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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Inheritance

 夕方になると長門(ながと)家のリビングでは(かえで)が夕飯の準備を始め、双子姉妹の姉である紅葉(もみじ)がエプロンを着けて母を手伝っている。そこへ部活動から帰ってきた青葉(あおば)が『ただいま』とリビングへ顔を出し、母と姉は『おかえり』と声を掛ける。そして疲れた様子の娘に楓がシャワーを浴びて着替えてくるように言うと青葉は『はーい』と素直に返事をして2階の自室へと向かい、1分もしないうちに1階に降りて浴室へと入っていった。


 千歳(ちとせ)はと言うと家の庭の縁側に座り、徐々に色が変わっていく空模様を眺めながら思いに暮れていた。


 完全体の阿修羅を発現できるようにはなったものの、初代長門と戦うためには剣術も磨かねばならない。しかし剣術の師匠である祖父、万尋(まひろ)には『教えることはない』と言われたのでどうしたものかと悩んでいた。


(いっそ道場破りとかでもしてみるか・・・?)


 ふと千歳は他所(よそ)の道場の門を叩き、『頼もー!』と声をあげている自分の姿を想像して『ふっ』と笑う。そしてやはりと言うべきか答えは思いつかず、限りなく黒に近い紺色の夜空を見上げながら溜息をついた。


「おーおー悩んでるな、千歳」


 突然声を掛けられ、驚いた千歳が正面を見ると万尋が塀の上から顔を出していた。『よう』と気さくに挨拶をしながら万尋は千歳の隣に座り、昼間に会ったばかりだというのにどうしたのかと尋ねられると千歳がまだ思い悩んでいるのかを心配して来たのだと言う。


「あの様子だとお前さん、道場破りとかやりそうだなと思ってよ」


「し・・・しないよ」


 先程までの思考を見透かされ、ギクッとしながら千歳は言葉を返す。その動揺を察しながらも万尋は『そうか』と微笑み、足を組んで頬杖をついた。


「はじめて千歳が『剣術を教えてほしい』つって俺のとこに来た時、俺は悩んだ。やんちゃやってた時の剣術を幼い子供であるお前に教えていいのだろうかとな。俺も指導者として子供にも教える立場でもあったしよ・・・だからお前には自分の身を守るための剣術を教えた」


 "やんちゃやってた時"とは祓魔師(ふつまし)であった祖父が『神秘殺し』と呼ばれ、日本各地で異形や妖魔、神秘といった人外の存在と戦っていた時のことだろうかと、真剣な表情で語りはじめた万尋の話を千歳は静かに頷いて聞いている。


「もしお前が本当の"長門流剣術"ってのを教わりたいなら、明日学校が終わったあと道場に来い。そんときゃ正式な弟子として超一人前の剣士に育ててやる」


 そう言いながら万尋は立ち上がり、ふと2人の話し声が聞こえてきた楓がカーテンの隙間から外を覗く。すると縁側で息子が義父と話していたので慌てて窓を開けた。


「お義父さんいらっしゃってたんですか!?すみません!気がつかなくて・・・」


「ちょいと千歳と話しに来ただけでもう帰るから大丈夫だよ、こっちこそ騒がせてすまんな」


 万尋はニカッと笑顔を見せながらリビングにいる双子姉妹とも手を振り合い、『またな』と千歳に声を掛けて長門家をあとにした。そして祖父が来たことを知らせなかった事に母から注意を受けた千歳は手を合わせて『ごめんなさいでした』と謝り、楓は自身も突然の来訪で気付けなかったということもあって『次はちゃんと教えてね』と優しく息子に言い聞かせた。


 翌日、学校から帰宅してすぐ祖父の道場に向かった千歳は祖父に稽古着に着替えるよう言われ、久しぶりの稽古着に懐かしさを覚えながら道場で万尋と向かい合う。


「今日からまた剣術を教えるが、以前に教えてたものとは本質が異なるからそのつもりでな」


「はい、よろしくお願いします!」


 千歳が挨拶の言葉を述べ、お辞儀をするとさっそく稽古が始まった。祖父の言った通り幼い頃に教わっていた剣術とは型が異なっており、戸惑いながらも千歳はこの日2時間ほどの稽古を受ける。終わり際、万尋から土日は道場があるので稽古は平日の学校が終わった後の放課後につけると言われた。そして道場のシャワーで汗を流した千歳は万尋に玄関まで見送られ、『ありがとうございました』とお辞儀をする。


「千歳、一応聞いておくけどよ。俺がこれから教えようとしてんのは"命を殺す"ための剣術だ、その覚悟はあるんだよな?」


「・・・大切な人を守るために今よりもっと強くならなきゃいけないんだ。そのための覚悟ならもうできてるよ」


 その言葉を聞いた万尋は昼間に千歳が見せた真剣な眼差しの理由を察し、『そうか』と納得したように頷いた。


「お前がいったい誰と死合うのかは聞かねぇ、俺の剣術を骨の髄にまで叩き込んでやる。死ぬ気でついてこいや」


「はい、あらためてよろしくお願いします!」


 千歳は再びお辞儀をすると扉を開けて道場をあとにした。帰り道を歩きながら夜空を見上げて手を伸ばし、星を掴むかのように拳をギュッと握った。


(待ってろよ、初代長門。絶対アンタに追いついてやる・・・!)


─────

───


 あれから2ヶ月ほどが経ち、その中で千歳たちの通う酒蔵(さかぐら)高校と関西にいる千晶(ちあき)が在籍する帝刻(ていこく)大附属の高等部では卒業式が執り行われ、美琴(みこと)桐江(きりえ)が卒業した。


 その後の春休み中でも千歳は祖父の道場へ通い、朝から夕方まで厳しい剣術の指導を受けていた。この日は稽古の総仕上げとして2人の真剣を使用しての仕合が執り行われている。以前であればあっという間に万尋に背後を取られていた千歳も祖父から学んだ剣術を活かし、冷たい金属音を響かせながら互角に斬り結んでいた。そして互いの刀の刃がほぼ同時に急所へ添えられた時、2人の動きはピタリと止まる。


「・・・相討ちか」


「なに言ってんのさ、祖父さんの方がちょっと速かったよ」


「ったく、素直に喜んどけっての」


 言葉を交わしながら2人は刀を鞘に納め、道場の床に正座した。最終試験とも言える仕合を終え、万尋の口から結果が告げられる。


「いいんじゃねぇか?()()()()ってことでよ!」


緊張した面持ちの千歳にニカッと笑みを浮かべ、万尋は長門流剣術の免許皆伝を言い渡した。千歳は膝の上に乗せた両手の拳をギュッと握りしめ、誰もいなければガッツポーズをとっていたであろうことがうかがえるほどの嬉しさと安堵が混じった笑顔を見せる。


「教えられるだけのことは教えたつもりだ─────勝てよ、千歳」


「・・・ありがとうございました」


 師匠の言葉に千歳は拳を解き、両手を床についてお辞儀をして感謝の気持ちを述べた。そして帰り際にあらためて御礼を言って千歳は道場をあとにし、外で周りを見渡して誰もいないことを確認すると拳を握りしめてガッツポーズをとった。

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