スタート・ミー・アップ/何者?
深夜、都内某所、とあるトンネルの中。
ここ最近の話だが、此処では、行方不明者が続出しているらしい。
「マキナちゃん…帰り道そこのトンネル通るでしょ?気を付けなよ?もしかしたら、『機械帝国』の残党かも知れないから…」
彼女は、バイト先の店長の言葉を回想する。
彼女の名は、『安東マキナ』…2年前、世界征服を企む悪の組織『機械帝国』を、兄と共に打ち滅ぼしたヒーローである。
「大丈夫ですよ店長!私には、『コレ』があるからね!」
彼女は、快活な笑みで店長にサムズアップを見せ、ベルトに下げたおもちゃのような巨大な拳銃を見せる。
「だから危なっかしいんだけどなぁ…」
店長はそう言って頭を掻くと、マキナのロングコートに触れた。
「マサト君のコート、ようやく着れるようになったね。まだ地面すれすれの丈だけど」
マキナは愛車のカブに跨りながら笑う。
「そう!私だって成長してるんですよ!いずれこのコートが似合うぐらいになって、お兄ちゃんみたいなヒーローになるんだから!」
————————
マキナは目的地に着き、「さて…」と、ヘルメットを脱ぐと、眼前に広がる、薄暗いトンネルの奥を凝視した。
「暗くてよく見えないな…」
彼女は独り言を呟くと、コメカミに軽く手を触れる。
「カチリ」と、彼女の眼球に緑色の光が灯り、その視界は、赤外線カメラに切り替わった。
彼女はカブを入り口付近に止めると、トンネルの奥深くへと進んでいった。
湿った空気、苔むした足元がヌルヌルと滑って歩きづらい。
天井の結露が地面に滴り、「ピチャリ」と音を立てる様を、チラチラと点滅する壊れかけの電灯が照らしていた。
「気温が低いな…それに、なんだか空気が淀んでいる…」
不気味なトンネル内を歩く彼女は、驚くほどに冷静だった。
マキナは、見た目こそ十代の少女であるが、歴戦の戦士でもあるのだ。
「んん…そろそろ出口が見えて来たな…結局ただの噂か…」
期待を込めてトンネルを探索したものの、何も見つからない。
ここ一年、そんな事ばかりだ。もしかしたら、既に残党どもを狩り尽くしてしまったのかもしれない。
しかし、歩みを進める内、彼女は、滴り落ちる結露の音が、だんだんと増えていることに気づいた。
通常なら等間隔に聴こえていた音のリズムが、不規則な音に乱されていた。
マキナは、不意に足を止める。
「なるほどなるほど…前ばかり見ていても、中々見つからないわけだ。」
マキナはロングコートに隠していた、体に不釣り合いなほど大きな拳銃を頭上に掲げると、弾が切れるまで連射した!
直後、天井から、何らかの黒い影が転げ落ちた。
銃声と火花がトンネル内を埋め尽くし、決定的瞬間を明るく照らしす。
甲高い絶叫と共に落ちて来たのは、痩身の男の身体に、コウモリの羽を生やし、口にはスピーカーをはめ込んだ、おぞましい姿の怪人だった。
マキナはその姿を目に映すや否や、悲鳴をあげるでもなく、ため息をついた。
「中級機怪人ね…コウモリとスピーカーだから…オンキョーモリなんてどう?」
その機怪人…『オンキョーモリ』は、甲高い声で呻くと、よろよろと立ち上がり、マキナを睨んだ。
「キ…貴様…『機械鎧』…ダナ!?イズレ来ルトハ思ッテイタガ、何故我々ノ邪魔ヲスル!?オアアアアアアアアア!!」
オンキョーモリから発せられる声は、スピーカーによって何倍にも増幅し、常人ならば気絶するほどの音量に達していた!
しかしマキナは耳を塞ぐこともなく、更に、トンネル内で反響したオンキョーモリの声を一言も聞き漏らすことなく聞き取っていた。
音圧に靡くロングコートがめくれ上がる。
「知れた事…私が…ヒーローだからよ!!」
マキナは持っていた拳銃の銃身を折り畳み、左腕のブレスレットに嵌めると、今度はロングコートの内ポケットから、フロッピーディスクを取り出す。
「変身!!」
マキナが叫び声と共にフロッピーディスクのスライドを引くと、呼応するように、左腕の拳銃が輝いた。
彼女は、銃身を畳む事で露わになった電源マークを押すと、フロッピーを拳銃の前側から勢いよく挿し込む!
