キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン/黒い機械鎧
とあるショッピングモールの休憩所
本来ならば、親子連れが多く集まり、買い物の品を確かめたり、次に買うものを考えたり、或いは、友人や家族との取り留めのない会話を楽しむ場所である。
しかし、そんな幸せな日常は、いとも簡単に悲鳴の渦に包まれる。そしてその渦の中心にいるのは『機怪人』だ!
椅子や机、散らばった買い物袋、或いはつまづいて転んでしまった人間さえも押し退け、悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
ある者は子供を抱え、ある者は誰かの名前を呼びながら四方八方へと走る。
『アルマジロードローラー』は、『最大』の機怪人である。
ロードローラーの巨躯に、アルマジロの銃弾さえ弾く鋼鉄の鎧。
2年前、かつての機械帝国皇帝安東ロイドは言った。
「さあ、『機械鎧』との決戦も間近だ!この『最大最強』の機怪人が完成すれば、奴等など蟻の様に容易く踏み潰してくれる!!!」
しかし、この『最大最強の機怪人』は、ついに陽の目を見る事なく、完成を待たずして機械帝国は滅びた。
アルマジロードローラーは考える。自分の存在する理由とは何かと。
圧倒的な力を持ちながら決戦に間に合わなかった自分は、何をして生きていけばいいのかと。
虚しい心で破壊を繰り返していた彼に手を差し伸べたのは、『カメラレオン』達、『新生機械帝国』だった。
彼等は、機怪人の権利を獲得するために、人類に反旗を翻そうとしていた。
「ボクの生の目的は、破壊する事!破壊する理由は、同胞の為!」
アルマジロードローラーの眼には、既に迷いはない。彼の心は今、誇りに満ちていた。
「道半ばで倒れたカメラレオンさんとクラブラインダーさんの為、ボクが!『新生機械帝国』の悲願を達成する!」
アルマジロードローラーは雄叫びをあげると、目の前の人間を全て踏み潰す為にその凶悪な前輪を起動させた!
人々はその不気味なエンジンの重低音に、一層恐怖を募らせる。
地鳴りを響かせながら迫るローラーを前に、逃げ遅れた少女が1人。
年端もいかないその少女は、迫り来る圧倒的な現実に、もはや泣き叫ぶこともせず、ただ、立ち尽くしていた。
母親の姿はここには無い。先に死んでしまったか、彼女を置いて逃げたか。
いずれにせよ、少女は許容上限を超えた絶望に包まれ、最早、眼前の死を受け入れようとしていた。
アルマジロードローラーの歪んだ正義が、少女を押し潰そうとした正にその時!突然、その怪物マシンの動きが止まった!
少女とローラーの間に突如として現れた巨大樹が、その動きを堰き止めたのだ!
そして、誰かの暖かい腕が、少女を優しく抱き上げた。
「お嬢ちゃん、『もう、どうしていいかわからない』って顔してるね。こういう時はね、大きな声で呼ぶんだよ。『勇者』の救けを!」
少女は、その優しい声の主を見上げた。
透き通る金髪に蒼い目、少女の目には、まるで絵本に出てくる王子様のように映ったであろう。
その声の主、ウィルは、少女そっと地面に下ろすと、優しい声で語りかけた。
「怖かったね。もう大丈夫!僕はとっても強いからね。さあ、早く逃げて!」
少女は安堵と恐怖が綯い交ぜになり、困惑した表情で言った。
「えっと…あの…こわくて、うごけないの!」
少女がようやく絞り出した声に、ウィルは笑顔で応えた。
「そっか…そんなに怖かったのに、今までよく耐えたね」
そう言うと彼は、地面に掌を向け、呪文を唱えた。
「ヴィネア・モビング」
すると、アスファルトが隆起し、瞬く間に植物の蔓が芽吹いた。
蔓は意志を持った生き物のように動き、少女を優しく包むと、そのままウィルから遠くへ向かうように動き出した。
ウィルは魔法が正常に機能している事を確認すると、アルマジロードローラーに聖剣『ドラコ・サンクトゥス』を向ける。
「おうじさま!かいじゅうをやっつけて!」
彼の背に、少女の応援が聞こえた。
彼は遠ざかる少女の声に、背中越しに応える。
「もちろん!だけども、僕は王子様じゃない…勇者様だ!」
ウィルは雄叫びと共に、召喚した巨大樹に飛び乗ると、アルマジロードローラーの本体と思われる、上半身の部分に斬りかかった!
