★#22 タコボール・ロスト・バゲージ(上)
――結局のところ。
オレは、ひとつも持ち合わせがないのだ。
「……ねえ秀ちゃん。あれ」
約5年前。――40過ぎても尚、高校演劇部の頃からと、なんだかんだ付き合いのある女の先輩が、路線バスの中で声を張り上げた時の返答も。
「何やってんだろ。って、ちょっと……っあああああ待って待って、降りまぁす!」
パスケースを運転手の前に叩きつける音が耳に残っている。
たまたま出かけた先――そう、いい歳こいてまた『これに受かったら宝くじよりすげーぞぅ!』なオーディションを、ゴロンゴロン落っこちて凹んでしまったオレをからかいつつ。
「よーし、気分転換に山いこう!」と先輩に連れ出されたド田舎で。
1時間に1本もないバスを蹴り降りて。
埃っぽい砂利道を、その先輩と全速力で走った意味。
「――はなし、て」
あのとき、急流の上にいたそいつは、明らかにおかしいと感じる様相だった。
実年齢はだいぶオバチャンなのに若々しい――美魔女と呼ばれても差し支えない。
そんな先輩とは違う、奇妙なやつれ方。
「……お前」
かつての、演劇部部長だ。
部屋着かと見紛う軽装で、足元は恐らくサンダル。
――そうして、一拍置いて気づく。その女は、首元をスカーフで隠していた。
首元が凍るような山風。
そして橋の真ん中からの、ひどくかすれた声。
最も簡単に『死のう』としていた部長を間一髪で引き上げたのは、結局……オレの前にいた女の先輩一人の力だった。
……ボロボロの様相だったが、正体を知るのに3秒も要らない。
口を開けばカスッカスの発声だったが、オレはその顔を知っている。
そいつは約25年前まで――偉そうに声を張り上げていた。
オレの目の前で誰かを執拗に痛めつけ、こけおろしていた。
「わかっ、て、る、じぶ、が……わるい、って……わかっ、てる」
一呼吸。部長のすぐ横にいる先輩の目は、妙に冷静そのもので――目の前にいるのが、死にかけの元同級生だと知っててなお、「だからどうした」と言いそうな表情で。
「……ふざけんな」
先輩は一喝した。
「――あまったれんな!! こんなひとけのないトコで、変な勇気を出すな!!」
勇気。
……それが、勇気だと?
オレは口を開くことができなかった。――急流の流れる吊り橋の上から、自分勝手に飛び降りようとしていたことが?
過剰な叱責。舞台上での転倒を誘う罠。
それをわざとだとなじる声。折れた骨。
高校時代の情景が脳裏を掠める。
このクソッタレなカスカス声がいたことで、演劇部を辞めた人間がたくさんいることを思い出す。
あんなひどいことをしておきながら。逃げようとすることが?
「……あの、ゆっきー先輩?」
それは、本気の気迫だった。
――感情の奔流も、ほんものだ。
「あんたの勇気は、そこで出すもんじゃないでしょう!!」
……オレと同じで、逃げだと彼女は断罪した。
ただ違うのは、憎しみだけではない叫びだったことだ。
声の限りに叩きつける激情。
……たぶんそれは、うつくしかったのだ。
どんな水の煌めきよりも、オーロラよりも、きっと誰もの目を奪う。そんな何かだったのだ。
「――生きろ!!」
それは、演技でも何でもない。一人の女の呪詛だった。
* * * *
――『佐田くん、ちょっと飲み過ぎよ?』
ふわふわしている目の前で、見慣れたスマホの画面がチカチカ揺れた。他人のスマホを見慣れるなんて、よくよく考えるとおかしな話だが――そう思いつつ、佐田は霞む目を少し擦る。
『んで、タクシーひろって帰れるひとりで? ――あ、無理ね。これ無理だわ。了解、どっか行こう』
「一人で自己完結しないでもらえます?」
トントントントン。
――軽いタップ音と共に、手慣れたように増えていく文字。ここは。そうか、夜道だ。
あの吊り橋から5年後の。
そう、鉛筆もペンも紙もないわけだが。目の前の部長――津田美潮を見る。
――筆談だ。
あの日、橋から飛び降りようとした女は、結局かろうじて目の前にいるわけで。
夢の残滓を頭から追い出した佐田秀彦はあくびをする。――【サダ】と【ツダ】で双方名字に『ダ』がつくので、高校時代はだいぶセットで扱われた。演劇部の部長・副部長として職員室に行くつど『駄々っ子コンビ』と周囲から揶揄われたのが昨日のことのようだ。
