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一章五話 軍師、神駒と相見える

 アキトが降り下げた刀の柄が、黒い師駒石に触れた。


 光が辺りを包み込む……アキトもマヌエル大司教もそう思った。


 しかし、黒い師駒石が光を発することはなかった。


 アキトとマヌエル大司教は首を傾げる。


 マヌエル大司教は、アキトにこう言った。


「むむ。師駒石が壊れている?」

「可能性はありますね。ですが、戦力的にもう十分…… ん?」


 アキトは言葉の途中で、空がにわかに曇りだしたことに気付く。


「空が…… 雨ですかな」


 マヌエル大司教は空を見上げてそう言った。広場の人達も、皆空を見上げているようだ。

 天気が突然乱れ、雨が降るのかと。


 だが、曇り空は次第に濃さを増していく。やがて夜空と変わらない暗さとなった。


「いや…… おかしい」


 アキトも空を見上げてそう言った。しばらくすると、夜よりも暗い闇が天を覆ったのだ。


 皆、真っ暗になったことで、きゃあきゃあと騒ぎだす。


 アキトも全く周りが見えないようだ。


「皆さん! 落ち着いて! すぐに明かりを用意しますから!」


 アキトの声に、多少は落ち着きを取り戻す人々。


 その時、突如として闇空を割く一筋の白い光が。

 その真白の光はアキトを照らしていた。


 皆再び空を見上げて、光の元を見上げる。


 すると、その空の狭間から降りてくる柔らかな光の球が。


 その光は、ゆっくりとアキトの前へと降りてきた。

 

 光の球が弾けると同時に、闇空も一瞬で晴れ渡る。

 

 弾けた球の中には、長いブロンドの髪を持つ女性が。


「……神?」


 マヌエル大司教は思わず、そう漏らした。

 そう呼ぶのも無理もない、とアキトは内心で頷く。


 膝の裏まで伸ばした黄金色の髪。黄金ですら劣って見える黄金色の瞳。

 それと空に浮かぶ雲のように白い肌。


 薄く白い絹の衣服は、もはや古代の壁画でしか見られない様式だ。


 ここまでは地上でも有り得るかという風貌。

 

 だが地上の者とは明らかに違う特徴が一つ。


 灰色に染まった翼と羊のような小さな角。

 翼は、有翼人の、鳥の羽がいくつも集まってできたような翼ではない。

 

 体に似合わない、魔族のような禍々しい翼と角だった。


 それは、アキトを始め周りの人々に、明らかに地上の者ではないと感じさせていた。


 しばらく口を開けて、目の前のこの女性を見ていたアキト。恐る恐る口を開く。


「……俺はアキトだ。君は?」

「フィンデリア……」


 金髪の女性は、思い出すようにゆっくりとそう答えた。

 

「フィンデリア…… 君は一体何者だ?」

 

 フィンデリアはアキトの言葉に、ここにいる誰もが知らない言語で答える。

 

「ごめん、君の言葉が分からない」


 アキトがそう言うと、フィンデリアはがくりと肩を落とす。


「うん? フィンデリア、俺の言葉は分かるのか?」


 アキトの言葉に、フィンデリアはうんうんと首を縦に振る。


 どうやらアキトの言葉は理解できているようだ。

 しかし、それに答える言葉を知らないらしい。


「とりあえず、多少の意思疎通は出来る。早速、君の能力を拝見しよう」


 アキトはそう言って、自分の師杖である刀でフィンデリアの能力を紙に写す。


「どれどれ…… え?」


 思わずアキトは、紙を見る目を何度か瞬かす。少しこすってもみる。

 だが、紙の内容は変わらない。


 もう一度新たな紙に、フィンデリアの情報を写してみる。だが、それでも内容は同じ。


「SSS級…… クラスは見たことのない文字……」


 SSS級というランク。S級が最上位、アキトはそう軍師学校で習った。

 どんな未知の言語、種族でも、強さを表すランクは万国共通。クラスのように、不明にはならないのだ。


 ではこのSSS級というのは一体何なのか。


 アキトは必死に頭を回転させる。


--フィンデリアは恐らく、S級を超える規格外の師駒。

 師杖がそれを、”SSS級”と判断した可能性は否定できない。


 そのアキトの考えを裏付けるように、体力や腕力、魔力などの基本能力が見たこともない数値になっているのだ。

 例えキングの師駒を千体集めても、総合能力はこうはならない。

 そもそもキングの師駒は、この大陸に千体もいないが。

 

