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☆#7 新人バイトと配達員(上)

 【主な登場人物(☆)】


  ・店主(浩介)

 あの世とこの世の間にある不思議なお店、『ZattaGotta.KK』の店主。

 性格は大雑把で能天気なお人好しだが、必要以上には生者と関わらないため、生者ルート(★付の話)では台詞がちょっとしかないことも。


  ・配達員(???)

 店主のお店に毎朝顔を出す、「顔の見えない」常連客。

 何やら隠し事が多いようでかなり「テンパりやすい」性格をしており、テンションは常に乱高下(でも基本は低め)。

 常に緊張感があるのか、声の印象はかなり硬い。


「――ところで、なんでこんな店名に?」



 『ZattaGotta.KK』――その名前のぶら下がったカウンターを見つつ、いつも通りに上から下まで黒い制服を着た配達員は、見えない口を開く。

 自分の朝ごはんになるだろう、カレーに使った白米の残りをチラッと見……店主は息をついて背後を振り返った。

 外はまだ暗い。時刻を見てもまだ開店1時間前だ、何か作る余裕はある。


「……といっても、後ろのはなんとなくわかるけども」

「後ろ?」


 店主は時計から目を離すと聞き返した。

 配達員が頷く。


「『KK』、自分のイニシャルだろ?」

「……確認したいんだけど。おれ、下の名前はともかくとして、名字を君に言ったか?」


 ――そういえば。

 ふっと配達員は今更思い起こす。

 ……この人、「自分の名字にあまりいい印象がない」んだったか?


「いーや?」


 配達員はしれっと誤魔化した。


「言われてないよ。ただ、『何となくそうだろうな!』って話なだけさ」


 ……忘れがちだが、配達員としての彼の仕事のメインは「店に品物を届けること」ではない。

 気持ちを届けること。

 店主が消滅する間際、「  」を伝えることだ。


 だから仕損じのないように、生前ほとんど覚えちゃいない相手の「何が苦手」か「好き」かから始まり、名前職歴、生年月日、あだ名、周囲との関係性……それを予め、死神の持っている台帳から覗き見ている。

 だからこその凡ミスだったが、一応嘘は言っていない。


 ……だって実際、店主の口からは全く聞いていないのだし。


「なんか怪しいな?」

「怪しいよ? ……逆に聞きますけどね、店主どの」


 軽く笑いながら配達員は帽子のツバを叩く。


「こっちは『相手に届く顔面情報』が微塵もないような人間だぞ? 怪しくないとでも?」

「自分で言うのそれ?」


 ――しかし思い起こせば、随分特徴的な名前だった。

 そう配達員は福神漬けを咀嚼しながら、ふっと思い返す。


 店主のそれはまず、初見であれば「どう読むのか確認していい?」と聞かれるに決まっている……そんな見慣れない、そして聞き慣れない名前だったし、数があまりいないだけで至極簡単な漢字……つまり、「ほぼ誤読はされない」配達員の本名とはえらい違いだった。


 ただ、店主の下の名前は当人の名乗り同様、「浩介」でK。

 名字の方もその頭文字は「K」だったと記憶している。


 KK。……「自分のイニシャルをつけるなんざ、相当な自信家だな」!


