スタンド・バイ・ミー/1人じゃない
チャイムの音が学校中に昼休みを告げ、多くの生徒が席を立つ中、マキナは両手を放って机に伏した。
「はぁ…朝からバタバタして疲れたわぁ」
独言て溜息をつくマキナの元に、勢い良く馳せ参じたのは、やはりハルだ。
「ねえ!マキナちゃん!やっぱり、異世界転生だと思うの!」
マキナはハルの突飛な発言に、「いつものことだ」と半ば呆れながらも、一応は聞く姿勢を見せた。
「……どういうこと?」
するとハルは、嬉々として手元の文庫本をマキナの前に突き出した。
「この本によるとね!転生者の特徴としてまず、『めちゃくちゃ強い』、『知識はないのに何故か言葉が通じる』とかあってね!まさに今朝のタロウさんそのものじゃないかな!」
「ハル…授業も聞かずに何考えてんのよ」
そうは言いつつも、マキナは、早口で繰り広げられるハルの仮説に対し、「一理あるかも」と思い始めていた。
明らかに私達とは異なるシステムの変身、あの口ぶりにあの格好。たしかに、異世界から来たと言われれば納得できてしまう…
「やっぱりいいよね異世界転生!夢があって!私も早く小説家デビューしたいなぁ…」
マキナは、ハルの言葉に虚を突かれた思いをして、頬杖をついていた掌から、カクンと滑り落ちた。
「あれ?パン屋さん継ぐんじゃなかったの?」
「えー実家もいいけど、ほら、なんていうか、生まれた時から決まってる道なんてのは、反発したくなるものでしょ?」
ハルはあっけらかんとしている。
これは驚いた…当然ハルは実家を継いで、私に一生パンを作り続けてくれると思っていたのに…父親が聞いたら、卒倒するだろうな。
マキナは、「うーん、そんな未来もいいかもねえ」と、窓の外を見る。
彼女の描く未来に、私は共に居られるだろうか。
そんな事を考えていると、ふと、中庭の騒がしさが気になった。
昼休みともなれば、そこは青春を謳歌せんとする中等部と高等部の生徒達で賑わうものだが、何やら今日は、異常な騒がしさだ。
「嫌な予感がする…行ってみよう」
マキナはそう言って勢いよく席を立つと、今まさにお弁当のおにぎりを広げようとしていたハルの手を掴み、中庭へと駆けて行った。
現場に降りると、そこは既に逃げ惑う人々でパニック状態になっていた。
マキナたちは、人の流れに逆らって、騒ぎの中心へと走り寄る。
「何?これ…?」
逃げ惑う生徒達を掻き分ける中、マキナは、その中の何人かが、動きを停止していることに気がついた。
怖くて腰が抜けたとか、足が震えて動けないとか、そういうことじゃなく、実際に、逃げ惑う姿のままで固まっているのだ。
予感は確信に変わる…機械帝国だ…!
マキナはさらにスピードを上げた。
数秒走って、校門付近。
そこには、多くの生徒が彫像の様に固まっている異様な光景があった。
生徒たちの表情は悉く恐怖に歪み、その場から逃げようとする様に手足を放り出した状態であった。
マキナは、その中心に佇む機怪人に、鋭い声を投げかける。
「そこまでだ機怪人!貴様ら小虫のようにしぶとく現れやがって!今日確実に潰してやる!!」
『バスター・ガングローブ』を構え、大声で凄むマキナの視線の先には、カメレオンのような姿に、顔面の右半分をカメラの意匠で覆った機怪人が立っていた。
上級怪人…ラッキーだ…!
マキナは、冷や汗をかきながらもニヤリと笑った。
「げっげっげ!私の名前は『カメラレオン』!!安東マキナよ!貴様何故戦う!?」
カメラレオンは長い舌をベロベロと伸ばし、巨大な眼をさらに見開いてマキナに問う。
マキナはその問いに即答した。
「亡き兄の為!機怪人は皆殺す!それだけの事だ!」
カメラレオンは不敵な笑みを浮かべる。
「げげっ!『兄の為』ねぇ…ならば私達『新生機械帝国』には勝てないなあ!私達の掲げる大義の為、礎となるがいい!」
「人を傷つける大義など!」
マキナはそう言うと、『バスター・ガングローブ』を腕に嵌め、フロッピーディスクを挿入した。
「変身!!」
鋭い回転音とともに、マキナの前方にホログラム表示が現れる。
『15%…33%…99%』
『…100% Hello,World!』
マキナは走り出し、ホログラム表示を全身で突き破った。
その瞬間、そこには既に少女の姿は無く、紺色の鎧に身を包んだ『機械鎧』の姿があった。
「ガントレットモード!」
左腕の武装が、音声認識によって近接用の形態へと変化する。
カレメラレオンの対応は柔軟だ。懐に飛び込もうとするマキナを、長く強力な舌で牽制!
