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第25話 潜入

 エステル達の都市滞在が決まった頃。

 都市の繁華街からほど近い宿一階のカフェ兼食堂に避難して、雨宿りをしていたノアとリィエルだったが――、


「これだけ雨が激しく降り続けていれば、やはりもう今日の出立はないだろう」


 ノアがそう判断して、そのまま宿の宿泊部屋を手配することにした。


「夜、寝静まった頃にエステルがいる建物に忍び込んでみようと思う」


 ノアは手配した部屋に入ってベッドに腰を下ろすと、リィエルに話を切り出した。


「私も手伝う」


 リィエルがすかさず協力を申し出る。だが――、


「……いや、リィエルは宿で待っていてくれ」


 ノアは悩ましそうに顔を曇らせてから、待機を指示する。


「どうして?」


 尋ねて、リィエルはどこか不安そうな目でノアを見た。


「タイミングがタイミングだ。俺がエステルと接触して騒ぎにでもなれば……、というより、騒ぎになる可能性が高いんだが、おそらく偽物の俺を通じてダアトにその情報が伝わる。その時に男女二人組という情報が伝われば、消滅した研究所と俺達の脱走が疑われる恐れがある。二人だと不測の事態があった時のリスクが高いからだ」


 と、ノアは理由を語る。確認されるのがノア一人ならば、脱出したのはノアだけと勘違いさせることができるかもしれない。


(ダアトの情報を探る目的はあるが、エステルと接触するのは俺の我が儘でもある。リィエルを危険な目に遭わせるわけにはいかない)


 だが……。


「駄目」


 リィエルがハッキリと告げる。


「……なんで?」


 今度はノアが尋ねる番だ。


「二人一緒に見つかるとダアトに私達の生存が疑われるのはわかった。でも、私の居場所はノアの傍。他のどこにもない」

「リィエル……」

「私の役目は不測の事態があった時に備えること。だから、私も屋敷の傍までは付いていって、何かあればノアのために動く」


 そこは譲らない。リィエルの瞳はそう訴えていた。


「…………わかった。けど、騒ぎが起きても基本は静観を心がけてくれ。このままだと俺が捕まってしまう。そう判断した時に動いてくれ。それが条件だ」


 ノアが条件付きで折れる。


「うん」


 リィエルは満足そうに表情を柔らかくした。


「……その、リィエルが俺のために動いてくれるのは嬉しい。ありがとう」


 ノアが照れくさそうに付け足す。


「何もなかった私に居場所をくれたのはノア」


 リィエルは静かに首を横に振る。


「そんなことはないさ……」


 ノアは照れくさそうに笑って、かぶりを振った。


   ◇ ◇ ◇


 そして、深夜。

 誰もが寝静まった頃。

 いまだに雨が降り注ぐ中、ノアはリィエルを引き連れ、行政機関が密集する都市の中央部へと接近していた。

 夜闇に紛れ、雨に紛れ、視界が悪い上に風も強いので、飛行魔法を使うのは危険なのだが、低空飛行で移動して、役所の敷地外へ移動する。リィエルを抱きかかえたまま役所の傍にそびえる建物の屋上の屋根付きテラスに着地すると――、


(まずは役所を鑑定だ)


 神眼を発動させて、役所を鑑定した。建物内にどれくらいの人がいるのか、その中にエステルも含まれているのかを。


================

 世界記憶アカシックレコードへアクセスします。

 建物内部に二三七人が滞在。

 内、活動している人間は九五人。

 エステル・ヴァーミリオンは三階の客室にて就寝中。位置情報をマーキングしてトレース。以降、ノア・ターコイズと共有します。

 以上。

================


 鑑定が終わると、ノアの頭の中にエステルの位置情報が入り込んでくる。エステルのことを思い浮かべることでおおよその居場所がわかるようになった。


(これでエステルの居場所がわかるようになった。魔力の消耗は気になるが、神眼を発動させた状態で潜入するしかないか)


 シオンはそう考え、神眼を発動させたまま建物を眺める。そして――、


「エステルはあの建物の三階にいるみたいだ。リィエルはここで待っていてくれ。ここなら風雨が凌げるし、役所も見える。騒ぎや問題が起きた時の対処は宿で話した通りだ。これを」