 ――いつかそうからかってみるのも悪くはないと思ったのだが。

 よく考えてみたら、特に笑えるもんでもない。

 配達員は頭に浮かんだその言葉を即座に「ピョコン」とひっこめた。

 実際、出すものは悪くないのだから、自信家な方が得をするのだろう。


 目の前の店主は息をつく。


「……まあ、その当てズッポーなイニシャル説も合ってはいるさ?」

「合ってはいるのか」

「ああ合ってる。けどおれのイニシャルだけだったら、「自分のためだけの店」で終わっちゃうだろ?」


「……?」


 もご、と口の中にご飯が詰まってる音で器用に疑問符をつけた配達員に苦笑しつつ、「つまりね」と店主は続ける。


「……生前、元々持ってた店舗の名前をつけたんだよ、KKは」

「……ほー」


 ようやくカレーを飲み込んだ配達員の返答に、ペラペラと店主は言う。

 ――特に恥ずかしいことでもないように。


「当時、付き合ってた女の子がいてさ」

「ん?」

「子供がいたらどんな名前をつけるかとか、そういう話もたまにした」

「……ん」

「だから、その時は別の意味もあったんだ。『長く続けられるように』」


 配達員はふっと名簿の端を思い出した。……名前。あの台帳、名簿、プロフィールの中にあった、『関係者』の情報……


「……そういう意味もこめてね」


 配達員はあることに思い至る。……ああ、そうか。

 名簿の隅に書かれた矢印を思い出す。

 「誰かとの関係性」を記すもの……縁が切れた『古い関係』を示す、繋がらない点線の矢印は、確かにKのつく名前を示していた。


 ……そういう意味か。


「……聞くが、その店は長くやれたのか?」

「潰れたよ」


 店主はカラッとした声で言った。


「潰したんだ、大ポカして」

「……なるほど」

「あと、もう一つ言うなら……あれさ」


 店主が顎でしゃくった。配達員はない顔をひそめてメニューを見る。


「この中からヒントを探せと?」


 ――例えるならそれは「辞書」だ。索引までついている。

 どのジャンルの料理が作りたいとか、もともとそう言う頭はなかったんだろう。何せ彼は、厨房にいること自体が好きなのだから。

 「食べられる何かが作れるなら何だっていい」。

 そんな微妙に頭の悪い()()()()が見て取れた。


 客がひとつ選ぶのすら億劫になる分厚さ……そう、だからこそアレが売れる。


 配達員はお冷を口に含みながらそれを見た。

 ――欄外リーフレットの「気まぐれランチ」に、目が移る。


「ヒント? ああー違う違う。ほら……見たらわかるだろ。そんな分厚いメニューを置いてる店なんて他にない」

「自覚してるのか……」

「さすがにしてるさ。……ん?」


 その柔らかく軽薄な声がとぎれたのを察し、相変わらずテンションの乱高下はありつつ「出す音の印象が硬い」配達員は顔を上げた。


「どうした」

「……鰹節」


 店主は呟く。


「ごはん、醤油、卓上塩……」

「……おにぎりでも作るつもりか?」

「の、はずだったんだけどね」



 てへっ、とでも言いたそうな顔つき。



「海苔切らしてた!」

「……はあ……」


 意外と律儀に仕入れ状況を把握している配達員は、思いっきりため息をついた。


「……」


 全く、世話のかかる人だ。

 ……食べかけの皿とカレースプーンをおいて、一言。


「……味海苔」

「おととい切らした」

「焼き海苔」

「昨日のちらし寿司が最後だ」

「韓国海苔」

「なら、残りがある」

「韓国海苔でおにぎりかよ」


 その場に出ている食塩と炊きたての米、鰹節を見ながら配達員が呆れたように呟いた。


「……随分前に冷麺用に仕入れたやつじゃなかったかね、それ」

「別にいいよ、まだ湿気てない」


 ぱたぱたと韓国海苔で扇ぎながら、店主はのんきに笑う。


和音(かずね)ちゃんも仕事で使うものしか予知できないみたいだから」


 不思議と「使うもの」の予知ができるらしいあの生者の名前を出しつつ、店主は首をすくめた。


「でも、韓国海苔にオカカは合わないな」

「じゃあどうするんだ、そのご飯」

「どうするって、こうするよ」


 お椀によそった白米めがけ、店主は瓶詰めの粗挽きニンニクをはたいた。


「ご飯のほうを、海苔に合わせるだけさ。……そうだなぁ、大体お茶碗、一杯分のご飯に……香りづけのニンニクを少しと、醤油を3、4滴」

「ふーむ……」

「あと塩を少しかけて、さっくりと混ぜる。……あとは握って韓国海苔を巻く。こんだけ」

