☆#20 君とほうれん草のソテー(上)
【主な登場人物(☆)】
・店主 (浩介)
あの世とこの世の間にある不思議なお店、『ZattaGotta.KK』の店主。
20代前半程度に見えるが、9話で発覚したところ「子持ち」のパパだったとか。
・配達員 (???)
店主のお店に毎朝顔を出す、「顔の見えない」常連客。
「人に好かれる」よりは「嫌われたほうが安心」というひねくれた性格。
・少女 (アケビ)
享年16。店主のお店のウェイトレス。
配達員相手に突っかかりつつ、なんだかんだ信頼関係はできつつある。
・死神
エセ関西弁。
ふわもこつるっとカラフルな謎の生物(複数)。
少女曰くクジラとウサギを足して割ってデフォルメしまくったような見た目。
死者の管理を生業にしており、意識のない人間を効率よく仕分ける様を指して『郵便局』というあだ名がつくことも。
「……ん」
しとしとと降る雨。
湿気など知らないとばかりに外にせり出す幌の下、古書が並ぶ。
雨の音。その間を縫うように、黒いワークキャップの下から響いたのは弾んだ声だ。
「……懐かしいな、子供の頃に教室に置いてあったぞ。ジキルとハイドとか……」
――顔面情報が欠落しまくっている配達員の、珍しいオフの日。
買い物帰りのショッピングバッグ。
中には卵とほうれん草、ベーコン、長ネギ。しかしその中身を忘れているかのように「幌の下」をうろちょろしている配達員は、まるで貪るがごとく平積みの本をいじり倒していた。
そこは長らく行きつけにしている古書店。
いや、よくよく見ると古書だけではない。ちょくちょく新品同然の本も……。
「って、多い」
ピッカピカの書籍は、よく見れば同じタイトルだらけだ。
……目の印象が力強い。そんなハゲ頭の男性が、ニッコニコでポーズを決めている表紙。
「あのー?」
「おう、いらっしゃい」
「まさかこれ、全部お供え物か?」
配達員が指をさす。
すると、馴染みの顔をした古書店の店番が、配達員の顔に驚きもせず口を開いた。
「ああ、なんでも『下』じゃ、人気の芸能人だか大センセーだかがポックリ死んだらしくてな。その関連本だ」
「……大センセー?」
ぺらりと配達員は表紙をめくる。
……天国が雲の上、などという御伽噺を信じている人は死後の世界を上、生者の世界を下と呼称することもある。店番はそのタイプだったらしい。つまり、生者の世界で何か著名な人物が死んだようだ。
「まあ……流行りっていうのかね」
店番は丸眼鏡をかけ直しながらゆるゆると呟いた。
「一斉にこういうのが墓前だか仏壇前だかにポンと置かれるんだ。『あんたも好きだった有名人、そっちに行くみたいよ』。いやあ、死者に報告もクソもあるか。言われんでもそのうち見かけるわ」
そうして特に興味がない、もしくは読み終えたから要らない……そんな本の霊体……いや、霊体と呼称していいのか? ともかく、そういったものがこの店に持ち込まれることになる。
配達員はなぜか苦笑いしたような、息の震えた音を立てた。
「ちなみにその現象。2、3年前はどうだったんだ?」
「ん?」
「行方知れずになった芸能人というか、眼鏡の先生がいただろう」
――ああ、あれか。
興味なさそうに店番は丸眼鏡を外す。
「『先代』なら、ありゃあ死亡じゃなくて行方不明だからまあ、爆発的なものはなかったよ」
「先代?」
「ホラいただろう。お笑い芸人で。愛想の悪いのと変な関西弁がやってる、なんてったっけか」
「あ――パラライズ?」
配達員は笑った声でいう。個人的に長らく推している芸能人の名前だった。……あれはトークのテンポがいい。2人セットでないとどうにもならず、ピンでなかなか巧い仕事ができないのが玉に瑕だが。
「そう、それがやってるバラエティの、後ろでごちゃごちゃ突っ込む先生枠。あれがまだ続いててな」
「ああ」
「あれの初代が蒸発眼鏡。次がそれだ」
「……。えっ、次とかあったの、あの枠」
配達員はげえ、と相槌を打った。
周りには分からないだろうが、先ほどとは違う苦笑いで。
だって――配達員はその番組を、よく知っている。
出演者のファンだったものだから。
頬を思わず掻きながら目を逸らした。
――司会のパラライズだの、名物プロデューサーの国分さんだの。
「……あれ、結構な人気番組だったよな。『ここから先は、その分野の先生に分かりやすく解説してもらおう!』のナレーションでお馴染みの専門家ひな壇」
「いや、途中でひな壇じゃなくなった」
店番が苦笑いしながらいうのを見て、配達員はコクリと頷く。そこまでは一応知っている。
