☆#9 新人バイトと配達員(下)
【主な登場人物(☆)】
・配達員 (???)
あの世とこの世の間にある不思議なお店、『ZattaGotta.KK』に毎朝顔を出す、「顔の見えない」常連客。
何やら隠し事が多いようでかなり「テンパりやすい」性格。
・少女 (アケビ)
日焼けに赤髪がトレードマーク! 店主のお店にやってきた新人バイト。
おどおどしているように見えて少々、跳ねっかえりが強い。
・修理屋(司)
配達員の隣人 兼 仕事上の先輩。
口が悪いせいで誤解されやすいが、実はかなり面倒見のいい人。
・店主(浩介)
今回、出番少ない人。まるでモブ。……主役だよね?
――いつか。
心を開いていい人がやってくるのだと夢を見た。
――いつか。
一度は自分を捨てた奴らが、思い直して自分を引き取りに戻ってくるのだと。
目の前に現れるのだと。
ああ、有り得ないはずの夢を見た。
――そこは絶対に、己の居場所ではないと信じた。
* * * *
「……はあ」
「どうでした?」
――バタン。
扉を閉め、己の記憶を振り返りながら配達員は首を振る。
「とりあえず『郵便局』に連絡はしたが、あっちもあっちで大捕物があるらしくてな、取り込み中だ」
「大捕物ですか?」
少女が聞けば、配達員はゲンナリした様子でいう。
「そう、死んだことを認めたがらない類のやつがキャーキャー言いながら逃げ出すアレ」
「……へえ、活きがいいですねえ」
「……遠い目をして『わぁ、今まさにとれたての鯛を目の前にしましたぁ』みたいな感想を吐くんじゃないの、君……」
やれやれと苦笑いしながら配達員は言う。
「……ともかくその『迷子』、迎えにくるにしても今すぐってわけにはいかないらしくってな……」
少女は部屋の中心部を振り返る。……あの時自販機の前で、ごく普通にいちごオレを餌付けした、ワンピースの『迷子』。
彼女は今、いかにも楽しそうに暇を潰していた。
その辺に転がっているテレビゲームで遊びはじめたのだが、やる前にもちゃんと部屋の主に許可をとるし、普通にいい子だ。というより、逆にそういう部分には育ちの良さが見て取れる。喋っている言葉も、言語はまったく違うようだが言うことはそこそこ大人だ。つまり頭がいいというか、賢い。
「・・・・・!!」
「ああ、6面倒したのか、すごいな」
画面を指差し何事か訴える『迷子』ちゃんに、配達員は雑に褒め言葉を投げつける。
それでも興奮気味にきゃーきゃー言っているその子の横で、所在なさげにタバコをくわえてガリガリと頭をかく男が1人……そう、この部屋の家主だ。
「……あのですね」
配達員は不自然に笑った声で家主に向かって口を開く。
「……そろそろタバコ、卒業しません?」
家主は壊れた置き時計の横に、灰皿をガツンと置いた。配達員は続ける。
「一応、ここに子供がいるんですがね、司さん」
少女はふっと気づいた。
――「好意を寄せてくる人間枠で思い出しましてん。修理屋のおっちゃん、最近遭遇しないんですけど」
――「ああ、司さんのことか? ……最近は部屋にこもって副業ばかりらしいぞ」
――「配達からちゃんと転職してもええっちゃええんですけどねぇ、あの人」
『司さん』――その名前が正しいなら、この人こそが配達員に「露骨に好意を露わにする人」ということになるのだが……
「……大体だ」
不機嫌そうな家主はタバコをくわえたまま口を開いた。
「……分煙なんぞ、今のやつらの常識だろうが……あーあ、悪かったなぁ!」
時代に取り残されている感が強いのか、家主はクワッとわめいた。
「こっちは古代人だから関係ないなッ!」
「えー、嫌ですねーえ」
やはりニコニコした声のまま、配達員が言う。
「普段の言動からいって、せいぜい30年前じゃないんですかー、死んだのぉー。……ハハッ、何が古代人だ、地中に埋めて化石にしてやろうか、この原始人が!」
――いや、おかしい。なんだこのギスギスは。
「何だてめえ、文句があるなら自分の部屋にでも連れ込んでろや? あぁ?」
「あーはーはー無理ですぅー。死んでも無理ですぅー??」
「両方死んでんだが? お?」
男2人が、ものすっごい近さで睨み合っている。
「ど、どーどー……」
――いや、あの。どう見ても、『元不良のツッパリ同士』がガンつけあってる状況に近いんですが。
いたたまれなくなった少女は冷や汗をダラダラ流した。
というかよく睨めるな、あのおじさん。
配達員さんの目とかどこにあるか分かりづらいだろうに、よくガン見できるな。何この状況。こんな人だったっけ配達員さん。
――というか何、『露骨に好意を寄せてくる』? そんなアホな。
「…………。」
「…………。」
少女は心の中で人知れず叫ぶ。
ええー――とてもそうは見えませんねぇぇ!?
