表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトライ・ヒーローズ!  作者: ブロッコリー
9/19

ロックンロール・スター/オーガの休日


————回想————


ことの発端は、先程の、ハルとタロウの会話の続きである。


「うーん…だめだ!!考えてても始まらない!」


ハルは突然、空に向かって吠えた。


タロウは驚いて、食べていた米を喉に詰まらせた。


「どうしたってんだよいきなり!?」


やっとの思いで米を飲み込んだタロウは、胸を叩きながら訊ねた。


ハルはさっきまでの暗い顔から一転して、何か確信のこもった表情をしていた。


「タロさん、話を本筋に戻そう」


タロウは、突然そんな事を言うハルに困惑しつつも、「本筋って何だっけ」と記憶を辿った。


「マキナの事だよ。その為にタロさんに相談したんだ」


タロウは「ああ、そうだった」と手を叩いた。


「つってもなあ、ハルの言う通りだよ。考えたってしょうがねえ。何か出来るかって言やぁ、気分転換に散歩するぐらいだぜ」


そう言って天井を仰ぐタロウを横目に、ハルは「なるほど」と頷く。


「じゃあさ、タロさん」


ハルの頭の中で、電球が点灯したような閃きが走った。


気分転換に散歩…そして目の前には、ちょうど休みをもらって、暇を持て余してそうな男。


「マキナと一緒に、『デート』してみない?」


————————


午後、最寄りの駅前通り、コンビニのフードスペース


「なるほどねぇ、で、当の本人(ハル)はどうしたのよ?」


マキナが腕組みをしてタロウに訊ねる。


彼女のファッションは、洗いざらしのシャツにデニムパンツ、その上から丈が地面すれすれまであるミリタリー調のロングコートを腕まくりして羽織るという、お世辞にも『デート向け』とは言えない出で立ちだ。


「『父さんのワンオペじゃあ大変でしょ?店番は私がやっとくから』だってさ」


タロウは肩を竦めると、先程マキナに連れられて入ったコンビニで購入したフライドチキンに齧り付く。


中から肉汁が溢れ出し、タロウの口の端と指先を濡らした。


「うおぅすっげえ脂…ふむふむ、肉に粉や香草をつけて揚げたんだな?ヒビヤさんの作るパンや料理に比べると少々品のない味だが、この暴力的な食感と旨味…癖になりそうだ」


そう言って指先を舐めるタロウに、マキナは「何がデートよ…」と苦笑した。


外の世界を知らないタロウには、マキナを連れ出そうにもどこへ行けばいいかわからず、彼女に行き先の決定と案内を丸投げするしかなかった。


対するマキナもマキナで、同年代の異性と遊ぶ経験など無かった為、どこへ行けばいいのか分からず、とりあえずコンビニに立ち寄った次第である。


「しっかし濃い味だなあ」とぼやきながらも3口程でコンビニチキンを食べ終えたタロウは、脂でギトギトの指をペロペロしながらマキナに問う。


「ごちそうさま。で、次は?どこ行くんだ?」


マキナはそんなタロウを横目で見ながら、溜息をついた。


「あんたねえ…デートってのは普通、男の子が引っ張っていくものでしょうが」


この男に、一瞬でも期待をかけた私が馬鹿だった…って、期待?してたっけ?


