Marks of Blood
若葉見送ったあと帰路に着いた千歳は妙な胸騒ぎを感じ、辺りを霊写しの眼で見渡す。するとかなりの数のドス黒い影が集まっている場所を1ヶ所だけ見つけた。その場所の方角を見て千歳は思わず顔をしかめ、胸に手を当てた。
会合で千尋が異形達は共食いをするのだと言っていたことを思い出す。ヤツらがお互いを共食いするために集まっているのか、或いは千尋に倒された異形の仲間が仇討ちのために集まっていて、一勢に町へなだれ込んで来るのか。千歳はあれかこれかと考えながら急ぎ足で帰宅し、自分の部屋に戻ると前に使った木刀を手に取って窓から外に出ようと窓枠に手をかけるがもしも予想通りの場所であるのなら近辺の人に姿を見られるのは面倒だと思い踏みとどまる。
そして千歳は自分の撃退した異形が影を纏って姿を消していたことを思い出し、自分の影を全身に纏わせると自室の鏡の前に立つ。そこに映っていたのは透明になった自分───ではなく、心霊番組などでよく見る人型のボヤっとした黒い影だった。
(まあ、パッと見俺だとわかんないだけまだいいか・・・)
そう無理矢理納得し千歳は窓枠の上にクラウチングスタートのような体勢で乗り、霊写しの眼で影が集まっている場所を見据えて窓枠を蹴り飛翔する。
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日曜日の夕方、広く遊具が充実しており天気も良くまだ明るいというのに子供どころか人が1人もいない公園、立ち入り禁止の看板と共に黒と黄色の縞模様のテープが張り巡らされている入口の前に千歳が着地すると、『やっぱここか』と小さく憂鬱そうなため息をつく。
テープに触らぬように跳び越えて公園の中に入った千歳は全身に纏った影を解き、公園の中心にある噴水広場へと足を運ぶ。千歳が小さい頃に立ち入り禁止になりそれから誰も管理していないのか、水も枯れていて辺りには苔が生えている。そしてこの公園のシンボルとなるはずだった噴水広場の床には一部大きな赤いシミのような跡があり、千歳はそこに近寄るとその赤いシミの跡をじっと見つめる。
「まだ残ってるんだな・・・」
そうつぶやきながら千歳はその公園であったことを思い出してしまう。
─────噴水広場で男の子が倒れており、大量の赤い液体が床に流れている。その男の子の身体には左肩から右脇腹にかけて切り傷がある。男の子は動かず、目は半開きで口からも赤い液体と『ヒュー・・・ヒュー』と頼りなさげな空気の音が漏れている。その男の子の傍らで女の子が泣いている。助けを呼ぶかのように大きな声で泣いても誰も来ない、目の前にいるのは自分たち子供2人を前にして口角を上げて頬舐めずりをする異形が一体。
男の子はかろうじてあった意識で女の子に逃げるように必死に言葉を発しようとしても口から出るのは赤い液体と頼りなさげな空気だけ。女の子は泣きながらも男の子の傍を離れまいと、自分の身体を男の子の身体に抱きしめるように覆いかぶせ異形を睨む。
その様子を見た異形が声をあげて笑い、爪を振り上げたところで男の子は目をギュッと閉じそこで意識が途絶えた。
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この公園は千歳が幼い頃に事故にあった場所だったのだ。一緒にいた女の子、紗奈と遊んでいたところを異形に襲われ千歳は大きな傷を負った。
・・・はずだった。
千歳が目を覚ますと病院のベッドに寝ており傍に座っていた母親を呼ぶと、母親は泣きながら医者を呼んで千歳を抱き締めた。あれからあの事故を思い出し自分の身体を何度も見渡してみているが、あの異形に切り裂かれた傷跡はどこにもない。母親が言うには千歳と紗奈が公園で倒れていたのを発見され、病院に送られた時から二人とも『外傷もなく無傷で』気を失っていたのだという。
そしてあの夢を見るようになったのも、左眼で影が視えるようになったのもその日からだった。
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久しぶりに昔のことを思い出し、床の血痕から目を逸らすと大きなため息をつき千歳は周りを見る。するともう千歳の周りを囲むように黒い影が集まっていた、その影の中のひとつが笑い声をあげながら千歳に近づく。
