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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
109/155

Doze

 夢を見ていた─────。


 何も見えない真っ黒な空間、そこで私は1人で座り込んでいる。ここには私1人、誰もいなくて何も無い。『終わった後』の世界というものがあるのなら、ここの事なんだろう。小さい頃から見ていたこの夢に『またか』と心の中でため息をつきながら、私は夢の中で瞳を閉じた。夢から覚めれば彼に会える───そう思いながら。


 暗闇から私と彼の楽しそうな声が聞こえ、顔を上げると私が彼に膝枕をしているのだ。映像のように浮かび上がったその情景を私は愛おしげに見つめ、突如として映像は黒い嵐に掻き消される。そしてまったく違う情景が映し出され、それを見た私の意識が奈落へと堕ちていった─────


─────

───


 ふと村を散策しようかと思い立った千歳(ちとせ)紗奈(さな)を誘おうと彼女の部屋の前にやって来ていた。そして襖を開けると紗奈が芹奈(せりな)に膝枕されており、彼女の手には耳かき棒が握られていた。


「あらぁ、坊ちゃんいらっしゃいませ〜」


「ちぃちゃんいらっしゃ〜い」


 芹奈が耳かき棒の梵天で紗奈の耳孔(じこう)をポンポンと撫で回し、吐息を吹きかけると『ひゃう』という気の抜けた紗奈の嬌声が部屋に響き、千歳はドキッとしてしまう。芹奈にお礼を言いながらすっきりした表情で紗奈が起き上がり、そこへ葩子(はこ)もお盆に人数分のコーヒーを載せてこの部屋へやって来た。


「あら、坊ちゃんもいらしていたのですね。ちょうどコーヒーを淹れましたので、お呼びに参ろうかと思っていたのですよ。よろしければどうぞ召し上がってください」


「いいんですか?ありがとうございます・・・」


 千歳の返事に葩子はニコッと微笑み、お盆をテーブルの上に置くと3人にコーヒーを手渡す。暖かいコーヒーを啜り、その美味しさに感嘆の声を洩らしながら芹奈が葩子に尋ねた。


「葩子、コーヒーの豆変えた?」


「うん、前の豆切らしちゃったから」


 なんでも葩子は凝り性なようでコーヒーは豆から挽いて淹れているらしく、自室には紅茶も淹れられるコーヒーメーカーがあるんだとか・・・


「こんな田舎ですと読書やネットサーフィンしかやる事ありませんから、お供のコーヒーや紅茶にはこだわりたいのです」


「お嬢様が来れば色んなお話ができたり、先ほどのように耳かきなどもできるんですけどねぇ・・・よろしければ坊ちゃんもお耳掃除いたします?」


 片手に耳かき棒を持ちながら芹奈が尋ね、千歳は遠慮がちな笑みを浮かべていたが紗奈に強く勧められ、観念して『お願いします』と照れ気味に言うと芹奈は『ふふん♪』と悪戯っぽく微笑み、耳かき棒を紗奈に差し出した。動揺する彼女に芹奈と葩子の2人が『教えますから』と詰め寄り、紗奈も観念して耳かき棒を受け取った。


(紗奈ちゃんを散策に誘うつもりだったのがすごいことになってしまった・・・)


 そんなことを思いながら紗奈の太ももの上に頭を乗せ、『ぷにっ』という感触と彼女の身体から漂ういい香りに千歳はどぎまぎする。紗奈も耳かき棒を手に緊張した表情で千歳の耳を見つめ、芹奈が『大丈夫』と明るい笑顔で彼女の肩を揉んだ。そして紗奈が『いくよ?』と声を掛け、千歳の耳に耳かき棒が触れる。後ろで見ている2人の師匠から作法を教えられながら紗奈は時折、千歳に『気持ちいい?』や『痛くない?』と静かな声で尋ね、うとうととした様子で耳かきを堪能している彼に安堵の表情を浮かべた。


 仕上げに梵天で撫で回し、芹奈がしてくれたように吐息を吹きかける。硬い竹の棒で引っ掻き回されて敏感になった耳孔を柔らかく暖かかな吐息が撫で、千歳は『ん』と声をあげながら身をよじらせた。紗奈はなにかゾクゾクと高揚感に駆られ、コツを掴んだのかもう片方の耳は慣れたような手つきで耳かき棒を操っていた。後ろで見守っていた2人も安心し、芹奈は部屋をあとにして葩子は部屋の隅でコーヒーを啜りながら読書をしている。


「この屋敷に帰ってきて、お姉ちゃんたちと遊んで、今年はちぃちゃんもいる。なんだか嫌なこと全部忘れちゃいそう・・・」


「・・・なんかあったの?」


 ふと手を止めてどこか寂しげな表情で話す紗奈に千歳が不安げに尋ね、ただ『怖い夢をみただけ』と彼女は首を横に振った。そして紗奈が『眠ってもいいよ』と囁き、あまりの心地良さにうとうととしていた千歳はあっという間に眠りにつく。穏やかな寝息をたてている彼の頭を紗奈はそっと優しく撫で、『よし』と小さな声をあげると耳かきを再開した。


─────

───


 起きて───()()()()


 耳に触れるふわふわとした感触と共に紗奈の優しい声が響き渡り、再び彼女の吐息が耳孔をくすぐると千歳が『ん』と声をあげて目を覚まし、紗奈は嬉しそうな笑顔で千歳の顔を見つめた。


「終わったよ、気持ちよく眠れましたか?」


「うん、すごい気持ちよかった。ありがとう紗奈ちゃん」


 紗奈にお礼を言って起き上がった千歳は気持ちよさそうに声をあげながらひとつ伸びをし、いつの間にか戻って来ていた芹奈にお茶と和菓子を振る舞われる。それから2人は芹奈や葩子とボードゲームなどをして楽しい時間を過ごし、夜の就寝の際には紗奈が『一緒に行きたい場所がある』と言って千歳を誘う。『もちろん』と千歳は誘いを受け入れ、『おやすみ』と挨拶を交わして客間に戻ると布団に寝転んで眠りについた。


─────

───


 ─────暗闇の中で泣き声が聞こえる。


 その声を頼りに歩き、そこで俺は俯きながら膝を抱えて座り込んでいる1人の女の子に出会った。聞こえていた泣き声の主は彼女であり、『どうして泣いているの?』という俺の問に『みんな死んじゃった』と女の子は顔を俯かせたまま言葉を返してくる。


「俺がいるよ」


 身を屈ませ、俺は女の子に声を掛ける。すると彼女は泣き声をピタリと止め、涙に濡れた顔で俺を仰ぎ見る。そして手をそっと伸ばして俺を指差すとこう言い放った。


『お前も死ぬんだよ』─────

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