「クラスも特殊能力も、全く見たことのない文字ですな」


 隣のマヌエル大司教が、そう呟いた。


 マヌエル大司教の言う様に、アキトも見たことがない文字が紙には記載されている。 

 東の大陸の文字ではないし、魔族の文字とも違う。


「ええ。ですが何かの間違えかもしれません」


 アキトは我に返ってこう言った。


 ランクも基本能力も、通常では有り得ないものだ。師杖が狂っている可能性も否定できない。

 だが、その可能性が限りなく低いことも、アキトは知っていた。


「しかし、もしこの魔力が本当なら…… フィンデリア、君は回復魔法が使えるか?」


 フィンデリアはアキトの言葉にコクリと頷く。


「そしたら、この広場の人達を回復魔法で癒してほしい。もちろん、回復魔法が使えればだが」


 フィンデリアは、うんと頷くと両手を空に向けてかざした。


「フィンデリア! 俺は回復魔法って言ったんだ!」


 通常、回復魔法は回復させたい対象に一人一人、または複数に手をかざして詠唱するものだ。

 アキトは、フィンデリアが何か別の魔法を使おうとしているのではないか、と心配になってそう言った。


 だが、フィンデリアはアキトにただ頷くだけ。

 そのままフィンデリアは空中に、魔法を放った。


「な、なんだぁ?!」


 一人の男がそう言って、空を指さした。

 街の人々が忙しくも、また空を見上げる。そこには広場をすっぽりと覆う魔法陣が。


 その魔法陣は、白い光を広場へ降り注がせた。


「お、おい、やばいんじゃ…… なんだ? この暖かい光は……」


 驚いていた街の人達は、この心地よい光を手を広げて受け始めた。


「まるで、太陽の下でひなたぼっこしてるみたい!」


 スーレも光を浴びてそう言う。


「私も…… 魔物なのに、心地よく……」


 リーンもそう呟く。

 魔物であるリーンやベンケーまでも、心地よさを感じているようだった。


 アキト自身も、この光の効果を感じていた。


「回復魔法か…… それにしては足の疲れまで取れるような」


 ここに来るまでの長い道のりで、足の疲労感が蓄積していたアキト。

 だがそれが、すっと落ちていくのだ。


 光が収まると、その疲れは完全に癒えていた。 

 

 街の人々にも、変化があったようだ。


 横になっていた人たちはむくりと上半身を起こしたり、立ち上がったりしている。


「……体が軽い?」

 

 病が癒えた人々。だが、驚くのはそれだけではない。


「おい! 嘘だろ、俺の足が……」

「み、見えるわ! 見えなかったのに、光が!!」


 アキトは驚いた。


 足を骨折した者、目が不自由な者まで、すっかり癒えたのだ。

 

「……フィンデリア」


 アキトはフィンデリアを見た。


 フィンデリアはしたり顔をアキトに向ける。

 思わず笑ってしまうような、してやったという顔。


 だが、誇っても何の問題もない力をフィンデリアは見せつけた。

 アキトは笑うどころか、あまりの力に冷や汗をかく。


 アキトは、汗を拭ってこう言った。


「フィンデリア、ありがとう。すごい魔法だった」


 フィンデリアは何かを返事しようとする。

 だが、すぐにふらついてしまう。


「お、おい。どうした、フィンデリア?!」


 フラフラと体を揺らすフィンデリア。顔が非常に赤い。

 数秒もしないうちに、フィンデリアは意識を失ったのか倒れ始める。


「フィンデリア!!」


 アキトはフィンデリアをとっさの所で抱きかかえた。


 リーンもどうやら駆けつけてくれて、地面に体を広げていてくれたようだ。


「間に合いましたか。アキト様、どうぞフィンデリア様を私の上で横にならせてください。私がベッドになります」

「ああ。頼む、リーン」


 そう言ってアキトは、リーンの上にフィンデリアを乗せた。


「フィンデリア、大丈夫か? どうして急に倒れてしまったんだ?」

 

 アキトは苦しそうな顔のフィンデリアに声を掛ける。だが返事はない。


 隣にマヌエル大司教が、来てこう言った。


「ふむ、アキト殿…… フィンデリア殿はそうとう体力を消耗してるようだ」

「しかし、魔力と体力は関係がないはず」

「先程の魔法力みせていただきました。確かに膨大です。しかし、これだけの沢山の人を同時に、しかもあそこまで完璧に癒せるわけがない」

「……では体力を魔力として、消費した?」

「その可能性はありますな……」


 アキトは必死に回復魔法をフィンデリアにかけた。

 マヌエル大司教もすぐに回復魔法をフィンデリアにかけるが、反応がない。


「フィンデリア! 頼む、起きてくれ!」

「アキト殿。師駒と言えど、人同様寝れば体力を回復できます。薬もある。少し寝かせて様子を見ましょうぞ」

「……はい、マヌエル大司教」


 アキトはそう言って、フィンデリアの頭を撫でる。知らなかったとはいえ、自分の命令のせいでフィンデリアを傷つけてしまったとアキトは悔やむ。


「では、マヌエル大司教様、どこかベッドは空いていますか?」


 ベッドになったリーンは、フィンデリアの下でそう言った。


「神殿の中はもう一杯。いや、皆もうすっかり癒えたのでしたな。どこでもお使いくだされ」

「では、神殿の中へお運びしますね」


 リーンはそう言って体を動かし、フィンデリアを運ぶ。


「アキト殿、フィンデリア殿はワシと他の神官で治療いたします。アキト殿は、リボット家の対策を……」

「……はい、かしこまりました。フィンデリアの事、よろしくお願いいたします」

「お任せあれ。 ……とはいえ、フィンデリア様のおかげですっかり皆よくなった。永遠に人々の治療を続けなければいけないと思っていたが、まさかこんな日が来ようとは」


 マヌエル大司教はそう言って、フィンデリアを運ぶリーンを追って神殿の中に入った。

 他の神官もそれに付いていく。


 それを見送るアキトの後ろから、アカネが声を掛けてきた。


「まるで、コーボー大師のようなお方ですね」

「そうだな、いっそ神仏だと言われたほうが、納得がいく」


 アキトはアカネに対してそう答えた。

 一方のシスイも、独り言の様にこう呟く。


「某もまだまだということか……」

「姉さま、かくも強き潜在的な恋敵。より一層、共に鍛錬に励まねばなりませんね!」

「うむ、そうだなアカネよ!  ……って、恋敵?!」


 シスイとアカネは二人できゃっきゃと盛り上がっているようだ。


「一気ににぎやかになったな……」


 それにしても、とアキトはフィンデリアの事が頭から離れない。


 これだけの沢山の人。数百人を同時に回復魔法をかけ、視力までも修復した。

 もはや、魔法がどうのこうという話ではない。

 

 アキトはもう一度、フィンデリアの情報が書かれた紙へ目を通す。

 

 相変わらずの、意味不明な文字。

 その中で一か所、赤く血のように滲む文字があった。


 それが何と書かれているのかをアキトが知るのは、遠い先の事であった。


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