「手軽飯だな」

「下手すると普通のおにぎりより単純かもな。でも文句あるかい?」


 ニヤッと笑って店主は、あっという間にできたコロコロおにぎりを持ち上げた。


「――絶品だぜ?」

「ちなみにそれは載ってるの、店主どの?」


 配達員はポンポンとメニューを叩く。


「うん」


 店主は勿論、と頷いた。

 ……配達員は声のみで器用に呆れ笑いしながら言う。


「……飲み会の締め枠かなんか?」

「どうだろう。とりあえず出来るものを片端から書いていったらそうなっただけだから」


 苦笑いしながら、店主は握ったものを持って配達員の一つ空いた横に座った。


「ともかく、さっきの店名の話に戻ってくるけどね」

「はいはい」

「これだけメニューが分厚ければの話さ。……『どんだけ節操ないんだ』、人が見たらそう言う」

「……まあ、そうだろうな」


 特定のジャンルにこだわらず、食事を提供できる不思議な店。


「そんな店なんだよ、ここは。だから……雑多なものとか。ごった煮、とか。そういう意味にしようと思ったんだ」

「……なるほど?」


 ……『ZattaGotta.KK』。


「ジャンルフリー、もしくはオールジャンル。要するに好きな食い物が食えて、作れる場所にしたいんだな」

「なんて勝手な店だ」


 ズレてきたワークキャップをかぶり直し、配達員はボソッと呟いた。


「そんなもの、経営できるのはあんたぐらいなもんだろう。……『KK』を誰かが引き継いでも、きっと次の世代は苦労するに決まってる」


 そんな店を引き継いで喜ぶのは、きっとよほどの料理好きだ。


 ……ああもし。


 配達員は苦笑いした。――俺だったら絶対、そういうのは嫌だな。

 いや、矢印の先にいた()()()()()()の「K」だったなら、もしや、とは思うが……


「だろうね」


 店主も苦笑いしながら言う。配達員は続けた。


「あと、()()? その『Kくん』が料理ができるとは限らんわけで」

「教えるつもりだったさ」


 ……配達員はプッと笑う。


「仮定の話だろう?」

「仮定が重要だろ、こういうのは。一応やるつもりだった。……料理の楽しさ、交流の楽しさ。愛情のかけ方」

「……へえ」

「でも、当人がやりたくないならそれでもいい。それくらい、軽いノリだった」


 店主は呟く。


「君が言う通り、実際、そういう勝手な店にしたかったんだ」

「そうかい」

「おれは君が思うより、なんというか――随分と自分勝手なやつだろうから」


 店主の呟き。

 配達員は少し()()()()()後、呟き返した。


「……そうだろうな」

「ん?」

「いや、言いたいことは分かる気がしてね。――俺もだよ。お互い勝手気儘な方が心地いいんだろう、こういうのは……」


 ――チリンチリン。


 ドアベルの音がしてぎょっとする。

 外から入ってきたのは、店主と同じエプロンを着た少女だった。

 一瞬配達員は扉に書かれた営業時間を見る。……うん、開いてない。開店時間はさすがにまだまだ先だ。それにスタッフと見紛うエプロン……え? エプロン……


 ――まさか。


「あのーぉ……」


 少女が口を開く。

 店主は言った。


「おういらっしゃい。もしかしてこの間死神さんに渡したやつ、着てきてくれたのか?」

「いえ、表で被ってきました……」


 肩につかないくらいのセミロングに、透き通った虫の羽のような髪留め。元々の色素が薄いのか少し赤っぽい髪をしたその少女は、しかし健康的にも小麦色の肌をしていた。


 ……しばし、配達員は愕然とする。少女。いや、その発想はなかった。だが。


「…………。」


 配達員は口を開く。だが、思ったように言葉が出てこない。

 ……あの「K」。確かに。


 男、女――どっちとも、とれる、名前だった……。



「……だって、病院のナースさんだって看護服を着るじゃないですか」

「うん」

「お仕事はユニフォームでやるもの、ですよね?」


 『赤髪の少女』の自信なさげな問いに、店主はニコリと笑う。


「……うん、上等! やる気があるようで何よりだ。それより時間を見るに結構迷ったんじゃないか、町から遠くてびっくりしたろ?」


 ――配達員は緊張感のあまり、カレーのスプーンを取り落とした。

 こいつ、もしかして、いや、もしかしなくても――



  ――「子供がいたらどんな名前をつけるかとか……」



「…………え、あ、え、ちょ、待っ……」


