第17話 寝耳に水
食事を済ませたシオンとリィエルは防具も取り扱う服屋を訪れた。冒険者や旅人がメインの客層だと聞いて入店したのだ。
まずはシオンの服を選ぶことになったのだが、動きやすそうな戦闘装束を二着と、フード付きの良さげなローブが一つあったのでそれを買うと決める。
ローブのデザインは王城にいた頃に着慣れていた魔道士のローブと似ていて、裾や丈は膝上程度とやや短めに作られている。
魔法的な効果は何も付与されていないただの丈夫な服だが、継続的な収入がない現状で魔法が付与された装備を買う余裕はない。
問題はリィエルの服だ。女性用の服のことはよくわからないので、女の子の店員に見繕ってもらうことにした。
リィエルが可愛いからか、店員の女の子も選ぶのに熱が入ったらしい。あれこれ着せられ、「これはどうですか?」と聞かれていたのだが――、
「わからないからシオンが選んで」
という本人の言によってシオンが選ぶことになる。シオンは事前に聞いていたリィエルの戦闘スタイルも踏まえて、いくつか候補をピックアップしてもらい、その中から予備を含めて二着選ぶことにした。
そして、その上から羽織る丈が長めのローブも購入すると決める。
「これから旅に出るんですけど、何かオススメのアイテムはありますか? そういった知識に疎いものでして」
服を買い終えると、店員に尋ねてみた。本当なら魔法石を売ったマジックアイテム工房で尋ねたかったところだったが、あの店では老紳士に駆け出しの魔道士という設定で話をしていたので、これから旅立つという前提で話を聞くことはしづらかった。
「んー、旅人や冒険者の方々が一番苦労するのって荷運びなんですよね。なので多少は無理してでもアイテムボックスを購入したがる方は多いみたいです。うちでは置いていないんですが、マジックアイテム工房に行けば取扱いがあると思いますよ」
「アイテムボックス?」
「私も実物は見たことがないんですけどね。ポーチやバックパックの形をしていることが多いそうですよ。中の空間を拡張することで見た目以上に大量の荷物を収納して運べるようになるんだとか。しかも重量はほとんど感じないみたいですよ」
「それは便利そうですね」
第一王子として城に暮らしていた頃には縁がなかったからだろう。シオンも聞いたことがないアイテムだった。
「ですがお値段も高いので。一番性能が低いランク三の品でも四十万クレジットはするんじゃないでしょうか。ランク五の品だと百数十万クレジットになるとか」
「……ランク三の品でもちょっと購入を躊躇う額ですね」
ただ、欲しいことは欲しい。
(神眼で鑑定すれば俺でも作れるかもしれない。ランク五の魔法石なら一つあるしな。後でもう一度マジックアイテム工房に行ってランク三の品を買ってみるか?)
と、シオンは考える。やってみる価値はありそうだった。すると――、
「それにしてもお兄さん、格好良いですねえ。可愛い彼女さんまで連れていて。旅の準備をして愛の逃避行ですか?」
女の子が好奇心を滲ませて訊いてきた。
「まさか」
シオンはフッと笑い、肩をすくめて応じる。のだが――、
「第一王子様と同じ名前ですし、まさかご本人だったりして、なんて」
「……え?」
女の子が軽い調子で口にした冗談を聞くと、シオンが驚いたように反応した。
「え?」
女の子も少し目を丸くする。
「あ、いや。第一王子って、ターコイズ王国の?」
「はい。そりゃあここはターコイズ王国ですし」
「……名前を知らなかったもので、ちょっと驚きました。同じ名前なんですね。へえ」
咄嗟に機転を利かせて誤魔化そうとしたシオンだが、動揺が滲んでいる。
「えー、お兄さんもしかしてお上りさんですか? 未来の賢王シオン・ターコイズ王子殿下を知らないなんて」
「そんなことはないけど、ここ最近の時事にあまり触れていなかったから」
愛想笑いを浮かべて誤魔化すシオンだが――、
(未来の賢王シオン・ターコイズ? どこのシオンさんだよ、そいつは? え? 俺はここにいるぞ?)
内心では激しく困惑し、疑問符を浮かべていた。
一瞬、女の子が別人のことを喋っているのかと思ったが、話題に挙げている人物の名前がシオン・ターコイズである以上それはないと断言できる。シオンが知る限りで同姓同名の他国の王子など存在しないのだから。
(この子の口ぶりだと存命なんだよな。そのシオン・ターコイズは。いったいどういうことだ?)