すると、鋭い回転音と共に、彼女の前方の空間に、ホログラム数字が現れる。
『15%…』
電子音声が、その数字を読み上げる。
『33%…』
マキナの全身を、コンピュータの基盤のような模様が覆った。
『99%…』
更にその上を、鋼鉄の鎧が覆っていく。
『100%!Hello World!!』
最後のホログラム表示を蹴り飛ばすと、マキナはファイティングポーズを決める。
濃紺の鎧に金のライン、あどけない少女の顔は、甲虫を思わせるデザインの、二本のアンテナの生えたフルフェイスヘルメットに覆われた。
「さあ、トラブルシューティングの時間よ」
彼女は、左腕のブレスレットを拳へスライドさせると、ガントレットを形成して、すぐさま敵へと殴りかかった!
しかし、機怪人・オンキョーモリは、「キキキ!」と笑い声をあげ、その攻撃をヒラリと交わす。
空振りした拳は壁に打ち付けられ、半径にして50センチほどの亀裂を生じさせた。
「キキキ!貴様ノ動キハ、我ガ音波感知能力デスベテオ見通シヨ!」
高笑いするオンキョーモリに、マキナは追撃を繰り返す。
しかし、全ての攻撃は見切られ、その大きな翼に掠る事すら叶わなかった。
「このっ!中々!すばしっこい!」
数発、数十発と空振りを繰り返し、地面や壁をめちゃくちゃに砕きながら、マキナは悪態をついた。
「聞コエル聞コエル!貴様ノ駆動音!関節ノ予備動作!息遣イ!」
尚も余裕を見せる敵に、マキナは遂に近接攻撃を諦め、距離を取った。
拳の武器を外し、再度展開して拳銃に戻す。
しかしオンキョーモリは、そのわずかな隙を見逃さなかった!
「距離ヲ取ッテモ無駄ダ!音圧攻撃ヲ喰ラエ!」
オンキョーモリの口に嵌め込まれたスピーカーから、超音波が発生した!
マキナはすかさず聴覚を遮断し、音圧を防いだ。しかし次の瞬間、彼女は膝をついて固まってしまった、
「何!?身体が…動かない!」
音とは、『振動』、つまり、『共振』によって、彼女の鎧そのものにダメージが与えられている!
苦し紛れに拳銃を発射するも、音圧に負けて、敵に届く前に銃弾が落ちてしまっている。
しかし彼女は、極めて冷静である。
ならば、と、心の中で呟くと、彼女はあらぬ方向へ弾丸を発射した。
「キキ!何処ヲ狙ッテイル安東マキナ!遂ニ力尽キタカ!?…ブベラ!」
マキナを嘲笑うオンキョーモリの顔面に、突然の衝撃!!彼女は跳弾を利用し、敵の攻撃の発生源の破壊を試みたのだ!
「カ…我ガ自慢ノスピーカーガ…」
結果、試みは成功した。マキナは、音波攻撃が止んだ事を確認すると、再度聴覚を復活させ、ゆっくりと敵に歩み寄る。
彼女は、ふとした疑問を口にする。
「お前を作った奴は何がしたかったんだ…?自分の音波攻撃に掻き消されて、跳弾の音を感知できていなかったようだけど…」
オンキョーモリは地面に伏したまま、彼女の問いに怒声で答えた。
「俺ガ聞キテェヨ!ソンナ事!!」
彼は自身の半生を語り出した。
生み出されて半年、口がスピーカーなので、まともな食事を取れなかった事、美味しそうにご飯を食べる人間を、ずっと羨ましく思っていた事…そして、初めから、人間を攫うようにプログラムされていた事。
マキナは、その話を聞いて、一つの事実に驚愕した。
「半年…?『機械帝国』は、2年前に滅ぼしたはずだろ…!?なんでそんなに新しい機怪人が…?」
オンキョーモリは、それきり何も言わなかった。スピーカーが壊れたことにより、発声ができなくなったのだろうか?
「…まあいい…攫われた人の行方は言うつもりもないんだろう?引導を渡してやる!」
マキナは拳銃を折り畳み、再びガントレットとして左手に装着すると、拳を掌に叩きつけた。
その動作がスイッチとなり、ガントレットに青白い光が灯る。
「バスター・ブロウ・フィニッシュ!」
マキナが叫ぶと、音声認識により、『バスター・ガングローブ』が、『フィニッシュ・シークエンス』に移行する。
『バスター・ブロウ・フィニッシュ』…機怪人のコアである『センター・ギア』をスキャンし、全身のエネルギーを以って、その一点に正確な一撃を与える必殺技だ。
マキナはこの技で、多くの機怪人を葬ってきた。
しかし、この瞬間を、待っていた者がいた。
『フィニッシュ・シークエンス』の間は、マキナの防御力がゼロになる事を、機怪人達は知っていたのだ。
「今ダ!!『ワイヤモール』!!」
突然!オンキョーモリが大声を上げる!声も出せない程弱っていたのは、演技だったのだ!
