魔装兵器であるリボルバー銃をくるくると回しながら千歳と千尋のもとへと歩み寄った。
「悪ぃな、勉強会してたら遅くなった」
「「勉強会!?」」
思いもよらぬ言葉が千悟から飛び出し、千歳と千尋は驚いた。その緊張感のない雰囲気に天翁は呆れたようなため息をつき、千歳が天翁の名を呼ぶと先程の問への答えを返す。
「天翁、俺は1人じゃない。こうして駆けつけてくれる親友がいる、お前たちを倒して紗奈ちゃんを救ってみせる!」
『こちらには星霊、そして"災厄"そのものである邪龍が手駒にある。人間如きが手に負えるものか!貴様らも、そしてこの世界は今日この日、終末を迎えるのだ!』
なおも不敵の笑みを絶やすことはなく天翁は演説者のごとく声を張り上げ、共鳴するかのように邪龍が禍々しい咆哮を発した。その雄叫びに混じって千歳にはスマホから着信音が鳴っているのが聞こえ、画面を見ると関西にいるはずの千晶からであった。
「千晶か!?」
『千─せ!いまそ──に──ってるから待っ─────!』
懸命に用件を伝えてこようとしているが千晶の声は風に遮られ、結局なにを話しているのかもわからぬまま通話が終わった。いつの間にか邪龍の巨大な身体から大地に降り立ったイザナミは空間をひと睨みしただけで社殿を構築し、中に入って座椅子に座り込みながら外の風景を悠々と眺めている。そしてイザナミに『やれ』と命じられた邪龍は巨大な腕を振り上げ、千歳たちに向けて振り下ろした。
回避することはできる。しかしこの場にはまだ逃げ遅れている人々が大勢おり、千歳たちはなんとか阻止する方法を考えようとするが邪龍の巨腕はそこまで迫っていた。すると突然、大地を揺らす程の衝撃と共に一体の巨大な龍が現れて邪龍の腕をとっ掴んで阻止した。2体の巨大な龍は睨み合いながら互いを威嚇するかのように唸り声をあげ、思わぬ光景に唖然とした様子の千歳たちにどこから声が聞こえてくる。
「おーいお前ら!間に合ったみたいだな!」
周りを見渡す千歳たちに声の主は『上だ上!』と声を掛け、上を見上げると邪龍と対峙する龍の上から千晶と桐江が円盤状の岩に乗ってエレベーターのようにゆっくりと降りてくる。そして悠然とした態度で『よっ』と声を掛ける千晶に千歳たちはさらに唖然とした。
「お前・・・今さっき電話したばっかだよな?つかあの龍はいったい・・・」
「安心しろ、アイツは俺の相棒だ」
そう言って千晶は自身の相棒と称する巨龍を親指で差し示し、ダイヤモンドの如き煌びやかな鱗の鎧を纏いし龍は咆哮をあげながら自身よりも体躯が大きい邪龍と押し合いを繰り広げ、その光景に天翁は『バカな』と声をあげて驚いた。
『まさか、邪龍と互角に渡り合える生物がこの現世にいようとは・・・!』
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「魑魅魍魎が跋扈したかの時代、国を襲った妖魔の中には山のように大きなモノがいました」
関西で活動する講談師、この日も彼はいつものように伝話を語っていた。かつて若くして王座についた偉大なる王が成し遂げた偉業、その話の続きを。
─────山々をも見下ろすほどの巨躯を誇ったモノノ怪、ソレが現れても人々が恐れ慄くことはありませんでした。なぜならこの国にはかの偉大なる王がいたからであります。
しかしながら王も人の身、あまりにも巨大な妖魔を目の当たりにして考えます。そして王は以前のように言霊を唱え、それに応えるかのようにひとつの鉱山が龍へと姿を変えたではありませんか。巨大な山脈は肉体と化し、鉱石は鱗となり集まっては鎧となる。龍は勇ましく咆哮をあげながら巨大な妖魔に立ち向かうとこれを退け、王と共に国民たちからの賞賛をその身に受けます。金剛石の鎧を纏ったその龍は輝龍と呼ばれ、守り神として民たちから慕われながら王と共に悪しき者たちから国を守りました。
王が唱えしその言霊、名を"画魎転睛"。雄大豪壮、生み出したる龍の大きさは即ち、王としての器の大きさ也。
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「頼むぞ輝龍、俺たちと一緒にこの世界を守ってくれよ・・・!」
千晶は自身が呼び出した龍を誇らしげに見上げ、信頼を込めた言葉を掛けるとその声に応えるように巨龍は再び咆哮をあげた。
『あの童、まさしくかの王の再来と呼ぶに相応しい英傑。厄介なことこの上なし・・・!』
以前と同じく千晶の才覚に感心し、天翁は本人の知らぬうちに賞賛の言葉を送った。そのようなことは露知らず千晶は振り向き、千歳と千尋を呼ぶ。
「あのバケモンは俺と千悟に任せろ。お前らには戦うべき相手がいるだろ?」
「えっ、俺!?」
突然の指名に驚いたが千晶になにか考えがあるのだろうと千悟は親指を立ててサムズアップを決めながら『死ぬなよ』と千歳と千尋に声を掛け、戦いの場へ赴く2人を見送った。そして『さてと』と声をあげる千晶と共に輝龍と押し合いを繰り広げている邪龍を見上げリボルバーを構えた。