……まあ、実際には30年くらい経っているわけだが。
「……スー……」
『器用ね。歩きながら寝ないでくれる? というか、起きてる?』
吊り橋の頃は25年前。
そこから5年経ったので30年前。
最近、時が過ぎるのが早い。
首元をナチュラルに隠した自殺失敗アホ女がかざしたスマホの眩さに目を細めていると、その後ろが少しひらけたような気がした。
「……あれ」
『……私もだいぶ酔ってるかも』
周囲は薄暗く、そのくせ見慣れない路地だった。
真夜中の空。
ビルの影には灯りが灯らず、電灯もない。
津田は「はあ」と息を吐く。
『まあ、あれからさほど歩いてないし』
「駅の近くではあんのか……」
佐田はまたあくびを噛み殺し、腕時計を見た。確かに「解散」してからそんなに経っていない。――路地のただなか。ただ飲食店らしい店の明かりだけが、ぽんわりと静かに自己主張している。他には何もない。
見渡す限りの闇と、飲食店の前のチカチカする電灯。それから、周囲の建物には裏口も扉もなく――ずっと何かの配管が奥まで続いていた。
『……ねえ、始発までここでいられるか聞いてみてよ』
頷いた。――後ろに下がるという選択肢は頭に浮かばない。そのまま「ちりん」と鈴の音を聞いた。
「……いらっしゃいませ。ようこそ。Zattagotta.KKへ」
「ここって何時までですか?」
店名だろうそれを聴きつつ声をかければ、「終電逃しちゃいました?」と訳知り顔で聞いてきたのは、随分若いスタッフだった。
店主だろうか? 他に人がいるようには感じない。
「飲んだ帰りに、うっかりと」
「そいつは大変だ。……営業時間、そうですね……」
おどけた店主は佐田の後ろに控えている【スカーフの女】をちらりとみると、ふす、とちいさく笑った。
「まあ大体は、その場のノリで決まります」
「その場のノリて」
「個人店ですからね。興が乗れば、体力が続くまでやってみることもありますよ」
【わざと決めてないんです!】なんて言いながら、彼はピッチャーを手にとった。
「……まあ困った時はお互い様だ。明け方まであけときましょう」
「いいんすか」
店主はレジ横から分厚い冊子を手に取る。
「カップルだったらこちらも居心地悪いですが――まあセーフセーフ! お友達同士でしょ? どうぞこちらの席へ!」
――どかり。
席に通されて、窓際の4人席に座った。
「ふう」
この付近にしてはやたらに暗い空だ。星がよく見える。
『……お友達よね。フツーに誤解されてたら、なんか……腹抱えて死ぬトコだったわ』
「オレもゴメンだがね……」
ヘラヘラ笑いつつ、佐田は上座のそれを見る。
『……なーんか』
机の上に置いたスマホを佐田に向けたまま、器用に指を動かした女は苦笑いした。
『拍子抜けするほど変わんなかったわね。あの高校』
「出てからほぼ30年なのにな」
同窓会帰りの女は、片手で冊子の紐を弄ぶ。
『変わったことといったら――犬飼くんがいないくらい?』
佐田の学年の人気者がパタリと姿を見せなくなっているそれを指摘され、ふは、と佐田は笑う。
「あれはもう来ないでしょ。音信不通で今まで全欠席なんだから」
都立倉部野高校。通称クラ高の同窓会なんてそんなものだ。
警察官もいれば消防士もいる。声優もいれば絵描きもいる。公務員、会計士、弁護士。教員。まあ色々いるにしろ――共通しているのはどこか「肩の力が抜けている」。
『ってか何でよ。41期と42期の卒業生がそろって同じトコで合同主催だなんて……誰が企画してるのあれ。面倒臭い』
「文句言うなら来んなって話っすわ」
クラクラする頭。熱い頬をお冷で冷ましながら佐田はメニューを捲った。
「あークソ多いな、料理の種類」
『気まぐれランチ、昼でなくてもやってるみたいよ。ウケるー』
「気難しいババアがウケてるやつにしとこ。あ、すんません!」
……ちらりと、目の前に座った女……津田の顔を見る。演劇部部長としての顔を見るのは久しぶりだが、こうして見ると感慨深い。
「――ん、気まぐれランチ2つ?」
何も言っていないのに、少し離れたところにいた店主が口を開いた。
あんな距離からスマホの中身が見えたのだろうか?
