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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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Grand mother

 紗奈(さな)の祖母にして先代椎名(しいな)家当主である椎名(しいな) 咲耶(さくや)はその優れた才覚と厳格で豪胆な気質から『女傑』と呼ばれ、当時としては異例であった女性の当主でありながら他の者たちは不平や不満を口にしなかった。というよりむしろ身内や友人には義理堅く優しい性格でもあったため、『奥方様』と呼んで慕う者がほとんどであった。


 夫との婚姻の際も嫁入りするのではなく婿養子として迎え、あくまで『椎名家の当主』としての人生を歩んできた。子供や孫娘である紗奈が産まれ、代替わりを機に夫や使用人たちと共にこの自然豊かな山村で静かに余生を謳歌している。


「新年、あけましておめでとうございます。奥方様。この度はお招きいただけたこと、大変ありがたく御礼を申し上げます」


 有間(ありま)の屋敷で万歳(ばんさい)に挨拶をした時と同じよう千歳(ちとせ)は畳に両手をつき、お辞儀をすると新年の挨拶を述べた。万歳から礼儀に気をつけるように言われ、千歳なりに丁寧な言葉を選んだつもりではあったが顔を俯かせているので咲耶の反応が見えない。


「ふ、ぶはっ・・・はン、よしなよ気味が悪い。いつからそんな他人行儀な挨拶をするようになったんだい?」


 そんなうやうやしい態度の千歳を見て咲耶が煙管(キセル)をひと息吸うと笑いと共に煙を吹き出した。好印象のようで千歳は安堵するものの、相変わらず表情は見えないので気は抜けなかった。


「礼儀にはじゅうぶんに気をつけるよう、有間(ありま)の御隠居から言われておりますので」


「有間が?はっ、椎名家(うち)とアンタらは長い付き合いさ。そんなこと気にするんじゃないよ」


 万歳のことを話した途端、咲耶の声に不機嫌さが滲み出たような気がした。千歳の心身に緊張が走り、すぐにでも紗奈の後ろに隠れたい気分である。


「まぁ顔を上げなよ()()()。紗奈からお前さんの話を聞いて久しぶりに会いたくなったのさ、見てのとおりの田舎だがゆっくりしていくといい」


「ありがとうございます、お世話になります」


 ひとまず安心し、千歳は御礼の言葉を述べると頭を上げた。そして紗奈がお土産を渡した時と同じタイミングで千歳は祖父の万尋(まひろ)から預かっていた手土産を咲耶に手渡した。


「ほぉ・・・酒かい、こんな田舎だと買いに行くのもひと苦労だ。夫が喜ぶよ、御礼を伝えておいておくれ」


「はい、わかりました。あと・・・こちらが有間の御隠居からです」


「有間から、ねぇ・・・」


 千歳は続けて万歳からの手土産を咲耶に差し出した。訝しげな表情を浮かべながらも受け取り、紙袋の中身を覗くと土産の菓子折りと封筒が入っていた。咲耶は封筒を取り出し、中の折りたたまれた紙を広げて読むと『ふっ』とちいさく微笑んだ。


「わかった、たしかに受け取ったよ。万歳にもよろしく伝えておくれ」


「はい、わかりました」


 それからは咲耶の表情や声は穏やかになり、千歳と紗奈は荷物を置きに和室をあとにした。そして千歳を客間に案内すると紗奈は自分の部屋があるからと歩いて行った。荷物を置いた千歳はスマホで祖父母の家に電話すると祖母が出たので椎名の奥方にお土産を渡したことを話し、お土産が好評であったことも合わせて伝えると祖母も安心して喜んでいた。そして千歳に帰り道も気をつけるように念を押すと祖母は電話を切り、千歳は次に有間家へ電話を掛ける。


『はい、もしもし』


「おぉ千尋か、千歳だけど御隠居に替わってくれないか?」


 千尋は『わかった』と言ってその場を離れ、すぐに万歳が電話を替わる。


『儂じゃ、無事に向こうへ着けたか?』


「はい、大丈夫です。先ほど奥方様にも挨拶しまして、御隠居からの手土産も渡しました。あと、奥方様がよろしくと仰ってました」


 この千歳の言葉に万歳は『そうか』とどこか安堵したかのような声色でつぶやき、ほんの数秒のあいだ沈黙した。そして大きく息を吸う音が聞こえ、再び万歳が口を開いた。


「わかった、今の季節そっちは道が悪い。帰りも気をつけることだ」


「はい、気遣いありがとうございます」


 『では』と声を掛け合い電話を切ると千歳は緊張の糸が切れ、崩れるようにその場に大の字で寝転んだ。『はぁ〜』と大きくため息をつき、自分の部屋とは違う天井を見上げながらボーッとしていると千歳は長旅の疲れでうとうとしてしまう。