「……っつうか、『迷子』と遭遇して困った挙句、なんでここに連れてくんだ、バカかてめえは、アホなのか」
「えええーっ?」
配達員はわざとらしい調子でいう。
「いけませんでしたーあ? 部下が上司を頼るのーお?」
「……上司ってより先輩ってーかだな、教育係っていうか」
家主が息をつく。
「それ以前にこっちはオフの日っていうか……!」
本当に休日を邪魔されたくなかったのだろう。生きていた頃とは違って「起きる」「寝る」がほとんど生理現象ではなくなっているのだろうが、どうもついさっきまで寝ていたフシがある。頭が働かないのか、歯切れがめちゃくちゃ悪い。
「だって、知り合いの家でーえ……」
配達員は煽りまくった様子の間延びした声で、息を吐きながら周囲を見渡した。その付近に散らばっているペンチやドライバー。更にゲームソフトや子供用グッズの類。
「『子供ウケ良さそうな場所』っていうとー、お隣さんくらいしかですねーえ?」
「ほほーお、何をやらせても、体力系の仕事以外は全部異っ常に飲み込みよく、5分でモノにしちまう可愛くねえ後輩くんがーあ?」
――シュッ。
「……たまーに頼ってきたかと思いきや、それかーあ……あああぁー、腹ぁ立つなーあクソがッ!!」
――パンッ!
「! ――おおっと、腹立つのは俺なんですがね先輩!?」
不意打ちを狙ったらしいフックパンチが配達員を襲うも、余裕で見切った配達員はひらりとかわした。
「こんなことでもなけりゃ頼りませんよ。何このゴチャ部屋!?」
「ンーだとこら!?」
「ってか本当に間取り同じですか、俺と!」
――ひゅん。
配達員の目潰しがはらわれる。
「見ッててイライラするんですよ。今までスルーしてきたけど、絶対片付け苦手な人でしょあんた!」
――ぱしっ。
家主の正拳突きが阻止された。
「へええーそこまでいうんだったらァー? 綺麗なゴミ屋敷に帰りやがれよ、テメエだけよぉぉ」
――がちっ。
「ええー帰らせていただきますよーお! ちゃっちゃと命じられた仕事こなしてきますよーう! 5ッ分ッ間んん!!」
……ああ、取っ組み合いみたいになっている。
『迷子』の髪をすきつつ、少女はようやく割り込んで呟いた。
「……この2人、同レベルだ……」
というか『5分間帰る』とか、ただのトイレタイムだろうに。
……そう思いつつかぶりを振り、少女は息をつく。
まあ一応、あの配達員も『迷子』が気にはなるんだろう。いい加減な性格だが、なんだかんだ言って面倒見は良さそうだ。
「っていうかそれ、楽しい?」
「・・・・・」
よっぽど長い間歩き回っていたのだろう。ぼさぼさになっていたショートヘア。少女に髪をとかされながらコントローラー片手に、うんうんと頷く『迷子』は目がすごくきらきらしていた。
目の前には随分とクラシックなドットの大きいテレビゲーム。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
実際には何を言ってるんだかさっぱり分からないが、とにかく熱を持って
「これが日本のゲームのごせんぞさまよね! めっちゃクールだわ! じかんのかぎりこんぷりーとするのよ私!」
……というようなことを長々と言っているのは見て取れつつ。とりあえずお楽しみ中の『迷子』をほっておくことにした少女は、迷子の後ろから立ち上がって、ギスギスした男2人を見比べる。
そう、流れで一緒に来てしまったが……
というか、「発見者だから」と責任を感じて、そのままこの子のそばにいるわけだが。
あの後困った挙句、配達員が連れてきたのは彼自身の住処だった。
病院近くにある古びた集合住宅。それで自室のドアを叩くかと思いきや、なぜか隣人の家にいきなりピンポン突撃したわけである。曰く、自分の部屋だと仕事に障るらしい。
――少女は膨れる。だから、なんの隠密行動をしてるんですかこの人。
「・・・」
「ん?」
その時、テレビから目を離さずに『迷子』が口を開いた。
「・・・・、・・・・」
「『お母さんが吸う人だったからタバコは平気』、らしいけども」
配達員は首をすくめる。
「子供に気を遣われている時点で、大人失格なわけですが? ゴチャ部屋先輩」
「…………誰がゴチャ部屋先輩だ誰が」
配達員のそれに黙りこんだ彼は、舌打ちをして灰皿にタバコを押し付ける。
タバコを吸うのを諦めたらしい。
「もういい、水まいてくる」
息をついてがらっとバルコニーに出る家主に、配達員はなおも煽った。
「あ、ついでにですがー……」
「何だ、クソ野郎」
クソ野郎って。ぷっと少女は忍び笑いをした。
あだ名として使うにしたって、最早悪口だ。
「……薬まくなら俺の方までやっといてくださいねー? お宅から追い出された毛虫とナメクジ、越境してくるんですよー、うちのベランダまでーえ」
「……その口調をいい加減やめろ」
ごちん、とようやく音を立てたそれ。
「……パワハラで上層部に訴えてやろうか、この人」
見えないはずの頭部を軽ーく殴られた配達員は、頭を抑えながらぼそりと呟いた。
「薬ってなんの話です?」
がらがらがら、とバルコニーの引き戸が音を立てて閉められる。