しかし、鞭の様にしなる舌を躱しながら、マキナは着実に敵の懐へと潜り込んだ!
「ふっ」と短い息とともに、鋭い右のジャブを繰り出す!
カメラレオンはスウェーバックでその一撃を躱すと、次の瞬間、景色に溶け込む様に姿を消した。
「カメレオンだけに、透明になれるのね!」
マキナは空振りから体制を立て直し、構えを小さくしてガードを固める。
「いくらガードを固めようが、見えない攻撃に対処のしようがあるまい!」
カメラレオンはマキナの延髄を狙い、背後から蹴りを放とうとしていた。
しかし次の瞬間、マキナはその攻撃を予期していた様に振り向くと、カウンターの要領で敵の顎にガントレットの一撃を入れた!
「何故見える?」カメラレオンの脳裏に、疑問が浮かんだ。
マキナはカメラレオンが透明になった瞬間、機械鎧のサーモセンサーを起動していたのだ。
完璧なカウンターを決めたマキナは、手首をプラプラと振ると、マスクのサーモグラフィー越しに、倒れこむカメラレオンを見た。
何やら、自らの後頭部に手をやっている。
マキナがその行動の意味に気がついた時には、既に遅かった。
カメラレオンは不敵に笑い、「奴は既に勝ったと思っている…シャッターチャンスだ!」と、心の中で勝ち誇った。
カメラレオンは頭部のシャッターを切った。
「パシャリ」とフラッシュが焚かれ、カメラのレンズは確実にマキナを捉えた!
瞬間、マキナは動きを止める。否、拳を振りかぶった状態で、指一本も動かす事が出来なくなってしまった。
マキナはその状態のまま、状況を分析する。
これが奴の能力…!あの光を浴びせることが発動条件か…!?だとしたら何故逃げ延びた生徒があれだけいる…?何か穴が…
マキナは思考を巡らせる。しかし、状況を判断するだけの材料が圧倒的に足りない!
カメラレオンは、指一本動かせないマキナに、悠々と近づく。
「美しい…写真とは、世界を切り取る芸術だ…」
カメラレオンはマキナの目の前で立ち止まり、その頬を鎧越しにそっと撫でる。
マキナは、背筋がゾッとする感覚を味わった。
「静止した世界では、其の物の本質が浮き彫りになる…人間は、なんの目的もなく産み出された、ただのタンパク質だ…」
口を動かすことができないため反論はできないが、マキナの目は怒りに燃え上がった。
人間は、生きてこそ美しい。未来が白紙だからこそ、無限の可能性を秘めているのだ。
機怪人はいつも、そんな素晴らしい生き物を踏みにじる!私はそれが許せない!
カメラレオンは一通り喋り終えると、拳を振り上げ、マキナの腹部に正拳突きを与えた。
「そしてやはり、我等機械の素晴らしさが再理解…!我々は明確な目的を持って生まれた!生まれついての役割がある!君もそうだろう『機械仕掛けの姫君』デウス・エクス・マキナァ!!」
強烈な一撃!上級怪人は腕力もまた上級!マキナは数メートル先まで吹っ飛ばされ、植え込みに沈んだ!
「ぐ…その名で呼ぶな…」
マキナは呻きながら立ち上がろうとする。その時、植え込みの中に隠れた腕にのみ自由が戻っていることに気がついた。
マキナは未だ動けないようなふりをして、状況を整理する。
カメラ…フレーム…「切り取る」…そうか!奴の能力は、カメラに写した範囲にのみ有効!
理解してからのマキナの行動は早かった。動かせる上半身のみを使い、器用に植え込みの中に全身を隠す。
「さすが姫君!腕だけの姿勢でこれほどの動きを!」
カメラレオンは狼狽えない!
