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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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 目を覚ました千歳(ちとせ)の視界に見慣れぬ天井が映り、一瞬混乱したがすぐに自分が紗奈(さな)の祖父母の家に泊まっている事を思い出して大きなため息をついた。そして昨夜に見た情景を思い出した千歳は布団から立ち上がって襖を開け、紗奈の寝ている部屋へ向かう。誰ともすれ違うことなく部屋の前にやって来ると襖をゆっくりと開けて中を覗き、すやすやと穏やかな寝息をたてている紗奈の寝顔に安堵した千歳はまたゆっくりとした動作で襖を閉める。そして客間に戻ろうとした時、廊下で紗奈の祖父である公由(きみよし)と出くわした千歳は会釈をしながら『おはようございます』と挨拶の言葉を述べた。昨晩はよく眠れたかと尋ねられ、少し怖い夢を見たと千歳が正直に答えると公由は『そうかそうか』と笑う。


「まぁ慣れない寝床だしあっちと空気も(ちげ)ぇだろうからなぁ・・・そうだ、目が覚めちまったなら山へ散歩しに行かねぇか?」


 公由が親指で差した外を見てみると昨日の吹雪が嘘のように晴れており、雲が漂う青空から太陽が陽を射している。屋敷にいてもする事はなく、この土地を散策してみたい気持ちもあった千歳は『せっかくなので』と頷いた。それから客間に戻って甚平から着替え、公由が用意してくれた暖かい上着を羽織って外に出ると2人は山に向かった。


─────

───


 雪に彩られた美麗な見た目とは裏腹にその道は険しく、千歳は表情を強ばらせながら足元の雪で滑らぬよう慎重に歩を進める。公由は慣れた足取りと笑顔でスタスタと歩きながら時おり立ち止まっては後ろを振り向き『大丈夫か〜!?』と声を掛け、千歳は『なんとか!』とついて行こうとするがなかなか追いつけず、『ゆっくりでいいからな〜!』と余裕綽々な様子の公由を見て思わず『すげぇな』とつぶやく。そしてようやく追いついたと思ったら公由は立ち止まってある一点を真剣な表情で見つめており、同じ方を見ると少し離れたところで1頭の獣がこちらをじっと見つめていた。


「デカいですね、なんですかアレ?」


「気ぃつけろ、ありゃ()()だ。騒ぐと襲ってくるかもしれねぇ」


 牙を剥き出し、唸り声をあげている様子はどう見ても獣だが、千歳が魔眼で視界に捉えると普段自分が目にする異形たちと同じような黒く禍々しい影を纏っていた。すぐさま龍脈で秋水を錬成して斬りかかろうとするが『殺す必要はない』と公由に制止され、2人が目を離した隙に獣の姿を模した異形はこの機を見計らったかのように森の奥へと一目散に走り去っていった。


「なぜですか、アレは異形なんでしょう?人を襲うかも───」


「ここにいるヤツらは人間の肉なんぞ食わねぇのさ。その証拠に、()()()は俺たちを襲わないで逃げてったろ?」


 公由の言葉通りあの異形の姿や気配はすでになく、人間を食らうものであるはずの異形が自分たち人間から逃げたということが千歳には意外だった。聞けばこの土地には今のような獣の姿を模した異形が複数おり、あれらは生まれついて力が弱いために異形同士の生存競争から逃れたものたちなのだという。虚ろな影であった彼らはこの地に棲む獣たちの生き方を模倣していくうちに姿さえも変わり、やがてこの自然の中に棲む生命の一端となった。


「そんなんだから、前に獣と間違えて撃っちまったことがあってよ。せめてもの供養に埋めてやろうと亡骸に触れたら黒い砂になって崩れちまって、肉も臓物(わた)も、骨すらも残らなかったなぁ」


「異形は人間の敵です、そんなことする必要は・・・」


 当時のことを思い出し、公由が悔しそうな表情を浮かべた。過去に自分と紗奈を襲った仇敵である異形、その亡骸を弔おうとしてそれができなかったという公由が抱く悔恨の情を千歳は理解することができなかった。公由は自分が異形と戦う力を持たぬ人間だからと、千歳の言葉を否定せずにただ『どんなに邪悪な者であろうとも、命は命だ』と一言だけ言った。


 それからは異形に遭遇することもなく無事に下山し、椎名家の屋敷に戻った千歳が散策に誘ってくれたことに感謝の言葉を述べると公由は『おう』と笑顔で頷く。そして芹奈(せりな)を玄関まで呼び、このあと朝食の時間まで川へ釣りに行くことを告げた。慣れない山の雪道を歩いて疲れたであろうと千歳には朝食の前に風呂へ入るように勧め、鼻歌を歌いながらトラックに乗って出かけていった。


「げ、元気過ぎる・・・」


「すごいですよねぇ〜あれでちゃんと大物釣ってくるんですもん」


 公由の無尽蔵な体力に千歳は感心し、芹奈が同意しながら千歳の着ていた上着を預かる。そして浴場へ案内しながら芹奈が朝食のあとに手伝って欲しいことがあると言い、千歳は『わかりました』と頷いて浴場へと入っていった。


─────

───


 朝食後、茶の間には千歳と紗奈、そして芹奈が3人でこたつを囲み、揃って栗の皮剥きをしていた。紗奈と芹奈の2人が慣れた手つきで皮を剥くと栗の実をボウルへ次々と放り込んでいき、はじめての体験に千歳は手こずりながらも2人の見様見真似(みようみまね)でなんとか実だけは傷付けないよう丁寧に剥いていく。


「そうそう、ちぃちゃん上手だね!」


「ほんと、ず〜っと女の子だけでやってましたから。男の子がいるとだいぶ捗りますねぇ♪」


 2人に褒められ、千歳は内心はりきりながら次第に速度が上がっていく。そして夕方前には全ての栗が剥き終わり、芹奈は栗の実が入ったボウルを抱える。


「お二人共お疲れ様でした〜今夜は栗たっぷりの栗ご飯なので楽しみにしててくださいね〜♪」


 そう言い残して芹奈は夕飯の準備のために炊事場へ向かい、紗奈が千歳の右手を両手で包み込んでぷにぷにと揉みほぐす。マッサージが終わるとお返しにと千歳も紗奈の右手を包み込み、揉みほぐしていく。彼女の冷たい手に千歳の手の温度がじんわりと伝わり、紗奈は心地良さそうな柔らかい笑みを浮かべた。


「ちぃちゃんの手、暖かいね・・・」


「紗奈ちゃんの手が冷たいんだよ」


 紗奈は『にひひ』と微笑み、右手のマッサージが終わると左手も差し出した。千歳は彼女の左手も優しく包み込み、またぷにぷにと揉みほぐす。


「でもね、手が冷たい女の子は心が暖かいのですよ」


「・・・うん、そうだね」


 今まで何度も紗奈の優しさに守られ、救われてきた。彼女の手の感触とほのかに伝わってくる命の温もりに、千歳は紗奈を守りたいという思いを強めた。

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