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Starlog ー星の記憶ー  作者: 八城主水
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 手土産が入った紙袋を手に提げ、祖父母の家をあとにした千歳(ちとせ)が次に向かったのは有間(ありま)の御隠居こと万歳(ばんさい)が待つ有間家の屋敷である。入り口の門を通り、千歳がインターホンを鳴らすと開いた玄関の戸から千尋(ちひろ)が顔を出した。


「千歳か、あけましておめでとう」


「あけましておめでとう、今年もよろしくな千尋」


 今年はじめて顔を合わせた千歳と千尋は新年の挨拶を交わす。そして千歳は有間家の屋敷にあがると千尋に案内され、万歳がいる和室の前で2人は立ち止まった。


祖父(じい)さん、千歳が来てくれたよ」


「おぉ来たか、入っとくれ」


 襖越しに千尋が声を掛け、万歳は返事と共に招き入れる。和室に入った千歳は万歳の向かいに正座をすると両手を畳についてお辞儀をした。


「新年、あけましておめでとうございます。御隠居」


 千歳が新年の挨拶を述べ、万歳は『あぁ』と頷くと顔を上げた千歳に声をかける。


「朝早くに呼び出してすまなかったな、椎名(しいな)の本家ご夫婦への手土産をお前に渡したくてのう」


 そう言って万歳は千尋に紙袋を手渡し、受け取った千尋が千歳の前に紙袋を置くと障子の前で正座した。


「わかりました、お預かりします」


「頼んだぞ、椎名の奥方は怒らせると怖いでな。粗相のないよう礼儀にはくれぐれも気をつけよ」


「えっ・・・はい、わかりました」


 有間の御隠居がそこまで念を押してくるとは珍しいと思いながら千歳は素直に聞き入れた。


「あぁ、それとな・・・ほれ、お年玉とかいうやつよ。旅費の足しにでもするといい」


 万歳はおもむろにぽち袋を取り出し、千歳に向けてスッと差し出した。これには千歳も『え?』と声を洩らして驚き、どうすればよいかわからず戸惑う。


「昨年、儂らはお前に世話になったでな。せめてもの礼さ、遠慮せず受け取っておくれ」


 ここまで言われ、遠慮して受け取らない方が失礼にあたりそうだと思い、千歳は万歳に御礼の言葉を述べるとぽち袋を受け取った。すると万歳は口角を上げ、笑みを浮かべながら一回頷く。


「さ、そろそろ行くがいい。椎名のお嬢共々、道中気をつけることだ」


「はい、では失礼します」


 千歳がお辞儀をして立ち上がると千尋も一緒に立ち上がり、入口の襖を開けた。千歳が両手で紙袋を持ち、千尋に御礼を言って和室をあとにする。千尋も見送りのために和室を出ていくと千歳と共に屋敷の外へ出た。


「お見送りサンキューな、あと御隠居にもあらためてお年玉の御礼を伝えておいてくれないか?」


「わかった、けど俺らは実際お前には世話になったからな。お前がお年玉を受け取ってくれて祖父さんも安心したと思う。じゃあ、祖父さんも言ってたけど道中気をつけてな」


「あぁ、行ってくるよ」


 千尋と挨拶を交わし、千歳は有間の屋敷をあとにした。そして待ち合わせよりも少し早い時間に長門家と椎名家の前に戻ってくると旅行用のバッグを背負った紗奈が家の扉を開き、門の前に立つ千歳と顔を合わせる。


「あれ、ちぃちゃんおはよう。待ち合わせより早くない?」


「おはよう紗奈ちゃん。ちょっと祖父さん()と有間の屋敷に行っててさ」


 そう言いながら千歳が両手に提げている紙袋を見せると紗奈は紙袋をひとつ手に取った。御礼を言う千歳の自由になった方の手を紗奈がギュッと握り、手を繋いだ二人は並んで歩き出す。


─────

───


 早朝に家を出発した千歳と紗奈は紫ヶ丘(むらさきがおか)駅から電車に乗って都内の駅で新幹線に乗り換え、昼過ぎには中部地方の駅に到着した。そして駅から出た二人はバスに乗り、1時間半ほどで紗奈の祖父母が住む田舎にやって来た。


「「着いた〜!!」」


 バスから降りた千歳と紗奈は身体を思いきりグ〜ッと伸ばす。冷たい風と共に雪が降り積もっており、二人はバスターミナルから歩いて10分もしないうちに紗奈の祖父母が住む民家にたどり着いた。紗奈が庭を見渡すと割烹着の上にジャケットを羽織った女性がカゴを両手で持って歩いている。


(せり)姉ちゃん!」


 女性の姿を見つけた紗奈は表情がパァっと明るくなり、名前を呼ぶ。声に気づいた女性がこちらを振り向くと柔らかな笑みを浮かべながら二人のもとへ歩み寄ってきた。


「おかえりなさい、お嬢さま。そちらさまは長門さん・・・でしたよね?いらっしゃいませ、長旅ご苦労さまでした」


「こんにちは、お世話になります」


 『芹』と呼ばれた女性が会釈をすると千歳も挨拶の言葉を述べながら会釈を返した。持っているカゴには栗がごろごろと目一杯入っており、重そうだが女性は柔らかい笑顔を崩さずにいる。


「さあさ、寒いですし中に入ってくださいな。奥方さまもお待ちですよ♪」


 そう言って芹はカゴを地面に置き、玄関の戸を開くと二人を招き入れる。


「ただいま〜」


「お邪魔します」


 玄関で体や服に着いた雪を落とし、千歳と紗奈は違う挨拶の言葉を口にしながら椎名家の屋敷へあがる。芹が玄関の戸を閉めると『よいしょっ』と声を出して再びカゴを持ち上げ、その場をあとにした。千歳は紗奈に案内され、二人は『椎名の奥方』が待つ和室の襖までやってきた。


 あの万歳をして『怒らせると怖い』と言わしめた椎名の奥方との対面を前にして緊張をほぐそうと千歳は深呼吸をするが、紗奈に緊張した様子など全く無く襖を豪快に開けた。


「おばあちゃん、久しぶり!」


 そして紗奈が声をかけながら和室に入っていくと室内では一人の老婆が煙管(キセル)を吹かしていた。


「まったく・・・元気なのは嬉しいことだが襖ってのはもうちょい静かに開けるもんさね、紗奈。長門の坊ちゃんもそんな寒いとこ突っ立ってないではよお入りな」


「は、はい・・・失礼します」


 老婆に声を掛けられ、千歳はお辞儀をして和室に入ると襖を閉めた。そして老婆の対面に座る紗奈の斜め後方に正座で座り、あらためて紗奈の祖母と顔を見合わせる。紗奈がいるからだろうが表情は穏やかなものの眼差しや纏う雰囲気からただ者ではないことがすぐに理解できた。

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