金属同士が擦れ合う、鋭い音が鳴り響く!
しかし、アルマジロードローラーには、傷ひとつ付いていなかった。
「硬いな!デカブツ!」
ウィルはそのまま聖剣で連撃を与えるが、敵は微動だにせず全ての攻撃を受け切って見せた。
「ふふ!その鈍では、ボクの甲皮は破れない!」
アルマジロードローラーは不敵に笑う。
「じゃあ、こういうのはどうかな!?」
突然、アルマジロードローラーの車体が、宙に浮いた。
「何だ!?」
後輪を見ると、そこには、『鬼人』のタロウがいた。
タロウが全身の筋肉をフル稼働させ、アルマジロードローラーの車体を持ち上げている!
「う…おああああ!!」
筋繊維の一本一本が軋み、体が悲鳴を上げている。しかし、通常ならばいくらタロウの力と言えども、ロードローラーを持ち上げる事など出来ないはずだ。
では何故、そんなことができているか?アルマジロードローラーの疑問に、ウィルが答えた。
「『重量操作』!僕の大地の魔法は、自然のモノならばどんなモノでも支配下における!」
タロウは渾身の雄叫びと共に、敵を投げ飛ばした!
強烈な衝撃と地鳴りが響き、アルマジロードローラーは眼を回して倒れた。
巻き起こる土煙の中、ウィルとタロウはその巨躯へ向けて歩みを進める。
「ウィル!子供を逃したのは良い判断だった。派手なことがやりやすくなったし、何より、子供は俺を怖がるからな」
「気にしてたんだ…確かにその姿は少し怖すぎるな」
タロウはウィルの歯に衣着せぬ物言いに心を痛めながらも、アルマジロードローラーを見上げて、少し考えた。
「ウィル…ハルに聞いたんだが、この『機怪人』って奴らは、『センターギア』ってのを破壊しないと、いつまでも動き続けるらしい」
ウィルは、「ハルって誰だろ」と問いたい気持ちをこらえ、「ふむ」と顎に手を当てた。
「それは何処にあるんだ?」
単純な疑問を口にするウィルに、タロウは頭を横に振って答えた。
「わからない」
2人の相談は続く。
「じゃあどうする?」
「全身を切り刻む」
「どうやって?僕の聖剣でも攻撃が通らないぞ?」
「そうだな…色々試そうぜ。まあ、先ずは『熱』だ…!」
タロウそう言うと、両掌から、先程ウィルと対峙した時に見せた、刀を模した『骨角』を生成した。
その刀身は灼熱を纏い、熱によって陽炎を引き起こした。
ウィルはそれを見て頷くと、「じゃあ僕は…」と、聖剣を鞘に収める。
「フェッロ・スピニアム」
彼がそう唱えると、地面や空気中の土埃から鉄分が集まり、彼の両手を覆った。
それは瞬く間に鉄塊を形成し、円錐の形をとった。
続けて彼は、「ターボ」と唱える。
すると、彼の両腕を覆った鉄の棘は回転を始めた。
「…削り穿ってみよう」
2人は悠々と標的に近づく。
そうしているうちに、アルマジロードローラーは、意識を取り戻した。
ひっくり返って身動きの取れない彼の目に映るのは、2人の死神の姿である!
「よせ!や、やめろ!近づくな!殺さないでくれ!!俺には大義が…やめやめやめあああああああああ!!!」
彼の叫びも虚しく、2人はアルマジロードローラーを無慈悲にも切り刻み始めた!
ウィルの『鉄の棘』は彼の甲皮を削り穿ち、タロウの『灼骨刀』は細胞組織を炭化させたそばから破壊した!