タロウはそんなマキナを尻目に、「ふうーん、そうなの」と、何となしに入り口前のゴミ箱付近に目をやった。


すると、そこに座り込んでタバコを吸う改造学ラン姿の2人の若者と目があった。


荒くれ者というのは不思議なもので、どこの世界でも、目つきを見れば互いが荒くれ者と理解(わか)るし、いつだって、メンチの切り合いが開戦の狼煙であるのだ。


「おおう、怖い怖い。跳ねっ返りはどこにでもいるもんだねぇ。ところで小娘、こっちの奴らがよく口に咥えているあの白い棒は何なんだ?」


タロウは、楽しげな表情でマキナの肩を叩き、ヤンキー達の方を指差した。


マキナはちらりと外を見ると、「ああ」とつまらなそうに答える。


「アレは『タバコ』ね。煙を楽しむ嗜好品の一種だけど…あいつら見た所未成年ね。子供が吸うのは法律で禁止されてるわ」


マキナはコンビニの窓から顔だけ出し、更に観察する。


「げっ。しかもあの校章…ウチの中等部の子達ね…今時改造学ランて」


タロウは「ほうほう、悪ガキかあ」と興醒めしたかのように呟く。


そうしているうちにマキナは、自分のコーヒーを一気に飲み干すと、「更生させてやる」と席を立った。


タロウは慌てて「あっ俺も」と追いかけた。


2人はドアを勢いよく押し開けて、そのヤンキー達の前に立つ。


ヤンキー達は「待ってました」と言わんばかりにタロウの方だけを睨んだ。


「オウオウニーチャンサッキカラメンチクレチャッテサコッルァー!」


「ダレダカシンネッケドアンマナメテットイテマウドコルァー!」


ヤンキー達は早口で捲したてる。対するタロウもウキウキで「ああん?」と歯をむき出しにし、応戦しようとした。タロウに彼らの言葉は聞き取れなかったが、ヤンキー同士、言葉よりも声の調子や表情で通じ合うものがあるのだろう。


しかしタロウが大声で威嚇する前に、彼を押しのける様にして、マキナが間に割って入った。


「アンタ達!中等部の子だよね?調子付いてタバコなんて吸いやがって…」


腕組みをして立つマキナに、ヤンキー二人組は「あ?何だこのチビ?」と鼻で笑った。


タロウは3人の真ん中に立つマキナを眺めて、改めて彼女の体の小ささを実感した。


そういや、ハルより身長低いんだよなコイツ…あーあ、これじゃあ威圧感もありゃしねえ。


タロウがそう思った矢先、ヤンキーの片割れが、「ひいっ」と息を飲むのが聞こえた。


彼が隣のヤンキーに耳うちすると、それを受けたヤンキーも、「マジかよ!」と目を見開いた。


そして次の瞬間、2人のヤンキーは、声を揃えてそれはそれは美しいお辞儀をした。


「マキナさん!!オツカレシャーデーッス!!!」


深々と頭を下げて、お辞儀の姿勢のまま体勢を崩さない2人の異様な様子に、タロウは思わず、「どうしたよ?」と声をかける。


最初に悲鳴をあげたヤンキーが、「どうもこうもねえよ!!」とタロウに叫ぶ。


「その背格好、ロングコート…間違いねえ!『高等部の死神』…!『地獄兄妹』の妹…!『親指”特攻(ぶっこ)み”姫』…!『9mm完全被鋼弾(フルメタル・ジャケット)』…数多くの異名を持つスケバン…安東マキナさんじゃねえすか!」


明らかな恐怖を滲ませながらも、絶対にお辞儀の姿勢を崩さずに説明するヤンキーに気圧されながら、タロウは驚愕の表情でマキナの方を見る。


マキナは何か言いたげな表情で目を瞑っていたが、やがて諦めた様に下を向いた。


「…とにかく、お辞儀はもういいから、未成年のうちにタバコなんて辞めなさい」


ヤンキー達はその言葉を聞くと、弾かれた様に姿勢を正し、「アーーーーッス!」と大声で返事した。


彼達は大慌てで懐からタバコの箱とライターを取り出すと、グシャグシャに踏み潰してゴミ箱に捨てた。


それを見届けたマキナが、「よし、行っていいぞ」、と指示を飛ばすと、彼等はこれまた大声で返事をして、キビキビと回れ右して走り去って行った。


「小娘…お前…」


タロウが「ドン引き」と行った表情で口を開く。


「何も…言わないで」


マキナはそう言って目を伏せた。


再々度、気まずい沈黙が流れた。


あたりが静まり返ったことで、タロウの常人離れした聴覚は、不意に、ある音を拾った。


「おい、なんか聴こえねえか?…これは音楽…歌?」


タロウが急にそんなことを言いだすものだから、マキナは呆気にとられて「はあ?」と言った。


マキナにはそんなものは聴こえていなかったが、タロウは困惑する彼女を放ったらかし、「こっちだ」と音のする方へ走って行った。


マキナも後を追って走りだす。


向かう先には、駅のロータリー真下の、ウッドデッキがあった。


この近辺では結構有名な、数多くのストリートミュージシャンが集う場所だ。


近づくにつれて、マキナにも音楽が聞こえてくる。


ありきたりなロックンロールのコード進行だ。歌詞は、…社会に対する反骨だろうか。きっと、若い女の子が歌っているのだろう。


やっとタロウに追いついた頃には、ウッドデッキの人だかりの中だった。


タロウはその人だかりの一部になって、茫然と音楽に聴き入っている。


見ると、スマホで動画を撮っている者、リズムに体を任せている者など様々な人がいたが、誰1人、中央に立つ2人組から目を逸らす者はいなかった。


そんなに魅力的な2人組なのかと気になって、背伸びしたりしてなんとか中央を見た。


確かに、ボーカルは綺麗な顔をした少女だ。派手な色の髪をアップにし、激しく歌う姿は、滴る汗すら美しく見えた。何よりもその歌声は力強く、且つ、誰に聞いても美しいと評するであろうものだった。


