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短編小説④ 『モーニングセット』

作者: 金色の沼





とかく私は、"人と同じ"という事が気に入らなかった。




服や髪、爪の色など、なぜ人々は揃いも揃って同じ方向を向いているのだろうか。


考え方や行動もだ。

人はそのものの本質を評価するのではなく、共感する人の数で評価したがる。


グルメサイトやテレビのランキング。

特集された次の日には、新規の客で溢れかえるという。

本質は大して美味くもないのに、その辺の店で出すものと大差無いのに。


繰り返しになるが、それは人々の"自我の無い数"によって左右されるのだ。



ーーーーーーーーーー



私はこの店の出すモーニングセットを、心から愛している。


私と年の頃同じ程、白髪のマスターが丹精込めて作ってくれるものだ。


味は他の何処でも食べる事の出来ないような、洗練されたもの。

丁寧に作っているのだろう、私はこの無口なマスターと静かなこの店を愛していた。



彼は私が店の前にいると、「いらっしゃい。」と招き入れてくれる。

近頃の店ではなかなか見られない接客だ。


駅前に新しく出来たチェーン店など、私が入り口の前に立っていても無視。

今入れます?と声を掛けてもチラとこちらを一瞥し、やはり無視。

私はそれが気に入らなくて、こんな店二度と来るかと思いながら、結局はあのマスターの店へと足しげく通うのだ。






とかく私は、"人と同じ"という事が気に入らなかった。



最近の若者には、"人情"というものが足りない。

死んだような目で歩き、肩と肩がぶつかってもお互い謝らない。


街行く人々は片手サイズの四角い世界にのめり込みながら歩いている。

あの数センチ大の四角に、君たちにとってどれほどのものが詰まっておろうか。



私はそれなりに長く生きてきた。

二つに分けるなら、間違いなく若者ではなく老いぼれであろう。

歳を取れば取るほど丸くなっていくというが、私は"人と同じ"が気に入らないので、未だ尖っている。



しかしながら、心は元気でも、身体の老いには敵わないものだ。

腰ばかり丸くなり、若い頃はピンと立っていたところも、最近はめっきり垂れ下がっている。






うむむ、そろそろときかもしれないな。






私は例の店へ行き、

「やぁマスター、久しぶりだね。」

と声を掛けた。


マスターはいつもの席に案内してくれ、注文を取ることなく、朝でもないのにいつものモーニングセットを出してくれた。


「ありがとう、マスター。」


私はこの店での様々な思い出に浸りながら、しっかりと味わった。

それこそ"皿を舐める"ように。


「ありがとうマスター、また来るよ。」

と伝え、店を後にした。



きっと私はもう二度と、あのモーニングセットを食べることは出来ないだろう。

死ぬのは悲しくないが、それだけが心残りとしてあった。





とかく私は、"人と同じ"という事が気に入らなかった。




人はそのとき、恐れ、哀しみ、怒り、そして時に笑顔で旅立つ。


その人が歩んできた人生によって、最期の感情が決まるのであろう。



人はそのとき、大抵は家族や親しい友人に見送られながら旅立つ。


遺された者の反応もまた、多種多様である。




私は、本来人間とはそういうものだと思うのだ。

同じでなくていい、違っていい。

それを、死ぬ時になってようやく理解するとは、人間はなんて頭の悪い生き物なんだ。





けれど、私はそんな"人間"が愛おしくて仕方ない。



こんな私でも、みな一様に愛してくれるから。


結局私も、自分に対する愛情は全て"同じ"であって欲しかったのかもしれない。





さぁそろそろときだ。



私は猫だから、死体は人間に見せない。

もう立たなくなってしまった尻尾を垂れ下げながら、いつもの商店街を歩く。

駅前のチェーン店の前で立ち止まり、ニャーゴと鳴く。

中で働いている店員は、やはり一瞥くれたまま無視だった。

今日に限ってはそれも心地よいではないか。


路地に入り、あのマスターの店に向かう。

そうか、今はもう店を閉めた後なのか。

いや、それで良かったのかもしれない。

最期の挨拶はさっき済ませたのだから。



道行く人々は、今日も今日とて四角い世界にのめり込んでいる。

君たちはもっと景色を見た方が良い。

まだまだこの町には、良いところがたくさんあるのだから。

屋根の上から塀の裏まで知り尽くしたこの老猫が言うんだ、間違い無いよ。







とかく私は、"人と同じ"という事が気に入らなかった。



それはきっと、人に生まれたかったからだろう。

生まれ変わったら、マスターと色々なことを話してみたい。

またツナ缶とミルクのモーニングセットを食べながら。




そんなことを考え、私は、私の猫生を終えた。



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