最早、一瞬の出来事である。
残ったのは、バラバラになったアルマジロードローラーの残骸と、瓦礫の山だけだった。
「見ろよウィル!俺の『灼骨刀』の方が破壊範囲がデカい。恐らく俺がセンターギアを破壊したな」
タロウは敵の残骸を指差して言った。
ウィルは対抗するように肩を竦める。
「ふんっ!よく見ろよタロウ。僕の方が細切れにできてる」
「大きさは関係無いんじゃねえか?」
「何を?さっきの決着をここで付けてやろうか?」
そんな調子で水掛け論を繰り返しながら、もはや瓦礫の一部となった機怪人の残骸の上を歩く2人の耳に、不意に、悲しげな声が届いた。
「また…兄弟が壊されてしまった…」
何よりも2人が戦慄したのは、歴戦の戦士であるウィルとタロウをして、言葉を発するまでの間、一切の気配を悟らせなかった事である。
土煙の中、アルマジロードローラーの残骸の上に跪き、その欠片を大事そうにポケットに入れたその人影は、タロウ達の方を向くと、拳を顔の横に構える動作をした。
「変身」
その言葉に呼応したように、曇天の空は雨粒を落としはじめた。
雨は土煙を抑えつけ、その人影をハッキリと視認させる。
「機怪人の反応があったから来てみれば…君達は、異世界からの異物だね?」
落ち着いた低い声の感じから、その正体が男である事は確実だった。
タロウは、その姿に目を疑った。
漆黒の鎧は雨に濡れて光り、薄暗い空模様が紅いラインを強調した。甲虫を思わせるデザインの、二本のアンテナの生えたフルフェイスヘルメット…タロウがよく知る『機械鎧』と瓜二つの姿が、そこにあった。
「マキナ…じゃあねえよな…?何者だ?」
タロウは即座に臨戦態勢をとった。
その『黒い機械鎧』は、タロウの質問に答えようともせず、一方的に語りかけた。
「君達は危険だ…マキナに、人類に近づくな」
そう言うと彼は、左腕の腕時計のようなデバイスを操作した。
タロウとウィルがその強大な殺気に気が付き、防御姿勢を取ったのも、既に手遅れの対応であった。
瞬間、2人が見たのは、自身に迫る、無数の拳!
衝撃が、遅れてやってくる!!
「バスター・ブロウ・フィニッシュ」
さらに一瞬遅れて、音声が追ってきた。
「ぐおおおおおおおお!!」
2人には、『黒い機械鎧』がその場から動いたようには見えなかった。しかし2人は、刹那の内に無数の連打により吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
音が遅れて聞こえたと言う事はつまり、『黒い機械鎧』が音速を超えて移動したと言う事である!!
「この2年間、君達『超越者』に対抗できるよう、ひたすら牙を研いできた…これで立証された…君達は、僕に勝てない」
『黒い機械鎧』はそう言い残すと、雨の中に消えて行った。
残された2人は、互いに支え合い何とか立ち上がると、顔を見合わせた。
「ウィル…何だったんだあいつは…もしかして知り合い?」
タロウが腹をさすりながら、ウィルに尋ねる。
「うう…君の方こそ、こっちの世界に詳しいのは君の方だろう?」
ウィルもまた、うめき声をあげながら掠れた声で答えた。
2人はしばし俯くと、同時にへたり込んだ。
「クッソ痛え…とんでもねえ強さだったな」
「ああ、不意打ちとは言え、全く反応できなかった…しかし何の前置きもなく攻撃してくるとは、治安の悪い世界なんだな、ここは」
タロウは、そう呟くウィルの表情を見て、「おいおい」と笑った。
「ウィルよ、そんな事言いつつ、随分と楽しそうな表情をしてるじゃないか」
タロウの指摘を受け、ウィルもまた、自らの顔に手を触れながら笑った。
「そう言うタロウだって、ニヤつきが抑えられてないぞ?」
「くく…わかるか?いや、お前もそうだろう?」
「ああ」
2人は笑い声を押し殺す。
これはもう、性分だ。
世界を救った。目的を果たした。
最強の敵を打ち破り、彼らの物語は終焉を迎えたかに思えた。
しかし今、彼らの前に広がるのは、完全なる未知の世界。
最初こそ、平和で、手に余るような脅威もなく、『退屈』を感じていた所に、それを打ち破る『強敵』が現れた。
彼らのような人種は、こういう状況を前にして、口を揃えて言うのだ。
「ワクワクする」と。
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数十分後、ベーカリーカグラ
