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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Happiness

「千歳くん、明日は紫ヶ丘(むらさきがおか)行こうよ」


「いいよ、なにかあるの?」


「ふふふ、内緒♪」


 4月になると千歳(ちとせ)たちは3年生へ進級し、始業式を兼ねた入学式が終わった放課後、帰り道で紗奈(さな)が千歳をデートに誘った。目的は告げずに待ち合わせの時間だけを決め、なにやら上機嫌な紗奈は手を振りながら自宅へと帰って行った。


 翌朝、身支度を整えた千歳は外で待っていた紗奈と挨拶を交わしてバスに乗った。そして紫ヶ丘のバス停でバスから降りた2人はショッピングモールの中へ入っていくがやけに人が多いので千歳は不思議に思い、しかし隣を歩く紗奈はなにかを知っているようである。千歳がなにかイベントがあるのかと訊ねてみると紗奈は『じゃーん!』と得意気な笑みを浮かべながら映画のチケットを2枚取り出して見せた。


「キャプテン・ドラゴンの新作の試写会に応募したら当たったんだ♪千歳くんと一緒に観たいなって思ってさ」


「えっ、すごい!」


 千歳の龍脈の師匠であり俳優のダンテ=エヴァンスが主演を務める『キャプテン・ドラゴン』、作品の大ファンである紗奈はこれまで一緒に映画を観てきた千歳をこの試写会に誘ったのだ。紗奈が前日から上機嫌だった理由に納得し、ダンテも舞台挨拶に訪れると知って久しぶりに師匠に会えると千歳も楽しみであった。そして観客が映画館の座席に座り、時間になると司会が現れて試写会の開催を告げる。映画内の登場人物を演じたキャストの紹介が行われ、主演のダンテが現れた瞬間会場内は歓喜の声に満たされた。歓声に手を振って応え、千歳と紗奈に気づいたダンテはニコッと嬉しそうな笑みを浮かべる。


「皆さま、本日はキャプテン・ドラゴン新作の試写会にお越しいただき、誠にありがとうございます!」


 そしてマイクを渡されたダンテは日本語の通訳の者を付けることも無く話し始めた。彼が日本語を話せるというのは世間で知られていることではあるが、やはりその流暢な日本語に会場の観客や俳優仲間からは感嘆の声があがっている。


「会場にいらっしゃる皆さま、そして日本に暮らす友人たちに楽しんでいただければと思います」


 そう言ってダンテは深くお辞儀をして挨拶を終え、千歳と紗奈に向けてパチッとウィンクをした。それから会場は暗くなり、スクリーンにはキャプテン・ドラゴンの映画が映写される。今作は高校生である主人公『エース』が卒業を間近にして自身の進路について思い悩むという『未来』をテーマにした内容である。


 今でこそ悪が現れればその場に駆けつけているが将来はどうなのだろうと葛藤しながらも最後は悪のボスを倒し、エースは平和を脅かす悪人たちから世界を守りたいという己の正義感に"答え"を見出す。いつしか彼は憧れていた先人たちのような偉大なる英雄(ヒーロー)になり、世界とそこに住む人々を悪の手から守っていた。ラストシーンでは子供を助け、決めゼリフを言い放ってマントをたなびかせながら青い炎と共に去っていく。そして助けられた子供がその姿にヒーローへの憧れを抱いてエンドロールが流れ、映画が終わると会場が明るくなり拍手の渦が巻き起こった。


 湧き上がる歓声、観客の笑顔を見たダンテは満足気な笑みを浮かべ、最後は観客席を背景にキャスト陣が記念撮影をして試写会は終了した。そのあと千歳と紗奈の2人は喫茶店で余韻に浸り、恍惚とした表情で紗奈が作品の感想を語っている。


 そしてひとしきり語ったあとまだ遊び足りないと2人はショッピングモール内を見て回り、ウェディングプランナーの店の前を通った時にウェディングドレスが飾られているのを見て紗奈は思わず立ち止まった。純白に光るようなドレスをガラス越しに見つめ、『綺麗』と呟くとスタッフの女性が歩み寄ってきて『着てみますか?』と笑顔で話し掛けてきた。『いいんですか?』と遠慮がちに尋ねてみると『暇ですから』と気楽な雰囲気で微笑み、紗奈は引っ張られるように更衣室へと連れていかれた。しばらくして更衣室のカーテンが開き、純白のドレスに身を包んだ紗奈が千歳の目の前に姿を現す。頬を赤らめて照れながら紗奈が感想を求め、千歳は見惚れながらも『綺麗だよ』と素直な感情を伝えた。


 それからスタッフの女性は千歳と紗奈を隣同士で立たせ、カメラを構えた。千歳は私服であったが気にすることはなく『式を挙げる時は是非ともうちにお願いしますね〜』と言いながらシャッターを押すとフラッシュと共に写真が撮られ、眩しさからか紗奈の意識が一瞬歪む。そしてスタッフの女性に腕を組むように言われ、紗奈が千歳の腕をギュッと抱きしめて天に昇るような多幸感のなかどこからか声が聴こえてくる。




─────開け、"天"




 純白のドレスが瞬く間に黒く染まり、紗奈の身体が宙に浮いて店の外に出ていく。突然の出来事に呆けているスタッフの女性に千歳は今すぐ避難するように言葉を掛け、店の外に出るとショッピングモールの吹き抜けの真ん中で(そら)高く浮いている紗奈を見詰めた。


『久しぶりだな、長門(ながと)───いや、伊邪那岐(イザナギ)


伊邪奈美(イザナミ)・・・!」


 漆黒のドレスに身を包んだ紗奈が禍々しい微笑みを千歳に向け、眼が魔眼に変異していた彼女に千歳は伊邪奈美の名を呼ぶ。そしてここで戦えば多くの人たちが巻き込まれてしまうと考え、一刻も早くこの場から離れようとするがイザナミが手を下にかざしてそこには複雑な魔法陣が浮かび上がった。


『なるほど、これは随分と面倒な封印を施したものだ。だが───』


 その魔法陣を見つめながらニヤリと笑みを浮かべ、手をギュッと握りしめた。すると魔法陣は音を立てて崩れ、光の粒子となって霧散した。次の瞬間、地鳴りを響かせながら大地がなにかに突き上げられたかのように揺れ始めた。人々は悲鳴をあげながらその場から一目散に外へと逃げ去っていき、ショッピングモールの中と外にあるスピーカーから緊急事態を報せるサイレンが鳴り響く。


 そして1階の床がひび割れて隆起するとなにか巨大なものが大地の底から姿を現し、あまりにも巨大なそれはショッピングモールの天井を突き破ってついには建物を内側から破壊してしまった。阿修羅で身を守っていた千歳は周囲が瓦礫の山と化したことに愕然とし、目の前にいる山のように大きな生物を見据えた。


「まさか、こいつは─────!?」


『かの者がいない現在(いま)、"邪龍(じゃりゅう)"が(もたら)す災厄にどう抗うのか、見せてもらおう。人間─────!』


 自身を目覚めさせた神に付き従うように邪龍は咆哮をあげ、鳴り響く声は人々の心を呑み込み恐怖へと陥れる。少女が未来に視た終末(おわり)がいま始まった。

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