もともと王都には立ち寄るつもりだったが、こうなった以上は明日にでも向かう必要がありそうだ。王都で何が起きているのかを知りたくなった。
「次の祭日に婚約者のエステル王女がいらっしゃるから、王都でパレードがあるみたいですよ。王都まで歩いて三日ですし、お兄さんも見物に行ったらどうです? 明日出ればギリギリ間に合いますし、それ目当てで王都へ向かっている方が多いですよ」
「へえ、エステル王女が……。考えてみます」
と、シオンは素っ気なく言いつつも、王都を訪れる決意を固めていた。
◇ ◇ ◇
シオンは購入した服を持ち帰り用の袋に入れてもらって、店の外に出た。すると――、
「シオン・ターコイズってシオンのこと?」
リィエルが小首を傾げて尋ねてきた。
「ああ。そのはず……だと思う」
「シオンはここにいるのに?」
「……それがわからないんだ。彼女が言っていた話が本当なら、俺以外の誰かがシオン・ターコイズとして生きているかもしれないみたいだけど……」
と、そこまで言ってから、シオンはハッとして目の前に立つリィエルを見る。
髪の色こそ違うが、モニカとまったく同じ姿をしたリィエルがこうして存在するのだ。なら、もしかしたら……。
「調べに行くの?」
嫌な胸騒ぎで表情が強張りかけるシオンに、リィエルが問いかけた。
「……ああ、そうだな。もともとは王都の様子だけ見て立ち去るつもりだったけど、少し本気でシオン・ターコイズについて調べてみようと思う」
シオンは軽く息をついて脱力してから、リィエルに答える。
「わかった。じゃあ、調べよう」
「ありがとう。なら、しっかりと旅の準備を整えないとな」
何か役立つ品がないか、色々と見て回ってもみたい。
「次は何を買う?」
「魔法石を売った店にもう一度行って、アイテムボックスを買おうと思う。けどその前に宿屋に戻って荷物を置いてから行こうか」
「うん」
そうして、シオン達はいったん宿へと向かうことにした。カウンターには先ほども接客をしていた女性店員がいたので、一応割り符は提示しつつもすんなりと本人確認が済んでしまう。そして――、
「荷物を置いていきたいんですが」
「あ、でしたらこちらで部屋に運んでおきますよ」
などというやりとりを経て再び手ぶらになってから、マジックアイテム工房へと向かう。
店の場所は覚えていたので、迷うことなくたどり着き、入り口の扉を開けると――、
「いらっしゃいませ。……おや、貴方は。何かご用でしょうか?」
店内には魔法石の鑑定をしてくれた老紳士がいた。どうやらシオンの顔も覚えていたらしい。
「度々失礼します。アイテムボックスの購入を考えているんですが、こちらの店に置いてますか?」
シオンは用向きを打ち明ける。
「ええ。ランクが五のものは在庫を切らしているのですが、三と四のものは取扱いがございますよ」
服屋の店員さんが言っていた通り、取扱いはあるようだ。
「恥ずかしながらそういったアイテムがあることを今日初めて知りまして、三級と四級でどう効果が異なるのか教えていただいても?」
「ははは、冒険者や旅人、商人、軍関係の役所などに需要がある品ですからな。研究が主であまり移動することがない魔道士の方だと、確かに意外とご存じないのかもしれません。三級と四級の品の違いは使用されている魔法石の関係で収納できる容量に違いがあるということだけですよ」
と、老紳士はシオンにアイテムボックスの効果を説明する。
「ちなみにそれぞれどの程度の荷物が運べるのでしょう?」
「三級で三十キロまでの荷物を収納できます。四級だと六十キロ、五級で百キロですな」
「持ち運んでいる時にはあまり重さを感じないと聞いたのですが」
「ええ。背負った時に感じる重量は内容物の一パーセント程度です」
「荷物の収納の仕方と取り出し方は?」
「それは実演して見せた方がいいでしょう。少しお待ちを」
老紳士はカウンターの傍に置いてあった棚からポーチを取り出した。そして、普段彼が腰掛けてあるであろう椅子も運んで戻ってくる。
「こちらは三級の品です。私がポーチを空けて持っていますので、その椅子をポーチの中に入れるつもりで近づけてください」
「入れるつもりで?」
ポーチは目一杯開いても口の幅は二十センチ程度だ。対する椅子は横幅だけでも五十センチはある。どう見ても物理的に入らないので、シオンは少しギョッとした。
「ええ。初めてご覧になる方は皆驚かれるのですが、まあ試してみてください」
「わかりました」
シオンは椅子の背を掴んで持ち上げ、老紳士が手にしたポーチの口へと近づけていく。リィエルも興味を持ったのか、近づいてポーチの中を覗き込んでいる。
すると、シオンが手にしていた椅子がポーチの口へと吸い込まれるように消えてしまった。
「これはすごい」
「……小さくなった」
シオンが感嘆の声を漏らす。リィエルもわずかに目を見開いている。ポーチの中にはミニチュア化した椅子が底に吸い付くように置かれていた。
「固定化の魔法がかかっているので、装着した状態で激しく動いても収納している間は中身が傾くとはないのですよ。中身を取り出したい時は取り出したい物を思い浮かべて手を入れれば中の物を掴むことができます。核となる魔法石が壊れない限りは、中身が勝手に出てくることもありません」
「核となる魔法石が壊れた場合は……」
「中身が袋の中で巨大化します。まあ、魔法石が壊れることなど滅多にありませんが」
「ちなみに容量を超えて荷物を入れようとした場合はどうなるんでしょうか?」
「その場合は荷物が入りません」
「なるほど……」
「その他の注意点は生きた動物は入れられないということですな」
「そんなことをしようとする人がいるんですか?」
「ペットを持ち運ぼうと思って買おうとする方もいらっしゃるので」
「ああ……」
などと、シオンはアイテムボックスに関する説明を老紳士から受ける。
(旅の荷物を持ち運ぶのに便利だし、神眼で解析してみたいし、これは買いだな)
外からアイテムを鑑定するだけではアイテムの効果しか知ることはできない。
魔法陣の鑑定をする場合は魔法陣を起動する必要があるが、売り物の魔法陣を勝手に起動させて片っ端から鑑定するのは倫理的にもアウトだろう。
現状、人前で積極的に神眼を発動させるつもりもない。
「こちらのアイテムボックス、おいくらでしょう?」
「金貨四十枚……ですが、先ほど質の良い魔法石を売っていただきましたしな。金貨三十九枚に勉強させていただきましょう」
「買います」
かなり高い買い物だが、決して無駄な買い物ではない。そう思って購入を即決したシオンだった。