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☆#15 ファーム・イン・アケボノメシ(上)

 【主な登場人物(☆)】


  ・店主 (浩介)

 あの世とこの世の間にある不思議なお店、『ZattaGotta.KK』の店主。

 20代前半程度に見えるが、9話で発覚したところ「子持ち」のパパだったとか。


  ・配達員 (???)

 店主のお店に毎朝顔を出す、「顔の見えない」常連客。

 「人に好かれる」よりは「嫌われたほうが安心」というひねくれた性格。


  ・少女 (アケビ)

 享年16。店主のお店のウェイトレス。

 配達員相手に突っかかりつつ、なんだかんだ信頼関係はできつつある。

 ……っていうか怒らせてくる配達員さん、絶対わざとでしょ。



「……デーデン!!」


 ひどく通りのいい低音。

 滑舌のはっきりしたそれが突然、『ZattaGotta.KK』の店内に響き渡った。


「バイトちゃん、突然ですが! 世界史からの出題です!」

「ホントに突然だなこの人」


 ……パタン、と冊子を閉じる音。


 その日。いつも座っているカウンター席ではなく、珍しく『テーブル席』にいるローテンションな配達員はふふんと鼻で笑いつつ――()()()()()に向かって口を開いた。


「抜き打ちってそういうものだろう?」

「なんの抜き打ちです?」


 アルバイト店員である少女は、ため息をつきながら英語の参考書を閉じる。

 そう、この2人。

 いや、バイト少女単体が主であるが……今更『()()』しているのである。


「イスラム史における、最初の世襲制王朝は何?」

「ウマイヤ朝」


 少女の返しに、配達員は指で大きく丸をつくる。

 ……彼がお昼間にもかかわらず、飲食店『ZattaGotta.KK』にいる理由は単純だ。


「……えーっとぉ」

「次の質問考えるフリして私のコーラにラムネ菓子的なアレをぶちこもうとしないでください、油断も隙もない」


 ずりっ、とグラスがコースターごとずらされつつ――配達員は「フフン」と不敵な笑みを浮かべた。そう。彼がここにいる理由というのは別に、バイト少女の飲んでいたコーラを爆発させるためではない。


「……バレたか」

「バレますからね、それ私のコーラです。自分のでやってねお願いだから」


 この店、『ZattaGotta.KK』は【死後の世界の食べ物】を使わない。

 質量のある生き物に、質量のないものを入れると色々バグる――要するに物理法則が乱れるためだ。

 ちなみに逆の場合はOK。ゼロには何をかけてもゼロらしい。


 だから彼は朝のうちに『KK』まで来て、注文されたこの世産の食材を運び入れる。そして明日の分の【注文表】を受け取り、それを持ってまたこの世にとんぼ返りするのだ。


 農場や漁業組合に【注文票】を届け、必要に応じて打ち合わせ。その後ぶらぶらとお昼ご飯に出かけるか一旦買い物等に行き、仕入れ先の「出荷の用意が出来た」の連絡を受けると即座に食材を積みに戻る。


 そして積み入れた後は一度配送センターの倉庫に持ち帰り、夜になる――朝になればまた、倉庫内の食材とともに『KK』のドアベルを鳴らす。

 それが彼のだいたいのスケジュールだった。

 だから食料事情に関しては、配達員が「この世」から運び入れてきているのが実情というわけで……。


「じゃあ更にたたみかけよう。イギリスで経験論を確立、帰納法を主張した人物は誰?」

「フランシス・ベーコン」


 ――つまり彼の仕事は早朝からお昼までと、夕方前から夜7時、8時頃までが主体となる。つまり今は、そのちょうど中間の長いお昼休み。

 彼は「お昼ご飯」を食べに来ていたわけで、ついでに少女の今更すぎる勉強に付き合っていただけの話……。


「……太平洋に3度航海を行い、主にニューギニア、ニュージーランド、ハワイの情報をイギリスへ持ち帰った……」

「クック船長……」


 ――少女は全部即答した末、参考書を思いっきり投げ出した。

 はあ、とため息をつく。()()()()()()()()()こととはいえ、かったるい。


「……飽きた」

「歴史の暗記ものは得意みたいだからな、君」


 ハ、と鼻で笑ったような配達員に、少女は息をついた。


「配達員さんもネタに走ってるでしょ、ウマイヤ朝とか、ベーコンとか」


 配達員は机の上のコーヒーゼリーをちみちみ食べながら言い放つ。


「……そりゃあ、はじめて5秒後には、こっちだって飽きてるさ」

「飽きるの早すぎませんか?」


 ポンポンと消えていくぷるぷるの塊――少女は本日何度目かわからないため息をついた。

 内心「いいなあ」とよだれが垂れているのはご愛嬌だ。横目で何度もチラ見する程度には、もはやナイアガラの滝状態。「ください」「やだ」の押し問答も、何度発生したか定かではない。