(少し寝ようかな・・・)


 そう思い瞼を閉じると突然襖が開き、お盆を持った着物姿の女性が現れた。女性は畳に寝転ぶ千歳を見てニコッと笑みを浮かべる。


「あら、お客様。お休みになられるのでしたらお布団敷きましょうか?」


「いえ・・・いま目が覚めたので大丈夫です」


 驚いて目が覚めた千歳は身体を起こすと隣に女性が座り、お盆から暖かい緑茶が淹れられた湯呑みを前の座卓に置く。


「はじめまして、(わたくし)はこの椎名家に仕えております。名前を葩子(はこ)と申します、どうぞ仲良くしてくださいね」


「はじめまして、長門(ながと) 千歳(ちとせ)です。こちらこそよろしくお願い致します」


 葩子と名乗る女性が両手を畳につき、お辞儀をすると千歳も同じようにお辞儀を返した。そこへ咲耶が通りかかり、葩子に声を掛ける。


「葩子、芹奈(せりな)は炊事場かい?」


「もうすぐ夕餉の時間なのでそうだと思いますよ、私もこれから行くのでなにか伝えておきましょうか?」


「そうかい、なら今日は赤飯を炊けるか聞いてみてくれるかい?なにせ孫娘の未来の旦那が来てくれてるもんだからさ」


 そう言って咲耶がニヤッと笑みを浮かべながら千歳の方を見ると葩子も『あら』と微笑み、口に手を当てる。千歳は椎名の奥方からも紗奈との仲を認めてもらえたように思え、嬉しいやら照れるやら複雑な心境で湯呑みから緑茶を啜った。


「わかりました、伝えておきます。芹奈さん今朝方はお嬢様が好きな栗ご飯にしようと言っていたので、今日の夕餉は赤飯にして栗ご飯は後日にいたしましょうか?栗の皮全部剥ききってませんし・・・」


 葩子の提案を聞いた咲耶は2回頷き、賛成の意を示した。


「助かるよ、そうしてもらえるかい?」


「かしこまりました、ではすぐ伝えにいきます」


 そう言って葩子は千歳と咲耶にお辞儀をすると足早に和室を去っていった、そして咲耶はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「付き合ってるならそう言っておくれよ、あの妙な挨拶もそういうことだったのかい」


「え、いやさっきのは本当に有間の御隠居から礼儀に気をつけるように言われてて。『怒らせると怖いから』と・・・」


 千歳の言葉に咲耶は『あー』となにかを思い出したような声をあげ、呆れ気味にため息をついた。


「万尋と万歳、あのやんちゃ小僧共は昔言い争いが多くてねぇ。ちょっとした事でも喧嘩するもんだからアタシが叱ってたのさ」


「あの二人が・・・叱られる・・・?」


 祖父の万尋はともかく、あの万歳が叱られてる状況など想像できるわけもなく千歳はゆっくりと首を傾げた。


「お前たちが生まれる前、長門と有間が対立関係にあった時にアタシはあくまでも中立だった。家のしきたりとはいえ、弟のように可愛がってた二人が憎み合っているのは見てられなかったねぇ」


「・・・お察しします」


 千歳は静かに頷いた。千歳たちが生まれた時に両家は和解しており、長門家の千歳と有間家の千尋(ちひろ)は親友として断金の絆を結んでいる。もし自分たちが生まれたあとも対立関係が続いており、家のしきたりで千尋と憎み合わなければならなくなっていたとしたら───どうなっていたか千歳には想像もつかない。


「まぁ、お前の名前を見た時に二人の家が和解したのはわかったし安心したけどね。その前にちょっとしたいざこざはあったが、アタシはもう万歳を恨んじゃいないさ」


「恨み?それに『いざこざ』って・・・?」


「アイツはね、まだ椿(つばき)の腹の中にいた紗奈(さな)を───」


 千歳がおそるおそる尋ねると咲耶は悲しげな表情でなにかを言いかけ、言葉を止めた。『椿』というのは咲耶の娘、つまり紗奈の母親の名前である。突如として紗奈の名前が話に出てきたので千歳は思わず身構えた。


「・・・いや、もう過ぎ去ったことさ。下手に口にして因縁を産むというのも業腹(ごうはら)だ」


 そう言って咲耶が深いため息をつき、千歳は言葉の続きが気になったがとても聞ける雰囲気ではなく『そうですね』と言って頷いた。そして咲耶は千歳に笑みを向けながら夕餉の時間まで身体を休めるように言うとその場を去っていった。

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