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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Truth Ⅲ

 自分たちが産まれる以前、代々継がれてきた対立が続く頃の長門(ながと)有間(ありま)を垣間見た千歳(ちとせ)は現在、両家が和解していることに安堵する。しかし一方で紗奈(さな)が『厄災(わざわい)の子』として危うく鬼籍に入れられようとしていたことに衝撃を受け、巻物を持つ手が震えていた。そんな千歳にイザナギが声を掛ける。


『大丈夫か?』


「え?あぁ・・・ちょっと衝撃的過ぎて」


 笑みを浮かべてはいるが明らかに千歳は動揺している。咲耶(さくや)が紗奈の恋人である自分に言い淀むのも納得し、巻物を閉じて紐で括るとイザナギに渡した。


『しかし必要なことだ。椎名(しいな) 紗奈が己の内に抱えている闇を受け入れられるのは千歳、お前だけなのだから』


「・・・わかってる」


 2人は頷き合い、イザナギが3つめの巻物を取り出すと『これが最後だ』と言って差し出した。千歳が受け取った巻物の紐に指をかけようとした瞬間、左眼に龍脈が波紋を描き、霊写(たまうつ)しの眼が開眼する。突然のことに戸惑いながらも千歳は紐を解き、巻物を開いた。


─────

───


 とめどなく吹き出す噴水の前で少年が1人倒れており、傍では少女が必死に名前を呼んでいた。


「千歳くん!───千歳くん!」


 『千歳』と呼ばれている少年は寄り添ってくれている少女を不安にさせぬように笑顔を見せ、なにか言葉をかけようとしているが口から漏れ出るのは血と力の無い呼吸の音だけであった。そして2人の前に佇むのは一体の異形、大きく鋭い爪の先には赤い鮮血が滴っておりその爪で少年を切り裂いたのだとわかる。


 やがて少年は意識を失い、少女は彼を守ろうと身体を抱きしめる。異形は楽しげな笑い声をあげながら爪を振りかざし、意味の無いことだとわかっていながら千歳は異形から子供たちを守ろうとするがそれよりも先に異形が動きを止めた。


 異形を睨みつける少女の眼は禍々しい魔眼に変異しており、その眼差しに睨まれた異形は自分が殺される幻覚を見る。異形は大地を蹴ってその場から逃げるように去っていき、少女は立ち上がると意識を失った少年を見てニヤリと笑みを浮かべる。


「あのような下郎に深手を負わされるとはな、伊邪那岐(イザナギ)ともあろう者がなんと情けない・・・」


 この時、少女の意識は暗闇に沈み、身体の主導権を伊邪奈美(イザナミ)に握られていた。伊邪奈美が手をかざすと黒い影が少年の体に纏わりつき、異形に切り裂かれた傷を覆う。そして元々傷など無かったかのように綺麗に塞がり、さっきまで死にかけてたとは思えないほどに呼吸も穏やかになった。


「楽に死なせてやるかよ、お前は(わたし)が直々に殺してやるんだ。産まれたことを後悔する程に、残酷にな」


 唇をペロリと舐め、恍惚とした表情を浮かべるが伊邪奈美はある違和感を抱いた。少年の傷は十分に癒えたというのに黒い影の供給が止まず、胸の奥からなにやら熱い思いが湧き上がる。目の前に倒れている少年を救いたい、守りたいという願い。それは人間の言葉で言うのならば『愛情』というものなのだが伊邪奈美は久しく感じていなかったこの感情に動揺し、自分と少年を繋ぐ黒い影をやっと断ち切った時には力をかなりの消耗しており睡魔につかまったかのような感覚に陥る。この器の主人格である少女、紗奈の意識が目を覚まそうとしていた。


「『汝、長門 千歳は椎名(しいな) 紗奈を深く愛し───命を懸けて守り賜え』。そして・・・いつしかお前は愛するこの女に殺される」


 朧気な意識の中で少年を指差した伊邪奈美は(まじな)いの言葉を口にし、人間離れした声で高笑いを響かせる。やがて笑い声はふと止まり、少女の身体は少年に覆いかぶさるように倒れた。千歳は少女の名前を呼び続けたが彼女はその声に起きあがることもなく映像は滲んだように歪み、幕を閉じる。


─────

───


 あの時、紗奈は千歳を命の危機から救い、イザナミの魔の手からも守ったのだ。真実を見た千歳の眼からは涙が溢れ出して頬を伝い、じんわりと暖かい感情が心を満たす。閉ざされた巻物は黒い粒子となって霧散し、次の瞬間には人の形を模して千歳の身体を抱きしめると取り込まれるように消えていった。


「そうか、そういうことだったのか・・・」


 今の人影の正体を理解し、千歳は緑茶を一気に飲み干してぽつりとつぶやいた。


(守ってくれてたんだ、()()()()()───)


 また涙が溢れ出しそうになり、咄嗟に眼を閉じた千歳にイザナギが話し掛ける。


『深層意識に堕ちる前、伊邪奈美はお前に(まじな)いをかけた。私であればその呪いを───』


 イザナギがなにかを言おうとする前に千歳が掌をかざし、言葉を遮った。


「その先を言ったら、俺はアナタを許さない」


『───そうだな、無粋な言葉を口にするところであった。すまない』


 千歳にとって紗奈を愛し、彼女を守ることは自分の意志であり断じて呪いなどではない。それはイザナギにもわかっていたことではあったが、あらためて千歳の真剣な眼差しとその覚悟にイザナギは微笑みを浮かべながら続きの言葉を緑茶と一緒に飲み込んだ。


『そして君に頼みたい、伊邪奈美を止めるために協力してほしい』


「やっぱり、まだイザナミはいるんですね?紗奈ちゃんの意識の中に・・・」


『あぁ、今は眠っている状態だがいつまた覚醒するか・・・』


 次にイザナギは千歳に協力を申し出た。紫ヶ丘(むらさきがおか)でイザナミが覚醒した際、紗奈の意識を目覚めさせることで深層意識に封じた。すなわちイザナミがまだ紗奈の深層意識にいるということを千歳は勘づいていたのである。


「イザナミが目覚めたとしても、俺が止めてみせます。紗奈ちゃんを守んなきゃいけませんしね!」


 掌と拳を合わせ、小気味のよい音を鳴らしながら千歳が意気込む。そんな彼を見て頼りになると安堵し、イザナギは千歳にそっと手を差し伸べる。


『ありがとう、長門。あらためてよろしく頼むよ。それと・・・同じ輪廻に身を(うつ)す者同士、敬語は無用だ』


「───あぁ、よろしく。イザナギ!」


 千歳がイザナギの手を握り、イザナミを止めるという目的のもと2人は協力関係を結んだ。そこで意識が暗闇に包まれ、千歳は精神世界から姿を消した。白い部屋にいた紗奈が和室の襖を開け、イザナギが『起きたぞ』と声を掛けると残念そうに頬を膨らませる。


「アナタ、伊邪奈美命をどうするつもり?彼女を殺せば、その器である現実世界の私も死んじゃうんだけど」


『殺すわけがないだろう、私はただ───彼女に謝りたいだけだ』


 そして紗奈が疑問をぶつけると落ち着いた様子で茶を啜っていたイザナギはすぐに答えを返した。その儚げな表情に紗奈は『ふーん』と声をあげて納得し、襖に手を掛けてそっと閉めた。1人になった和室でイザナギは再び巻物を開き、絵に描かれたイザナミの頬を指で優しく撫でる。

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