 今日のお客さんに出した『()()()()()』の残りがこれなのだが……あとで分けてもらおうと思ったら、目ざとく見つけた配達員に「あ、これください」「……ひとつしかないけどいい?」「ヤッタァー」とフツーに先を越されてしまったわけで。


「……はあ」

「だいたい、5秒後に飽きてようがですねバイトちゃん」


 ゼリーにコーヒーフレッシュを足しながら配達員は言う。


「……頼まれて、それを受諾したからにはキッチリやるし、みっちりやる。それが社会人というやつだ」

「その辺り解せないんですよね……この配達員さん、ふざけてるときと真面目なときの差が激しいというか」


 配達員はキョトンとした雰囲気を発した。


「……ふざけた自覚はないんだが?」

「どの口が言いますか?」


 眉を寄せた少女は壊れたドアベルを親指で指す。朝の配達員は今日も元気だった。……あまりのハイテンションにドアベルへの連続パンチが止まらなかったほどだ。


「あらそう。――だとしたらなぜ、こんなふざけた不審人物に勉強教わろうと思ったのかね、君? ハッ、あたまスポンジなのかな?」

「何であなたにそこまで言われなきゃならないんですか、私……」


 ……完全にあおられている。

 しかし一々キレていたら体力は減る一方だと少女は理解していた。もう慣れたものだ。さらにはスポンジだとか意外と誉められている。『覚えるのが早い』の意味だ。

 褒め言葉と貶し言葉が同時に出てくるとかもう意味が分からない。


「……。その。一応……身近な()()かなって」

「なるほど?」


 不審人物なのは間違いないわけだが――なぜ教わろうとしたかって、そりゃあ前歴を噂で聞いたからに決まっている。この配達員、謎は多くともはっきりしているプロフィールはいくつかある。そのうちの一つが「前職が中高の先生」というアレだったわけで……


「……安易に自慢すべきじゃなかったな、しまった」

「ほらやる気ないじゃないですか」

「エー、ソンナコトナイヨー?」

「ナイヨーじゃないですよ。裏声が無駄に綺麗だから余計腹立つんです。なんですかその無駄な美声」


 お冷を飲み干し、少女はため息を吐いた。


「というか、経歴をわざわざみずから自慢してたから知ってたんですか、浩介(店主)さんは?」

「いやだって……」


 配達員は滝のような汗を流した。


「これ以上『何もできないバカ』だと思われたくないだろう?」

「いやバカじゃないですか」


 バイト少女は半笑いでいう。

 ――知識はともかく、バカじゃないですか?