「ってはぅーっ!? もうお客さん来てるんですか!」

「ああ、違う違う」


 ……そして向こうは向こうで奇声を上げてビビっている。そりゃそうだろう。ワークキャップの下の空白がガン見してきているのだ。


「ああ、この人な……仕入れと配達やってる配達員さん。悪い人じゃないから安心して」

「わ、わわわ……」


 顔こそ見えないが、なぜか「目を泳がせた」ような様子で、混乱した配達員は勢い任せに呟いた。



「……わ、わわ……わッる――い謎の人物でぇぇッす!!!!」


「何っで反射的に怪しい挨拶返すの君は!?」



 さすがの店主も思いっきり「ツッコミ」を入れた。


「ってスプーン落としてるし!!」

「は、はじめまして……わるい、なぞのじんぶつさん?」


 顔の認識できない類の死人は初めてなのだろう、目の前の、エプロンをした少女の、恐る恐る……警戒半分戸惑い半分の挨拶に、とりあえず配達員は言葉を返す。



「……ハジメ、マシテ、ボク配達員、ヨロシクオネガイ、シタイデス?」



 ――駄目だ、繕えてない。

 背中に妙な汗をかきながら配達員は思った。――もう、なんかあれだ。死ぬしかない。いや、死んでるんだっけ。――今死んでましたっけ自分?


「いや、マジでなぜ死ぬほど挙動不審になってるの、配達員さん……それはそれで対応に困るんだけど、おれ。……顔色とか全然伺えやしないから、何考えてるかとか、本当にさっぱりだし」

「い……いや、俺も顔色とか伺われると、色々困るんですが?」


 配達員は冷や汗まみれになりながら思った。

 ――隠し事多いし、そもそもポーカーフェイスは昔より急激に苦手になりつつあるので顔を隠してるわけだし。


「って、いうか、何、こんな人、この店にいたっけ店主どの?」


 若干プルプル震えながら問いかけてしまった配達員は大きく息を整えた。落ち着け、迅速に相手を見極めろ。これがずっと探してた問題の『Kさん』なら、色々とショックが大きいのだが?


「……いや、今日から」

「今日から!?」


 パニクった配達員は大声を上げた。


「今日から2日間お試しで」


 店主の朗らかなマイペースっぷりの横――縮こまったままの少女は、小さく言う。


「け、けんしゅう、せいです……」

「けんしゅ……あ、うん、まずはバイトね、バイトの研修生ね」


 ――まじまじと配達員は少女を見る。年の頃は大体、15……いや、そもそも死人相手にそういう推測は通じるかどうか……


「……あのーですねー、店主どのー、確認したいんだけどもー」

「何?」


 韓国海苔で若干油っこいおにぎりを頬張りながら、何も知らない店主がのんびり返事をした。配達員は思い切って口を開く。


「一介の研修生といたしましてはですね、この子!」

「むぐ? あ、ハイ」

「……この店のエプロンが」


 さて、どう言おう。

 何かもうちょっと突っ込んで聞きたいのだけど、とっかかりがぜんぜん見つからない。


「――思いっきり最初から似合ってんだけど!!」


 あ、ダメだ。


「……隠し子かなんかだったりしません!? 大丈夫!?」


 ――我ながらあほくさい質問をしたな! 失敗だなコレ!!

 そう配達員が思った瞬間、謎の音がした。


「ぷぽっ」

「……は?」


 店主のあっけにとられたようなリアクション。


 ……あ、これ、よかった、素の反応だわ。


 配達員はようやく『肩の力』が抜けるのがわかった。

 よかったこの子、別に生前の店主の関係者じゃねえや。ただの新入りのバイトちゃんだ。

 Good-bye慌てん坊の配達員。ここから先は冷静に行こう。そう、クールに。


「…………い、いやあ、ナンデモナイデゴザルヨー」


 ――そう、そうですよ。自分。


 配達員は襟元をびしょびしょにしながら思った。


 いくら慌てん坊でもね。クリスマス前にやってきたらあかんかったんやで、配達員くん()

 急いでリンリン帰るといい。おうちに。ゴーゴー。


「…………。」


 訳の分からない脳内ナレーションを入れつつ、とにかく汗を拭った配達員は息を整えた。

 ――まったく()も、妙な新メンバーをいきなり投入してこないでほしい。

 こっちは店主単体としか生前に関わりのない上、そもそも生前に彼と出会った記憶はあの『水道水事件』しか保持していないのだ。

 ……だって、相手が「K」さんだったら、名簿通りの情報ならこれ。ちょっとギャップがヤバいじゃん。どんな顔して接すればよかったんですかね、死神さん?