「あと、コーヒーあります?」
「ホットコーヒーとアイスコーヒー。あと今ならカフェモカもできますが」
『私モカ』
「かしこまりました」
「オレふつーのホットで」
トタン、と冷蔵庫の開く音。スマホをチラッと見て、店主はからりと笑った。
佐田は話を戻す。
「……まー、何せ同窓会だもの?」
『まあね』
「ひょんなことから後輩に会えるのもいいもんでしょ、演劇部部長どの?」
『各々先輩から可愛がられてたあんたから見ればね、後輩兼社長さん?』
思えば高校時代の当時、佐田は風見鶏のような人間だった。おちゃらけたお調子者。目の前の人間をとにかく楽しませよう、笑わせようとするアグレッシブさ。
先輩に対しては腰低く気を遣い、『あれをしてこい』と言われれば舌を出しておどけたように――けれどしっかりこなす。
対してこの【部長】は、今から思うと相当メチャクチャな振る舞いをしていたわけで。
『……何よ』
「別に」
津田を見ながら舌を出す。
……正直、あまり好きではない先輩だった。なんなら死ぬほど嫌いだ。
――「あいつの演技、気に入らない。もう来ないように言っといて」
――「自分で言えって? ハッ、私が欠陥品に時間を割くわけないじゃない。時間は有限なのよ」
パワハラと受け取りかねない扱いは、実に日常的だった。
今でこそわりかし、ちゃんと話す間柄になっているが――当時はだいぶ神経をすり減らした。いわゆる『面倒な先輩』という扱いですらあったわけで。
「なんちゅーか、立派なイジメでしたからね、あんたの存在」
『……えっと、いじめっ子って言わない、それ?』
実際、佐田にとっても一番の仲良しだった別の女の先輩なんて……まあ、【吊り橋】のとき、一緒に路線バスに乗っていた彼女のことだが……そのせいで舞台演劇方面に進む道を諦めたほどだ。
「ってか、なんでこうなってんだろーね、オレら……」
『……。私に聞かないでくれる?』
しかし、そのパシリ兼いじめられっ子の佐田は、今では小さい規模だが、『芸能事務所』の社長。対して津田はそこで働く、ほぼパシリのマネジメント事務員になっていた。
……世の中何が起こるか分かったものではない。
『……ヤベェわね……』
「……ヤバいねえ……」
共通して言えることがある。
人生ってのは馬鹿らしいのだ。上下関係なんて意外と逆転するし、あの頃ごまをすっていた後輩が先輩をコキ使うなんて割とあるもの。
『……あー、そもそもね社長さん。私は仲良しの後輩とか皆無よ? 嫌われてるの知ってたし』
「マジでなんで同窓会来たの、あんた……」
クソはクソのままだと、きっと誰しもが思う。
……目の前に座る物静かな『スマホ筆談』のスカーフ女が、まさかあの演劇部名物・クソ女部長だとは誰も思わなかったに違いない。
実際、声をかけてくる人間もほとんどいなかった。
逆に佐田めがけて突撃してくる人間は多かったので、「そっちは?」と説明を要求されるつど「これ津田部長」と口に出せば全員が黙りこくる。
――まあ。なぜ自分が毎度説明役をしなくてはならないのか。正直うんざりしていたわけだが。
「……全員ドン引きしてたぞ部長さん」
『そりゃそうでしょうよ』
【ペンネパスタとワインを無言おかわりしまくってる地味女】が、あのときの【嫌味たらたら高飛車女】だとはきっと、誰も思いたくなかったに違いない。
『当時一番偉そうで調子こいてた女が喋らないんだもん。そりゃ呆れちゃうわよ』
「……いやそれより暴食っぷりにドン引きしてたぞ」
立食スタイルだったのだが、自分の小皿をモリモリにしてしれっと一人でパスタの大皿をカラにしている様子は割と異様だ。それも佐田以外の誰とも会話せずに。
……恐らく見かけた全員が、パスタ周辺には近づきたがらなかったことだろう。
『いや、卒業後、だいぶ経ってからの喉の怪我については別にね……「同情してほしい」だなんて思わないわよ?』