「扱いがひどいな俺は! ……あー、そもそもね。大人っていうのはアレだよ? 肩書きがある人間は一応信用される」


 コツコツ、と苛立ち紛れに机が指で叩かれた。


「ただでさえ重いものが持てなかったりして『仕事しない人間』に思われてるのに、分かりやすい資格も無しだと恥ずかしい!」

「……だからって過去の栄光にすがるんですか。カッコいい大人ですね」


 ジト目で言う少女に開き直り、配達員はけっ、と口に出した。


「お化けが過去にすがらなくてどうするんだ! 未来とかあるのか、この生き物!」

「いや、ないですけど」


 バイト少女は首を傾げた。

 ……そもそも、【生き物】かなあ。


「ハハンそうか! じゃあコーヒーゼリーはすべてこっちがいただく!」

「いや何も話が連続してないから!!」


 慌てて机の上を見れば、消えるゼリー入りグラス。

 少女はげっそりとした顔をした。

 ……マジで食われたぞ、コーヒーゼリー。


「ジュルルルル」


 ……そして歯の隙間から吸い込むな。いや、視覚ではわからないが汚い音で分かる。バイト少女は半ギレで拳を振り上げた。


「はいはい。ケンカしない。……いいじゃん、探してもなかなかいないよ、本職の先生」


 ゼリーを切らした店主がせめてもの代用品としてコーラの2杯目をテーブルにおくと、配達員がぶーたれた。


「かといって、担当教科が世界史とか英語だなんて言った覚えはないんだが?」

「違ってても君、他人に教えるとなったら、自分が勉強し直すだろ?」

「……」

「ふざけたノリではあるけれど、君は意外と真面目なタチだ」


 配達員は沈黙した。

 ……店主にまでそう言われるとは思っていなかったのだろう。

 彼は()()()()()()コクンと小首を傾げた後、黙って炭酸ジュースをぐびぐびと飲み干し……。


「けぷ」


 3、2、1……。


「グゲエ――――!」

「一気飲みした後ゲップで返事しないでくれる!?」


 史上最悪な「照れ隠し」を見た少女はため息をつきながら言った。


「どんな育ちしてるんですか、あなた……!」

「はい、こんな育ち!」

「さも当然みたいな勢いで言わないでください……頭痛くなってきた……もう、浩介さん、材料買ってくるんでコーヒーゼリーもう一回頼めませんか?」


 店主は苦笑いする。


「いいけど、なんなら配達員さんに追加注文すれば?」

「……なんかこの不審者に、これ以上頼み事したくない……」


 だいたい、最初は一人で勉強する手筈だったのだ。周囲は気付けば大人だらけ。あの世に子供がいないわけではないが、少ない。ここに来てから『知り合い』になるような同い年の子なんて、ほとんどいないわけで。