……少女の問いかけに、恐らく声からして膨れた様子の配達員は『引き戸をロック』しながら言った。
「そんなに気になるなら、そこから外でも覗いてみたらいい。なかなかに乙女チックな光景が見られるぞ」
「へえ」
――いや、今うっかりスルーしかけたけど、閉めださなかったか、あれ。
少女はロックされた引き戸を二度見した。
バルコニーに取り残されてないか、「ゴチャ部屋先輩」。
配達員が息をつきながら言う。
「……ああ見えて趣味がガーデニングらしいんだ、あの人」
「ああ、越境してくるって害虫がですか」
――外を見れば、成程、確かに綺麗な光景が広がっていた。ここが古びたボロボロの集合住宅の一角だと、つい忘れてしまいそうになるくらいのそれ。
白くて背の高いもの、少し乾燥した印象の黄色いの、背は低いがやはり白い花弁のついた黄色いガクの花……。
「背の高いのは、カーネーション……黄色いのは、ドライフラワーなんかでよく見る、スターチス……ちっちゃいのは……あの葉っぱの形だとノースポール、別名寒白菊、ですかね」
「へえ、驚いたな……」
舌を巻いたように配達員がいう。
「花に詳しいのか、バイトちゃん」
「瓶入りの花なんて、病院で暇してれば嫌でも見るアイテムですよ」
ただ『寒白菊』に関しては切り花にされることが少ない。
だから、お見舞いの品というよりは『入院していた病院の花壇に植わってたアレ』という認識だったのだが。
「……確かに、花瓶に入ってるのと違って、土付きだと虫すごそうです……」
「死後の世界ですら虫がわくって、考えてみたらおかしな話だけどな……やつらも一旦死んでるのか、虫除けぶっかけられたやつがウゴウゴしながらこっちの境界に逃げ込んで来るんだ」
「人間に直したら地獄絵図ですよそれ」
少女は「毒に侵された人間がヨチヨチ這いずってくる」イメージをどうにか振り払いつつ、呆れた表情で外を見た。
引き戸をロックされたのをわかっているのかいないのか、ともかく落ち着いた様子でジョウロを傾けている家主の姿は、先ほどより随分と穏やかな顔つきだ。
「……楽しそう」
「ああ、あの口の悪さをみただろう」
バカにしたように配達員は言う。
「あれぞ特別天然記念物、『物言わぬ植物だけが僕のことをわかってくれる、シンク・オブ・ミー! BY悲しいおっさん』の図だ」
「……うん、あなたもどっこいですけど、配達員さん」
――ちなみにこの配達員の場合は『口が悪い』と言うより、『性格が悪い』のだが。
「んで」
「はい?」
「あれで『好意を寄せてる』んです?」
「……何が?」
「いや、死神さんと話してたじゃないですか、今の人のこと」
――「逆にこんなのに好意を寄せてくる人間がいたら寒気がする」
「配達員さん、あの人に対してものすっごい嫌がってますよね?」
「…………。」
配達員は黙り込んだ。
「私が配達員さんに対するのと同じくらいに」
「……他人に対してよりは、態度が柔らかいと思うぞ」
奥歯に何かが挟まったような、もごっとした配達員の発言。
「優しくされると怖い」。
少し前のそんな言葉を思い出しつつ、少女は言う。
「……アレでですか」
「いや、俺もしっかりとは分からないけど」
――初対面だとそんなことなかったんだけどな。
そう言いつつ、配達員はふっと迷子の様子を見た。7面のボスが難しいらしい。チラチラとこっちを見ている。
「……ここ、同業者ばっかりが住んでる、いわゆる『配達員さんだらけの寮』なんだけども」
「ええ」
「職場でも、帰宅してきても……こう、顔合わすじゃん……?」
配達員は二の腕あたりをさすりながら呟いた。
「接してるうちに、何か……この、鳥肌的な」
「うっわ肌で他人からの好感度感じてる、何この人」
――普通、もうちょっと違うところで感じない?
少女はドン引きしながら思った。
――話してて楽しかったとか、笑顔が増えたとか。あっ。もしかしてこの人表情が見えないからアレか、他人の表情も見えなくなってるとかそんな……
「あーはいはいそうそう! その調子で罵ってくれるととても嬉しッ」
ごっ、と見えない横っ面が少女の手によって張り飛ばされた。
「嬉しがるな変態!!」
「……暴力はどうかと!?」
右手で帽子、左手で頰を抑えながら半泣きで配達員は叫んだ。……危うく吹っ飛びかけた『帽子』をひっつかんで阻止したらしい。
そう、めざとい少女はもう理解している。その帽子が、何らかの理由で顔を分からなくしているのだ。
……あれがズレると、少し口元が見えたりするわけで。
大声をあげたせいで一瞬びっくりしたように迷子が振り返ってくるも、すぐに状況を理解したのかぶっと噴き出す。
子供にすら笑われている哀れな配達員に、少女は言葉でかみついた。
「冷たくして欲しいんでしょ!?」
「せめてそうして言葉攻めでお願いしたくッ」
「欲にまみれてる!?」
少女は絶叫した。
「っていうかこの変態の、どこの何をみて好感度上がっていったんですかね、あのおじさん!?」
「ドン引きしてる俺を見て愉しんでたのでは?」
「それあなただよね配達員さん!?」
――いったいどういう一生を過ごしたら、そんな訳の分からない感性になるのだろう!!