タロウがウィルと別れ、痛む身体を引きずってトボトボと店の入り口まで帰る頃には、既に日が傾きかけていた。
「あ〜疲れた…」
ウィルにめんたいフランスを与えたは良いが、自分の昼食の事はすっかり忘れていたタロウは、既に疲労と空腹に苛まれてヘトヘトだった。
店に入ると、マキナが頬杖をついて待っていた。
マキナは、店のドアを開けたのがタロウだと認識するや否や、「ガタッ」と勢いよく立ち上がった。
マキナはしばし口をパクパクとさせ、何かを言おうと色んな表情を見せた後、小さく「…おかえり」と言った。
「それだけかい」
タロウは店の為にここまで頑張った自分への労いひとつ無い事への不満を込めて毒づいた。
マキナはそんなタロウから目を逸らす様に、斜め下を見て口を尖らす。
「な、なによ。なんか文句でもあんの?それより、万引き犯は?捕まえた?」
マキナの問いかけに、今度はタロウが目を逸らす番だった。
タロウは「むぅ」と唸ると、「実はな、かくかくしかじかで…」と、事のあらましを説明した。
説明が終わると、マキナは片眉を吊り上げて「はあ?」と素っ頓狂な声をあげた。
「待って待って…理解が追いつかないわよ…犯人が魔術師で?ちょっと、作り話にしても、もう少しマシなのを…」
「いやいやいや、ホントだってのよ。ほら、証拠に」
そう言うとタロウは、ポケットの中を探り、ウィルから別れ際に譲り受けた、コインを取り出した。
「ほれ、この金貨、ウィル曰く、『緊急のことだったとは言え、タロウの店には悪い事をしたね。こっちの通貨はわからないが、公国発行の一番価値のある硬貨だ。うん、あれだけ美味いモノなんだから、これぐらいはするだろう。受け取ってくれ』らしいぜ?」
マキナは上目遣いにタロウを睨みながら、「何?こんなもの、ゲーセンのコインじゃあないの?」と、それを受け取った。
しかしコインを手に取り、その重さ、表面の加工を分析した瞬間、マキナは驚愕して言葉を失った。
「これ、…純金だ…」
固まるマキナを見て、タロウは満足気に「な?」と腕組みをする。
マキナはドヤ顔のタロウと掌の純金コインを、何度も頷く様に交互に見つめ、少し考えた後、「ふう」と溜息をついた。
「良いわ、信じてあげる」
マキナは不満気にそう言うと、突然、レジカウンターの下から、数種類が袋詰めされたパンを引っ張り出し、タロウの目の前に突きつけた。
「なにこれ」
タロウが目を白黒させていると、マキナは目も合わせようとせずに、「むすっ」とした表情で言った。
「余り物のパン…余り物だからね、あくまでも。えと、だから、お昼、まだでしょう?その、つまり…『お礼』」
しどろもどろに言葉を吐き出すマキナに、タロウは「え?なんて?」と怪訝な顔をした。
マキナはじれったくなり、「だからあ!」と、声を荒げる。
「お礼!とにかく黙って受け取りなさいよ!」
マキナはそう言って袋をタロウに押し付けると、背を向けてしまった。
「お、おう…よくわかんねえけど、ありがとな。丁度腹が減ってたんだ」
タロウはそう言って、袋から無造作に取り出したパンに齧り付き、「うん、美味い」と洩らした。
「そ、そう?それは良かったわね。なら勝手に食べればいいじゃない?どんどん、ほら」
背中越しにそう答えるマキナに、タロウは口にパンを入れたまま、「あっそうだ」と言葉を投げかける。
「さっきの話の後なんだが、お前の『機械鎧』によく似た、黒いヤツが現れてな…」
その話を聞くや否や、マキナは素早く振り返り、今にも齧り付きそうな勢いでタロウに詰め寄った。
普段、顔色を変える事の滅多にない、表情の乏しい安東マキナが、目を見開き、血相を変えているものだから、タロウは気圧され気味に「な、なんだよ…」と後ずさりした。
マキナは、絞り出す様な声で言う。
「その話、詳しく教えて」
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『機械帝国』アジト
『機械帝国』2代目皇帝・安東マサトは、ディスプレイに囲まれた薄暗いアジトの中、1人高ぶる感情を抑えきれずにいた。
「あああああああ!もどっかしい!!」
彼は白衣を翻しながら、その端正な顔を歪め、両手を振り回して叫び声をあげていた。
お茶汲みに来た機怪人『シュリンプライヤー』は、その声を聞きつけて、思わずお盆に乗せた緑茶とおかきを零しそうになる。