「……確か、専門知識どうこうより、眼鏡の時永先生のキャラが濃すぎたせいだったな」
すらりとした長身に美形。見た目には爽やかな王子様キャラ。しかし口を開けば毒吐き屋。でも言っていることを要約してみれば分かりやすく、どこか面白い……そんな眼鏡の先生が一世を風靡した時期があった。勿論、突然の失踪で騒ぎになった後、その長いブームはゆっくりと終わりを告げたわけだが。
「なぜかイジる対象の時永先生だけ残したんだったか」
「他の先生全切り」
番組名と同じよ、と店番は呟く。
「バッサリ学園ね。ああなる前はそこそこに好きな番組だった」
「まあそれは、俺もだ」
配達員としても同意見である。
……明らかにあれは『番組の方向性』が変わった事件だった。周囲の若い子からは英断だという声が根強く聞こえたが『パラライズ』というお笑いコンビが気に入っている配達員からするとちょっぴり。いや、あまり好きではない展開だ。何せヤツらがカメラに映る時間が減るのである。しかも割とガッツリ。
「おかげで雑学披露から解説をナレーションで流して、それを見た専門外の時永単体が、ど素人目線での疑問を垂れ流しテロップで『※あとで調べたところ……』と補足する番組になっちまったわけで」
「ああ」
「ぶっちゃけテロップが一番学びがあるバランスの悪さだ。そこが、時永某がいなくなると長らく不在でね」
「うん、ひな壇にしときゃ、こんなことには」
配達員はかぶりをふる。
だってそうだろう。
あの眼鏡のことは知りすぎるほど知っているのだが――正直な話、「話がちがぁぁぁう!!」が彼本人の本音だった。
――「仮にも先生とか言われる人間に何言わせてるんだアレ!? 専門外のことに頭突っ込む側にもなってみろ!!」
それはもうお怒りである。
車の後部ドアをバッタンしめての大憤慨。
――そう、仮にも『自分の専門分野』を持つ人間が『他人の領域』に向かって知ったかで噛みつくなど、本来やってられるものではない。
『素人質問で恐縮ですが』をマジのトーンでやるやつほどエンタメにならないものはない。それを当人が一番よく分かっているのだ。だから結局自分で調べる羽目になるし、「知ってるけどあえて」の台本ができる。
素人らしいチョイスの文面で、でも聞いて欲しいところを的確に聞く。水面下でそれを丁寧にやり、陰ながら感謝されるのがあの眼鏡の時永先生だった。
「まあとりあえず無事、後釜としてキャラの濃い先生が見つかった」
「だからもう先生要素いらないだろそれ。8割がた専門外だし」
「あの眼鏡が捜索願出されて暫く経って、晴れてレギュラー入りしたヤツがその人なのよ」
「……はあ、あのポジションの後釜ねえ」
表紙の写真を見る。目の印象こそギラギラしているが、その他は『ひとのよさそうな人間』だった。
はげ上がった頭。細い目元。イケメン毒舌キャラの時永とは全く違う印象。
一番数の多い新しい本をぱらぱらとめくれば――ああ、経歴はともかく読み応えはありそうだ。
「……へえ、堀之内先生、児童心理と精神医学がご専門だったのか」
「病院もやってたらしいが、テレビのが稼げると踏んだらすぐたたんだらしい」
「はは、ゲンキンだな」
配達員の笑い声に、店番は首をすくめる。
「そんなもんだろう。むしろ金持ちの道楽でテレビやってた眼鏡の時永先生の方が珍しいんだよ」
「そうだな。これください」
元バッサリ学園ファンの配達員は、この間から読み進めているシリーズの最終巻と一緒に『堀之内晴真』の本をレジにポンと置いた。
番組のファンとはいえ、ここ数年はバタバタしていてまともに見れていないのだが――いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。
「ふう」
浪費癖はいつものこととはいえ、なんだか勿体無い気もしてしまう。
ただ、妙に【感謝ポイント】を貯めて消滅するわけにはいかないというのが頭の痛いところだ。
死後の世界で現金代わりになるのが「感謝の気持ち」――つまり、お化けが全員持っているはずの『消滅時計の中身』だ。使うと大概の人間はその場に限って満足感を得られるも、その代わり時計が完全にストップする。
が、反対にあんまり貯金すると今度は自分自身が消えてしまう。……しまうというか、普通は消滅を目指すのだが。
配達員は違うのだ。
ある事情から、『粘っている』。
「えーっと、あんまり物買うと今度は置き場に困るんだよな。『ゴミ屋』に持ってくか……?」
お化けが消滅できないのは、平たくいえば【心が満たされないから】だ。