ギターを弾く少年は、少女とは対照的に、海藻類を思わせる重い黒髪を目元まで伸ばした、痩身の暗そうな出で立ちだったが、ギターの腕前は、マキナがこれまで聴いたどんなギタリストよりも高かった。


演奏が終わると、盛大な拍手が起こった。観衆は皆それぞれに、小銭や紙幣を彼らの前の空き缶に入れていった。


「ありがとうございます!」と笑顔で応えるボーカルの少女は、歌っている時よりも幼く見えた。


恐らくは、ハルと同年代か少し下だろう。


ふと隣を見ると、タロウがえらく興奮した様子で、腕を振り上げていた。


「すげえ!すげえな!この世界の音楽ってのは!なあ!小娘!」


そんなに良いものなのだろうか。


マキナは、こと芸術というものに関しては、生まれてこのかた、感動したという経験は無かった。


鳴り止むことのない様に思えた声援は、しかし、突然乱入したサングラスにスーツの一団に打ち切られた。


さっきの中学生とは訳が違う、一目見ただけでカタギじゃないと分かる集団が、「どけ!」「邪魔だ!」と、荒々しい言葉で、人混みをかき分けて割入ってきた。


恐らくはその集団のリーダーであろう、スキンヘッドの男が、黒髪のギタリストの眼前まで迫り、投げ銭の入った空き缶を取り上げた。


「へへっノエル君よお、まーだ路上演奏(こんなこと)やってお金稼いでんのかい?大変だねぇ?」


ノエルと呼ばれたその少年は、長い前髪で外界との仕切りを作る様に、俯いたまま言った。


「いや…こっち(ストリートライブ)の方は趣味っすよ…ヘイジさん…利息分なら、先月のバイト代で払い終えたでしょ?」


スキンヘッドの男、ヘイジは、いやらしい笑みを浮かべながら、手に持った缶を振ると、「へえ、結構稼いでんじゃねえの」と、さらに顔を歪めた。


「『利息分』…ねえ。まあウチも、ボランティアで金貸しなんてやってるわけじゃないんでね、君達みたいな、可哀想な子供からでもしっかり取らなきゃいけないもんなんだよ」


ヘイジは「可哀想な」の部分を、殊更に強調して言い、空き缶の中身をひっくり返して、そのまま懐にしまった。


ノエルは、その光景を黙って見ていたが、ボーカルの少女が「あっ!」と声を上げる。


「何してんのよ!そのお金は、私とお兄ちゃんで稼いだお金だぞ!勝手に奪ってんじゃないわよ!!」


どうやら、この2人は兄妹らしい。


タロウは、マキナと共にこの穏やかじゃない光景の成り行きを静観していたが、このスキンヘッドにイラつくと同時に、この黒髪の少年にも苛立ちを覚えた。


彼は、恐怖のためか俯いて一言も発しない。


妹にそんな事を言わせる前に、ガツンと言ってやるのが兄ってもんだろう。


隣を見ると、恐らくはマキナも同じ気持ちの様だった。


「おい小娘、行くぞ」


「おう」


2人は短く言葉を交わすと、騒動の中心へと、人混みをかき分けていった。


「ちょっと!返しなさいよ!私達のお金!」


少女は、大柄なヘイジの迫力に臆する事なく詰め寄った。


「チッ!キーキーうるせえんだよメスガキ!」


ヘイジは声を荒げて威嚇する。野次馬根性で残っていた観客達が、その荒々しさに息を飲んだ。


「何がガキよこのハゲ!」


少女は一歩も引かずに罵声を浴びせる。


「ハゲだとぉ?」


ヘイジは遂に腕を振り上げ、少女に手を上げようとした。


「俺のはスキンヘッドだ…」


怒声と共に振り上げられた拳は、少女に振り下ろされる事なく、背後からの手に止められた。


「!?」


「テメェー…今、妹に…リアムに…何しようとしたぁ?」


ヘイジが振り向くと、その腕を掴んでいたのは、ノエルだった。


先程とは打って変わって、静かに、しかし怒気を孕んだ声と共に、重たい前髪の隙間から、獣の様な鋭い眼を覗かせていた。


「やっちゃえ!お兄ちゃん!」


(リアム)が、子供の様な黄色い声援を送る。


ヘイジは腕を掴むノエルの、尋常ならざる握力に耐えかねて、悲鳴をあげた。