 と、リィエルに呼びかける。王都で購入した変装用の仮面二つを腰のアイテムボックスから取り出し、内一つをリィエルに渡した。


「うん。気をつけて」


 そう言って、リィエルは仮面を装着する。


「ああ。じゃあ、行ってくる」


 ノアも仮面を装着すると、魔法陣を展開して再び空へと飛び立っていった。役所までは目と鼻の距離なので、すぐに敷地内の上空にたどり着く。


(さて、エステルがいるのは三階。どこから潜入したものか……)


 ノアは再び神眼を発動させて、上空から役所の建物を鑑定した。エステルの居場所はわかったが、潜入ルートを見極める必要があるからだ。

 神眼は世界記録アカシックレコードにアクセスすることで世界に存在しているすべての情報を閲覧しうる能力だが、閲覧できる情報はあくまでも部分的であり、必要な情報を取捨選択して意識的にすくい取る作業が必要である。

 ノアは建物の内部構造を鑑定するにあたって適当な窓を起点にして入り口とし、そこから内部を映像化して構造を把握することにした。

 鍵の開いている入り口や窓はあるのか、巡回している兵士がどこにいるかといった情報を確認していくが――、


(……一度に多くの情報を閲覧しようとしているせいか、脳の負荷が大きいな)


 奥へ進んでいくと脳への負荷も大きくなっていく。読み取った情報を無理やり脳に焼き付けて記憶しているようなものなので、読み取る情報が多ければ多いほどノアに負荷がかかるのだ。


(全員の居場所までマーキングするのは流石にきつそうだな。まあいい。だいたいの居場所がわかるだけで十分だ)


 シオンの瞳に浮かび上がる建物内部の視点はどんどん奥へと突き進んでいく。やがてエステルの位置情報がマーキングされている部屋の前にたどり着き――


(扉の前には見張りが二人。当然、鍵もかかっている。となると、誰にも気づかれないで侵入するのは流石に難しいか? いや、外に窓があればそちらからでも……。よし、窓がある。鍵がかかっているけど、これは警報のマジックアイテムか?)


 ノアは必要な情報を神眼でどんどん引き出していく。そうしてわかったことはやはり王族が寝泊まりする場所の警備はかなり厳重だということ。

 ただ、エステルの実家であるヴァーミリオン王国城の警備はさらに厳重だろう。このまま帰国されてしまうと、今この場で忍び込んで接触するよりも遥かに困難になる。


(……勝負に出るならここしかない。ここまで来たんだ。引き返すつもりもない。エステルの部屋のバルコニーから侵入できないか、調べてみよう)


 ノアはそう決めて、神眼を発動させたままエステルの部屋がある建物三階のバルコニーへと降下を開始した。

 強い雨のおかげで外を出歩いている者はおらず、ノアが潜入用に購入して着用した黒い外套のおかげで見事に夜闇に溶け込んでバルコニーに降り立つ。雨のせいで外にかがり火がたかれておらず視界が悪いのが幸いだった。


(これは……、窓に警報アラートの魔法がかかっていて、窓自体が一種のマジックアイテムになっている)


 登録された鍵を使って窓を開けるか、登録された魔力の持ち主が事前に警報を解除しておかない限り、勝手に窓を開けた途端に大きな警報音が鳴るという仕組みで、要人が寝泊まりする部屋には設置されていることが多い品だ。かつてシオンが王族だった頃に暮らしていた部屋にもあった。


================

アイテム名:警報窓アラートウィンドウ

ランク:三

説明:対となる鍵のマジックアイテムによって解錠・施錠できる窓。鍵の所持者以外の者が一定時間窓に触れたり、窓を破壊しようとしたりすると、大きな音を発して一帯に異常を知らせる。存在強化の魔法も込められており、窓の物質強度も高められている。

================


(厄介な品だが、マジックアイテムであるのなら俺のスキル『魔の隷属』で効果を書き換えることができるはず)