『誰かと思えば・・・あの時のガキか!HAHAHA!ノコノコ戻って来やがった!』
千歳もその異形には見覚えがある、いや忘れるはずがない、小さい頃に千歳達を襲った異形が今ふたたび目の前に姿を現したのだ。
『拾った命を捨てに来たか?まあお前1人じゃあ俺ら全員の腹は膨れねぇがな!』
その異形の言葉に反応するように周りの異形達も声をあげて笑う、やはり集団として成り立っているようだ。
「お前らこそ、こんなとこに集まって有間にやられたヤツの仇討ちでもしようってのか?」
『HA!俺らは貴様ら人間のように死んだヤツを悼んだりはしねぇ、殺られたヤツは所詮その程度だ。俺らは強いヤツしか要らない、そう言われてるんでな』
『そう言われてる』─────死んでいった同類を嘲笑しながら言い放った異形の言葉に千歳は疑問を抱く。とても誰かに従うようには見えない異形たちが誰かに統治されているかのような言い方であった。
『だがそろそろ俺らも動き始める、手始めにお前。そしてお前の家族や周りの人間を皆殺しに───!』
千歳と話していたのとは別の異形が言葉を言い終える前に黒い塵となって霧散する、そこには全身に影を纏い異形を斬り裂いたあとの木刀を血振りする千歳の姿があった。そして千歳は霊写しの眼を開くと異形たちの群れを睨みつけ、異形たちの中には霊写しの眼に威圧されているのか後ずさりするモノもいる。
「悪いけど、あん時のガキと同じだと思うなよ。あとお前らの親玉についても話してもらう」
『HA!おもしれぇ!話してやるよ、ただしお前の骸にだけどな!殺っちまおうぜ!!!』
異形が声をあげ、周りの異形たちも咆哮をあげて千歳に襲いかかる。
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前から、後ろから、右や左から異形が襲いかかってくる。千歳はそれを霊写しの眼でなんとか躱しながら、影を纏った木刀を振り次々に異形達を斬り裂いていく。異形たちが千歳の後ろを取り爪を振りおろしても千歳の纏っている影がその爪を防ぐということが戦い始めた時から起こっておりこれには千歳も多少戸惑っている、なぜならこの影の千歳を守るような動きは千歳が意識していないことだからだ。
「よいしょっと・・・おぉっ!?」
ついには千歳が木刀を振り異形を斬るとその切っ先から黒い影が飛翔し、遠くにいる異形がそれに斬り裂かれた。これには千歳本人も驚く。戦闘がはじまってしばらく経ち、異形達の数もかなり減り残り少なくなっていた。予期せず追い詰められた異形は予想外だったのか舌打ちをした。
『仕方ねぇな、テメェら!俺が仕留める、行け!』
異形の号令に他の残りの異形達は魔力を溜めると煙のようなものを身体から噴き出させながら千歳に襲いかかる。これを千歳は難なく倒すが、異形たちの出した煙が煙幕となり千歳の視界を塞ぐ。この前の異形のように逃げられるかもしれないと思い、千歳は急いで煙幕から抜け出すと異形が大きく口を開いてそこに大量の魔力を集中させた巨大な魔力の塊を精製していた。
『これで終わりだ!ガキィ!』
その雄叫びと共に魔力弾は射出され轟音と共に千歳に向かっていく。千歳は魔力弾に意識を集中させながら見つめ、木刀を振り上げて勢いよく魔力弾に向かって振り下ろす。すると轟音を鳴らして地面も削っていたほどの巨大な魔力の弾が音もなく霧散した。呆気にとられている異形の懐に飛び込み、千歳はふたたび木刀を振り上げて目一杯の影を木刀の切っ先に集中させると異形の身体を袈裟斬りにする。断末魔と呻き声をあげながら倒れ込んだ異形が静かになり、どうやら異形としての命も終わるようで身体が黒い塵となり始めている。
『チッ、ムカつくガキだ。仕返しのつもりかよ・・・』
そう毒突く異形の身体には左肩から右脇腹にかけて千歳に斬られた際の傷ができていた、千歳は『ふん』と笑う。
「これでおあいこだ」
『HA!人間が俺らに向かって「おあいこ」だと!?くだらねぇ冗談だ』
笑った拍子に口から黒い液体を吐き出した異形はひとつ深呼吸し、落ち着いた声色で千歳に話しかける。
『ガキ、笑わしてもらった礼だ。ひとつだけ言ってやる・・・テメェらの敵は俺らだけじゃねぇ』
そう言い残して異形はニヤリと笑いながら黒い塵となって霧散する。千歳は床の血痕を見つめながら幼い頃の自分の仇を討てたことに安堵のため息をつき、誰もいなくなった寂しげな公園を後にした。