Reincarnation Ⅰ
紗奈の祖父母が住む家にやって来てはじめての食事の時間がやって来た。食卓には千歳と紗奈、紗奈の祖父母に椎名家の使用人として働いている者たちが一堂に会していた。
「よぉ来てくれたなぁ坊ッ!田舎だけどよ、まぁゆっくりしていってくれな!」
「お招きいただきましてありがとうございます。お世話になります」
紗奈の祖父である公由がニカッと笑みを向け、千歳は挨拶の言葉を述べながらお辞儀をした。そして一同が手を合わせ『いただきます』と声をあげて挨拶をすると夕食を食べ始めた。卓には芹奈たち使用人がつくった様々な料理や咲耶のリクエストである赤飯、そして公由が山で狩った獣の肉を使った料理が並べられておりその味に紗奈はご満悦の様子であった。千歳もはじめて食べた獣の肉の味に『おぉ』と感嘆の声を洩らしながら赤飯やおかずもモグモグと食べている。
「ところでおばぁちゃん、なにかいい事あったの?お赤飯なんて炊いちゃって・・・」
「今日は紗奈が未来の旦那さんと一緒に来てくれたからねぇ」
ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべ咲耶がそう言うと千歳と紗奈は顔を見合わせながら頬を赤らめ、場は和やかな雰囲気に包まれた。
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夕食のあと旅館のようなお風呂にも入った千歳は用意されていた甚平に着替え、RAILで紗奈に招かれて彼女の部屋の前に来ると襖をそっと開けた。部屋の中には浴衣姿の紗奈と彼女が『姉ちゃん』と慕う芹奈がおり、二人とも千歳の姿を見て『いらっしゃい』とにこやかに微笑んだ。それからは3人で世間話をして千歳は芹奈と親睦を深め、しばらくして芹奈が着物の懐にしまっていた懐中時計を取り出す。
「お二人とも〜長旅でお疲れでしょうし今夜はもうお休みになられたらどうです?」
時間を見た芹奈にそう言われ眠そうにあくびをした紗奈に千歳は微笑みながら『おやすみ』と声をかけ、紗奈も『おやすみ』と返す。そして客間に戻ると既に布団が敷かれており、千歳は明かりを消して布団に寝転がった。目を閉じて暗い意識の中で耳を澄ませると雪の音だけが心地よく響き、静かな暗闇の中で昼間に咲耶が零した言葉がふと千歳の頭をよぎる。
『万歳はね、まだ椿の腹の中にいた紗奈を───』
あの時、どのような言葉が続いていたのだろう?そのことが気になり、千歳は眠れなくなってしまった。咲耶に直接聞きに行ったとしても教えてはくれないだろう、それどころか聞き方を間違えれば逆鱗に触れてしまうかもしれない。そう思い千歳は暗闇に心を委ね、眠りにつこうとした。
『───知りたいか?』
その時、声が聞こえた千歳はガバッと起き上がり、両眼の魔眼を発現して周りを見渡す。しかしこの客間には他に誰もおらず、千歳は魔眼を解くと再び寝転んで暗闇に意識を沈めた。
『知りたいのであれば、来るといい───』
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意識が目を覚まし、千歳はあの白い部屋にいた。目の前では紗奈と黒い人影が向かい合ってソファーに座っており、なにやら談笑している様子だった。
「あら、千歳くん。いらっしゃい」
『!』
二人は千歳に気づき、一緒に振り向いてきた。夢の世界でも紗奈と会えたことに千歳は不思議な気持ちになる。
「今日はお客さんが千歳くんを待ってるの、あの扉の向こうにいるよ」
「お客さん・・・?」
紗奈の指さした方にはこの白い部屋で見た事のない襖があり、千歳が両手で開けると中は和室になっていた。そして目の前に座布団に座った人間の後ろ姿がひとつ、その者は背を向けたまま千歳に話し掛ける。
『来たか、やっと逢えたね』
「アナタは・・・?」
年齢は自分とおなじくらいの青年ではあったが千歳は彼が纏う人間離れした雰囲気を感じ、両眼の魔眼を開きながら尋ねると青年は茶を啜り『ふっ』と微笑む。
『そう身構えないでくれ。ここは汝の精神世界、君の敵がここに入ってくることは無いよ。さぁ、主が立ったままでは私も話ができない。そこに座ってくれ』
青年が自分の前にある誰も座っていない座布団を掌で指し示し、千歳に座るように言った。ずっと"夢の中"だと思っていたこの空間が自分の精神世界だと告げられ戸惑うがたしかに彼からは敵意のようなものを感じない、千歳は青年の言うことを信じて空いている座布団に座り込んだ。
『さて・・・まずは自己紹介をしよう。私の名前は"伊邪那岐命"だ』
「え・・・?」
青年の口から告げられた名前に千歳は驚き唖然とした。伊邪那岐命といえばあの伊邪奈美命の兄にして夫であり、"虚無"の闇からこの日本という地を開闢した。そして妹であり妻でもある伊邪奈美命と共に八百万の神々を産み、その伝説は『国産み』や『神産み』として現世にまで語り継がれている。
「あの伊邪那岐命がなんで俺の精神世界に・・・?」
『汝が現世における私の器、転生者だからだ』
千歳の問いに対して伊邪那岐命を名乗る青年が無感情に答えると、彼の"器"という言葉に千歳は再び身構えた。
「俺の身体に憑依するつもりですか?イザナミみたいに」
『安心しろ、私にそのような意思はない。というより・・・そのようなことを企てたとて、あちらのお嬢方に阻止される。私はこの世界にいられなくなるだろう』
伊邪那岐命の言葉に偽りはなく相変わらず敵意を感じない、千歳はいつの間にか自分の前に置かれていた緑茶の淹れられた茶器を手に取る。
「わかりました、信じます。伊邪那岐命、俺の名前は長門 千歳です」
『ありがとう、よろしく頼む。私のことは"イザナギ"とでも呼んでくれ、長門』
千歳とイザナギは茶の入った茶器を掲げ合うと一緒に飲み干し、邂逅の乾杯とした。そして空になった茶器には瞬く間に緑茶が淹れられており、二人は器を傍の茶托に置くとお互いの顔を見合わせた。