「……はあ」


 何となく――自分が劣っているように見えてくる。知識面でも体力面でも。そう思っていればヘラヘラと笑った声が配達員から発せられた。


「ヘイ! コーラおかわり店主どの」

「いやこれアケビちゃん用なんだけどな?」


 考え込むだけ無駄だと言われたようで腹が立つ。

 ……そう、きっとそうなのだ。

 焦っても仕方のないことだと分かったうえで、それでも尚『人生経験の豊富』な周囲のお化けと比べたら、足りないものが多すぎる気がして。


「……はあ」


 ――だいたい、アルバイト自体が初めてなんだし。


 少女は息を吐いた。

 ――自分がちゃんと働けているかすら自信がない。周囲はなんだかんだと優しい。……だからこそ、自分が子供だと甘やかされているような気がしてならない。


「…………。」


 だったら、やることは一つだけ。

 ただ『人生経験』がないというのなら、今から知識で補うだけだ。

 まずは満足に学校すら行っていないのをどうにかするのが先だろう。

 以前、死神に言われたことを思い出す。



  ――「特技ってほどタイソーなものでなくて、ちーっともかまやーしませんねん、キミ、「今できること」はあるのん?」



 今できること。やれること。

 今でこそ、「仮」でここにいる。ウェイトレスとして働いている。

 ただ……その後は未知だ。以前出会った「修理屋さん」のように、違うことで生きがいを見つけるかもしれない。


 既に死んでいるのに「生きがい」なんて、なかなか変な話だが。

 それでも『消滅できない』からこそ、ここにいるのだ。



「……考え込んでるみたいだが」

「悪かったですねワガママで」

「ワガママで結構。じゃあ、一つ提案だ」


 配達員はため息をつき――トントン、と世界史の問題集を手慣れたようにまとめ、見えない口を開く。


「――()()()()()()みる」

「はい?」

「バイトちゃんは変なところ負けず嫌いで、それでいて引っ込み思案だ。……大人にできるだけ頼りたくない。でも『いつか自分にできること』がほしい。そうだろう?」

「……」


 ……たまに思う。この人、こんな不真面目な性格しておいて――前職が先生だったのはマジだったのかもしれない。だって妙に勘がいい。


「だったら一つのとっかかりだ。――『配達員さん』の仕事、少しやってみよう。バイトちゃん」

「……マジですか」

「マジだよ」


 配達員は声だけで苦笑いしながら言った。


「……だって、この店の跡取りみたいなものだろう、君は」

「えっと、それは」

「ああ、勿論確定してない。仮のすまいかも分からない。ただ、別のことをしたって引き継がれるものはある。精神性とかな。そういう意味で言ったんだ!」


「……」


 少女は見た。――それを聞いた店主が少し、目の色を変えたのを。


「君は、ここのお店で育つ。――育って、巣立って飛び発っていく。死んだお化けのお店だろうが、何も育まないわけじゃない」


 配達員の言葉が静かに紡がれた。

 たぶんそれは、店主の過去にもひっかけた言葉だったに違いない。――彼のもとで育たなかった、命の話。『ZattaGotta.KK』の店名のもとになった、誰かの話。


「……生み出さないわけじゃない」

「…………。」


 ――帽子の下から、視線を感じた。


「ここにはきちんと意味がある。――君のスタート地点だ、バイトちゃん」




  *   *   *   *




「……で、なんで早朝から私、配達員さんの車の助手席に乗ってるんです?」

「意外と面白いだろ。こいつ車体高いし」


 そんなわけで、現在に話は戻ってきた。――配達員のワンボックスカーはこの世、つまり現世の田舎道を走っている。それは随分と奥まった村だった。


「毎日これですか」

「毎日これだよ」


 いくつもある山と畦道と、トンネルを抜けて。

 信号待ちの配達員はハンドルを握ったまま、助手席の少女に聞く。


「で、やることの概要は頭に入った?」

「……今日はファームっていうところにいって、在庫の確認ですよね」


 少女はタブレットを見ながら言った。どうもアプリと合わせて配達員用のガジェットらしく、職場で支給されるらしい。


「そう、魚は今日はないから、ファームだけだ。我らがニコ(ツー)運送はある農場と業務提携している。彩果至(アヤカシ)ファーム。不穏な名称でしょ」

「不穏な名称ですね」

「地元の小学生からの別名は、お化け屋敷農園だ」

「なるほど」


 やたらとぽんぽんとんでくる『ニコ通』アプリのチャット通知を眺めながら、少女は途方に暮れたように呟いた。……ねえ、前に会った修理屋さんだよねこの人。配達員さんに向かって執拗にギザ十を返そうとしてるんだけど、何があったの……。


「……まあ、考えてみたら『この世』産ですもんね、野菜とか」

「肉も卵もな」

「つまり、この世に農場があるんですよね」

「漁業組合もついでにあるぞ」

「マジでお化けが出入りしてるって、お化け屋敷とかからかってる小学生たちは知ってるのかなーと……」


 ハ、と配達員は息のみで笑う。


「知らないだろう。責任者がお化けそっくりに不気味だから言われるんだ」

「不気味?」

「誰が見たって不気味だろ」


 配達員は毒づいた。


「パッと見、誰もいない空間と『イケメンの話題』で盛り上がれるステキなご婦人とか」

「……ああ、マジで責任者生きてるんですね……」


 少女は血の気がひいた。生きててそれとか、確かに怖い。


「しかも女性……?」

「そして誰もいないはずの農園でお喋りしてたら、いつの間にか利益上げてる。まともに作業内容を目撃したら精神やられるんじゃないか?」


 ……税務署とかどうしてるんだろう。いや、考えないことにしよう。

 誰もいない大きな農場で起こるポルターガイストを想像した少女はガジェットの表示に目を落とした。仕入れるものは、みかんとりんごが一箱ずつ。


「……長ネギ5本、豚と牛の細切れがそれぞれ4キロ、鶏の挽肉が3キロ……」

「鍋でもやる気かね」

「しめじ、エリンギ、舞茸の3点キノコセットが4。白菜3、小松菜4。玉ねぎが3……これ、数字だけのは個数じゃないですよね」

「セット数だな。毎日の客は少ないが……意外とすぐに使うぞ、そのくらい」


 生者はなかなか道に入り込めずリピート来店できない上、お化けに食事は必須ではない。更にいうと、「お化けにとって見ても町外れ」なのがあの店だ。

 結局のところ、普通の店ならいつの間にか閉店するくらいの客の少なさなのだが……そこは、ほら。


「余ったら冷凍してもいいしな」

「へー」


 ……この喋ってる2人がどれだけしれっと食べているか、そんな話に発展するので誰も深くは突っ込まないのだが。


「あと手に入らない時は数日ずらすことも多いから、仕入れる時にあえて多く言ってる」

「このバツ印は?」

「既に数日ズレてるやつだ。今日もズレたらまた×つけるし、代用品でいいならそっち持っていく」

「意外とちゃんとしてるんですね……」

「逆にいうと、ここしか『ちゃんとするところ』がない」


 配達員は片手で身分証を振り回した。


「こっちは残念ながらCランクなんだ」

「……」


 ……ああ、忘れていた。


「つまり今日の積み下ろし担当はランク外のバイトちゃんということで」

「動きやすい服装って、そういう意味かぁ……」


 ……この人、すぐにバテるChokotto(ちょこっと)ランクだった。以前ひょんなことから目の当たりにした、『50メートル14秒』の伝説的おっそい記録を思い出しつつ、バイト少女は息をついた。




  *   *   *   *




「はあああああああああっ!!」

「……」


 ファームにつき、停車した瞬間に聞こえた奇声。

 ……運転席から降りた配達員は、慣れたように右肩のみをすっと逸らした。


「!! ちゃああああああああッゴ」


 ――ゴン!!


