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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Truth Ⅰ

 伊邪那岐(イザナギ)の記憶の映像は幕を閉じ、千歳(ちとせ)の意識は精神世界の和室へ戻ってきた。巻物がひとりでに巻かれ、紐で括られながらイザナギのもとへと宙を漂っていった。


『それから私と伊邪奈美(イザナミ)は現世の人間に転生し、輪廻を巡った。私たち兄妹は幾度も近しい関係に産まれるが結果はいつも同じ、最後は憎しみあいながら離れていく・・・』


 巻物を懐にしまいながらイザナギはどこか寂しげな表情を浮かべ、新たな巻物を紐で閉じられたままそっと差し出した。千歳が巻物を受け取り、紐を解こうと指を掛けたところでイザナギに呼び止められる。


『それは椎名(しいな) 紗奈(さな)本人でさえも知らぬ真実だ。お前にそれを覗く覚悟があるのか?』


 その言葉に一瞬躊躇うが千歳は真実を知りたいがためにここへ来た。気持ちを抑えられず、紐を解いて巻物を開くと先程と同じように文字から意識に映像が思い浮かんでくる。


─────

───


 視界に映ったのは見覚えのあり過ぎる大広間だった。そこには父親の玄信(はるのぶ)道雪(どうせつ)たちが座っており、皆が揃って同じ方を見ていた。その視線の先───上座に座しているのは初老の男性が二人、長門(ながと)家先代当主の長門 万尋(まひろ)有間(ありま)家先代当主の有間 万歳(ばんさい)である。


 皆が現在よりも明らかに若いこと以外は会合で見慣れた光景ではあるが千歳はこの場に漂う雰囲気に違和感を覚え、父親たちの顔を見るとなにやら緊張した表情を浮かべているのだ。


「まったく、長門やお前たちにはほとほと呆れたぞ。椿(つばき)嬢が厄災(わざわい)の子を身ごもっていたことを儂に黙っていたとはな」


 煙管(キセル)の煙を吹かしながらそう言い放ち、万歳が目の前の椎名(しいな)家夫婦と周りの面々を睨んだ。これに対して椿の隣に座っていた咲耶(さくや)が娘を守るように身を乗り出し、万歳に反論する。


「あたしの娘の子が厄災の子だなんて、誰がそんなこと言ったんだい?」


天翁(てんおう)氏が私に教えてくれたのですよ、奥方」


「天翁?あんな得体の知れない爺さんの言葉をよくもまぁ信じられるもんだ」


 "天翁"の名を聞くと万尋が『ふん』と鼻で笑い、不信感が言葉に滲み出ていた。万歳は眉をひそめ、鋭い視線を万尋に向ける。


「あの方はこの世界の平和の事を誰よりも真剣に考えておられる。当主としての役目を倅に任せてふらふらと異形共やら神秘と遊んでいるお前と違ってな」


「長門家の次期当主はその倅なんだ、なんの問題もねぇだろうがよ」


 万歳の言葉が癇に障ったのか、万尋も声を荒らげながら鋭い眼差しで万歳を睨みつける。この2人の言い争いは幾度となく目にしているがここまで険悪な雰囲気になっているのを見るのははじめてであり、千歳はこの場にいる者たちと同じ緊張感を感じた。周りの者がなにも言えない中、咲耶だけが万尋と万歳を諭す。


「アンタたち、今はそんな言い争いをしている場合じゃないだろう?」


 それでも2人は睨み合いをやめず、咲耶は呆れと怒りが混じったため息をつく。そして───


「私の前で口喧嘩とは随分と偉くなったもんじゃないか、えぇ?小僧共・・・あたしの拳骨が飛ぶ前にそのくだらない口喧嘩をやめなって言ってるんだよ」


 ドスの効いた声とその迫力に万尋と万歳はビクッと身を震わせ、お互いに気まずそうにしながらそっぽを向く。まるで喧嘩をしていた兄弟が母親に怒られ、お互いに『お前のせいだ』と言っているかのようである。


「こわっ・・・」


 『怒らせると怖い』という万歳の言葉を思い出しながら、千歳は思わずぽつりと呟いた。いま目にしているこの映像は過去の記録、千歳がなにを話そうとも誰にも聞こえないし誰にも千歳の姿は見えていない。


「それで、アンタらは椿の腹の子をどうしろってんだい?」


「別にどうもねぇさ、俺にだって孫が産まれるんだ。仲良くなってくれりゃ言うことなしだ」


 場は落ち着き、咲耶も気を取り直して再び口を開く。咲耶からの問いに対して万尋がニカッと笑顔を向けながら答えるが万歳は黙って視線を逸らし、考え悩んだ末に自身の決断を告げる。


「産まれた子は・・・鬼籍に送る事をお願い申し上げたい所存です」


 突拍子もないその言葉に場の空気は再び凍りつき、万尋が『なに言い出すんだこいつ』と言いたげな驚愕の表情で万歳を睨む。咲耶も一瞬、万歳が冗談を言ったと思いたかったが彼は冗談でそんな事を言う男ではないと理解していた。


「お前、自分がなにを言っているのかわかっているのかい?」


 わなわなと震えながら怒りを抑え、咲耶は静かに万歳へ問い掛ける。それでも眼差しには憎悪の念が満ちており、万歳は彼女を激昂させぬように慎重に吟味した言葉を述べはじめた。


「奥方、どうか御理解を。古くより"双璧"としての務めを果たしてきた我らとしては、子供1人のために世界を危機に陥れるわけにはいかないのです・・・」


「同志だった長門と一方的に袂を別った有間が双璧だって?お前1人で世界を守ってるつもりかい?」


 咲耶に詰め寄られ、万歳は何も言い返せずにたじろぐ。長門と有間の対立は遥か先代より続き、万尋も万歳も互いに恨みつらみなど無いが家の仕来りに倣ってきた。それでも心の内では"双璧"として信頼しており、実力を認め合っている。だからこそ咲耶が主催する"会合"にも参加して顔を合わせているのだ。


「考えは変わらないのかい?」


「・・・すみません、奥方」


 謝罪の言葉を述べる万歳に咲耶は無言で立ち上がり、襖まで歩くと手を掛けて開いた。万尋が呼び止め、どこに行くのかと尋ねる。


「このままあたしがいても、話が拗れるだけさね。だから今日のところは帰らせてもらう」


 万尋と万歳に背を向けたまま、咲耶はそう答えた。『でもね』と続けて振り向いた彼女の眼からは涙が流れていた。


「もし、私のとこに椿()が泣きついてきたその時は・・・万歳、お前を殺す」


 この言葉を残して咲耶は襖をピシャッと強く閉め、大広間を去っていく。引き止めるために千歳が襖に手を掛けようとしても見えない壁に阻まれ、この大広間から出ることもかなわなかった。

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