誰かから基準値を超えて感謝されたら、それはもう満たされまくって天にも昇るような心地だろう。
……いや、本当にそのまま昇天するのだが。
ガチでシャレにならんことに。
「……手持ちをどこまで残すかね……」
【配達員】を卒業するわけにはいかない。この死後の世界には、まだまだやることが残っている。
「ん」
古書店から一歩出て、ふと配達員は店の横……幌のすぐそばに座り込んでいる誰かを見つけた。
「……あー、どうした。濡れてるぞ」
「お兄さん濡れないの?」
また子供だ。配達員は辺りを見回した。
死神はいない。寒そうに、だるだるのTシャツを着ている。手も足も傷だらけ。……事故死でもしたばかりなのかもしれない。
「お兄さんって歳でもないが、濡れやしない。それより君、傘は?」
「ない」
その子の手首に古い火傷のあとがあるのを見つつ、大きく息を吐く。
……さすがに、生きているような雰囲気ではない。なのに「この世界の雨」で濡れるというのはどういうことか。
「……君」
「なに?」
恐らくだが、『質量』があるのだ。
よっぽど情緒なり、感情が豊かな子なのだろう。……配達員はちらりと己の財布を見た。財布からのぞく身分証にはCの文字。
「――……」
息を吐く。こちらの死後の身分証にはCランク表記が為されているのに、この子の様子ならきっと無印だ。五体満足、感覚も意識も全て良好。ぴんぴんしている。
『ちょっと!』とレジカウンターに戻り、古書店の横に下がっている傘を指差した。
「これもだ」
「なんだ今日は大盤振る舞いだな」
店番は自分の腕時計を叩く。……KKの店主が働く理由と同じ理由。死後の世界で通貨代わりに使われる「感謝の気持ち」。
「ぼろ儲けだ」
「よかったな、明日には消滅してこの店は潰れてるか?」
軽口を叩く。魂ではなく、記憶から出来ている「お化け」。そのお化けにも色々あって、特に感情豊かな人は記憶の質量が濃い。物体に近いのだ。覚えていることが多かったり、こだわりが強い。
だから、きっとこの幼児もそうなのに違いない。雨に濡れてしまうのはそのせいだ。
「お兄さん、なんで濡れないの?」
「雨が透過するからな」
ほら、と傘を渡せば、子供はキョトンとした様子で口をひらく。
「とうか?」
「……すり抜けるってことだ。本物のお化けみたいだろ」
その子が『お化け』になったばかりだと仮定した【顔のない配達員】は、少しおどけて――大きく息を吐く。
「家は?」
「……ない」
「行くところは?」
「……」
黙って傘を回す子供。
そのみすぼらしさは、子供の頃に見た何かを思い起こさせた。……金のない、養護施設……。
「……名前は?」
あそこにいてもおかしくない。いや、それよりひどい見た目。薄汚れた肌に声をかければ――ようやく、傘の下から答えが返る。
「ちーすけ」
「どう書く?」
「……わかんない、カタカナ?」
「どう聞いてもあだ名じゃないか。……まあいいや、チー助」
雨の中、歩を進めて――結局、職場の寮までついてきてしまった子供に、彼は息をつく。
「『何を見たか』は外では言わないこと」
「え?」
……毒舌が出そうもない、あの柔らかい語調を思い出した。――あの『眼鏡』に影響されたな、どう考えても。
「秘密は、守れるね?」
自分でも【粗暴で雑な配達員】らしくない言葉遣いだ。
そう、配達員は思う。――時々こうやってボロを出す自分がよく分からない。
それでも、明らかにそこから『空白の形』を感じるのは成長のひとつだろう。
「……うん」
* * * *
「ねえ、お兄さん」
子供は口を開く。玄関口、一歩入った瞬間――配達員は首をすくめた。
「見る人が見たら、何してるんだか一目でわかる部屋だ」
「何をしてるの?」
子供は『見る人』ではなかったらしい。
部屋にあったのはたくさんのファイルだった。否――ファイルどころの話ではない。
「秘密基地?」
「……あの、一人だからな?」
呆れたように配達員は呟く。
「作戦司令室?」
「……そうだった場合ね、司令してるのも一人だからな?」
壁に張り出された人物相関図。
何かのカウント。
ゴミと紙の資料で荒れた部屋。
「……窓から、誰かを監視してる……」
ああ、なるほど。
配達員は頷く。確かにそこの窓からは『監視対象』の店がうっすら遠くに見えた。
ZattaGotta.KK。
――あの店にこの上なく執着しているのは確かだ。そうも見える。
「近い。でも違う。それにしてはスコープがないだろ」
「スコープ?」
「殺し屋が鉄砲と一緒に持ってるやつだ」
「あ、のぞきこむやつ!」
