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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Complete

 冬休みが明け、始業式を終えた千歳(ちとせ)は学校から帰宅するととある場所へ向かった。そこは祖父が営む剣術道場、先ほど千歳が祖父母宅を訪ねた際に祖母から祖父は明日からの授業の準備やら掃除をするため道場にいると聞いて来たのだ。開きっぱなしの扉から中に入り、濡れた雑巾で床を拭いている祖父───万尋(まひろ)と対面する。


「おぉ千歳、今日から学校じゃなかったか?」


「今日は始業式だけだよ」


 そう言いながら千歳はバケツの雑巾に水を含ませて搾って道場の床を拭きはじめ、しばらくしてひととおり終えた2人は道場内の和室でくつろいでいた。


「ありがとな千歳、思ったより早く終わったわ。にしても今日はどうしたんだ?」


「あぁ、ちょっと祖父さんに頼みがあってさ」


 万尋が孫の来訪を不思議に思い、問い掛けてみると千歳は話を切り出した。『頼み?』といっそう不思議そうな表情を浮かべる祖父に千歳は頷く。


「俺にまた剣術を教えてほしいんだ」


 この言葉に万尋は腕を組み、『んー』と声をあげて考える。そして───


「お前に教えることはもう・・・無い!」


「え゛っ」


 腕を解き、あっけらかんとしてそう告げた。これには千歳も驚き戸惑い、その様子に万尋は言葉を続ける。


「剣術の基礎はもう十分に叩き込んだ、あとはもう経験を積んで練度を上げろってこったよ」


「あぁ、そういうこと・・・」


 納得した千歳は次にとある疑問を万尋に訊ねてみることにした。それは千歳以外の家族の中で唯一星映(ほしうつ)しの眼を開眼している祖父にしか聞けないことである。


「祖父さんって"完全体の阿修羅(アシュラ)"使える?」


「完・・・なんだって?」


 『いきなりなにを言い出すんだ?』という言葉が万尋の表情から読み取れ、千歳は『なんでもない』と手のひらを振りながら言葉を撤回した。もしかすれば完全体の阿修羅は初代長門(ながと)である弌月(いつき)にしか発現できないのかもしれない、そんな思考が千歳の焦燥を膨れあがらせる。


「つうか千歳よぉ、俺から習った剣術がありながらまさか阿修羅なんぞに頼りきってるわけじゃねえよな?」


 見かねた万尋が不満げに問い掛け、千歳は断じてそんなことは無いと慌てて言う。今まで戦ってこれたのは祖父から教わった剣術があってこそだと、それは千歳本人が一番身に染みてわかっているのだ。『それならいい』と頷き、万尋は孫になにか助言をしようと手に顎を当てて考えるがそうしたことはあまり得意ではなかった。


「まぁ、なんだ・・・お前はまだ若いんだからよ、なんとかなるだろ」


 と、自分なりの励ましの言葉を掛け、千歳を帰らせた。気の利いた言葉を掛けられなかったことに万尋は万歳(ばんさい)の雄弁さを羨み、そして孫の後ろ姿を見送りながらポツリと呟いた。


「ったく、昔の俺を思い出すぜ。人斬りみてぇな眼ぇしてよぉ・・・」


─────

───


 それから家に帰るや千歳は部屋のベットに寝転がり、大きな溜息をつく。強くなるための切っ掛けを掴めなかった事に焦燥は増すばかりであった。


伊邪奈美(イザナミ)、そして初代長門とはまた戦う時が来る。それまでになんとかしないと───)


 目を閉じて思いに耽る千歳はいつの間にか眠りにつき、あの白い部屋にいた。寝ていたソファーから起き上がり、前のソファーの上でなにやら紗奈(さな)に黒い人影が纏わりつくように抱きついているという光景に不思議そうな眼差しを向けながら千歳が部屋の隅にある襖を開け、中の和室で茶を啜っている伊邪那岐(イザナギ)の向かいへと座る。


『千歳、どうかしたか?』


「いや、なにも・・・ていうかなにも思いつかなくてさ───」


 千歳は目の前に現れた緑茶を啜り、ふとある事を思い出したのでイザナギに訊ねてみることにした。


「前の戦いでイザナミが阿修羅を使っていたけど、イザナギも使えるのか?」


『あぁ、しかし彼女が発現したのは私たち兄妹の身に宿る権能のひとつ、"修羅権顕(しゅらごんげん)"によるもの。お前たち長門家の人間のように龍脈の闘気を龍の姿に変えて発現するのとは異なるのだ』


「そうか、じゃあ"完全体の阿修羅"とは違うのか・・・」


 なにかヒントを得られるかもしれないと思っていた千歳であったがまた振り出しに戻り、顎に手を当てて『んー』と声をあげる。


『阿修羅という能力に詳しい者なら、身近にいるじゃないか』


 千歳もそう思い、祖父に尋ねたが首を傾げられた。それを自身の精神世界の中にいるイザナギが知らぬわけはないと不思議に思ったが、彼の視線は千歳の後ろにある襖の向こうの白い部屋に向いていた。その事に気づいた千歳がバッと後ろを振り向き、『まさか』と声をあげるとイザナギが静かに頷く。


『ずっと一緒にいたんだろう?』


 千歳は襖を開けて白い部屋に戻り、ソファーの上では先程と変わらず紗奈に黒い人影が抱きついている。そんな2人を見て千歳は『そういうことか』となにかに気づき、黒い人影は紗奈から離れ、やっとのことで解放された紗奈はぐったりとソファーに寝転んだ。そして千歳が目の前に歩み寄ってきた黒い人影に『ありがとう』と御礼の言葉を言いながら頭を撫で、その影に塗れた顔の口元がニヤッと微笑んだ気がした。


 それから現実の世界へ意識が戻った千歳はすぐさま人気(ひとけ)のない場所を探し、龍慈山(りゅうなりやま)へ足を踏み入れた。そして山中で両眼の魔眼を開いて龍装(りゅうそう)を身に纏い、龍脈を龍の姿へ変化させていく。


「阿修羅───!」


 解号と共に黒い阿修羅が発現し、千歳が両手の掌を合わせて龍脈を練り上げた。すると以前のように阿修羅が消えかかることは無く黒い龍脈が千歳を覆うかのように渦を巻く。


 千歳の精神世界である白い部屋において紗奈は白い龍脈が具現化した存在、彼女に黒い龍脈の化身であるあの黒い人影が纏わりついているのを見た千歳は最初に発現した黒い阿修羅がすでに完全体だったのではないかと思い至る。そして今、黒い阿修羅は禍々しい威圧感を纏いながら巨大化し、中心にいる千歳の身体は宙に浮いて山や町を見下ろす。全能感にも似た感覚を覚え、昂った千歳の感情に呼応するかのように阿修羅が咆哮をあげるとその声は山鳴りを起こしながら辺りへ響き渡った。

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