マキナの真下の地面が盛り上がり、地中から、新たな機怪人が飛び出して来た。
その機怪人『ワイヤモール』は、モグラの掘削力と、鋼線の剛性を併せ持った機怪人である。
ワイヤモールは、掌から鋭いワイヤを勢いよく射出すると、マキナの『バスター・ガングローブ』を狙い、弾き飛ばした!
『フィニッシュ・シークエンス』の間、マキナの全エネルギーは、この『バスター・ガングローブ』に集約される。
つまり、このタイミングでは、一撃必殺の武器であると同時に、ウィークポイントでもあるのだ!
一撃にして、形成逆転である。
マキナは吹き飛ばされ、左手から『ガングローブ』が外れる事で、変身が解除されてしまった。
「ぐあぁ!」
ジメジメした地面に投げ出されたマキナは、すぐさま壁を背にして敵に向かうと、状況を把握しようと視野を広げた。
伏兵…地面に潜んでいたのか?恐らくは下級から中級の機怪人。ガングローブは…ダメだ、結構遠くまで飛ばされている。
人通りの多い場所でもない。
万事休す、か。
「お兄ちゃん…私じゃやっぱり、ヒーローにはなれないのかな…」
マキナは、兄に祈るように呟く。そうしている間にも、二体の敵は、ニヤニヤと笑いながらゆっくりと近づいてくる。
しかし、彼女は諦めない。これまで、兄と二人で、何度だって絶望を乗り越えて来た。
「お兄ちゃんがいなくたって…ヒーローじゃなくたって…戦える力を、私は持ってる!」
マキナは立ち上がり、拳を構える。
「オイオイ、変身解除サレテモ、マダ闘ウツモリカ?」
オンキョーモリが、マキナの行動を鼻で笑い飛ばした。
すると、彼よりもキャリアの長い機怪人であるワイヤモールが、オンキョーモリを諌める。
「油断スルナ。奴ニハ奥ノ手ガ…」
「ワカッテイル!サッサト殺シテシマオウ」
二人の機怪人が、その鋭い爪を構え、マキナにとどめを刺そうとした正にその時、突然、トンネルの暗闇の中に、声が響いた。
「いいね、この状況。実にシンプルでいい」
その声は、トンネルに反響しつつも、不思議なほどによく通った。
この場にいる全ての者が、その声の元に注目し、時の流れが止まったかの様になった。
ペタリ、ペタリと、湿った音を響かせながら、男は、含み笑いをする。
足音、布擦れの音、そしてシルエットから、その男が、和装に身を包んでいる事が推測できた。
壊れかけの照明が、不意に通電し、その男の姿を、スポットライトのように映し出す。
ボロボロの着流し、肩ほどの長さのポニーテイル。一見すると、時代劇に出てくるような浪人の姿の、小汚い青年がそこに立っていた。
不安定な照明がチラチラと点滅し、男の影を不規則にあぶり出す。
「女の子が襲われている…そいつらは、『鬼』じゃあねえ様だな…まあ、人間でもねえか」
彼は独り言の様にブツブツと喋る。
「貴様!何者ダ!?」
「怪我シネエ内ニ引ッ込ミナ!コスプレ野郎!」
機怪人達が口々に悪態を吐く。
男は凶悪な顔をした機怪人達にひるむ様子も無く、着流しの帯に手を掛けて、もう一方の手で顎をさすりながら、飄々と言う。
「まあまあ、語らせてくれよ。急にこんな訳わかんねえ世界に放り込まれて、俺だって右往左往してたんだ…今日1日で、変な板切れ持った奴らに囲まれる事3回、青い服着たおっさんに追いかけ回される事6回だ」
不明瞭な事を喋る男に、マキナは若干の恐怖を覚えつつも、彼の身を案じて、逃げる事を勧めようとした。
「何言ってっかわかんないけど、そこのあんた!コイツらはただの人間の手に負えるもんじゃ無いんだ!さっさと逃げて!」
「キキ!泣カセルネェ!見ズ知ラズノ人間二、親切ナコッテ!ジャア、マズハコノ男カラダ!」
オンキョーモリはマキナの言葉を受けて、標的をその男に変えた。
鋭い爪を構えると、一直線に飛び掛かる!
