Memory
北の結月大社での初詣を終えた千歳たち4人は帰路についていた。当初はよそ者嫌いであった村人たちに敵意剥き出しの眼差しを向けられていたが、帰り際には『また来いよ』と友好的な雰囲気で見送ってくれていた。
その中にはまだ巫女の仕事が残っている若葉と姉の日輪と月詠がおり、日輪は千歳と紗奈に歩み寄るとこう話した。
「さっきの昔話なんやけど、古茶のおばあちゃんが言うとったようにお二人さんの子供たちにも聞かせてくれたら嬉しいわぁ」
結月大社の成り立ちを千歳と紗奈に話している時、日輪の言葉には感情がこもっていた。千歳と紗奈を楽しませるためだったのか、あの昔話になにか思い入れがあるのか。
「えぇもちろんです、俺もあの話は好きなんで」
「ありがとさん。物語を覚えてくれる人がおったら、この世から無うなることはあらへん。それが1人でも2人でも、誰かが覚えてくれさえおったなら・・・ね」
日輪が儚げに背後の結月大社の方へ視線を向けた。日輪の表情を見て千歳は先程の自問に対して自答する。『両方か』と─────
家の前に着き、双子姉妹は疲れた様子で家の中へ入っていった。千歳は紗奈をすぐ隣の椎名家まで送ろうとすると突然、紗奈のスマホから着信音が鳴り響く。紗奈は電話に出てしばらく話すと『じゃあまた明日』と言い残し、紗奈は電話を切った。
「今ね、おばあちゃんの家から電話があったんだけど、新年の挨拶で明日からおばあちゃんの家に泊まりに行くことになったよ・・・」
「そうなんだ、いつから?」
この問いに対し、紗奈は寂しげな表情を浮かべながら『明日から』と答える。紗奈の祖母は中部地方の山村に住んでおり、紗奈は長い休みがあった時には祖母に会いに行っていたのだ。それが今年の夏休みは千歳とアメリカへ行っていたためなくなり、冬休みが終わる前にひと目でもと電話を掛けてきたのである。
『そっかぁ』と千歳はため息混じりにつぶやくが紗奈が祖母と仲がいいのは知っていたので、お互いに会いたいだろうと寂しい思いをぐっと堪えることにした。そんな千歳の様子を見て紗奈が『んー』と声をあげて少し考えると名案を思いついたような表情を浮かべる。
「ちぃちゃんも一緒に行こっか?」
「えっ!?」
千歳の返事を聞く間もなく紗奈が祖母の家に電話を掛け、千歳も連れていく旨を伝えると了承を得られたようで明るい表情で電話を切った。
「それじゃ、明日の朝待ち合わせね」
そう告げて紗奈は笑顔で手を振りながら自宅へと帰って行った。千歳も家に帰るとリビングの両親に明日から紗奈の祖母の家に行くことになったと告げ、突然のことに驚く両親に手伝ってもらいながら荷造りを済ませた。
そして夜、就寝しようとした千歳の部屋のドアからノック音が響くと父の玄信が顔を出した。
「千歳、有間さんから電話があってな、替わってほしいそうだ」
「千尋の家から?わかった、すぐ行くよ」
千歳が1階のリビングに降りてくると受話器を手に取り『もしもし』と言いながら耳に当てた。
『千歳か?夜遅くにすまんな』
「ぅえっ!?御隠居!?」
受話器から"有間の御隠居"こと万歳の声が聞こえ、予想外過ぎる電話の相手に千歳は思わず声をあげて驚き、その背後では玄信が『クックック』と声を抑えて笑っている。
「こんばんは、どうかなさいましたか?」
『うむ、お前が明日から椎名の奥方の家に行くと聞いてな。朝、出発する前に儂の家によって欲しいんじゃが・・・』
『椎名の奥方』とは紗奈の祖母のことであり、千歳の祖父である万尋と千尋の祖父である万歳の両者と交友があるんだとか。
「わかりました。実は祖父にも呼ばれてまして、祖父母の家に行ったあと伺います」
「すまん、恩に着る」
「いえ、では明日の朝に。失礼します」
千歳の挨拶に万歳が『うむ』と返事をすると電話が切れ、千歳は受話器を戻した。そして緊張の糸がほぐれた千歳はひとつため息をつき、母親がグラスに水を注いで渡してくれたので『ありがとう』と言って受け取ると一気に飲み干し、『ぷはぁ』と吐息を零す。
「父さん、御隠居が相手ならそう言ってくれないと・・・」
「あぁ、すまんすまん、反応が楽しみでな。つい・・・」
用件はちょっとした頼まれごとだけだったので安堵した千歳は両親と就寝の挨拶を交わして自室に戻り、ベッドに寝転がるとそのまま眠りについた。
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翌朝、千歳は身支度を済ませ、リビングの両親に『行ってきます』と声をかけると家を出た。妹たちにも声をかけようと思ってはいたものの、二人ともぐっすりと眠っていたので起こさないようにRAILで『行ってきます』と2人宛にメッセージを送信する。
そしてまず万尋の自宅を訪れると祖母に出迎えられ、千歳は新年の挨拶を述べた。孫に会えた祖母は上機嫌な笑みを浮かべながら新年の挨拶を返すと千歳を家の中に招き入れ、万尋のいる和室に通した。
千歳が万尋にも新年の挨拶を述べると、眠そうな万尋は『おう』と返事をした。すると祖母が万尋の隣に座り、太ももをペシっとひっぱたく。
「孫がこうやって朝早くから来てくれてんだからもうちょいシャキッとなさいな。呼び出したのはこっちなんだから・・・」
「おぉすまんすまん、千歳もこんな早くに来てもらって悪かったな。まだ眠いだろ?」
「いえ、いつも紅葉ちゃんに起こされていたので。そのおかげで今日の早起きもなんとか・・・」
千歳の言葉に祖母が感心して頷く。万尋が名前を呼ぶと祖母は『はいよ』と返事をしながら立ち上がり、障子を開けて和室を出た。
しばらく経ち、祖母が紙袋を持って和室に戻ってきた。千歳が手渡された紙袋の中身を見ると縦長の箱が入っており、箱に印された『大吟醸』の文字を見るに日本酒のようである。この椎名家への手土産と一緒に二人からお年玉をもらい、千歳は二人に御礼の言葉を述べると祖父母の家をあとにした。