「……が、まあ、そうだな。真面目な話をすると」
「?」
配達員はやたらとシリアスな声で言った。
「……少なくとも『挽き肉状の何かにしてやろう』とは思われてなさそうだ」
「いやなんで!?」
少女は引き続き心の中で突っ込んだ。……『真面目な話』でそれだとか、発想がおかしい!
「どういう想定ですか。配達員さんを見た人がなんで全員あなたをミンチにする気満々なんですか!」
「え? できる人間っていうのはこう、常に最悪を想定するものだろ……?」
「最悪想定しすぎじゃないです!?」
それも本気で言ってそうなのがタチ悪い。配達員は叩かれた頬をさすりながら続けた。
「だって人っていうのは、本能的にはあれだろう? 『正体のよく分からないもの』には、まず警戒心と嫌悪感を出力マックスで出すものだ」
「いや、『分からないもの』にもよりますけど」
「それから」
配達員はトドメのように呟いた。
「相手が『感情表現の読み取れない生き物』だったら、余計にそうなるんじゃないか?」
「…………。」
――少女は遠い目をした。
それ、もしかして「自分」のこと?
「……うん、スベッたな」
「……………。」
「冗談ということにしておい、て……ッ」
「逃げるな」
配達員の襟首をガッと掴んだ。
「冗談とは思えないようなオチのつけ方しないでください。あとそんな訳のわかんない理論でミンチとか言ってたんですか、この人……」
『わからないもの=他人』がどうしても怖いのはこの人だろう。
……そう思うとあの言動も何となくわかる気もしてきたが、だとしたって極端すぎやしないだろうか。
そう思っていると、テレビゲームに戻っていた『迷子』が配達員の袖を引っ張った。
「・・・・・・――」
「何、ギブアップ? 倒してほしい?」
「・・・・・・・」
笑った『迷子』は頷いた。
ため息をついた配達員は、カリカリと頭をかく。帽子の上から。
「……」
「怖いんですね配達員さん?」
少女が聞けば、配達員は静かに言う。
「……言っとくけど『饅頭怖い』のアレじゃないからな、マジで怖い」
「・・?」
「こうやって懐かれると、相手の言動が読めない、想定できないんだ。――自分が誰かに懐いたことがないから」
ただ、今回に関しては、相手が小さい子供だというのが勝ったらしい。
「恐れ」より「呆れ」が上回ったようで……配達員は迷子の後ろにそっと座り込んだ。
「……誰かと一緒に笑いあったり、健闘を称えあったり。そういうのは勿論、したことがある。上辺だけならいくらでも笑うし、いくらでも泣く」
「・・・・」
「ごく普通のフリはできる、むしろ得意だ。偽ることならいくらでもできる。でもきちんと心から人を慕ったことがない、経験がない。……だから自分からそれをする、その心理がわからない」
振り返っているその迷子の頬を、つんつんと突く。
――少しだけその声は笑った。
「……だからだろうな。昔から、自分以外の人物が時々、別の生き物のように感じるんだ」
「・・・・・!」
くいっと迷子は突いたその手を握り、引っ張る。
「・・・・・・・」
ご立腹らしい。
「……ああ、もう。コントローラー持ったままでいいから。いいか、見てろよ」
臆すこともなくポンと膝に座った迷子。配達員は戸惑いがちに深呼吸した後、諦めたように迷子の握った古いコントローラーに手を伸ばした。
「……『自分以外の人間』、分からない割に、けっこう仲いいじゃん」
ああしてみると歳の離れた兄弟か、親類のおじさんのようだ。
「っていうか私、あんなゲーム見たことないんだけど。よく攻略法わかるよねー……」
「同感だ」
「え」
少女が呟けば、反応したように引き戸横の小窓が開いた。
「だってあれ、ほとんど出回らなかった骨董品だぞ」
――バルコニーの「ゴチャ部屋先輩」こと、家主の声だった。
窓からそのまま手を伸ばし、空き巣のような状態で戸のロックを解除。
「逆に今はプレミアとかつくんだろうが、よくわからん……っと」
――がらがらがら。
「裏技じみた方法で帰還してきましたね!?」
「慣れてるからな」
――何度も家に上げてるんですか、あの不審者?