思考とともに、突き出た目玉をぐるぐると回す。
見切られたか…!しかしこの距離!またすぐにシャッターを切ってやる!
「連写モードだッ!」
フラッシュとシャッター音の連続!
何時、何処からでも出て来て善い!その瞬間がお前の最後だ!
「どうしたどうした!恐れをなして出てこれないかあ!?」
カメラレオンの煽り文句が炸裂した瞬間!刹那!その足元に異様な隆起!
地中を掘り進み飛び出したマキナが、カメラレオンの下顎にアッパーカットを見舞う!
「見誤ったわね上級!『機械鎧』の腕は、ドリルにだってなるんだから!」
「ガチン!」と左腕の高速回転を停止して、マキナは勝ち誇った表情を浮かべた。
カメラレオンは呻き声を上げながら、苦し紛れに後頭部のシャッターに手を伸ばす。
しかし、マキナは一瞬早く、右掌でレンズを塞いだ。
「貴様の能力は見切った!腕の動きにさえ気を付けていれば、その術中にはまることはない!」
マキナはそう言い放つと、マウントポジションのまま追撃を加えようと、拳を振りかぶる。
「待てい!」
命乞いではない、核心のこもった大声が響く。
突然、カメラレオンが懐からタブレットpcを取り出し、マキナの眼前に突きつけた。
マキナはその画面を凝視し、ピタリと動きを止める。
画面に映し出されているのは、裏門側、初等部の校舎近くだ。
画面にに映り込む校舎には、大勢の児童が、正門の騒ぎを聞きつけて教室に待機している。
マキナの目線は、その見慣れた光景における一点の異物に注がれる。
校舎の手前、グラウンドの中央に、一体の機怪人が配置され、「いつでもいけるぞ」と言わんばかりに、凶悪な両手の武器を光らせていた。
カニのような頭、甲殻類特有の厳つい装甲に、右手にカニのハサミ、左手は、金属のグラインダーの様な形状だ。
「げっげっげ…私にいつまでも構っていて良いのかな…?『クラブラインダー』のハサミは、子供の首など一瞬で撥ね飛ばせるぞ…」
邪悪な笑みを浮かべるカメラレオンに、マキナはマスク越しに憎悪の視線を送りながら奥歯を噛み締め、隙間から漏れ出る様な声で罵倒した。
「貴様ぁ…!子供を人質にするとは…!卑怯者め!」
カメラレオンはなおも醜悪な笑みを崩さない。それどころか、更に煽る様なセリフでマキナを揺さぶる。
「私にとっては、全ての人間は等しく劣等種!しかし安東マキナ!あなたは違う…」
「何が望みだ…?」
マキナは今すぐにでもこの下衆を葬り去りたいという激情を抑えつつ、震える声で聞いた。
「あなたの命と引き換えだ!そうすれば、あの子供たちは我々の大義のための人質として有効活用して差し上げよう!…まあ、素質のあるものは、機怪人に改造してあげてもいいがね!」
マキナは拳を固めたまま硬直した。
「クズめ…ッ!」
マキナは逡巡する。
子供たちの命を見捨てるわけにはいかない…しかし、私がここで死ねば、誰が機械帝国と戦える…?
兄なら…先代『機械鎧』安東マサトならば…どう切り抜ける…?