「う…うがあああ!離しやがれ!おっ折れるぅ!」


ノエルは「メキメキ」と音を立てるその腕をさらに締め上げて、低い声で言った。


「あぁ、放してやるさ。放してやるとも…よぉ!」


語尾に力を込めると、ノエルは腕を掴んでいるのとは逆の手で、力一杯ヘイジの顔面を殴りつけた。


細腕からは想像もできない膂力に、ヘイジは易々と宙を舞い、地面に叩きつけられた。


彼は全身の痛みにひとしきり悶えると、背後に控えていたはずの仲間達に声をかける。


「おっお前ら!何やってんだ!とっととぶっ潰しちまえ!」


しかし、誰一人として返事をするものはいなかった。


ヘイジが不思議に思い振り向くと、そこには、彼の部下達を座布団の様に重ねて上に座るタロウと、意識を失った部下の襟を掴み、サンドバッグの如く殴りつけ続けるマキナの姿があった。


マキナが殴っていた男を放り投げ、「あ?」とヘイジの方を睨み付けると同時に、タロウが「あと一人か…」と腰をあげた。


ヘイジが奥歯を「ガチガチ」と言わせながら前方に向き直ると、そこには拳を構えるノエルがいた。


「あ…ああ、わかったよ金は返すから!ゆ、許して!」


ヘイジは後退りしながら懇願する。


ノエルはその情け無い姿を見て、「もういいよ」と目をつぶって腕を下ろした。


そしてヘイジの懐から紙幣と小銭を取り返すと、空き缶に戻してリアムに預けた。


「さっすがお兄ちゃん!最強!」


リアムが無邪気に笑う。


ノエルは満足気にその姿を見ると、ヘイジの胴体に跨り、襟を持ち上げて言った。


「そんなに言うならなあ、金のことは許してやるよぉ…けどなぁ…」


するとノエルは、その場に立ち上がり、右脚を引いた。


「うちの妹に手ェ上げた罪は、許せねぇよなあ!!」


怒声と共に右脚を振り抜くと、「バギィ」という軽快な音と共に、ヘイジは意識を失った。


タロウはその光景を見て、「ひゅうっ」と口笛を吹く。


「なんだ、お兄ちゃん…ノエルって呼ばれてたな。腰抜けかと思ってたが、中々やる奴じゃねえか」


タロウはそう言ってノエルの肩に手を置いた。


ノエルは今更タロウ達の背後に聳え立つサングラス達の山に気が付いたのか、「あんたら程じゃない」と驚愕の表情を浮かべた。


「いや、感謝するぜ。流石にこの人数は俺一人じゃあ厳しかった。なぁ、あんたら何者だぁ?」


タロウは「おう、俺たちはベーカ…」と答えようとしたが、マキナがそこへ割って入った。


「やめなさい。ウチの店に悪い評判が立つでしょう。名乗るほどの者じゃあないわよ。ただ、通りすがりにムカつく奴らをぶっ飛ばしただけ」


「何だよ、自己紹介もしちゃいけねえのか?」


タロウは「むすっ」とした顔で言う。


「お黙り低学歴。客商売は評判がすべてなのよ」


そんな二人のやりとりを見て、後ろで控えていたリアムが、「ふふっ」と笑った。


「面白い2人だね。お兄ちゃん、お礼にさ、4人で食事でも行かない?」


ノエルはリアムの方を振り返ると、困った顔で言った。


「いや、俺も礼の一つでもしたい気持ちなんだが、そんな金は何処にも…」


するとリアムは、いたずらっぽい笑顔で、伸びているヘイジのポケットから財布を抜き取り、数枚の万札を抜き取って言った。


「おっ結構稼いでんじゃーん」


———————


駅前通りのダイニングバー


「なるほど…親の借金ね」


マキナは、アイスティーを啜りながら頷いた。


リアムは事もなさ気に「そっ」と肯定した。


「私が物心つく前にお母さんが死んじゃってね、お兄ちゃんと私でバイトして細々と返してたの」


ノエルは「うんうん」と頷き、口の中のハンバーガーを瓶ビールで流し込むと、「まあ、親なんてよお」と歯を見せて笑った。


「居てもいなくても一緒だったろうよぉ。父親もはっきりしねえ、安風俗(しごと)で拵えた俺たちに、毎日の様に手ェあげる女だ。むしろ、さっさと死んじまって良かったぐらいだ」