「いや、なんですか今の」


 ――ドキュゴシュ!!

 突然飛び出してきた老婆が配送車の横っ腹に正面激突するのを見ながら、少女はドン引く。自分も運転席側から降りようと足をつけた瞬間の出来事だ。

 配達員は淡々と言った。


「……妖怪ロケットババアだ。君には襲いかからんだろうが気をつけろ」

「ブアッ!! ――ひどいワはっちゃん!」

「はっちゃん!?」


 めきょっと配送車から剥がれた老婆の一言に、配達員は更に色を失った声で返事をかえした。


「……こんにちはマダム」

「マダム!?」


 ――ペチャ!!!

 配達員は衝突をものともしない老婆にしがみつかれながら、よろよろと少女に向き直った。


「……えっと……ここの責任者の矢代(やしろ)いたりさん、通称マダムだ」

「いぇーい、はっちゃんのハニーでぇす★」


 星マークが飛びそうなテンションで挨拶してくる老婆に、少女は言葉を失った。

 これが……『パッと見誰もいない空間と「イケメンの話題」で盛り上がれる、ステキなご婦人』……!


「あの……敵意はないから挨拶してあげてほしい。俺はあまりしたくない……」

「いや敵意どころかむしろ配達員さんに超懐いてますよね、そのおばあちゃん」

「ククク、イケボなのぉ……存在からイケメン臭がするのぉ……」


 小柄な老婆は男性アイドルの推しに出会った少女のように、ぺっちゃり背中に引っ付いている。……ああ、あれはなかなか剥がれない。そして背中に息がハスハス当たってそうだ。


「ほっといてくれマダム……声はさすがに変えられない……」

「あ、配達員さんって最初からイケボなんだ」


 言われなきゃ気づかなかったのだが、確かに聞き取りやすい声はしている。


「ってか、なんか早くも『塩かけたなめくじ』みたいなんだけど、この配達員さん……!?」


 足元がふらふらだ。大丈夫だろうかこの状態。そういえばあれだ、配達員さんって人に好かれるのが苦手な珍生物だった気がする。嫌われてると安心する系の。


「……どうしよう、死ぬ……」


 見えない頬をスリスリされながら、配達員はエクトプラズムを発した。

 大変だ、嫌がりすぎて体内から何か出てやがる。


「がーっ! いないと思ったら!!」


 遅れてやってきたのはツナギのおじさんだった。なんだかくたびれた容姿だ。


「配達はっちゃんの中身ぶちまけるのはその辺にしときぃや、婆さん!」

「フフ、消滅する……普通はこんなことでできないはずなのに消えそう……ああ、走馬灯がみえる……!」

「イケメェン★イヤホォぉぉぉ!!」

「顔も分からんやつにイケメンの気配を感じるんじゃないの婆さん! ああああはっちゃんしっかりしろ、顔色が悪いのだけご丁寧に分かるぞお前!?」


 さすがに部外者極まりない少女は立ち尽くした。――事態がカオスだ。どうしよう。


「あー君が噂のKKから来た子か!? 悪いが早速お仕事してもらおうか! (はよ)ぅ!」

「あ、はい」


 慌てて少女は扉をバタンと閉めた。

 なんだかよく分からないが、一大事だ。


「いいかお嬢ちゃん! このエイリアンを引き剥がすぞ!」

「あの……唯一の生きてる人間が妖怪だの寄生型エイリアンだのの扱いを受けてるこの状況は、いったい何……?」


 ――サーァァ……。


「足ひっぱるぞねー! 大きな声でー! ワンツーまっちょー」

「わ、ワンツーまっちょー!」


「えー……今更だが……そのツナギの人はこの農場の青果担当さんだ……」


 ――サラサラサラ……。


「マダムがここの責任者兼オーナーの生きてる人間なら、青果担当さんは『お化け屋敷』をまとめる実質的なリーダーだな……あ、なんか、気持ちよくなってきた……」


「……いや、マジで透け始めるのをやめながら解説してくれませんか配達員さん!!」

「若干消えとる! 消えとるからお前!! しかもネガティブな理由で!!」



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