そんな言葉を飲み込み、少女は聞く。
「……プレミアってことは相当レアなんです?」
「まあな」
少女はふと辺りを見回した。「ゴチャ部屋」と配達員が言った通り、やたらと物の多い部屋だ。購入した当初のものだろう『パッケージ』があるものも多く、眺めていると何となしに気づく。
この部屋にある玩具のそれは――殆どの「製造元」が同じだと。
机の上には壊れたようなもの、逆に故意に分解されたようなものが転がっていて、このゴチャ部屋先輩がただの「配達員」の同業者だとは思えないことにようやく気づくのだ。
……あの白い死神に、「修理屋さん」とあだ名をつけられていたわけ。
それは多分、この男が趣味で、もしくはただの好意でそれらを集めていたからだろう。
……死者にだって思い入れのあるアイテムはある。病気だって死後まで引きずってくる人間もいるくらいだ、そりゃあ度を越して好きな玩具やゲームくらい、ここまで引きずってきてしまうこともあるに違いない。
彼の前職はおそらくこの玩具の製造元の関連会社で――壊れた「自社製品」を、出来得る範囲で直して返却する――それがこの男の、「新しい仕事」の一つになりかけているに違いない。
思い出す、あの白い死神の一言。
――「配達からちゃんと転職してもええっちゃええんですけどねぇ、あの人」
……なりかけて、いる。
あだ名ではなく、本当に「修理屋さん」に。
「……元々、こっちがやってたのは機械の部品作りが主でな」
ぼそりと家主は呟く。
「そこから気付いたら部品のみならず、大元の製品開発なり、業務ソフトの開発なり……はてはアレだ。まだ黎明期って感じだったゲーム業界に殴り込んでみたりだな。今はむしろそっちのが主体になってるらしいがね、あの会社。ゲームクロックって知ってるか?」
「私の同年代だと、知らない人はいないゲーム会社ですね」
――スマホでやるソーシャルゲームよりは、家庭内でやる……コンシューマーゲームだっけ。それもアクションRPGのイメージが強いところだったか。
「あのタイトルはその中でも、レア中のレアだ。ウチには当然置いてあったが、他の家庭にはそうそう置いてなかろうよ。……コケまくったからな、あれ」
――できること。
少女の中であの日、死神に問われたあのワードが息を吹き返した。
「できることが、見つかってないだけ」……
「…………。」
自分にも、いつか「見つかる」のだろうか?
とりあえず配達員の同業としてそこにいたこの家主のように。
途中から違うことをやり始めて、こうして軌道に乗りかけていることが見て取れる……そう、「修理屋さん」とあだ名のついた、このおじさんと同じように。
ゲームソフトの話題を続けながら、少女は思った。
――私の、できることはなんだろう?
数年後、数十年後。消滅する前の私は、最後に何をしているんだろう。
「……まず、そんなに出回らなかったんですね」
「ああ、売れない代物を大量に作っても仕方がない。結局ほとんど持ってるやつはいないだろ。あんな失敗作」
タバコにクレームをつけてきた配達員へのせめてもの反抗だろう、火の消えたタバコをもう一度口に咥えながら、ゴチャ部屋の家主は言う。
「開発チームのやつらにだな、クソみたいな自信があったのは見て取れたんだ」
ぶっきらぼうな口調。しかし、その目にはどこか……懐かしむような色が少しだけ見て取れた。
「『金になるなら行ってこい』……そう言って送り出した。が、結果的には誤算だった」
「……そうですか」
少女の神妙な顔に、ゴチャ部屋の家主は少し笑う、
「まあ、そんなこともあるさ。モノづくりってのは多かれ少なかれ、そんなもんだろ。こっちがどんだけ力を入れようが、どんだけ思いを叩き込もうが、通じない。時代の波に埋もれていって、光すら当たらない。……そんなことだってある」
目の前で、迷子が何事か短く配達員に問う。
「・・?」
後ろ姿の配達員は頷いた。
「そう、タイミングを見て。あいつの体が光ったら……1、2、3……」
「……ただねえ」
家主は苦笑いしながら言った。
「そういう裏の話を覚えてる人間からすればだ。あの古びたチャッチい失敗作を知ってる人間が、目の前にいるってだけでも……なんつーか、口からため息が出るような話なんだろう。それも相当やりこんでやが……」
『迷子』の手を上から押している配達員を見て、何か考え込む彼に、少女は聞く。
「どうかしました?」
「……そう、面白いだろ」
配達員のよく通る硬い声が、静けさを一瞬だけもぎ取った。
「……昔のコンピュータゲームってこういうのが結構あるわけだ。何回かプレイしててようやく気づく」
「・・・・」
……少女はふと気づく。何かがおかしい。
画面の右下、岩陰にずぽっと収まった主人公。攻撃が当たってもヒットポイントが減らないステータス。
「……ここにいると攻撃が貫通する」
「・・・・・。」
「当たってもノーカウントになるんだ」
「・・・・・・・!」
「うん? よくみつけたねって? ……ははっ、たまたまだ。ゲームを作った人たちも想定しなかったバグってやつだろう」
「……」
家主は口をつぐんだまま、配達員をまじまじと見つめていた。
「あの、司さん?」
少女は口を開き、家主の名前を呼ぶ。
「……いや、何でもない」
――その声が少し、震えた。
「……あんな」
苦笑いしたそれが、余計に笑う。
「あんな失敗作の……コケた、マイナーなゲームの、バグ技。そんな訳の分からん代物を見つけるほどやり込んでるやつが……まさか、こんな身近にいたとは思いもしなくてな……」
複雑げな笑い顔。照れくさげなそれ。少女は納得して少し息を吐いた。
「……何に出会うかわかりませんよね、この世界って」
「ああ、同意だ」
ちらっと灰皿横の凹んだ置き時計を見た家主――「修理屋さん」は口を開いた。
――少女はふっと気づいて「あっ」と口をあける。
壊れているとばかり思っていたそれの針が、大きく動いている気がした。
「これ、消滅時計ですか?」
「……今更だな、お嬢さん」
* * * *
――ちゅどーん!!!