「話聞けよパワハラ女」
ニヤッと笑って津田はスマホを振った。
『まあその、何? ……そこでひたすらなんか食ってる女とか誰も興味ないだろうし。更に「あれは誰?」って聞いてもなんの感慨も湧かないだろうし』
佐田は頷く。
そもそも、同窓会で盛り上がるような親しい友人はいなかったのがこの女だ。
『……。因果応報だってのは分かってます。逃げも隠れもしない』
「ん」
『時間は戻らないし、私がそうして生きてきたことは、覆らない』
……コトン。
コーヒーとカフェモカが目の前に置かれた。
「どうぞ」
「……どーも」
――人間、何事も理由はある。
「……。その後、やつらはどうよ」
『やつら?』
「喉掻っ捌いた犯人ズ」
『興味ないわ』
――それは不思議と大きなニュースにはならなかった。ただ、地元の新聞がネット記事にちいさく取り上げたくらいにすぎない。
ただ彼女は幼い子供と、手を繋いで道を歩いていただけ。
後ろに子供そっちのけの旦那が一人。手元にはスマホ。
そんな一家が全員、ある晴れた日に――無言の何者かに取り押さえられ、暴力を振るわれた。
複数人だった。
スマホを奪われ集団暴行を受けた旦那は重症。
ついでにそこに突っ込んできた車があった。――跳ね飛ばされる体。うずくまる3人。なんだかわからないうち、示し合わせたはずだろうに、初めに殴りかかってきた人間は車のボンネットの上で即死していた。
死んでもいい。ただ、足止めしたかったのがわかった。自分がもろとも轢かれてでも、相手を殺したかったのだ。
……明らかな怨恨だ。
事件現場で我に返った時、彼女の手の中には罪もない息子がいた。命だけは助かったが――その息子の足が潰されているのはすぐにわかった。
津田自身も、喉の付近を刃物で切り付けられていた。――打撲はあったが、車ではねられた後のことをまるで覚えていない。ただ、車から降りた人間に幾度も刃をふるわれたそれから、無意識でその子を守ろうとしたのかもしれない。
おかげで彼女の息子は足を失ったけれど、そんなこと、誰も知ったこっちゃないのだ。誰からも心配はされなかったし、彼女自身台詞を喋ることはほぼできなくなった。舞台女優としての生命を断たれたも同然だったが――代わりの人間なんてどこにでもいる。
誰にも、悲しまれはしなかった。
「……1個だけあったニュースサイトのコメント欄、荒れてたよな」
『そうね』
今更な話に、津田は首をすくめる。
「羨ましい、俺がやればよかった。そういう書き込みがめちゃくちゃあって」
『そうね』
「たぶんそいつらは、匿名ではあったが――あんたが今まで相当キツく当たってきたヤツらで」
『そうね』
同じ3文字を打ち続ける彼女の感情は、正直。喋っている佐田にもよく分からなかった。
「……まだ、模倣犯ってのは出るかもしれない」
『そうね』
津田はちびっとカフェモカに口をつける。
『生き残ったあの子たちが出所しようがしなかろうが、他にいくらでも敵はいて――その敵を作ったのは、他ならぬ私』
「……」
『でもせっかくだから、豪勢なご飯は食べたいじゃない。ホラ、ホテルの会食とかほとんど来ないし。あとはまあ……人間観察?』
「図太いわー……」
要するにアレだ。佐田は首をすくめる。――この女はたくさんの人間に疎まれてきたし、憎まれてきた。昔々のスクールカースト。その頂点で思う存分、目の上のタンコブを排除してきた。
その『物語の結末』のひとつがきっとその女の【喉】だったし、きっと彼女の息子の【両足】だった。
『――恨まれるようなことしてたのは、自覚してるからね』
いじめの記憶というのは大抵、ひどい火傷と同じだ。
――痕が残る。それを見るつど思い出す。消えないもの。