 ――いや、うん。顔は隠れてるから別にいいか。いいよな。


「ふすー……ふすー……」

「!!?」


 ……俺の心が、死ぬだけだよな。

 配達員の息がフスフス言っているのに対して、少女は若干ひきながら呟く。


「そ、そんなに似合ってますかエプロン……?」


 ――あれ。ちょっと待って?

 まさか、興奮してると思われてるのでは、これ。


 即座にキリッとした雰囲気を出しつつ配達員は襟を正した。


 ――いや、ウェイトレスさん属性はないです。勘違いしないでいただきたく思いますよ、レディ!!!


 配達員は咳払いをしつつ、冷静に返した。


「……さっきの「ぷぽっ」はなんの音かと思った、バイトちゃんの鳴き声か」

「なきごえってなんです……!?」


 わたわたする新人バイトの女の子は様子を伺うように配達員を見ている。うん……そうね、色々聞きたいけどとりあえず、何今の。しゃっくり?


「ふ……はははっ! い、いや、割と予想外で面白いこと言われたんだけども、そんなふうに見える? おれ、見た目通りの年齢で死んでるんだけど?」


 ――店主はなんかウケたらしい。よかった、ごまかされてくれて。


「……子供だけ残しておっ死ぬとかよくある話だろこの界隈」

「確かによく聞く話だけど」

「それに『消滅時計』なんか持って働いてるやつに、ろくな過去があるわけがない」


 ……配達員も店主も、既にこの世の人間ではないことだけは確かな事実だ。多分この少女もそうだろう。


「未練残してるから消滅までにクソめんどくさい手順が発生するんだろうが。大体の人間は死ぬとすぐプール行きなのに」

「プール……?」


 少女が小さく呟いた。店主が茶化し半分に説明する。


「言っとくけど水遊びじゃないよ?」

「……」


 少女はもじもじしながら腕時計を指し示した。「ろくな過去があるわけがない」そんなことを口走ったばかりの配達員は「腕時計」に目をやりながら言う。


「あ、やっぱそう?」

「みたいではあるね。……というわけでこの子、アケビちゃん」


 配達員は頷いた。今のは多分下の名前。

 ――よし、KじゃなくてAなら、可能性は低い。


「死んじゃってだいぶ浅いらしい。おれもそこまでしか聞いてないんだ、本当に初日だから」


 できること何、って聞かれるだろ?