「くっそぉ…」
マキナは、心の底から悪態をつくと、諦めた様に拳を下ろし、『バスター・ガングローブ』からフロッピーディスクを抜いた。
『shut down』
無感情な電子音声が鳴り響き、『機械鎧』の姿は瞬く間に消え、少女の姿が現れた。
「わかった…」
マキナが重い口を開き、「…私の命をさし出そう」と続けようとしたその時、何処からか、そのセリフを遮るように声が響いた。
「わからねえなあ!」
マキナが、カメラレオンが、その声の主を探した。
風が吹き、校庭に植えられた高い杉の木が揺れる。
舞い散る木の葉の揺れと共に、その男の着流しの袖も揺れた。
振り返ったマキナの瞳に、その男のシルエットが映る。
杉の木の天辺、太陽を背に、男は立っていた。
「タロウ!」
マキナはその男の名を呼ぶ。
タロウは軽業師の様に木から飛び跳ね、宙返りして静かに着地した。ふわりと、着流しの裾が遅れて着地する。
「小娘!只者じゃぁねぇたぁ思ってたが、そんな厳つい鎧で闘ってたとはなあ!」
「何しに来た!」
「何者だ!」
マキナとカメラレオンの声が重なる。
タロウは耳を抑え「うるせえなぁ」と顔をしかめた。
「声が重なって聞こえにきぃから!一方的に喋るぞ!」
彼の無茶苦茶な物言いに、2人はぽかんと口を開ける。
「小娘ぇ!てめぇ、ヒーローなんだってなあ!なら、ヒーローの条件ってやつを教えてやる!」
マキナはただただ困惑し、カメラレオンは対照的に激昂した。
「狂人か!?訳のわからんことを!」
カメラレオンは長い舌を高速で射出し、タロウを狙った。
音速に近いスピードで迫る舌は、正に柔軟なダイヤモンドカッターに等しい!
しかしタロウは、掌から研ぎ澄まされた白い骨を伸ばすと、自身に迫る舌を一刀の元に斬り伏せた!
「げぇ!」と、カメラレオンが呻き声をあげる。
「一つ!ヒーローならば!自分の命を投げ出すな!」
タロウはそう叫びながら瞬く間に距離を縮めると、横たわるカメラレオンの顔面めがけて、強烈な蹴りを放った!
サッカーボールの様に転がるカメラレオン!
タロウは短く息を吐くと、マキナの襟首を掴み、無理矢理引っ張り起こした。
タロウは「ぐいっ」と顔を近づけると、カメラレオンの能力により、恐怖の表情を浮かべたまま身動きが取れなくなっている数人の生徒の方を指差し、マキナの目を見据え、低く、力強い声で言う。
「…ヒーローならば、あいつらの絶望を、1つ残らず希望に変えてみせろ…!そして、よく見ろ。お前の背負っている物、…大事な物は何だ?」
彼は吐き捨てる様にそう言うと、マキナを突き放した。
マキナの事情を半分も知らず、しかも、出会って間もないこの男の言葉が、しかし、だからこそ、マキナの心にしっかりと刺さった。
「好き勝手言いやがって…」
マキナは、俯いたまま呟く。
お兄ちゃんの背中を追うあまり、周りが見えなくなっていたのかもしれない。
私は、ただお兄ちゃんの真似事をしていた訳じゃなかった。
お兄ちゃんの後を継いで、みんなを守る『ヒーロー』になったんだ!
マキナは顔を上げ、ぐるりと周りを見渡して、深呼吸をした。
眼前には、倒すべき敵。背後には、逃げる事もままならないまま、その場に固められた同級生や後輩たち。
やるべき事…私がお兄ちゃんから受け継いだ役目は、独りで戦って、無駄死にする事ではない。守護るべき人々を!その笑顔を!守護る事!
「ごめんね皆…もうちょっと待ってて…私、諦めないから!」
カメラレオンはよろよろと起き上がり、マキナを睨みつける。
「げげ!伏兵とは考えたな安東マキナ!」
タロウはその言葉を鼻で笑い飛ばした。
「伏兵?違うな!俺はただ、通りすがりに恩を返しに来ただけよ!この小娘の友達に貰った『ぱん』とやらが最高に美味かったのでな!」
溌剌と叫ぶタロウを無視して、カメラレオンは再度懐からタブレットを取り出し、画面を指差した。
「何でもいいが、こちらには人質がいることを忘れるなよ!この指先一つで、『クラブラインダー』は殺戮兵器と化すのだ!」
タロウはそのカメラレオンのタブレットを見ると、「あんなにでっかい『すまほ』もあるんだなあ」と場違いに感心した。
「なあ、小娘。それで、人質をどうする?さっきまでと違うのは、『お前は1人じゃない』って事だ」
マキナはその言葉に、少しだけ、胸がふわりと浮いた様な気持ちになった。