「ビックリさせないでくださいよ新皇帝…ただでさえ物が掴みにくい手なのに…何があったんです…?」
シュリンプライヤーは自身のプライヤーのような形状をした右のハサミを悲しげにプラプラさせながらぼやく。
マサトは眉間に皺を寄せたまま振り向くと、シュリンプライヤーの肩を掴んで前後に揺すりながら、早口で訴えかけた。
「最近また妹が襲われたそうじゃないか!どうなってんだ君らの残党はぁ!確かにあの時は自由に生きるべきだとは言ったが、人を襲えなんて言ってないぞ!」
シュリンプライヤーは、その甲殻類特有の表情の読めない真っ黒な瞳を困らせて、マサトの言葉に返答した。
「まあ…新生機械帝国もアイツらなりに、この社会で生きていくために必死なんでしょうよ。多少活動が過激になるのも、そもそも新皇帝…『機械鎧』とその仲間達が僕らを壊して回ったって言う背景もありますし…」
マサトは「ぐぅ…」と気まずそうに唸ると、シュリンプライヤーの肩から手を降ろし、頭を掻いた。
「…だからこうして、君らに協力してるじゃないか…人間との共存だって、荒唐無稽な夢って訳でもないんだ…」
シュリンプライヤーは、そう言って肩を落とすマサトを見て、「ふぅ…」と溜息をついた。
「や…新皇帝…貴方の真っ直ぐさは、元々敵だった僕らが1番分かってますから、僕含め、こうして貴方の下に集った仲間達もいるじゃあないですか…おかき食べます?」
シュリンプライヤーは武器になっていない方の左のハサミでお盆のおかきの皿を掴むと、慰めるようにマサトに差し出した。
マサトが「あ、ありがと」と皿の中の一粒を受け取ると、シュリンプライヤーは自身もおかきを一粒摘み、その皿をお盆ごと机に置いて、マサトの方に向き直る。
「ポリポリ…(咀嚼音)…で?何がもどかしいんです?」
マサトはサイド困り顔を見せると、口の中におかきを含んだまま腕組みをして答えた。
「いや、いくつか原因はあるんだ。そもそも僕は、マキナには闘いから離れて欲しい…闘いのために生み出された存在ではあるが、『心』を持ってるなら、自分の生きたいように生きるべきなんだ」
「僕らにも言ってましたね、その言葉」
「全ての命に与えられた平等な権利だよ」
マサトはシュリンプライヤーが運んできた緑茶を「フーフー」と吐息で冷ましてから啜り、一呼吸置いて再度喋り出した。
「そこで僕を悩ませているのが2つ…先ずは『新生・機械帝国』、そしてもう1つ…」
「あの、『タロウ』とか言う男ですか」
「そう…それなんだよ。…どうにも『また』異世界から来たモノらしい…しかも『超越者』だ……この間見に言ったらもう1人いたぞ」
マサトは部屋に並べられたディスプレイの1つに軽く手を触れ、あるグラフを表示した。
「初めは細菌や微生物程度だった…しかし遂に人間ほどの大きさのものが入ってきた…『ゲート』は確実に広がっている…」
シュリンプライヤーはグラフを睨み、深刻な顔で頷いた。
「僕ら『機械帝国』の真の目的にも関わってきますね」
「…奴らは、ただの『超越者』じゃない…僕の父…先代皇帝が言っていたように、異世界からの因子が人類の破滅を招くんだ」
マサトは「そこで」と、言葉を切ると、恥ずかしそうに目線をそらした。
「マキナに会ってこの事を直接伝えたいわけだが、うん…どうにも気まずくて会いに行けない…」
シュリンプライヤーはその言葉を聞くと、ガックリと肩を落とした。
長々と説明しといて、結論はそれかい!
2人の会話が途切れたところで、部屋の奥、設置された鉄格子の向こうの暗闇から、数人の声が聞こえるようになった。
「ここから出してくれ!」「ごめんなさい」「何が目的なんだ!」「殺すなら殺せ!」「子供がいるんです」「ごめんなさい」「お腹が空いたよう」
口々に叫ぶその声に、マサトの心が痛む。
僕はこれから、この救いを求める人たちの中の何人かを、殺さなければならない。
マサトは彼らに歩み寄り、その恐怖に染まった瞳を確と見た。
「ごめんなさい…もう少ししたら検査が始まります………運が良ければ、無事に帰れますので、それまではどうか我慢していてください」
唇を噛み締めるマサトを余所に、シュリンプライヤーはディスプレイの1つを眺める。
このディスプレイは、ナノサイズの機怪人『ネットワークラゲ』と直結していて、常にリアルタイムで情報が更新されている。
画面には、『新たなゲート発生』と、警報が流れていた。