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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
111/155

Nostalgic

 椎名(しいな)の屋敷から帰った翌朝、千歳(ちとせ)咲耶(さくや)から預かった手紙を万歳(ばんさい)に渡すため有間(ありま)家の屋敷を訪れていた。案内された広間では万歳が座っており、千歳の姿を見るや『来たか』とつぶやく。そして千歳は彼の向かいに座り、挨拶の言葉を述べるとさっそく咲耶からの手紙が入った封筒を手渡した。その封筒に書かれた『万歳へ』という達筆な字を感慨深げに見つめ、どのような文章が綴られているのかと万歳は思考を巡らせる。


「では俺はこれでお(いとま)させていただきます」


「おぉ、そうか。手間をかけさせたな、礼を言う」


 万歳からの労いの言葉に千歳は『いえいえ』と笑顔で返し、立ち上がってお辞儀をするとその場をあとにした。襖が閉められて1人になった広間で万歳は封筒の封を開け、中に入っている丁寧に折りたたまれた便箋を取り出して咲耶からの手紙を読みはじめる。内容は万歳がしたためた手紙への返事であり、万歳自身が過去のことを今でも悔いていることにも触れていた。緊張からか喉を『コクン』と鳴らしながら読み進め、結論として万歳の悔悟の念を受け入れたうえで許し、再び古き親友としての関係を築こうと書かれていた。最後には万歳の好物であるおはぎを作るから万尋(まひろ)と一緒に屋敷まで遊びに来いという文章で締め括られ、万歳は安堵の表情で俯いて涙を零しながら手紙を握りしめた。


─────

───


 有間の屋敷を出て千歳が次に向かったのは(たちばな)家の前、そこで若葉(わかば)の姉の日輪(ひのわ)と待ち合わせをしていた。昨夜、電話で若葉に境目(さかいめ)町の村長である古茶(こちゃ)の自宅の住所を尋ね、知ってはいるが部活で同行できないからと彼女は日輪に電話を代わった。そして千歳が境目町の道案内をお願いすると日輪は『ええよ〜♪』と快く引き受け、現在に至る。


「日輪さん、今日はありがとうございます」


「気にせえんでええで、今日は暇やったし。それよりも千歳はんから古茶のばあちゃんに会いたいやなんて、なにかあったん?」


 歩きながら日輪に尋ねられ、千歳は肩にかけていたショルダーバッグから咲耶が旧友である古茶へ綴った手紙が入っている封筒を彼女に見せた。紗奈の祖母である咲耶が以前、境目町に住んでおり古茶と親友の仲であったこと、そして自分が手紙の届け人を引き受けたことを説明し、日輪は『なるほどなぁ』と感心したように頷く。やがて2人は境目町へ足を踏み入れ、すれ違う村の人達と挨拶を交わしながら村長宅の前へたどり着いた。インターホンを鳴らすと開いた扉から古茶が姿を見せ、思わぬ来客に驚きながらも2人を応接間へ案内した。


長門(ながと)の坊ちゃんが来てくれるなんてびっくりしたねぇ、今日はどうしたんだい?」


「古茶村長の御友人からお手紙を預かってまして・・・」


 そう言って千歳は先ほど日輪に見せた封筒を古茶の前に差し出した。『花子(はなこ)さんへ』───封筒に書かれたその字体に見覚えがあるのか、古茶は驚いたように目を見開く。そして中の折りたたまれた便箋を広げ、綴られている文章を読んでいくうち目には涙が零れる。


「いやぁ・・・すまないね、歳をとると涙脆くなってしまうよ」


 指で涙を拭い、続きを読み終えると手紙を丁寧に折りたたんで封筒に戻す。そして満足気に微笑みながらひと息つき、千歳の方を向いた。


「坊ちゃん、ありがとうよ。おかげで友達が元気にしていることを知ることができた。本当に、ありがとう・・・」


「───いえ、俺はなにも」


 そして千歳は正月の結月大社(ゆづきおおやしろ)ではじめて話した時に自分の傍にいた女の子が咲耶の孫娘であることを告げ、『あの娘が・・・』とつぶやきながら古茶はあの日に見た紗奈の笑顔を思い出しながら安堵の表情を浮かべた。


 咲耶の娘、椿(つばき)が"厄災(わざわい)の子"を身籠ったという噂はあっという間に伝播(でんぱ)し、『そんなわけがない』『縁起でもないことを言うな』と咲耶と古茶が言っても村の人間たちに蔓延(はびこ)った不安を断ち切るにはいたらなかった。疑心暗鬼に駆られた村人たちは咲耶や椎名(しいな)家の人間を村から遠ざけようとしたが、村長であり彼女の親友でもある古茶はそれを許さなかった。


 しかしこれ以上、庇護を続ければ古茶の立場が危うくなってしまう───


 そう思った咲耶は夫と使用人を連れて境目町を離れ、現在の静かな山村に移り住んだ。『気にする事はない』と必死に引き止める親友に咲耶は行き先も教えぬまま別れを告げ、古茶は神酒円(みきまる)町に住んでいるという咲耶の娘たちと会うこともなくあまりに長い年月が経ってしまった。


 そして今、旧友からの手紙が届き、2人の友情は繋がった。あらためて御礼を言いながら古茶は紙になにやら番号を書いて千歳に手渡す。


「あたしの電話番号さ、(さく)ちゃんの家族に渡して伝えるよう言ってもらえるかね」


「わかりました、お預かりします」


 番号が書かれた紙を千歳は丁寧に受けとり、鞄にしまう。それからは上機嫌な古茶に和菓子とお茶を振る舞われ、ちょっとした世間話をすると『またおいでな』と見送られながら村長宅をあとにした。帰り道を歩きながら千歳は今日、道案内をしてくれた日輪にあらためて御礼を言って彼女を橘家へ見送り、自宅の前に帰ってきた千歳は隣の椎名家の家のインターホンを鳴らす。すると開いた扉から紗奈が顔を覗かせ、ニコッと笑顔を見せると千歳に歩み寄った。


「どうしたの?千歳くん」


「お正月に結月大社で会ったおばあさんが椎名の奥方の親友だったらしくてさ、電話番号を預かってるからお家の人に渡したくて・・・」


 そう言いながら千歳が鞄から取り出した紙を受け取った紗奈は家に入っていき、しばらく経つと服装を変えた彼女が再び外へ出てきた。紙は母親に預けて来たと言い、紗奈はこれからどこかへ遊びに行こうと千歳を誘う。千歳は笑顔で『行こうか』と返事をしながら手を差し伸べ、2人は手を繋いで寒空のもとを歩いて行った。

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