================

・魔の隷属

 神眼を発動させている間、解析したあらゆる魔法を習得できるようになる。また、特殊パラメーターに『魔法分解SSS』『魔力吸収S』『魔法陣書換S』の項目を追加。神眼を発動させている間は魔法や魔法陣に対する干渉・支配が可能になる(解析した魔法の事象化を解除して無害な魔力へと分解・吸収できるようになり、解析した魔法陣の書き換えができるようになる)。ただし、魔力変換によって発生した闘気などのエネルギーを無害な魔力に分解することはできない。

================


 このスキルを使えばマジックアイテムの窓を無効化し、エステルの部屋に侵入することができるだろう。ただ――、


(窓に込められた魔法を分解するとこの窓がマジックアイテムではなくなり、侵入の痕跡として残るな……)


 可能な限り、エステル以外に侵入を知られたくはない。となると、窓に込められた魔法を消滅させてしまうのは駄目だ。魔法陣の構造を解析すれば同じ魔法陣を後からくみ上げることも可能だが、立ち去る時にそんなことをしている余裕があるかはわからない。


(なら魔法陣を書き換えて、鍵がなくても俺の魔力で鍵が開くようにするか。 それなら窓に込められた魔法はそのまま残ることになる……)


 ノアも堂々と部屋の中に入ることができる。それが可能か、ノアは神眼を発動させてみることにした。そしてマジックアイテムに込められた魔法陣を起動させる。


(さて、書き換えるべき場所は……)


 神眼を発動させたまま手を動かし、起動した魔法陣をいじくり回すノア。魔法陣の構造を解析し、どこをどういじればどういう魔法になるのかを学習して即実践する。

 すると、ほんの十数秒で――、


================

アイテム名:警報窓アラートウィンドウ

ランク:五

説明:対となる鍵のマジックアイテムの所持者か、登録者の魔力によって解錠・施錠できる窓。鍵の所持者か登録者が窓に魔力を流して鍵の解錠・施錠を念じればよい。それら以外の者が一定時間窓に触れたり、窓を破壊しようとしたりすると、大きな音を発して一帯に異常を知らせる。存在強化の魔法も込められており、窓の物質強度も高められている。

================


(よし、できた)


 ノアは見事にマジックアイテムの効果を変更させた。早速、窓に魔力を流して解錠を試みる。すると、窓に一瞬だけ魔法陣が浮かび上がり、カチャッと鍵が開くような音が小さく響いた。

 窓を開けるべく、そっとノブを捻って内へ引く。すると――、


(マジックアイテム以外の鍵で内側から二重施錠されているとお手上げだけど……)


 窓がキイッと音を立ててゆっくりと開いた。


(開いた!)


 ノアは心の中でグッとガッツポーズを握る。が、すぐに心を落ち着け、室内へと意識を向けることにした。


(いよいよだ。室内にエステルがいる……)


 カーテンの向こう側に寝室が広がっている。ノアは深呼吸をして流行る気持ちを抑えると、静かにカーテンを開いて、だが素早く寝室へと忍び込んだ。

 中は真っ暗で、物音一つしない。


(雨の音で目を覚まされると厄介だ。とりあえず窓を閉めよう)


 ノアは室内の探索を始める前に、そっと窓を閉めた。そうして、いよいよエステルの寝室潜入に成功する。室内は真っ暗だが――、


(ここは客室のリビングか。エステルが眠っているのは……)


 既に目は慣れている。加えて、神眼によってエステルの位置情報はマーキング済みだ。彼女がもう目と鼻の先にいるのだと、感じることができる。

 よって、迷うこともない。ノアはエステルが眠る寝室へと足音を殺して近づき、静かに扉を開けた。


(キングサイズのベッドが一つ……、いる。エステルだ)


 間違いない。マーキングして感じている位置情報とも一致している。ノアはベッドの膨らみにエステルがいると確信した。

 ベッドの脇へ移動するノア。

 エステルはすやすやと寝息を立てて寝ている。果たして彼女はダアトと繋がりがあるのだろうか?