佐田からすれば被害は受けた。が、実をいうと卒業前にこっぴどくやり返しているので傷は浅い。先述した、同窓会に来なかった『学年一の人気者』――同学年の犬飼と手を組んで、卒業間際の津田を演劇部から叩き出したのが佐田の最初の仕事だった。
部長を引き継ぐことが決まって、最初の話。
「今更だけど、悪いことやってる自覚はあったんすね」
『あるわよ、当時は半分くらい。……終わってからはまあ、全部くらい』
――佐田が動く前。それどころか入学する前。一学年先輩だった津田がそこにきた当初から、彼女は誰かを傷つけていたし、憎しみや恨みを着実に溜めていた。
それが何年も寝かされて、熟成されて、ホカホカに燻された。
『……でもね。いまさら反省したって戻ってこないから。誰かさんの足とか』
「自分の喉はいいんだ」
『別にいいわよ。息子が生きてるんだから安いもんでしょ』
自分のことなら別に良い。恨まれるくらいまで主張しなければ、きっと誰にも存在を認めてもらえない。
それが津田の性質だった。ある程度分かってやっているのでタチが悪い。
「……」
佐田は息を吐く。
「……アンタが腐ってた自覚がある今だから聞くんですけど」
『何よ』
「顧問の柏原、当時、付き合ってたんです?」
今だから聞けることがある。
……この女は元々、演劇部の顧問と『デキていた』噂があった。それが本当だったかは知る由もないのだが――実際、エコ贔屓を受けていたのは事実だったし、彼女はそれを半ば利用していた。
津田は苦笑いしながら、おもむろに手を拭う。
『……前提として「気持ち悪い」と言ってほしいんだけど』
「ははあ、前提で覚悟させてくれてありがとうございました」
『うち、車椅子の息子がいるのよね』
「存じてますが」
両足を失った一人息子だ。数回会った印象として、津田の息子だとは思えないくらい良いやつだったのだが……
「壮真くん、自分も学業で忙しいのに、うちのワークショップ見に来てたじゃないすか」
『……仕事してる私とか見ても面白くなさそうだと思うのだけどね。出るわけじゃないし』
「フリップでツッコミ入れてるのが面白かったっていってましたよ」
『悪かったわね、ダメ出しがギャグみたいで』
津田は息を吐く。
『ねえ』
「なんすか」
『壮真の父親って誰だと思う?』
「…………」
直前の会話。柏原先生の話題。ヤツとできてたか……。事件当時のスマホに夢中の旦那……。
「――部長、火急の要件なんですが、タイムマシン持ってません?」
『ははあ、リアクションで黒歴史をスッキリさせてくれてありがとうございました』
「オレと同じテンションで返さないでくれない!?」
そもそも、佐田としても彼女がバツイチなのは知っていた。
暴漢事件が元で揉め、今は別居中なのも知っていた。
あと高校時代、やたらに津田がエコ贔屓されていたのも知っていた。……ただしイコールで結びたくはなかった。
「――……」
佐田は思わず、頭をテーブルに打ち付けて突っ伏した。
『まああの性格だし、相手いないわよねー……知ってて近づいた私も浅はかだけど』
「そうまでして大人に認めてほしかったのかね、アンタは!?」
『でしょうね』
……演劇部のボス猿、取り巻き王国。いくつもの陰口があった。彼女には結局のところ、自分で勝ち取れた異名はない。
津田はそもそも、オマケだ。
周囲の狙いは元々彼女の母親。――舞台、映画、様々なところで活躍する大スターなのが彼女の母親だった。
その縁で子役デビューもしていたのだが、『あの女優さんの娘』という扱いから抜け出せなかった。日常生活でもそうだ。親がいかに愛情を持って育てようと、たまには娘を主役に押し上げようとそれとなく話題を振っても、結果的に脇役にされてしまうのが演劇部部長・津田美潮だった。
要するに母親のファンがほとんどだったのだ。
津田の取り巻きは。
『……誰かに認めて欲しかったんだと思うわ、私』