昼間に全力で走った疲れが、どうもうっかり出たらしい。
いつの間にかソファでうとうとと寝込んでいた少女は、いきなりの異音にビクッと覚醒した。
「な、なんです!?」
「ああ、起きたか」
「よく寝てたなバイトちゃん」
ミサイルが着弾したような音にも動じず、ゴチャ部屋家主――否、家主の修理屋がうんざりした顔で玄関に目を向けた。
「ってことで来たらしいぞ、クソガキ回収業者」
「そのクソガキっていうの、教育に悪いんでやめてもらっても?」
「・・・・?」
『迷子』は、名残惜しげにテレビのスイッチを切った。
――そして、不安げに配達員を見上げる。
思えば随分長く遊んでもらっていたのだろう。「懐かれた」配達員は小さく言う。
「……うん、聞いておいで」
「…………。」
――ぎゅっ。
『迷子』は配達員に一度抱きついた後、玄関のドアを開けに行った。目をこすりながら、少女は聞く。
「聞いておいでって何を?」
「……ああ」
ふと、気づいた。
――配達員の声の印象に。
「今に分かるさ」
――何か、いつもの「硬さ」が薄れている気がする。
むしろひどく柔らかいような。湿っぽいような。
「あー、お出迎えご苦労様ですぅー、君がノーニャさん?」
ドアからてとてと歩いて姿を現した死神に、こくり。
『迷子』は頷いた。
「・・・・・・・」
意味が聞こえた。
「・・・・、・・・・・・・・?」
死神は頷く。
「のーなってますねん」
「・・・・・・?」
――……「消滅」、したのね?
……ひどく震えて聞こえたその声は。その、小さな『迷子』から聞こえた。言語としての発音はよく分からない。ただ、意味合いだけが宙に漂って聞こえて。
「ええ、最後に伝言残して去っていかれましたわ。『怒ってないよ、ノーニャ』って。ここまで来たら言ってほしいって」
彼女は頷いた。そうして、暫く目を閉じ……配達員を振り返る。
「・・・・」
――ありがとう。
「……俺は何もしてない。ただゲームして、電話して、君の話を聞いただけだ」
――ちがう。
彼女の口がそう動いた気がした。
――……あなたは共感してくれた。わからないなんてうそ。やさしいひとだわ!
「…………。」
――不器用なひと。みじかい間だったけど、たのしかった。
「…………」
――バイバイ、あそんでくれて、ありがとう。
……瞬きの後に、その子は。
さらり、と消えた。
「……あっ……!」
――小さな粒子が風に乗るように。砂の欠片が音もなく崩れるように。
少女は見た。
反射的に……引き止めるように、配達員のその手が動いたのを。
「――ああ、確かに嘘だな。迷子ちゃん」
配達員は小さくいう。
「……わかる気だけはするようになったんだ、やっと」
* * * *
修理屋の部屋からの「帰り道」。
大きなバッグを抱えつつ、少女を送りながら配達員は呟いた。
「バイトちゃんが寝てる間に話してくれたんだけども」
「はい」
「……あの子、1年前に片親を事故で亡くしていたんだ」
「……」
「彼女はそれをずっと覚えていた。だから、自分が行くべき国へ行けなかった」
「…………。」
「仕事の都合で日本へ出立するとき、駄々をこねて怒らせたらしい。『もっと遊んでくれ』、『仕事ばっかりで嫌だ』――だから帰って来なかったんじゃないか、そう後悔していた」
だから『こっち』まできたんだ、と配達員は言う。
「嫌いだと言わなければよかった、帰ってこなくていい、そう言わなければよかった。謝りたくて探していた。それでも結局、会えないでいた」
――『迷子』のきらきらした笑顔がふと、脳裏に浮かぶ。
少女は唇をかんだ。その背中を、ぽんと配達員が叩く。
「それを聞いて、偉そうなことをいうようだが」
「ええ」
「……同情したんだろうな、俺は」
配達員は苦笑しながら言った。
「『そいつ』は、どこにいるんだろう。どんな顔して過ごしてるんだろう……俺も長らく探し人がいるんで、その心細さは分かる。そう」
配達員は口を開いた。
「俺はだよ、アケビちゃん」
……隠し事が嫌いな少女に、そっと。
「……もう少しだけ、本当のことをいうとだ」
……その声が、一層緊張感を増す。
印象がいつも以上に硬くなり、少し大きくなる。
「……『ZattaGotta.KK』の店主を、ちゃんと理解して」
「うん」
「長い時間を一緒に過ごして」
……冷たい風が、強く吹いた。木枯らしにはまだ早い。
ただ、それは本当に冷たい、乾いた空気の流れだった。
「……ちゃんと……殺したいのさ」
……少女は目を丸くした。
「……もう化けて出てこないように。もう、誰の目の前にも現れないように」
「…………。」
「ストレスフリーにね」