対する男は、不敵に笑い、半身になって立っていた。
「シンプルでいい…ここ最近、小難しい事が多過ぎたんだ…英雄じゃない…困ってる女の子を助けてやれる…それだけで良いんだ」
男とオンキョーモリが、すれ違った。少なくともマキナには、そう見えていた。
次の瞬間、オンキョーモリの体は真っ二つに裂け、血を吹き出しながら水溜りに沈んでいった。
男の肘には、白い、角か爪の様な、硬質のブレードが伸びていた。
「はあ…スッとした」と、男は、溜息をついた。
「語らせてくれてありがとう…お前らはもう、用済みだ」
男はそう言うと、ワイヤモールの方に目線を向けた。
ワイヤモールは、即座に戦闘態勢に入る。
「貴様…ヨクモ…!相当ナ手練レノ様ダナ!シカシ、タダデハ帰サンゾ!!」
ワイヤモールは掌からワイヤーを連続で射出し、この狭いトンネルの空間の中、四方八方に張り巡らせた。
「コレゾ我ガ必殺ノ型!身動キ一ツ取レヌママ、死ヌガ良イ!」
ワイヤモールはそう叫ぶと、地中へ飛び込み、その鋭い爪でもって、高速で掘り進んだ。
彼は、己の技に絶対の自信を持っていた。
「我ガ鋼線ノ強度ハ無敵…!上級機怪人デスラ切ル事ガ出来ナイ!」
相手をワイヤで囲み、身動きを制限してから、地中からの不意打ちで急所を仕留める!これが彼の必殺の型だ。
「危ない!」
マキナが動揺し、思わず大声を出す。
しかし、浪人姿の男は、対照的に落ち着き払っていた。
彼は、迫り来るワイヤモールに、低い声で語りかける。
「俺は…お前ほど親切じゃあないから、技の内容を教えたりはしない…だが、まあ、本気で行くから、お前…死ぬぞ」
そう言うと男は、獣の様な唸り声を上げた。
一瞬、陽炎の様に、彼の輪郭がぼやけた。
すると瞬く間に彼の全身は炎に包まれ、辺り一帯が照らし出された。
水溜りが蒸発し、マキナも熱に顔を歪める。
「オォアアア!!」
雄叫びとともに炎を振り払い、煙を立てて現れた彼の姿は、先程までの浪人姿とは全く違っていた。
肌は黒々とした赤紫色で、筋骨隆々、背丈も、2メートルは優に超えるほどの大きさになっていた。
肘や膝、そして指先には、先程見せた、硬質の白い爪が生え、極め付けに、額に、同様の一本角を湛えていた。
そのおぞましい姿を見て、マキナは、これまで戦ってきたどの怪物とも、異なる存在である事を理解した。
「お…鬼…」
マキナの口から、自然と言葉が漏れる。
『鬼』としか形容のしようがない程の、恐ろしい『それ』は、「ふしゅう」と、息を吐き出すと、背中を丸める様に縮こまった。
彼の全身の強張りを見るに、これは、何らかの攻撃の予備動作だ。
マキナは歴戦の勘により、その事を察して身を屈めた。
その刹那、鬼の全身から、白いブレードが無数に生えてきた!
無数のブレードは、トンネル内に張り巡らされたワイヤをいとも簡単に全て切り裂き、マキナの頭上にまで突き刺さった。
マキナはそのブレードを間近で見る事で、その材質が何であるかを理解した。
「これは…骨!?しかもこのワイヤの断面…溶けてる…もしかして、超高温なの!?」
ワイヤモールは、地上で起こった、自らの作戦の完全なる破綻を知覚する事なく、勢いよく、鬼の背後の地面から飛び出した。
鬼は振り向きざまにワイヤモールの鳩尾に拳を叩き込むと、そのまま地面に叩きつけた!
アスファルトが割れ、地面には、大きなクレーターができた。
そしてワイヤモールは、そのまま、二度と動くことはなかった。
鬼はワイヤモールの体内まで拳をめり込ませ、そのまま体内で、骨の劔を展開したのだ。
彼は血に塗れた拳を引き抜き、手首の関節を「ゴキッ」と、小気味好く鳴らすと、瞬く間に人間の姿に戻った。
浪人姿に戻った男は、乱れた着物を直すと、マキナの方を振り返り、「無事か?」と、語りかけた。
静寂が流れた。マキナは、自分が苦戦した相手を、いとも簡単に倒して見せたこの男を、まじまじと観察する。
見るからに、まともな人間ではなさそうだが、まずは、敵か、味方かだ。
マキナは大急ぎで『バスター・ガングローブ』を拾うと、彼に銃口を向けた。
「あなた…何者?」




