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その声が愛しい

 それは、自分勝手なわたしの誓い――





「キリトっ」

 切なそうに紡がれた名前に、限時キリトは思わず彼女を胸元近くまで引き寄せ、唇を重ねた。

妖水アヤメっ……」

 深い口付けの合間にささやいた名前。



 それが、限時が『妖水』を呼んだ、最初で最後。





パタン





 静に扉が閉まった音に、限時は驚いて目を覚ました。

 そしてすぐに感じる違和感。

 片足を枷と鎖でつなぎ、鎖の端は地面に固定され、両手は後ろで縛られていた。

「なっ……」

 妖水が来る前―限時を押し倒す前と同じ格好だったが、限時の左耳に付けられたピアスが彼女の存在が夢ではないことを告げていた。

「妖水……一体何を考えている?」

 切なそうに漏らされた言葉。

 それに対する返答は無かった。





 第一皇女の護衛であり、仮にも契約魔導師という立場から牢獄に入れられることは無かったが、与えられた部屋に自由を封じられ監禁状態だった限時のもとへ妖水が来たのが真夜中。

 ご丁寧に皮のベルトで縛る事も忘れずにされていた限時は、突然現れた妖水の存在にただ困惑していた。


『……限時』


 普段とは全く違う声音で呼ばれ、その場に押し倒された限時は、あまりにも理解しがたい妖水の態度に軽く混乱していた。





「妖水……」

 限時がポソリと呟いた瞬間、部屋の外から慌しい足音が響いてきた。

「何だ?」



バンッ



「限時っ!」

 常にない焦った様子で部屋の扉を開けたのは、限時の同僚で拘束されていたはずの金牛門コンギュウモン柳菜リュナだった。

「柳菜……?」

『一体何を……』と問おうとした限時の言葉を遮って、柳菜は持っていたレーザーペンで限時を拘束していた革のベルトを切断した。

「早朝にレオ―妖水が牢に来て、私達を脱獄させたの。『王や衛兵の目は私がどうにかするから、貴方達は限時を助けて逃げ延びて』って……」

 不安そうな表情でベルトを切断しながら告げた柳菜に、限時は訝しげな表情で訊いた。

「どうにかするって……」

 不安げな限時の表情に、柳菜は逃亡用のルートを進みながら唇を噛み締めた。

「この部屋に来る前、衛兵が城の中を慌しく駆けずり回っていたの。てっきり私達を捕まえるためだと思ったんだけど……」

 困惑気に話しながら、一般の兵士達には知られていないルートを使い、二人は城の外―中央広場の脇道で待っていた元第一皇女護衛の任務についていた同僚たちと合流した。

恋犁レンリ直曲スグマ!」

 中央広場を覗いていた二人の背後から、柳菜が二人に声を掛けた。

「ぴっ」

 驚いた拍子に変な叫び声をあげかけた恋犁の口を片手で拘束し、直曲は左手を握り締めた。

「中央広場で、公開処刑が行われる」

 直曲が発した言葉に、柳菜と限時は一瞬反応が出来なかった。

「は?」

「誰……の」

 理解が追いついていない限時をよそに、柳菜は目を見開いたまま震えた声で問いかけた。

 まるで、処刑される人物の予想がついているかのように。



「……元、筆頭王宮魔道士兼……第二皇女、マリーウェザー付き符術士“獅子導シシドウ妖水”の」


 直曲から告げられた処刑者―謀反者の名前に、限時は自分の耳を疑った。


「は……」

 直曲の言葉が現実味を帯びて認識された瞬間、限時は慌てて物陰から中央広場に目を向けた。


 王宮仕官の中でも攻撃型だという証の紅のラインが入った黒のケープはなくなっており、顔半分は目隠しを施され、制服の腕の部分にピンを打ち込まれ、革紐で磔にされた妖水の姿がそこにはあった。



 罪状、元第一皇女仕官の保護及び逃亡の手引き。



 つまり彼女は王に謀反を働いたのだと、そうハッキリと国民達に知らしめられていた。

 高い能力を持ち、特務という王直属の部下であり、たくさんの知識を持って最年少で賢者とすら称された者の、果てにあったものが謀反による処刑――



 舌を噛み切らないようになのだろう、口に咥えさせていた布を取り外し、漆黒の服に身を包む処刑人が妖水に告げた。

「何か言い残す事は?」

 同じように王直属の部下なのであろう青年に、妖水は目隠しで見えない瞳を向けて不敵に微笑んだ。


「As a result that you invited this

(コレはあなたが招いた結果)


Time taking responsibility by oneself sometime comes

(いつかこのツケをあなた自身で払うときが来る)


I look forward to the time.

(その時が、楽しみよ)」


 中央広場の隅々まで響き渡るように告げた妖水に、処刑人は驚いて顔を見合わせ、頷いた。



 黒曜石で作られた刃が妖水に振りかざされた瞬間、限時はただ無意識の内に叫んでいた。


「妖水ー!!」

 血を吐くような、そんな叫び声。

 初めて訊く限時の感情のままの声に、妖水は嬉しそうに微笑み、その体を黒く光る刃に貫かれた。



 深く、深い。



 決して助かる事のない、肩から斜めに振り下ろされた刃は、妖水の命を奪っていった。



 飛び散る血飛沫。



 その光景をただ呆然と見ていた限時は、柳菜や直曲に引きずられるようにその場から逃げることしか出来なかった。



“限時を助けて、逃げ延びて……生きて”



 妖水の最期の願いを聞いた柳菜と直曲は、やり切れない気持ちを抱いたまま彼女が愛した限時を連れて逃げることしか出来なかった。


 謀反者として。


 着せられた濡れ衣を晴らすことが出来ないまま。



「妖水ーっ!!」



 血を吐くような、限時の叫びが辺りに木霊した。



 どうして、こんな事になってしまったのか。

 誰も、理解できる人間はいなかった。

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