配達員は顔を上げた、らしい。下を向いていた帽子のツバが浮上する。
「……死神チックに言ったが、より正確に言うとだ。その人生を、生きた証を、全力で肯定してやりたいんだ」
「矛盾してませんか?」
「してないさ」
配達員から少し苦笑いが漏れ出た。――普通、人を消したいときは否定したい時だ。消しゴムを使うときは、物事をなくしたいときだ。
それでも違う。配達員のそれは、本当に――。
「……否定があるから消えられないわけだろう」
――「これは、飲んでも?」
「……あの時、こうしておけば」
一度死んだ際、水を差し出されたそれを思い出しながら配達員は呟く。
……そう、あの時に初めて、人に「心」を開いた。
あの時初めて、迷子への言葉が嘘になった。
人を慕ったことがない? ――いや。
人に懐いたことがない? ――近いものは知っている。あの時に。
「……あの時、もしも。もしも。もしも……いくつものそれを繰り返す。生きてる人間だってそうだ、記憶が色濃く残るとき、そこにはいつだってちいさな後悔の蓄積があるんだよ」
人に対しての感謝を覚えた。感動を覚えたきっかけが、ただの水だった。
――たった一杯の、水だった。
それをもう少し早く獲得していたら?
他の人間のように、幼少期から獲得できていたら!
……いや、今言っても仕方ないが。
でも、きっとそんな感覚だ。
――そう、配達員は思い返す。
その『後悔』のもっと大きい、もっと頑固な……
きっとそんな何かが、店主の心の内にはある。
だから、消滅できない記憶が残るのだ。――魂を失っても、消しゴムのかすのようなそれが、紙の上に残る。
「……人間の欲っていうのは、自分が思うより果てしないからな、これ以上ないほどベターな終わりの上にも、もっともっとベストを思い浮かべてしまう。だから記憶が生まれるんだ。選択の蓄積が、後悔の足跡が、魂を引っこ抜いても神経の反射みたいに動いている」
少女は改めて気づいた。
――この配達員、頻繁に「人間は」という言い方をする。
まるで人という生き物を俯瞰しているかのような。他人事であるかのような。「理解できていないもの」を、語るかのような……。
――ふと思い返す。あの時の言葉を。
迷子に対して語ったそれ。
「自分以外の人物が時々、別の生き物のように感じるんだ」……。
「……つまりだ」
配達員は真面目な調子で少女にいう。
「あの店主は……まだ、生者と同じ感覚を生きている。『お化け』になりきれていない。そういうことだ」
少女は問い返した。
「生きてる状態に近い?」
配達員は頷き、問いの答えをいう。
「メンタル的にはそうだろう。多分俺たちの中でも一番の、『お化け』のなり損ないだ。消えられない理由がある。記憶に『とどめておく』だけの傷がある……あの迷子ちゃんと同じだ」
「……」
「あの人にはきっと謝りたい人がいる。謝りたくても謝れない誰かに、罪の意識を持っている」
少女は聞いた。
「配達員さんの秘密は、その人関連ですか?」
――顔の作りも。表情も。部屋のそれも。出てきた、病室の名前も。
「ああ、全部」
ケロっとした様子で配達員は言う。
「俺の顔は誰かにそっくりらしいからな。それはもう、店主どのの古傷を抉るくらいに」
「どんな変な顔してるんですか」
「――見る?」
「いいです、そんなあけっぴろげにされると逆に見たくなくなるんで」
配達員は「なるほど」と納得したように呟いた。
「……いっそ秘密全部漏らしてやろうか……」
「やめてください」
「君の操縦の仕方がわかったぞ、バイトちゃん」
「アケビです」
少女はため息をつくも。
「あ、でも、その配達員さんに似てる人って結局」
「結局?」
「あの、入院病棟の人でしょ?」
「……」
今度ははあ、と配達員が息をつく。
――推理モノのヒロインみたいだな、この子。
「……あの店の名前、言えるか?」
「え?」
「『ZattaGotta.KK』。ほら、後ろにKの字が2つついてる」
「浩介さんのKじゃないんですか?」
配達員は首を振る。
「違うんです?」
「子供の名前だと、あの人は言った」
「え?」
少女は思い返す。
……最初に配達員と出会った時、彼が言った一言。
――「子供だけ残しておっ死ぬとかよくある話だろこの界隈」
「ってことは」
「そう」
「あの若さで子持ちってことですか!?」
「言っただろう、よくあるんだよ。こういう話」
――とても、そうは見えなかった。
見た目の印象的にはほとんど、「学生に毛の生えた」それに近い。
「さらに言うとこの、残されたKさんが曲者でな。かなりの切迫早産だった上に、いざ生まれるまで双子だって誰も気付かなかったらしい」
「え」
――双子!?