タロウはそう言って笑う2人の境遇に、同じく両親が居なく、白い目で見られて育った子供時代の自分を重ねてひどく同情したが、屈託無く笑い合う兄妹の表情を見て、それは野暮だと悟った。


「そっかぁ…」とだけタロウが零すと、ノエルは彼の表情を察してか、「同情なんて要らねえよぉ」と言って、リアムの肩を抱いた。


「それに見ろよタロウ!こんなに可愛い妹と一緒なんだ!俺達ゃ無敵さ!」


酒で紅潮した頬を近づけるノエルに、リアムは恥ずかしがったのか、負けず劣らず顔を赤くして彼を押しのけた。


「ちょっと、ヤダぁお兄ちゃん!人前で恥ずかしいよぉ!」


リアムはそう言って、席を立ってしまった。


「どこ行くんだよぉ」とノエルが手を伸ばすと、リアムは振り返りもせずに「トイレ!」と言って逃げるように去って行った。


「呆れた『兄馬鹿』っぷりだな。見てるこっちが恥ずかしいぜ」


タロウがマキナに語りかける。


マキナはどこか上の空に「いや、ちょっと羨ましい」と答えた。


するとノエルが「いいじゃあねえか」と口を挟んだ。


「これが、最後かも知れねえんだ」


寂し気に言うノエルに、タロウは「ああん?」と片眉を吊り上げた。


ノエルは少し酔っ払った上機嫌な様子で、「いやぁ…」と、ポケットを弄った。


しばらくして、「これこれ、コレやるよ」と机に置いた2枚の紙切れは、ライブのチケットだった。


「ぶっちゃけよぉ、タロウ。リアムのこと、どう思う?」


ノエルは不意に質問する。


話が見えないが、タロウは取り敢えず「どうって…」と答える。


「美人だし、歌も凄かったよ。なんていうか…正直、感動した」


ノエルはさらに上機嫌になって、「だろう?」と笑った。


「実はさ、リアムには、メジャーデビューの話が持ちかけられてんのよ。んで、これ」


そう言うとノエルは、机の上のチケットを指差す。


「今日のライブのチケットな。こいつの出来次第では、リアムにいいマネージャーが付いてくれるってよ!」


得意気に語るノエルに、マキナは怪訝な顔で問いかける。


「デビューって、リアムがデビューしたとして、ノエルは?どうするの?」


「ん?ああ、借金か。心配要らねえさ。この間の振込で、どうにか目処が立ってるんだよ。なぁに、1人で細々やっていけば…」


「そう言うことじゃなくて…」とマキナが言いかけたところで、ノエルの背後から、「どうゆうこと!?」と、割れるような声が響いた。


ノエルが振り向くと、そこには、リアムが泣きそうな顔で立ちすくんでいた。


ノエルは「リ、リアム…?」と、狼狽する。


「なんで黙ってたの!?」


リアムは派手な髪を振り乱しながらノエルに詰め寄った。


「そ、それは、お前が必要以上に気負い過ぎないように…」


ノエルはしどろもどろに答える。


「ふざけないでよ!お兄ちゃんはいっつも勝手だ!私の気持ちも知らないで!」


涙目で捲したてるリアムに、ノエルもついカッとなって声を荒げてしまった。


「何だよ!お前の為を思っての事だぞ!お前だけでもこの地獄から抜け出せるんだ…」


「もう!お兄ちゃんなんか知らない!!」


ノエルの大声に被せるように、更に大きな、店全体に響き渡るような声で叫ぶと、一目散に店を後にした。


残された3人は呆然とし、タロウは少しして、「本当に、よく通る声だな」と呟いた。


ノエルは「クソッ」と悪態を吐き、ビールを煽った。


「そうだよ…リアムは…あいつは特別なんだ…!」


「いや」


マキナが、不意に声をあげた。


「いやいやいやいや、追いかけなさいよ!リアムは、そりゃあ特別でしょうよ!でも、ノエル!アンタも、リアムにとっては特別な存在(おにいちゃん)じゃない!」


そう言うとマキナは立ち上がり、「ほら!」と、ノエルを立ち上がらせた。


走り去った2人を見送った後、タロウは「誰がお勘定すんだよ…」と呟くと、ハンバーガーの残りを口に放り込んだ。


その美味の余韻は、店外から響く悲鳴に掻き消された。


「きゃあああああああ!」


タロウはビールを飲む手を止めると、勢いよく席を立った。


「まったく、本当によく通る声だな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