彼女は「そんな場合じゃない」と気を引き締めると、タロウに声をかける。
「タロウ!そっちを頼める?ここから南西の方向!」
タロウはニヤリと笑って頷き、「任せろ」と短く答えると、一飛びで校舎を飛び越え、裏門方面へ向かった。
マキナには確信があった。彼はこの頼みを断るはずが無い、と。
態度はどうあれ、彼は、『正義』を念頭に行動していると、そう感じていた。
「独りじゃない」…同じ志を持たずとも、同じものを守る為に戦える者がいる事を、マキナは心強く感じた。
マキナは再度『バスター・ガングローブ』を左手に嵌め、フロッピーディスクを構える。
『変身』
フロッピーを『バスター・ガングローブ』に挿入すると、マキナは『機械鎧』へと変身した。
「さあ、トラブルシューティングよ」
マキナはファイティングポーズを構えると、ジグザグに移動してカメラの狙いを絞らせない様に、素早く敵の懐へと入り込んだ。
今度は舌の牽制がない分、スムーズに事が運んだ。
そしてカメラレオンの眼前まで迫り、カメラのレンズに顔を近づける。
「こう近づくと、私の全体像は写せないなあ!」
カメラレオンは呻き声をあげると、腕を振ってマキナを振り払った。
次の瞬間、そのレンズが写したのは、間近に迫る『バスターガングローブ』の銃口だった。
ゼロ距離射撃!マキナは数発の弾丸をレンズに打ち込むと、カメラレオンを蹴り飛ばした。
カメラレオンのカメラが壊れた事で、固められていた生徒たちの身体に自由が戻る。
「わわわ私の芸術がああああ!」
カメラレオンはよろめきながら悲鳴を上げた。
マキナは拳銃を折り畳み、再びガントレットとして左手に装着すると、拳を掌に叩きつけた。
その動作がスイッチとなり、ガントレットに青白い光が灯る。
「昔の人は、『芸術は爆発だ』と言ったそうよ…今度は貴様が芸術になる番ね…バスター・ブロウ・フィニッシュ!」
マキナの声を認識し、『フィニッシュ・シークエンス』が発動する。
ガントレットは更に光を増し、身体中のエネルギーがそこに集約される。
『機械鎧』のスキャン機能が、敵の『センターギア』の位置が左胸である事を割り出した。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
マキナは拳を振りかぶり、雄叫びともに、敵の左胸目掛けて全身全霊の一撃を穿つ!
マキナの拳は、重金属がぶつかり合う様な鋭い音を響かせ、カメラレオンの左胸に大穴を開けた!
マキナは、『センターギア』の破壊を確認すると、静かに振り返り、歩き出した。
直後、カメラレオンは断末魔の叫びすらあげる事なく大爆発!
センターギアを破壊されたことにより、燃料電池が暴走したのだ。
爆風の中、訳もわからず身を屈めたり逃げ出したりする生徒たちの無事を確認した後、マキナは裏庭の方へ駆け出そうとした。
タロウの実力は折り紙つきとは言え、やはり万が一という事態も想定できないわけではない。
マキナが立ち上がった瞬間、「待って!」と、誰かに呼び止められた。
振り返るとそこには、マキナが救った生徒たちがいた。
「『機械鎧』、ありがとう!」「お陰で助かったよ!」「死ぬかと思ったけど、あんたが来てくれて安心したよ!」「ありがとう!」
生徒たちは口々に礼を述べた。
マキナは何だか恥ずかしくなって、サムズアップだけ見せつけて、逃げる様にしてその場を後にした。
マスクをつけているお陰で、彼らににやけ顔を見られなかったのが、マキナにとっては救いだったかも知れない。
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同時刻、裏門付近、初等部のグラウンド
そこには、いくつかのオイル溜まりと、バラバラになった機怪人『クラブラインダー』の四肢が散らばっていた。
そして中心に立つのは、1人…否、1匹の『鬼』
彼は、タロウは、先程の自らの言葉を反芻する。
『…ヒーローならば、あいつらの絶望を、1つ残らず希望に変えてみせろ…!』
そして、校舎の窓から自らを見つめる子供たちの目を見た。
皆一様に、恐怖に染まっている。
彼はオイル溜まりに映る自分の姿と、子供たちの目を交互に見つめ、自嘲する様に笑った。
「こんなんじゃあ、やっぱりヒーローじゃあねぇよな、俺は」