そう、双眼鏡やスコープはない。
ただ――と配達員は苦笑いした。普段誰も家に入れないのは、『一方的な感情』が見るだけでわかるからだ。
「覗き込むまではしないさ。お化けにだってプライベートはあるからな、できれば深入りはしたくない」
子供は足元の資料を拾って、そこにある矢印を見た。……ある家庭の、ある家系の描いた軌跡。
「じゃあさ」
そこに書いてあるものはひどくシンプルだった。数十年前の誰かの罪。誰も見ていない。聞いていない。覚えていない。けれど――純粋な悪行。
「お兄さん……誰かを、まもってる?」
配達員は子供の持っている資料を掴み上げた。
「足の踏み場、なくて悪いね」
答えがないということは『そういうこと』だ。子供は合点が言ったように口を尖らせた。
「ねえ」
「何だ」
食卓と床が真っ白で、スペースがない。
古書と仕事用の資料でごちゃ混ぜに埋まってるのをつまみ、子供はいう。
「さすがに、かたづけていい?」
「……床に置いてあるものだけな」
* * * *
「驚いた、結構家事できるんだな」
目の前でものの数分。すぐに作り上げられたほうれん草のバターソテーに舌を巻く。KKの店主ほどではないが、たいした手際だった。
ベーコンとパン、コンソメスープもついている。
更にはいつの間にか洗濯物が畳まれていた。配達員がシャワーでほかほかになっている間にだ。
「ああ、うん、ぼくがやらないとマルちゃんが怒られちゃうから」
子供の言葉に、配達員は苦笑いした。
「何、『マルちゃん』?」
しまった、というように口をつぐんだ子供。その背をトントンと叩く。
「ボロが出るのが早い」
配達員の手をぱちんと払い、ぷくりと子供は頬を膨らます。
「しかたなくない? ぼく、ほんの子供だよ?」
「プッ」
――【子供】を自称するお子様にろくなものはいない。それは経験則で分かる。
配達員は自分がニヤニヤ笑い出すのを感じて、少し驚いた。どうやらこの秘密主義な子供をかなり自分は気に入っているようだ。
張り紙を見つつ、ふと思う。――同類だからだろうか?
「……あの、おとうとなんだ」
マルちゃんの話だろう。
「まもらなきゃ、なんだ」
「うん」
同類だと思った理由はなんだろう。
直感的に頭に浮かぶ、そんな感想に頭を捻る。
……秘密なんて、誰にでもあるのに。
「……ぼくね、マルちゃんのこと、だいすきなんだ」
油の跳ねる音。フライパンの方を見ながらの発言に、配達員は言葉を返す。
「ああ」
「でもきらわれちゃって」
「……ああ、もしかして弟に追い出されたのか、いるところを」
「…………。」
子供はニコリとしたまま、黙り込む。
「なあ、マルちゃん『が』怒られる、って言ったよな」
「…………。」
「マルちゃん『に』、じゃなく」
子供は黙ってバターソテーの皿を配達員に押し付けた。これ以上は口を割らないらしい。
「いいよ、言いたくないなら」
皿を受け取り、ほうれん草ソテーをつまんだ。鼻を抜けるのはバターとほんの少しの醤油の香り。――なるほど、やはり巧い。見た目は荒いものの、味のバランスがちょうどよくとれていた。
「ねえお兄さん」
「何」
どうやら子供はまだ食卓につかないようだ。――目玉焼きにでもするのだろうか? 「すぐ終わるから」と卵を片手で割りながら、子供は呟いた。
「あつかましいでしょ、ぼく」
「まあな」
人の家までついてきて、押しかけて。その代わり飯を作った。あつかましいといえばあつかましいが、子供のやることだ。
今までの自分ならもう少しプリプリしていたかもしれないが、なんとなくそういう気分にもならない。
「……ぼく、やりたいこと、あるんだ」
「どこで?」
「どこかで」
コトリと目の前に置かれた目玉焼きは半熟だった。固いほうが好みだが、それは次があれば頼んでみよう。
「……やりたいことができるまで、いさせてもらっていい?」
「それは確かに厚かましいな」
ご飯をよそいつつ、配達員はさらりという。
「なあチー助」
「なに?」
「居場所はちゃんと見つけなさい」
目を瞬いた子供は彼を見上げる。
「たとえ、どんな家庭環境だったとしても」
「…………」
穴が開くほど見つめる子供に、配達員は大きく息を吐く。
「何か言いたいことでも?」
「……お兄さん、おもってたより優しい人?」
「俺を何だと思ってたんだ」
配達員は死神に連絡済のスマホを片手に息をつく。
――前もこんなことがあったっけ。
そんなことを思いながら。
「見知らぬ子供を一時保護するなんて、分かりやすい優しさの権化じゃないか」
* * * *