(そんなこと、あるとは思いたくもないが……)


 ノアはエステルの寝顔を見つめながら、仮面の下の神眼で彼女を鑑定した。調べることはエステルがダアトと関係しているのかということ。すると――、


================

 世界記憶アカシックレコードへアクセスします。

 鑑定事項「エステル・ヴァーミリオンとダアトとの関係」

 ダアトとは生命のセフィロトに隠された十一番目のセフィラのこと。

 ですが、鑑定対象と鑑定事項の関連性が希薄。エステル・ヴァーミリオンを鑑定することでこれ以上ダアトに関する記録を閲覧することはできません。

 以上。

================


(やはり自動鑑定では知ることはできないか……)


 ノアは仮面の下で歯噛みする。起こして尋問するまでもなく関係性を知ることができれば儲けものだと思ったが、自動鑑定を用いる場合に神眼で鑑定できるのは鑑定対象と結びつきが強い表層的な関連情報だけだ。

 要するに、鑑定対象と関連性がある事項に限り知ることができるということだ。そして関連性の有無の判断はノアが行うわけではない。


(だが、生命の樹に隠された十一番目の実というのは何だ……? 俺が知りたいのはダアトという名の組織であって……)


 生命の樹と十一番目の実という情報は気になったが、自動鑑定ではこれ以上セフィラとしてのダアトについて詳細な情報を得ることはできない。だから、ノアは代わりに組織としてのダアトとエステルとの関係を鑑定してみることにした。結果――、


================

 世界記憶アカシックレコードへアクセスします。

 鑑定対象「エステル・ヴァーミリオン」

 鑑定事項「エステル・ヴァーミリオンとダアトという組織の繋がり」

 両者の関連性が希薄。

 鑑定できません。

 以上。

================


(これも駄目か。こうなったらエステルを起こして話を直接訊くしかない)


 駄目元だったとはいえ落胆はあるが、当初の予定通りだ。ノアはそう考えると、仮面をつけた顔に手を伸ばした。が――、


「…………」


 仮面を外そうとしたその手を、躊躇いがちに下げる。


(仮面はつけたままでいるか……)


 現状では誰がダアト側の人間で、誰がダアトと無関係の人間なのかわからない。エステルがダアトの存在を知らないのなら、知らないままでいる方が安全を確保することができるのではないか? そんな考えがノアの頭をもたげた。

 だから、仮面で顔を隠したままエステルを起こすことにした。それから、ノアは気持ちを整理すると、魔法陣を展開して魔力疑似強化イミテーティド・ハイパーフィジカル魔力疑似鎧イミテーティド・エナジーメイルの魔法を使用する。

 仮面をつけた男に起こされれば暴れられる可能性が高い。現時点でエステルの方がノアよりもレベルとランクが高く、魔力以外の基礎パラメーター値で劣っていることは鑑定でわかっている。仮面をつけたままエステルを起こして騒がれた場合、部屋の外にいる見張りに気づかれる恐れもあるから、身体能力を底上げして対策を講じることにした。


(こんな賊みたいな真似をするのは気が引けるが……)


 他に手段がない。

 ノアはいよいよ腹をくくると、エステルが眠るベッドに素早く上った。仰向けで眠るエステルの身体を押さえ込み、口許に手を当てる。すると――、


「………………っ」


 エステルが流石に目を覚ました。咄嗟に身体に力を入れて抵抗しようとしたが、ノアが力尽くで押さえつける。


「静かに。危害を加えるつもりはない。貴方の婚約者、シオン・ターコイズのことで訊きたいことがある」


 ノアは仮面越しにエステルに顔を近づけて、抵抗が強まる前に先制して素早く囁きかける。


「…………」


 ノアの名前が出たからか、エステルの抵抗がわずかに弱まった。ノアはその隙を見逃さず、次の質問を投げかける。

 果たして、それは――、


「貴方はシオン・ターコイズの秘密を知っているか?」


 というものだった。

 書籍化のご報告。2020年1月24日にMF文庫J様より本作『失格世界の没落英雄』が発売される運びとなりました。担当イラストレーターはnana先生です。書籍化に伴いタイトルを変更する運びとなりましたので(旧:進撃の没落英雄)、その旨も併せてお伝え申し上げます。

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2020年1月24日(金)に第1巻が発売
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精霊幻想記も連載中(公式PV)
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