「2つって言っただろ、K。両方の頭文字だ。最初から2人欲しかったはいいが、いきなり来ると店主どのもさぞパニクっただろうな。多分そのパニックの過程で、あの人は何か、とてつもない大ポカをやらかしたんだ」
――色々突っ込みたいが。少女は、大きく息を吐いた。
「やらかした結果、浩介さんは死んだ?」
「……」
「なんでそこまで知ってるんです?」
「さて」
……配達員は苦笑いした。
「その辺りは、さすがに隠しておこうかと思うよ」
「…………」
「結局、店主どのはその2人を育てていくことなくこっちにきた。そしてKの1人には既に、心当たりがある」
少女はハッとした。――それが、病室の人か。
「じゃあ配達員さんが探してるのって……」
「ああ、もう1人」
彼は勿体つけるように口を滑らせた。
「店主どのがやらかした『選択肢ミス』のおかげで、予定外の人生を送った誰かが、心当たり含めて2人いる」
「…………。」
「そのうち1人は既に死んでるのか、生きてるのかすらわからない。自分を放り出して死んだ店主どののことを恨んでるか、それすらもだ。――ただ1つだけ言えるのは俺も、そのKの片割れも、その選択肢ミスに文句はないってことさ」
――そこまで言って、配達員は立ち止まった。目の前には、あのお店。
「……ねえ、配達員さん」
「何」
「知り合いだって言ってましたよね、あの病室の人」
「ああ、知り合いだ」
少女は言う。
「私の……病院の人=Kさん説が正しいとして、ですよ」
「その辺は否定も肯定もしないけど」
少女はゆっくり口を開く。
「……配達員さんだったりして、もう一人」
「は?」
「あ、いや、多分違いますね。忘れてください。印象、浩介さんと似てないし」
「ああ……」
「似てないでしょ?」
ダメ押しのように効いてくるそれに、配達員は少し苦笑いする。
「……少なくとも、性格は似てないな」
「病院の人と似てるのは否定しなかったのに?」
「あれは、その、中身が似てる。――そしてその病院の『アカンやつ』がKさんっぽいっていうのは否定しない。まあ、ともかく」
考え込んだままの少女を急かし、配達員はわざとらしく咳払いした。
「……とっくに到着だぞ、バイトちゃん」
「アケビですぅ!?」
バイト少女が目をむいて言い返した瞬間、ドアベルが鳴った。
「ああ……誰か、前には立ってると思ってたんだ。おかえり」
箒を持って出てきたのんきなそれに、配達員は少し笑った。
そうしていつも通り、少し硬い声で……
「……本日からの住み込みバイト1名、配達に来ましたが?」
「頼んでないんだけどなぁ、そんなデリバリー」
店主も明るい声で突っ込んだ。
「こんな夜中だぞ? 昼夜関係ない死人とはいえ、エプロンのよく似合う女の子だ」
「はいはい」
「変な輩に襲われでもしたら悲しいからな、ちゃんと送り届けるよ。――なあ、店主どの」
配達員は言う。
「少し変わってるけど、この子、いい子だよ。……迷子を保護して、死神の連絡先を知ってる俺を頼る。そんな善良な女の子だ」
「えっ!?」
――語弊がある。そもそも、あの子が懐いたのは配達員だった。だから、保護したのはどちらかというと配達員だ。
「あのっ」
慌てて口を開いた少女をムギュッと抑えつけ、配達員は言う。
「……ちゃんと働かせてやってね店主どの。ダメだからね、甘やかしちゃ」
「勿論」
「ちょっと!」
「ちゃんと育てるんだぞ!」
――少女はハッとした。その、やたらと強い口調。
――「そのうち1人は既に死んでるのか、生きてるのかすらわからない。自分を放り出して死んだ店主どののことを恨んでるか、それすらもだ」
あることに気付いた少女は配達員に目を向ける。
――配達員さんって、もしかして……
店主は少しきょとんとした顔をしたが、やがてニコッと笑って口を開いた。
「……ああ」
“今度こそは”。
そう聞こえたような気がして、少女はもう一度、店主の方を振り向いた。
チリン、ドアベルが控えめに音を鳴らして開かれた視界。
その店主と店内は変わらず明るく、彼女を出迎えた。
「……改めて、ようこそアケビちゃん」
ニコッと笑った彼は言う。
「なんでもありのレストラン、『ZattaGotta.KK』へ!」
翌朝。
「……あれから考えたんですけど、配達員さんってもしかして、Kさんズと一緒に捨てられたミドリガメか何かなんじゃないですか?」
「……まさかの不正解すぎてぷるぷる震えるんだけど、俺のカレースプーン。ペット要素どこにありました? バイトちゃん」
「ほら、飼い主の姿をとって擬人化した系の」
「漫画の見すぎだろう、面白いけど。そしてカメはどこから? 走れないから?」