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翌日放課後、ベーカリーカグラ
「いらっしゃいませこんばんはー!」
「何であんたがここにいるのよ!?」
マキナは、バイト先に出勤するなり、大声をあげた。
彼女が指差す先には、Tシャツにエプロン姿のタロウが居た。
彼は憮然とした態度で言い返す。
「何だ、客かと思えば小娘か。俺がどこで働こうが俺の勝手だろがい」
「そういうことじゃなくて!そもそもどうやって…」
闘いの後、タロウは機怪人の死体だけ残して忽然と姿を消していたのだ。
タロウは尚も憮然として、手に持ったトングで、チョココロネを棚に並べながら答えた。
「俺はな、ハルにもらって食った『ぱん』とやらに感銘を受けたんだ。そこでハルに頼んだのよ。どうかこれを、毎日俺に食わせてくれねえかってな」
マキナは話を飲み込めず、思わず横槍を挟んだ。
「いやいやいや、そんな遠回しなプロポーズみたいな…『毎日俺に味噌汁を作ってくれ』みたいに言われても…そっからなんで働くことになったのよ」
タロウは空になったトレイを持ち直すと、一息置いて、「まあ」と、語り出した。
「『働き猿を喰うカラス』だっけ?こっちにはいい諺があるじゃねえか。その言葉に従って、俺もここで働くことにしたわけよ。幸い、宿も貸してくれるって言うしな」
タロウはそこまで一気に言うと、奥に向かって、「店長ー、品出し終わりましたー」と声をかけた。
多分その諺は『働かざる者食うべからず』だろう、とか、結局働くことになった経緯が解らない事とか、そう言う突っ込みをまず置いといて、マキナはある事実に驚愕した。
タロウの声に応え、奥から店長が顔を出す。
「おお、タロウくん。初日からよく働いてくれるねぇ。ハルが連れて来た時は、小汚いコスプレイヤー扱いしちゃってごめんなぁ」
タロウは、さっきまでとは打って変わって、謙虚な笑みを浮かべて答えた。
「いえいえ神楽坂さん。娘さんのお陰で、ここで働かせていただくどころか、住む場所まで提供して頂いて、本当に感謝致します。お二人のご好意に応えられるよう、誠心誠意働かせていただく所存でございます」
マキナはその横顔を見ながら、驚愕が怒りに変化していくのを自覚した。
敬語使えるのかよ、お前
「店長!良いんすかこいつ!戸籍とか身分証明書とか何もないですよね!?」
マキナは思わず声を張り上げる。しかし、言い終わる前に、店長がその口を人差し指で塞いでしまった。
店長である神楽坂ヒビヤは、マキナの耳元で、彼女にだけ聞こえる様に囁いた。
「ウチもね、人手不足なの…パン屋さんは朝早くから仕事でしかも肉体労働だからね…でも彼には戸籍がない、他に行くところもない…つまり、労働基準法が適用されない!」
「ええ…マジすか店長…」
マキナは、とんでもないことを嬉しそうに話す店長に、内心ドン引きしながら、「とにかく!」と、タロウを指差した。
「ベーカリーカグラ(ここ)で働くなら、まず私に敬語!バイトの先輩なんだから!」
タロウは一瞬、「はあ?」と片眉を吊り上げたが、店長の方を見ると、流石にここは従おうと思ったのか、小指で耳をほじりながら、斜め下を向いて気怠げに言った。
「へぇい、わーりやした、小娘先輩」
「小娘先輩!?」
どんな敬語だよ!中国語みたいな字面になってんじゃん!
ああ、お兄ちゃん…私の生活はこれからどうなってしまうのでしょう…どうか、見守っていてください。
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同時刻、某所
薄暗い部屋…窓もなく、まだ日が出ている時間だと言うのに、一切の陽光が差し込んでいないことから、ここが地下である事がうかがえる。
大量のモニターが並べられた広い部屋、その男が座っている椅子の後方では、『クラブラインダー』のバラバラになった四肢が、無数のコードに繋がれ並べられている。
「なるほど…やはりこの男…伸縮性外骨格型霊長類か…」
ブツブツと呟きながら画面を見る男の瞳には、クラブラインダーの戦闘と、その最期が映し出されている。
映像は、『鬼』が猛々しく吠えるシーンで終わっている。
男は画面を切ると天を仰ぎ、一言呟いた。
「…この男は危険だぞ…マキナ」