 店主は苦笑した。


「この子、馬鹿正直に『何も思いつかないけど食べることは好き!』、って答えたみたいだよ」

「何だそのぽんこt……いや、失礼」


 コホンと咳払いして配達員は言う。……気を緩めすぎた、なんで出会ったばかりの少女をポンコツ呼ばわりする羽目になっているんだろう。


「……」


 しかもかなりムッとした顔したぞ、この子……。


「……ともかくだ。採用するにしたってその返答。どう見ても普通のバイト経験すらないだろこの子。スレてなさすぎでは?」

「そうかい? 正直でいいとは思うけど」

「……というか、まずアルバイト自体入れないと思ってたこの店」


 別に人手に困っているわけではない。席数こそ無駄に多いが1日の客は数えるほどだ。だから、アルバイトなんか雇ったところで暇には変わりない。


「いや、おれとしては自分が消えた後の始末とか困るし、そのつもりだったんだけど……この子、どうしてもって上から言われて」

「上から……ああ、『郵便局』から」

「そう、『郵便局』から」


 新人バイトの少女は繰り返す。


「郵便局……?」

「死神のあだ名」


 「死神」。未だにその名称と見た目が一致しないんだろうなと理解ができた配達員は、簡潔に説明をはたした。

 ――確かに、それに該当する生き物はいるわけで。明らかに人間じゃない見た目だが。子供ウケするようなフワモコの珍生物で空を飛ぶが。

 少女は言う。


「……あれですよね?」

「どれ?」

「関西弁の」

「うん」

「……クジラとウサギを足して割ったような」

「そう、それ」


 背丈はこれくらいで、と少女は腰あたりを指し示した。


「……で、白い……」

「色は個体差がある」


 というか、業務内容がどう見ても死にかけの人間の「ねえこいつマジで死なせる?/死なせない?」の振り分け作業と管理のようなので、あの生き物は死神というより、ただの淡々とした役所とかハロワとか事務作業のイメージだ。


「なんで郵便局?」


 少女の問いに、配達員は大きく息をつく。


「死んで浅いなら知らないだろうな」

「ああ、ほら、死の直後から暫くの死人ってさ、休止状態で意識が戻らないから意識が戻るまで物扱いなんだよ」


 おにぎりを食べ終えた店主が皿を下げつつ補足。配達員が頷いた。


「そう、大概自動的に『郵便局』に送られるんだけど、たまに不備があるやつは背中にペケ印つけられて追い返される。……つまるところ、生きてる人間がよく言う『死にかけたら花畑が見えたー』とか『川が見えたー』は、追い返されてる最中にちょっとだけ起きちゃったパターンだな」

「両方道中にあるからね。いや、まあ体と繋がりが切れてないなら大抵は意識がハッキリしてるわけもないし……夢と混じってはいるだろうけど」

「へえ……」


 少女の気の抜けた呟きに、配達員は水のグラスをくるくるしながら返す。


「その送り返されるさまが、切手の金額が足りないハガキや荷物が赤文字ついて返ってくる様子にそっくりだってんで『郵便局』」

「まあ、俗称だけどね」


 そういう店主に配達員は少し笑いながら指を立てた。


「ちなみに俺は一回送り返されてる」

「へえ、覚えてるの?」

「ハッキリと」

「随分珍しいケースだな。じゃあ君も背中に赤文字がついてたわけだ」


 少女は配達員の背中をまじまじと見た。

 見られた当人は首をすくめ、やんわりと返す。


「……さすがに今はない」

「あ、すみません」

「しかしその様子だと幸運なことに1回も起きずに往復もしてないらしいな」

「優秀な死に方してるね」

「よっ、優等生!」


 なぜかやけくそじみた配達員の声かけに、少女はため息をつきながらいう。


「……死に方褒められるとか想像もしてませんでした」

「だろうな」

「生きてて褒められるのはよくあったけど」


 配達員は首をかしげる。……この子、ぽややんとしてるが、実は今までろくな目にあってこなかったのでは?


「ちなみにプール行きってこの人がさっき言ったのは、普通に時計渡されずにすんだ人たちのことね」


 店主が今更補足した。


「ああ、そうそう。ほら、駐車場のことをモータープールとかいうだろう。要するに短い間だけ留まってるって意味だ」


 配達員が頷く。


「未練もない、道半ばで死んだ自分に対する憤りなんていうのもない。だから自然に死ぬことも受け入れてるし、何もしなくても自然に消える。それまでごゆっくりーっていう待機場所が『プール(溜まり場)』ってわけだよ」

「なるほど……」

「で、諸事情で消えるまで時間がかかったり、変な条件が課せられてるような人間だけ特別扱いされることになると」


 能天気な顔でぱんぱんと店内の砂時計を叩く店主に、配達員は今日何度目かの息をついた。……もうちょっと丁寧に扱いなさいよ、自分の『時計』くらい。


「まあ死に方も生き方も人によりけりだからな。どうしても型通りの死に方ができないやつも出てくるわけだ。だから、そういうやつは条件達成までのカウントダウンを示す『消滅時計』を郵便局から持たされて、各々の条件にあった労働をさせられる」


 店主が店にいるのもそういうわけだし、配達員が「配達員」なのもそういうわけだ。


「何のために?」

「そりゃあ、少しでも早く消滅してもらうためさ」


 配達員は呟く。



「……心残りなんて、あればあるだけ()ってもんだからな」



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